晴着に花めく
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……夢見てんの?僕。」
起き抜け第一声はこれだった。
見間違えるはずもない。黒髪に、左巻きの旋毛。白い首筋。
居酒屋の煙っぽい残り香の向こうで、彼女が愛用しているシャンプーの香りが仄かに漂う。
「現実ですし、朝ですよ。」
僕の胸板に顔を埋めた──もとい、僕が埋めさせたままの名無しから、起き抜けとは思えない正確無比な突っ込みが僕の耳に届いた。
「起きてたの?名無し。」
「今起きました。おはようございます」
「おはよ。」と短く返事を返し、抱き締めていた腕の拘束を僅かに緩める。
名無しの額には僕の服のシワがバッチリ刻まれている。
まるでシーツの跡が頬に残った、寝相の悪い子のように見えるが、原因は間違いなくぎゅうぎゅうに抱き締めていた僕なのだろう。
「成人祝いの次の日男の部屋で目が覚めるって、一気に大人の階段登っちゃったんじゃない?」
「そんな爛れた登り方、やだなぁ…」
やんわりと腕を解かれてしまう。心地よい体温があった場所は、部屋の室温によってみるみるうちに冷めていく。
暖房をつける隙も与えなかったのか。
いくら気密性の高いマンションとはいえ、冬真っ只中の室温は震え上がりそうなくらい寒かった。
身体が冷えないよう名無しへ適当なパーカーを手渡すが、「お風呂入っていませんし」と丁重に断られてしまった。
「さて、朝ごはん作りますね。二日酔い大丈夫ですか?」
「ん。へーき。名無しは?スイスイ飲んでいたけど」
「大丈夫ですよ」
どうやら僕よりもよっぽどアルコールに強いらしい。
酒を浴びるように飲める硝子を羨ましいと今まで思ったことないが、今回ばかりだけはほんの少しだけ疎外感を感じてしまった。
「……僕、昨日マンションに帰った記憶ないんだけど?」
「やっぱりそうですか。ずっとふにゃふにゃしていらっしゃったので『あ、これ歩いてるけど寝てるな』とは思いましたけど」
案の定彼女が連れて帰ってくれたらしい。
僕としては願ったり叶ったりなのだが──
「重かったでしょ?」
「大丈夫ですよ。呪力で身体強化入れて、肩を貸してしまえばなんとか。いい筋トレになりました。」
あっけらかんと笑いながらトーストを焼き、目玉焼きを手際よく焼いていく名無し。
食欲をそそる香ばしい匂いに、僕の腹の虫はグゥと音を立てた。
「それにしても、五条さんって本当に下戸なんですね。危ないからあまりお外で飲んじゃダメですよ?」
「普段は飲まないよ?今回と、七海のケースが稀なだけで。」
そう。本当に稀なのだ。
五条家の集まりでも飲まないし、御三家の会合なんて飲み物すら手をつけない。
──今回『飲んでもいい?』と硝子に打診した時には、酷く驚かれたものだ。
学生時代、未成年であるにも関わらず若気の至りと言うやつで三人でアルコールを開けたら、俺だけがひっくり返った。というか飲んでからの記憶がない。
傑と硝子から『お前にも弱点があったのか』と意外そうに告げられたことは、未だ鮮明に覚えている。
そんな僕の数少ない醜態を知っている硝子は、当然『やめといたら?』と呆れていた。
けれど、
「だって名無しの成人祝いにして初飲酒だよ?僕だって一緒に飲みたかったんだもん。」
これは、僕の我儘だ。
彼女の『初めて』を一緒に楽しんで、ずっとずっと記憶に残るような日にしたかった。
結果、『担任を家まで送る』という、忘れようにも忘れることが出来なさそうな思い出が出来上がってしまったが、結果オーライというやつだろう。
名無しは驚いたように一瞬目を丸くするが、程なく目尻をやわらかく下げ、花が咲くようにふわりと笑った。
「今度から飲まれる時は、宅飲みにしましょう。ちゃんとお布団もご用意しますから」
晴着に花めく#08
「……それはそれで危ないかも」
「危ない?…あぁ、吐瀉物の処理はバッチリするので、大丈夫ですよ!」
なんて明るく笑うものだから、僕は小声で「いや、僕の理性が」と呟くのであった。
起き抜け第一声はこれだった。
見間違えるはずもない。黒髪に、左巻きの旋毛。白い首筋。
居酒屋の煙っぽい残り香の向こうで、彼女が愛用しているシャンプーの香りが仄かに漂う。
「現実ですし、朝ですよ。」
僕の胸板に顔を埋めた──もとい、僕が埋めさせたままの名無しから、起き抜けとは思えない正確無比な突っ込みが僕の耳に届いた。
「起きてたの?名無し。」
「今起きました。おはようございます」
「おはよ。」と短く返事を返し、抱き締めていた腕の拘束を僅かに緩める。
名無しの額には僕の服のシワがバッチリ刻まれている。
まるでシーツの跡が頬に残った、寝相の悪い子のように見えるが、原因は間違いなくぎゅうぎゅうに抱き締めていた僕なのだろう。
「成人祝いの次の日男の部屋で目が覚めるって、一気に大人の階段登っちゃったんじゃない?」
「そんな爛れた登り方、やだなぁ…」
やんわりと腕を解かれてしまう。心地よい体温があった場所は、部屋の室温によってみるみるうちに冷めていく。
暖房をつける隙も与えなかったのか。
いくら気密性の高いマンションとはいえ、冬真っ只中の室温は震え上がりそうなくらい寒かった。
身体が冷えないよう名無しへ適当なパーカーを手渡すが、「お風呂入っていませんし」と丁重に断られてしまった。
「さて、朝ごはん作りますね。二日酔い大丈夫ですか?」
「ん。へーき。名無しは?スイスイ飲んでいたけど」
「大丈夫ですよ」
どうやら僕よりもよっぽどアルコールに強いらしい。
酒を浴びるように飲める硝子を羨ましいと今まで思ったことないが、今回ばかりだけはほんの少しだけ疎外感を感じてしまった。
「……僕、昨日マンションに帰った記憶ないんだけど?」
「やっぱりそうですか。ずっとふにゃふにゃしていらっしゃったので『あ、これ歩いてるけど寝てるな』とは思いましたけど」
案の定彼女が連れて帰ってくれたらしい。
僕としては願ったり叶ったりなのだが──
「重かったでしょ?」
「大丈夫ですよ。呪力で身体強化入れて、肩を貸してしまえばなんとか。いい筋トレになりました。」
あっけらかんと笑いながらトーストを焼き、目玉焼きを手際よく焼いていく名無し。
食欲をそそる香ばしい匂いに、僕の腹の虫はグゥと音を立てた。
「それにしても、五条さんって本当に下戸なんですね。危ないからあまりお外で飲んじゃダメですよ?」
「普段は飲まないよ?今回と、七海のケースが稀なだけで。」
そう。本当に稀なのだ。
五条家の集まりでも飲まないし、御三家の会合なんて飲み物すら手をつけない。
──今回『飲んでもいい?』と硝子に打診した時には、酷く驚かれたものだ。
学生時代、未成年であるにも関わらず若気の至りと言うやつで三人でアルコールを開けたら、俺だけがひっくり返った。というか飲んでからの記憶がない。
傑と硝子から『お前にも弱点があったのか』と意外そうに告げられたことは、未だ鮮明に覚えている。
そんな僕の数少ない醜態を知っている硝子は、当然『やめといたら?』と呆れていた。
けれど、
「だって名無しの成人祝いにして初飲酒だよ?僕だって一緒に飲みたかったんだもん。」
これは、僕の我儘だ。
彼女の『初めて』を一緒に楽しんで、ずっとずっと記憶に残るような日にしたかった。
結果、『担任を家まで送る』という、忘れようにも忘れることが出来なさそうな思い出が出来上がってしまったが、結果オーライというやつだろう。
名無しは驚いたように一瞬目を丸くするが、程なく目尻をやわらかく下げ、花が咲くようにふわりと笑った。
「今度から飲まれる時は、宅飲みにしましょう。ちゃんとお布団もご用意しますから」
晴着に花めく#08
「……それはそれで危ないかも」
「危ない?…あぁ、吐瀉物の処理はバッチリするので、大丈夫ですよ!」
なんて明るく笑うものだから、僕は小声で「いや、僕の理性が」と呟くのであった。
9/9ページ