short story
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「名無し。何?その呪い。」
僕は目隠しを人差し指で僅かに上げ、任務帰りであろう彼女を凝視した。
普段は寮母、時々こうして人手が足りない時は術師として駆り出される。
普段仕事着である紺色のエプロン姿ではなく、僕と同じ黒服を纏った名無しは、心底嫌そうな顔で僕へと振り返った。何その顔。
「げっ、五条さん…」
「『げっ』は酷くない?最高に最強のパーペキな恋人に向かってさ」
久しぶりに見る──いや、最近見た気がするが忘れたことにしておこう──彼女の露骨な表情を見下ろしながら、僕はひらりと手を振った。
少なくともこれは恋人に向けるリアクションではない。
例えるならそう。天敵を発見した時のような顔である。
「確かに『げっ』は失礼でしたね、申し訳ございません。では。」
「逃がす訳ないでしょ。」
昔より隠し事が下手になったのは喜ばしいことだが、反比例するように僕に対しての塩対応を隠すこともなくなった。
心を許していると思えば可愛いものだが、まぁ時と場合による。
僕はにっこりと笑みを深く刻み、逃げようとする細腕を素早く掴む。
強すぎず、かといって弱すぎず。名無しが振り切れないくらいの力加減で。
「甘い匂いがする。チョコでも食べた?」
そう。今日はバレンタインデー。
チョコレート会社の陰謀とはいえ、恋人達なら大いに盛り上がる日に、何が悲しくてこんな邪険に扱われなければいけないのか。
問われた名無しは露骨に視線を逸らし、声のトーンを変えないまま歯切れ悪く答えた。
「食べたような、食べていないような」
「ふーん。呪いと関係ありそうだね。初めて見るタイプの呪いだけど」
視線を逸らした先から顔を覗き込めば、あからさまに気まずそうな表情をした彼女。
僕が心配するようなことは報告するようになったが、こんな面白そうな──訂正。名無しが困っていることは未だに隠されてしまうのだから、恋人として立つ瀬がない。
「僕に隠し事?」
「隠し事というか、大した呪いじゃないので大丈夫と言いますか……。ろくな事にならないの分かっているのに五条さんに暴露するなんて、愚か者のすることと申しますか」
酷い言われようだ。
「早めに白状しといた方がいいよ?でなきゃ身体に聞くからさ」
「…………念の為聞きますけど、具体的には?」
「裸にひん剥いて一晩中視姦する。」
「チョコレートの呪いにかかりました。」
即答。
っていうか何。チョコレートの呪いって。
──そういえば今日の彼女の任務は、男子校に憑いた呪いを祓う…だったか。
まさかとは思うが、バレンタインデーにチョコレートを貰えない男子達の阿鼻叫喚が呪いになったなんて、そんな馬鹿話があってたまるかと言いたいところだが──塵も積もればナントヤラというヤツだ。
そんな馬鹿げた呪いも祓わなければいけないのだから、呪術師って職業はつくづく苦労の絶えない職場である。そりゃ七海だってキレる。
「何そのトンチキな呪い。あー、だからさっきから甘い匂いがするんだ?」
「そんなにします?」
「結構。控えめに言ってすっごく美味しそう。」
「……男子校に憑いていた呪霊祓ったら、その、うっかり。」
甘党からすれば垂涎ものだが、苦手な人間からすれば眉を寄せる香りだろう。
言うまでもないが、僕は前者だ。
甘い甘い、スイートミルクのようなチョコレートの香り。
香水の甘い匂いとは違う、カカオの香ばしさも僅かに感じる香りは、確かにバレンタインらしい呪いというか。
……って、バレンタインらしい呪いってなんだ?
「気が緩みすぎじゃない?」
「私もそう思います。……けど、」
口篭るようにぶつぶつ文句を言う声。
「いや、急に入った任務が悪いというか、予約時間まで猶予がなかったというか……私が迂闊なのが悪いんですけど……」とモゴモゴ言い訳を咀嚼する名無し。
結果『自分の力不足』と結論づけるところは、相変わらずの生真面目っぷりである。
「まぁ、結果大したことない呪いなので。大丈夫です。明日には治っているでしょうし」
「僕に知られたらろくな事にならないのに、大したことないんだ?」
痛い所を突かれたのか、名無しの視線が明後日の方向へ泳ぐ。
それは見事に、すぃっと。
「……日常生活には支障はないので…」
「へー……」
未だ核心を晒さない名無し。
彼女の口から言わないのであれば、身体に聞くしかない。
僕は掴んでいた腕を強く引き、襟元から覗く白い首筋を軽く食み、やわらかい肩口へ舌を這わせた。
結果は、予想通り。
「ひぇっ!?」
「へぇ。匂いだけじゃなくて味もチョコなんだ。」
甘い、甘い、チョコレート味。
歯を立てて食べようとは思わないが、味は紛うことなきチョコレートそのものだ。
なめらかな舌触りは高級ショコラと言っても過言ではない。
名無しが、チョコレート味になっている。
言葉にすれば非常に馬鹿げた呪いであるが、それ以外の言葉が見つからない。
確かに日常生活には支障はないだろう。
僕に見つかれば厄介なのも、まぁそうかもしれない。
現に彼女の首筋から唇が離せなくて、いやぁ困った困った。仕方ないよね、美味しいんだもん。
「ッあ!や、ご、五条さん!ストップ、ストップ…っ」
「なんで?見た感じ減るわけじゃなさそうだし、別にいいじゃん。つまりさ、私を食べて♡ってことでしょ?」
「違う!断じて!違いますッ!」
真っ赤な顔で僕の顎を押しのける名無し。
恋人に対する抵抗の仕方ではないが、何だかんだで最終的に流されてしまうのだ、彼女は。
……必死に抗う様も可愛くて興奮する、なんて言った日には暫く口をきいてもらえなさそうなので、今は黙っておこう。
「でもよく気づいたね。チョコレート味になる呪いなんて。」
「それは、唇ぺろってしたら苺のチョコの味がしたから──」
露骨に『しまった』という表情でフリーズする名無し。
対して僕は、それはもうニヤける口元を引き締めることなく、きっと底意地悪いであろう笑顔を浮かべてしまった。
「僕、ストロベリーのチョコレートだ〜いすき♡」
「あーーーッ!やめ、ちょ……ッ力、強っ!この、特級ゴリラ!」
「酷いな、ゴリラなんて。七海泣いちゃうよ?」
「一級じゃなくて特級って言っ、ん、ンンンーッ!」
可愛らしい罵倒ごと貪れば、甘酸っぱいストロベリーミルクの味。
蕩けるように甘いそれは、僕の唇までとけてしまいそうなくらいだった。
チョコレート・キャンディ
「ご馳走様♡」
なんて唇を舐め上げながら囁けば、中々に痛烈な抗議の拳が胸板へ叩かれた。
真っ赤な顔でされても、逆効果なんだけどなぁ。
僕は目隠しを人差し指で僅かに上げ、任務帰りであろう彼女を凝視した。
普段は寮母、時々こうして人手が足りない時は術師として駆り出される。
普段仕事着である紺色のエプロン姿ではなく、僕と同じ黒服を纏った名無しは、心底嫌そうな顔で僕へと振り返った。何その顔。
「げっ、五条さん…」
「『げっ』は酷くない?最高に最強のパーペキな恋人に向かってさ」
久しぶりに見る──いや、最近見た気がするが忘れたことにしておこう──彼女の露骨な表情を見下ろしながら、僕はひらりと手を振った。
少なくともこれは恋人に向けるリアクションではない。
例えるならそう。天敵を発見した時のような顔である。
「確かに『げっ』は失礼でしたね、申し訳ございません。では。」
「逃がす訳ないでしょ。」
昔より隠し事が下手になったのは喜ばしいことだが、反比例するように僕に対しての塩対応を隠すこともなくなった。
心を許していると思えば可愛いものだが、まぁ時と場合による。
僕はにっこりと笑みを深く刻み、逃げようとする細腕を素早く掴む。
強すぎず、かといって弱すぎず。名無しが振り切れないくらいの力加減で。
「甘い匂いがする。チョコでも食べた?」
そう。今日はバレンタインデー。
チョコレート会社の陰謀とはいえ、恋人達なら大いに盛り上がる日に、何が悲しくてこんな邪険に扱われなければいけないのか。
問われた名無しは露骨に視線を逸らし、声のトーンを変えないまま歯切れ悪く答えた。
「食べたような、食べていないような」
「ふーん。呪いと関係ありそうだね。初めて見るタイプの呪いだけど」
視線を逸らした先から顔を覗き込めば、あからさまに気まずそうな表情をした彼女。
僕が心配するようなことは報告するようになったが、こんな面白そうな──訂正。名無しが困っていることは未だに隠されてしまうのだから、恋人として立つ瀬がない。
「僕に隠し事?」
「隠し事というか、大した呪いじゃないので大丈夫と言いますか……。ろくな事にならないの分かっているのに五条さんに暴露するなんて、愚か者のすることと申しますか」
酷い言われようだ。
「早めに白状しといた方がいいよ?でなきゃ身体に聞くからさ」
「…………念の為聞きますけど、具体的には?」
「裸にひん剥いて一晩中視姦する。」
「チョコレートの呪いにかかりました。」
即答。
っていうか何。チョコレートの呪いって。
──そういえば今日の彼女の任務は、男子校に憑いた呪いを祓う…だったか。
まさかとは思うが、バレンタインデーにチョコレートを貰えない男子達の阿鼻叫喚が呪いになったなんて、そんな馬鹿話があってたまるかと言いたいところだが──塵も積もればナントヤラというヤツだ。
そんな馬鹿げた呪いも祓わなければいけないのだから、呪術師って職業はつくづく苦労の絶えない職場である。そりゃ七海だってキレる。
「何そのトンチキな呪い。あー、だからさっきから甘い匂いがするんだ?」
「そんなにします?」
「結構。控えめに言ってすっごく美味しそう。」
「……男子校に憑いていた呪霊祓ったら、その、うっかり。」
甘党からすれば垂涎ものだが、苦手な人間からすれば眉を寄せる香りだろう。
言うまでもないが、僕は前者だ。
甘い甘い、スイートミルクのようなチョコレートの香り。
香水の甘い匂いとは違う、カカオの香ばしさも僅かに感じる香りは、確かにバレンタインらしい呪いというか。
……って、バレンタインらしい呪いってなんだ?
「気が緩みすぎじゃない?」
「私もそう思います。……けど、」
口篭るようにぶつぶつ文句を言う声。
「いや、急に入った任務が悪いというか、予約時間まで猶予がなかったというか……私が迂闊なのが悪いんですけど……」とモゴモゴ言い訳を咀嚼する名無し。
結果『自分の力不足』と結論づけるところは、相変わらずの生真面目っぷりである。
「まぁ、結果大したことない呪いなので。大丈夫です。明日には治っているでしょうし」
「僕に知られたらろくな事にならないのに、大したことないんだ?」
痛い所を突かれたのか、名無しの視線が明後日の方向へ泳ぐ。
それは見事に、すぃっと。
「……日常生活には支障はないので…」
「へー……」
未だ核心を晒さない名無し。
彼女の口から言わないのであれば、身体に聞くしかない。
僕は掴んでいた腕を強く引き、襟元から覗く白い首筋を軽く食み、やわらかい肩口へ舌を這わせた。
結果は、予想通り。
「ひぇっ!?」
「へぇ。匂いだけじゃなくて味もチョコなんだ。」
甘い、甘い、チョコレート味。
歯を立てて食べようとは思わないが、味は紛うことなきチョコレートそのものだ。
なめらかな舌触りは高級ショコラと言っても過言ではない。
名無しが、チョコレート味になっている。
言葉にすれば非常に馬鹿げた呪いであるが、それ以外の言葉が見つからない。
確かに日常生活には支障はないだろう。
僕に見つかれば厄介なのも、まぁそうかもしれない。
現に彼女の首筋から唇が離せなくて、いやぁ困った困った。仕方ないよね、美味しいんだもん。
「ッあ!や、ご、五条さん!ストップ、ストップ…っ」
「なんで?見た感じ減るわけじゃなさそうだし、別にいいじゃん。つまりさ、私を食べて♡ってことでしょ?」
「違う!断じて!違いますッ!」
真っ赤な顔で僕の顎を押しのける名無し。
恋人に対する抵抗の仕方ではないが、何だかんだで最終的に流されてしまうのだ、彼女は。
……必死に抗う様も可愛くて興奮する、なんて言った日には暫く口をきいてもらえなさそうなので、今は黙っておこう。
「でもよく気づいたね。チョコレート味になる呪いなんて。」
「それは、唇ぺろってしたら苺のチョコの味がしたから──」
露骨に『しまった』という表情でフリーズする名無し。
対して僕は、それはもうニヤける口元を引き締めることなく、きっと底意地悪いであろう笑顔を浮かべてしまった。
「僕、ストロベリーのチョコレートだ〜いすき♡」
「あーーーッ!やめ、ちょ……ッ力、強っ!この、特級ゴリラ!」
「酷いな、ゴリラなんて。七海泣いちゃうよ?」
「一級じゃなくて特級って言っ、ん、ンンンーッ!」
可愛らしい罵倒ごと貪れば、甘酸っぱいストロベリーミルクの味。
蕩けるように甘いそれは、僕の唇までとけてしまいそうなくらいだった。
チョコレート・キャンディ
「ご馳走様♡」
なんて唇を舐め上げながら囁けば、中々に痛烈な抗議の拳が胸板へ叩かれた。
真っ赤な顔でされても、逆効果なんだけどなぁ。
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