short story
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『5月23日、今日はキスの日です。1946年に日本で初めてキスシーンを撮った映画、《はたちの青春》が封切りされた日で──』
テレビから流れる、他愛ない朝のニュース。
「だってさ、名無し。キスの日。」
「そうですか。」
味噌汁を飲んだ五条が、ちらりと名無しを見遣る。
彼女はというと朝食の納豆をねりねりと混ぜているところ。横顔は真剣そうだ。
「えー、僕とチュッチュしないの?」
「……昨晩でお腹いっぱいです…」
こうして五条と朝を迎えているということは、つまりそういうことだ。
女子の日や、そしてたまに『ただ寝るだけ』の夜もあるのだが、昨日はそうじゃなかった。
つまりそういうことだ。
キスも、それ以外も浴びるように受け取った。
それに今は納豆を練っている。
せめて朝ごはんの後にして欲しい。女としての沽券に関わる。
五条も納豆を食べているとはいえ、納豆味のキスはちょっと御遠慮頂きたい。
「名無し。」
「なんで、す」
『か。』と言い終わるまでに急接近してくる国宝級の顔。
怪しい目隠しもサングラスもない。
月白色の睫毛に縁取られた、空色の瞳。
──ぶつかる。キスされる。納豆食べたばっかりなのに。
一瞬で演算される思考。反射的に目を瞑れば、予想していた唇への接触……ではなく、長い指が目尻をやわらかく払った感触だった。
「睫毛。」
「………………へ?」
「だから、睫毛。ついてたよ。」
五条が指先で摘んでいるそれは、黒い睫毛。
何かの拍子に抜けてしまったそれは、名無しの緊張も一気に拍子抜けしてしまった。
「あ、ありがとうございます。」
バクバクと鳴る心拍が、やたらとうるさかった。
***
(何なの、今日。)
その文句の向かう先は五条ではなく、自分自身にだ。
いや、責任の一端は五条にもあるのかもしれないが、八割は名無しの心の持ちようの問題だろう。
高専の中庭の掃き掃除をしていると、背後からぬっと顔を出してきた五条。
不意打ちで、距離もやたらと近いそれは、一瞬『奪われる』と箒を握りしめ身構えてしまった。
が、彼は何をする訳でもなく、名無しを見つけたから声を掛けただけであって、いつも通り笑いながら「今から悠仁達の実習、付き合ってくるね」と手を振り去っていった。
その次は昼下がり。
花壇の手入れを終わらせ、木陰でウトウト一休みしていると、不意に頬に当てられた冷たい何か。
「びゃっ」と可愛げの欠片もない声を上げて目を覚ませば、コンビニのビニール袋を片手にくつくつと笑う五条の姿。
実習が終わったのだろう。遠くには虎杖達の姿も見える。
「そんな無防備に寝てたらキスしちゃうよ」なんて茶化しながら、五条はお茶とガリガリ君が入った袋を手渡す。
「じゃ、頑張るのも程々にね。」と言い、頭をひと撫でして去っていった。
そして夕方。
夕飯を作っていると「美味しそう〜」と五条が台所へ顔を出してくる。
彼の教え子達はというと、畳んでいた卓袱台を追加で出したり、テレビのクイズ番組を真剣に答えている最中だ。
「…味見しますか?」と小皿を差し出せば頷かれ、彼の形のいい唇が小皿のふちに触れる。
そう。なんてことない、絵に書いたような『ありふれた日常』が過ぎただけだった。
(おかしい。キスの日なのに、)
そして現在。
夕食を終え、各々部屋に帰り、当たり前のように五条が管理人室の風呂を使っている。
ザァザァと雨垂れに似たシャワーの音。
それがぼんやりと遠くに聞こえるような錯覚をしてしまうほど、名無しは悶々と考え込んでしまっていた。
シャワーの音が止まったことに、気づかないくらい。
(もしかして私からキスをするのを試されてる?いや、それもそうか。受け身なのも問題……とはいえいつも五条さんの方が手が早すぎるのもどうなの…?
そして冷静になれ、私。そりゃ日中はお互い仕事中なんだからいくら距離感が近くても、しないのが普通でしょうよ。っていうか、いつもいつも隙あらばちゅーしてくる五条さんがアウトなのであって、今日はむしろ真っ当だし、いつキスされるのか一日中意識していた私が──)
「名無し?」
顔を、覗き込まれる。
『誰に』と確認するまでもない。この部屋にいるのは五条と名無しだけなのだから。
パンツ一枚とタオルを首から下げた五条は、見るからに風呂上がりだ。
鍛えられた黄金比のような肉体が、布一枚でしか隠されていない。
ポタポタと髪から落ちる滴も、やや上気した肌も、石鹸の匂いも『凶悪』の一言に尽きた。
「〜〜〜ッ!」
名無しが肩を揺らすより早く、当てられる額と額。
互いの吐息が混ざる距離に、堂々巡りしていた思考、もとい煩悩は急停止する。
恋人という間柄になって数年経つというのに、未だこの距離に慣れない。
顔がいいのは、分かっている。
だけどこの近さは眼福を通り越して目に毒だ。
身動ぎひとつすれば唇に触れることが出来るだろう。
視線を落とせば、ささくれ一つない唇が一瞬視界に映る。
やはり、目に毒だ。
「顔赤いけど、熱はなさそうだね。」
「ご、五条さん、あの…っ」
──そして、五条悟という男が『性悪』だということを、分かっていたというのに完全に失念していた。
「…………っく、クククッ」
肩を震わせて笑いだす五条。
何が彼の笑いのツボにハマったのか分からないまま、名無しはやたらと顔がいい恋人の顔面をただ呆然と眺めた。
「ねぇ、キスして欲しかった?」
脳天を、もしくは心臓を一突きされたかのような衝撃。
堂々巡りしてした煩悩の結論を見透かされたのかと仰天し、名無しの声は思わず裏返った。
「なっ、な、なんっ、え!?」
「いやぁ、近づく度に物欲しそうな顔するからさぁ」
「からかっていたんですか!?」
「だって可愛いから。」
距離が近いのに、触れて来ない。
いつもなら遠慮なく奪われる唇も、今日は貞操を守ったままだったのは『そういうこと』らしい。
「悪趣味です……」
名無しがくしゃりと顔を歪めれば、五条は悪戯が成功した子供のように無邪気な笑みを浮かべる。
やられっぱなしは癪なので、余裕に満ちたその唇を掠めとるように奪ってやった。
やわらかく、あたたかい感触。
一瞬触れただけの拙いキスも、名無しにとっては大偉業である。
──何せ、目の前の『最強』が珍しく目を丸くしているのだから。
が、そんな表情はほんの一瞬で解ける。
蕩けたように目を細め、するりと名無しの頬へ指を滑らせた。
「お腹いっぱいなんじゃなかったの?」
「だから一回だけです。ちゃんと服きてくださいね。私は先に寝ます、おやすみなさ、」
続けられる言葉は、唇でまんまと塞がれる。
触れるだけの可愛らしいキスで満足する男ならよかったのに。
隙間なく合わせられ、貪られる唇。
五条の肉色の舌が歯列をなぞって、舌を絡め、名無しの上顎の裏を擽る。
逃げようと体勢を崩した名無しの隙を見逃すはずもなく、唇を塞いだままやわらかくラグの上へ押し倒した。
くぐもった嬌声と、唾液が混ざる水音。
酸素を求める呼吸が二つ。
甘い甘い口内を堪能した五条は、伝う銀糸を舌でプツリと絡め取り、蛍光灯の下でほくそ笑んだ。
僕らのxxx day
「僕、朝から足りてなかったんだよね。」
舌なめずりする彼から、逃げる術があるなら誰か教えて欲しい。
テレビから流れる、他愛ない朝のニュース。
「だってさ、名無し。キスの日。」
「そうですか。」
味噌汁を飲んだ五条が、ちらりと名無しを見遣る。
彼女はというと朝食の納豆をねりねりと混ぜているところ。横顔は真剣そうだ。
「えー、僕とチュッチュしないの?」
「……昨晩でお腹いっぱいです…」
こうして五条と朝を迎えているということは、つまりそういうことだ。
女子の日や、そしてたまに『ただ寝るだけ』の夜もあるのだが、昨日はそうじゃなかった。
つまりそういうことだ。
キスも、それ以外も浴びるように受け取った。
それに今は納豆を練っている。
せめて朝ごはんの後にして欲しい。女としての沽券に関わる。
五条も納豆を食べているとはいえ、納豆味のキスはちょっと御遠慮頂きたい。
「名無し。」
「なんで、す」
『か。』と言い終わるまでに急接近してくる国宝級の顔。
怪しい目隠しもサングラスもない。
月白色の睫毛に縁取られた、空色の瞳。
──ぶつかる。キスされる。納豆食べたばっかりなのに。
一瞬で演算される思考。反射的に目を瞑れば、予想していた唇への接触……ではなく、長い指が目尻をやわらかく払った感触だった。
「睫毛。」
「………………へ?」
「だから、睫毛。ついてたよ。」
五条が指先で摘んでいるそれは、黒い睫毛。
何かの拍子に抜けてしまったそれは、名無しの緊張も一気に拍子抜けしてしまった。
「あ、ありがとうございます。」
バクバクと鳴る心拍が、やたらとうるさかった。
***
(何なの、今日。)
その文句の向かう先は五条ではなく、自分自身にだ。
いや、責任の一端は五条にもあるのかもしれないが、八割は名無しの心の持ちようの問題だろう。
高専の中庭の掃き掃除をしていると、背後からぬっと顔を出してきた五条。
不意打ちで、距離もやたらと近いそれは、一瞬『奪われる』と箒を握りしめ身構えてしまった。
が、彼は何をする訳でもなく、名無しを見つけたから声を掛けただけであって、いつも通り笑いながら「今から悠仁達の実習、付き合ってくるね」と手を振り去っていった。
その次は昼下がり。
花壇の手入れを終わらせ、木陰でウトウト一休みしていると、不意に頬に当てられた冷たい何か。
「びゃっ」と可愛げの欠片もない声を上げて目を覚ませば、コンビニのビニール袋を片手にくつくつと笑う五条の姿。
実習が終わったのだろう。遠くには虎杖達の姿も見える。
「そんな無防備に寝てたらキスしちゃうよ」なんて茶化しながら、五条はお茶とガリガリ君が入った袋を手渡す。
「じゃ、頑張るのも程々にね。」と言い、頭をひと撫でして去っていった。
そして夕方。
夕飯を作っていると「美味しそう〜」と五条が台所へ顔を出してくる。
彼の教え子達はというと、畳んでいた卓袱台を追加で出したり、テレビのクイズ番組を真剣に答えている最中だ。
「…味見しますか?」と小皿を差し出せば頷かれ、彼の形のいい唇が小皿のふちに触れる。
そう。なんてことない、絵に書いたような『ありふれた日常』が過ぎただけだった。
(おかしい。キスの日なのに、)
そして現在。
夕食を終え、各々部屋に帰り、当たり前のように五条が管理人室の風呂を使っている。
ザァザァと雨垂れに似たシャワーの音。
それがぼんやりと遠くに聞こえるような錯覚をしてしまうほど、名無しは悶々と考え込んでしまっていた。
シャワーの音が止まったことに、気づかないくらい。
(もしかして私からキスをするのを試されてる?いや、それもそうか。受け身なのも問題……とはいえいつも五条さんの方が手が早すぎるのもどうなの…?
そして冷静になれ、私。そりゃ日中はお互い仕事中なんだからいくら距離感が近くても、しないのが普通でしょうよ。っていうか、いつもいつも隙あらばちゅーしてくる五条さんがアウトなのであって、今日はむしろ真っ当だし、いつキスされるのか一日中意識していた私が──)
「名無し?」
顔を、覗き込まれる。
『誰に』と確認するまでもない。この部屋にいるのは五条と名無しだけなのだから。
パンツ一枚とタオルを首から下げた五条は、見るからに風呂上がりだ。
鍛えられた黄金比のような肉体が、布一枚でしか隠されていない。
ポタポタと髪から落ちる滴も、やや上気した肌も、石鹸の匂いも『凶悪』の一言に尽きた。
「〜〜〜ッ!」
名無しが肩を揺らすより早く、当てられる額と額。
互いの吐息が混ざる距離に、堂々巡りしていた思考、もとい煩悩は急停止する。
恋人という間柄になって数年経つというのに、未だこの距離に慣れない。
顔がいいのは、分かっている。
だけどこの近さは眼福を通り越して目に毒だ。
身動ぎひとつすれば唇に触れることが出来るだろう。
視線を落とせば、ささくれ一つない唇が一瞬視界に映る。
やはり、目に毒だ。
「顔赤いけど、熱はなさそうだね。」
「ご、五条さん、あの…っ」
──そして、五条悟という男が『性悪』だということを、分かっていたというのに完全に失念していた。
「…………っく、クククッ」
肩を震わせて笑いだす五条。
何が彼の笑いのツボにハマったのか分からないまま、名無しはやたらと顔がいい恋人の顔面をただ呆然と眺めた。
「ねぇ、キスして欲しかった?」
脳天を、もしくは心臓を一突きされたかのような衝撃。
堂々巡りしてした煩悩の結論を見透かされたのかと仰天し、名無しの声は思わず裏返った。
「なっ、な、なんっ、え!?」
「いやぁ、近づく度に物欲しそうな顔するからさぁ」
「からかっていたんですか!?」
「だって可愛いから。」
距離が近いのに、触れて来ない。
いつもなら遠慮なく奪われる唇も、今日は貞操を守ったままだったのは『そういうこと』らしい。
「悪趣味です……」
名無しがくしゃりと顔を歪めれば、五条は悪戯が成功した子供のように無邪気な笑みを浮かべる。
やられっぱなしは癪なので、余裕に満ちたその唇を掠めとるように奪ってやった。
やわらかく、あたたかい感触。
一瞬触れただけの拙いキスも、名無しにとっては大偉業である。
──何せ、目の前の『最強』が珍しく目を丸くしているのだから。
が、そんな表情はほんの一瞬で解ける。
蕩けたように目を細め、するりと名無しの頬へ指を滑らせた。
「お腹いっぱいなんじゃなかったの?」
「だから一回だけです。ちゃんと服きてくださいね。私は先に寝ます、おやすみなさ、」
続けられる言葉は、唇でまんまと塞がれる。
触れるだけの可愛らしいキスで満足する男ならよかったのに。
隙間なく合わせられ、貪られる唇。
五条の肉色の舌が歯列をなぞって、舌を絡め、名無しの上顎の裏を擽る。
逃げようと体勢を崩した名無しの隙を見逃すはずもなく、唇を塞いだままやわらかくラグの上へ押し倒した。
くぐもった嬌声と、唾液が混ざる水音。
酸素を求める呼吸が二つ。
甘い甘い口内を堪能した五条は、伝う銀糸を舌でプツリと絡め取り、蛍光灯の下でほくそ笑んだ。
僕らのxxx day
「僕、朝から足りてなかったんだよね。」
舌なめずりする彼から、逃げる術があるなら誰か教えて欲しい。