short story
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7月7日。
特に祝日でもなければ、誰かの誕生日というわけでもない。
名無しは他愛もない話を、電話越しに五条へ伝えていた。
昨日、虎杖達と山へ笹を取りに行ったこと。
そこで釘崎の手際が非常に良かったこと。
真希がパンダに『笹だぞ。パンダ、好きだろ?』とからかっていたこと。
今日、乙骨達と七夕飾りを作ったこと。
宮城の七夕祭りの様子を、乙骨と虎杖が懐かしむように会話に花を咲かせていたこと。
彼らの先輩にあたる秤は、朝からパチンコへ並びに行ったこと。何やら7月7日はよく当たるのだとか。
そう。今日は、七夕だ。
『仕事サボって毎日イチャイチャしてたから自業自得なんだけど、一年に一回しか会えないとか考えられなーい。』
可愛子ぶった口調だが、声は男性そのもので少し気味が悪い。
五条の軽薄・悪ふざけ・冗談めいたノリにも随分(不本意だが)慣れてしまった名無しは、なんてことない様子で会話を続けた。
「なんて言いながら二週間高専に戻れていない五条さんなのでした。なんというか、皮肉ですね。」
織姫と彦星ほど手厳しい面会条件ではないものの、高専で姿を見ない日が度々ある五条がそれを言うと、恋人の関係になっている名無しからすれば中々のブーメランなのだ。
『いやいや。僕の方が可愛いモンよ。働き者だし?そもそも雨が降ったら彦星と織姫って会えないんでしょ。一年に一回会えるどころか、完全にお天道様の気分次第じゃん。』
「日本ではそう言われてますね。でも意外と天気が雨だったとしても実際は会えているって話もあるんですよ。」
御伽噺に『会った』『会えなかった』を議論するのも馬鹿馬鹿しい話だが。
そんなことを言い出したら元も子もないので口を噤む。こういうのは浪漫が大事なのだ。
それに神話や伝承は呪いと密接な関係にある。
七夕に関する呪いなんて聞いたことがないが、知らないよりは知っている方が今後何かで役に立つ時があるかもしれない。
『そうなの?』
「はい。七夕に雨が降るのは再会出来たから嬉し涙が降っている説や、彦星が船を漕いだから川の水が溢れて、それが雨になって降る……なんて逸話もあるんですよ。」
『へぇー。結局、都合のいいように解釈出来るってことなんだ。』
「まぁ日本各地によって天気が違いますから。そうなんですけど…身も蓋もないですね。」
術式の解釈によって出来ることの幅が増えることと同じで、神話や伝承もルーツを辿れば実にあやふやなものが意外に多かったりする。
ギリシャ神話を例に挙げれば神様が星になっただの、七夕に関して言えば天の川によって織姫と彦星が会えないなどと言われているが……
実際はただの一等星の中のひとつで、天の川に至っては無数の恒星の集団である。
……呪術の一種である陰陽術の中の、安倍晴明も得意とした占星術ならまた違った解釈があるのかもしれないが。
少なくとも五条にとっても名無しにとっても、星は結局ただの星なのだ。
「まぁ、会えるんだったらいいんじゃないですか?残念ながら私の彦星さんは絶賛出張中ですけど。」
架空の恋愛にはしゃぐほど若くない。
けれど会えている『かもしれない』という可能性があるなら。
どうせならポジティブな解釈をしたってバチは当たらないだろう。
名無しは嫌味という程でもない冗談を交え、電話越しに小さく笑った。
『お。私と仕事どっちが大事なの!?ってヤツ?』
「何言ってるんですか。仕事の方が大事ですよ」
『それこそ身も蓋もないって言うんだよ、名無し。』
真面目な彼女らしい回答だと、今度は五条が笑う。
『ね、僕に会いたい?』
「…………そりゃあ、まぁ。…はい。」
歯切れ悪く、しかし素直に。
我儘は言わない。呪いを祓い、誰かを救うための仕事なのだ。
それを全て覚悟してこの業界で名無し自身も生業を行い、五条悟の恋人という看板を背負っているのだ。
とはいえ、寂しくないと言えば嘘になる。
……五条としては『もっと我儘言えばいいのに』と苦笑いを浮かべるばかりなのだ。
『そっちの天気って、今はどう?』
「雨のち晴れ、と天気予報は言っていましたけど……今はどうでしょう。曇ってるかもしれませんね。」
管理人室の掃き出し窓を開け放てば、コンクリートと草の濡れた匂いが鼻腔を擽った。
雨音は通り過ぎ、外は静まり返っている。
雨上がりだからだろう。虫の音すら草間に潜んでしまい、夏の夜とは思えない静けさだ。
──虫の声は。
「やーやー、名無しの彦星・五条悟だよ〜。」
電波越しの声ではなく、今度は肉声で。
出張土産の紙袋を片手に持ち、もう片手にスマートフォンを持ったままの五条が笑う。
無下限があるからか…はたまた雨が止んでいたからか。湿った雨上がりの空気とは相反して、彼の肩はさらりと乾いていた。
「お仕事はどうされたんですか?」
「えー第一声がそれ?ちょっぱやで終わらせたよ。名無しが『五条さんに会いた〜い!寂しくて泣いちゃう!』って言うから。」
「新手の悪質な誇大広告ですね。」
寂しくて泣く、なんてしおらしいことが出来れば可愛げがあったかもしれない。
名無しは困ったように肩を小さく竦め、招き入れるようにカーテンを暖簾のようにそっと払いのけた。
「おかえりなさい、五条さん。」
「ただーいま。」
『玄関から入ってください』なんて小言は野暮だろう。
掃き出し窓に置いてある踏み台の上に行儀悪く、しかし靴を揃えて脱いだ五条は、出迎えた名無しを思い切り抱きしめた。
とある星の御伽噺を
「五条彦星さんには天気なんて関係なかったですね。」
「惚れ直した?」
「もう惚れてますよ。」
特に祝日でもなければ、誰かの誕生日というわけでもない。
名無しは他愛もない話を、電話越しに五条へ伝えていた。
昨日、虎杖達と山へ笹を取りに行ったこと。
そこで釘崎の手際が非常に良かったこと。
真希がパンダに『笹だぞ。パンダ、好きだろ?』とからかっていたこと。
今日、乙骨達と七夕飾りを作ったこと。
宮城の七夕祭りの様子を、乙骨と虎杖が懐かしむように会話に花を咲かせていたこと。
彼らの先輩にあたる秤は、朝からパチンコへ並びに行ったこと。何やら7月7日はよく当たるのだとか。
そう。今日は、七夕だ。
『仕事サボって毎日イチャイチャしてたから自業自得なんだけど、一年に一回しか会えないとか考えられなーい。』
可愛子ぶった口調だが、声は男性そのもので少し気味が悪い。
五条の軽薄・悪ふざけ・冗談めいたノリにも随分(不本意だが)慣れてしまった名無しは、なんてことない様子で会話を続けた。
「なんて言いながら二週間高専に戻れていない五条さんなのでした。なんというか、皮肉ですね。」
織姫と彦星ほど手厳しい面会条件ではないものの、高専で姿を見ない日が度々ある五条がそれを言うと、恋人の関係になっている名無しからすれば中々のブーメランなのだ。
『いやいや。僕の方が可愛いモンよ。働き者だし?そもそも雨が降ったら彦星と織姫って会えないんでしょ。一年に一回会えるどころか、完全にお天道様の気分次第じゃん。』
「日本ではそう言われてますね。でも意外と天気が雨だったとしても実際は会えているって話もあるんですよ。」
御伽噺に『会った』『会えなかった』を議論するのも馬鹿馬鹿しい話だが。
そんなことを言い出したら元も子もないので口を噤む。こういうのは浪漫が大事なのだ。
それに神話や伝承は呪いと密接な関係にある。
七夕に関する呪いなんて聞いたことがないが、知らないよりは知っている方が今後何かで役に立つ時があるかもしれない。
『そうなの?』
「はい。七夕に雨が降るのは再会出来たから嬉し涙が降っている説や、彦星が船を漕いだから川の水が溢れて、それが雨になって降る……なんて逸話もあるんですよ。」
『へぇー。結局、都合のいいように解釈出来るってことなんだ。』
「まぁ日本各地によって天気が違いますから。そうなんですけど…身も蓋もないですね。」
術式の解釈によって出来ることの幅が増えることと同じで、神話や伝承もルーツを辿れば実にあやふやなものが意外に多かったりする。
ギリシャ神話を例に挙げれば神様が星になっただの、七夕に関して言えば天の川によって織姫と彦星が会えないなどと言われているが……
実際はただの一等星の中のひとつで、天の川に至っては無数の恒星の集団である。
……呪術の一種である陰陽術の中の、安倍晴明も得意とした占星術ならまた違った解釈があるのかもしれないが。
少なくとも五条にとっても名無しにとっても、星は結局ただの星なのだ。
「まぁ、会えるんだったらいいんじゃないですか?残念ながら私の彦星さんは絶賛出張中ですけど。」
架空の恋愛にはしゃぐほど若くない。
けれど会えている『かもしれない』という可能性があるなら。
どうせならポジティブな解釈をしたってバチは当たらないだろう。
名無しは嫌味という程でもない冗談を交え、電話越しに小さく笑った。
『お。私と仕事どっちが大事なの!?ってヤツ?』
「何言ってるんですか。仕事の方が大事ですよ」
『それこそ身も蓋もないって言うんだよ、名無し。』
真面目な彼女らしい回答だと、今度は五条が笑う。
『ね、僕に会いたい?』
「…………そりゃあ、まぁ。…はい。」
歯切れ悪く、しかし素直に。
我儘は言わない。呪いを祓い、誰かを救うための仕事なのだ。
それを全て覚悟してこの業界で名無し自身も生業を行い、五条悟の恋人という看板を背負っているのだ。
とはいえ、寂しくないと言えば嘘になる。
……五条としては『もっと我儘言えばいいのに』と苦笑いを浮かべるばかりなのだ。
『そっちの天気って、今はどう?』
「雨のち晴れ、と天気予報は言っていましたけど……今はどうでしょう。曇ってるかもしれませんね。」
管理人室の掃き出し窓を開け放てば、コンクリートと草の濡れた匂いが鼻腔を擽った。
雨音は通り過ぎ、外は静まり返っている。
雨上がりだからだろう。虫の音すら草間に潜んでしまい、夏の夜とは思えない静けさだ。
──虫の声は。
「やーやー、名無しの彦星・五条悟だよ〜。」
電波越しの声ではなく、今度は肉声で。
出張土産の紙袋を片手に持ち、もう片手にスマートフォンを持ったままの五条が笑う。
無下限があるからか…はたまた雨が止んでいたからか。湿った雨上がりの空気とは相反して、彼の肩はさらりと乾いていた。
「お仕事はどうされたんですか?」
「えー第一声がそれ?ちょっぱやで終わらせたよ。名無しが『五条さんに会いた〜い!寂しくて泣いちゃう!』って言うから。」
「新手の悪質な誇大広告ですね。」
寂しくて泣く、なんてしおらしいことが出来れば可愛げがあったかもしれない。
名無しは困ったように肩を小さく竦め、招き入れるようにカーテンを暖簾のようにそっと払いのけた。
「おかえりなさい、五条さん。」
「ただーいま。」
『玄関から入ってください』なんて小言は野暮だろう。
掃き出し窓に置いてある踏み台の上に行儀悪く、しかし靴を揃えて脱いだ五条は、出迎えた名無しを思い切り抱きしめた。
とある星の御伽噺を
「五条彦星さんには天気なんて関係なかったですね。」
「惚れ直した?」
「もう惚れてますよ。」