short story
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「何作ってんの?」
台所で缶詰のシロップを切っている名無しの背後から、覆い被さるように覗き込んでくる長身の影。
聞き慣れた声と嗅ぎなれた匂いに僅かに頬を緩ませて、彼女は首だけ小さく振り返った。
「白玉団子です。買ってそのままにしていたフルーツの缶詰もあったので、フルーツ白玉でも作ろうかと」
『甘いものが大好きな五条さんはきっと好きだろうと思って』という一言を呑み込み、胡散臭いアイマスクをつけた彼に水切りザルの中身を見せた。
「へぇ。簡単なの?」
「ご家庭で作るものなら、白玉粉と水を混ぜて茹でるだけですよ。」
喫茶店で出てくる白玉団子はもっときちんとした作り方やこだわりがあるのかもしれないが、一般家庭で作るのはこんな物だろう。
のどごしもつるりとした白玉は、汁粉に入れても中々悪くない。きな粉にまぶして食べても美味しいし、黒蜜をかけたら最高の一言に尽きる。
作り方もお手軽なので、無性に甘いものが食べたくなった時に重宝する和菓子のひとつだった。
「やってみますか?」
「ン。」
一つ返事を返され、手を洗った五条が背後から隣に立つ。
管理人室の台所は狭くはないのだが、お世辞にも広いとは言えない。
特に190cm超の大男が占領したとなると、見慣れたシンクすらミニチュアのように見えてくるのは錯覚だろうか。
そこそこの量を入れた白玉粉も、五条が捏ね始めると分量が足りるか不安になってくる。
彫刻のように綺麗な顔立ちは酷く繊細なのに、長い指は逞しく、色白の手は厚みがある。見るからに『男の手』だ。
水をちょろちょろと加えながら、遠慮なくグイグイ捏ねられる白玉粉がちょっとだけ可哀想で、ほんの少しだけおかしかった。
特級呪術師が白玉粉を捏ねてるだけで、既に面白い絵面なのだから。
「餅とも片栗粉とも言えない触り心地だね。」
「粘土作ってるみたいで結構好きですよ、私は。水の分量は、耳朶くらいのやわらかさになるまで捏ねるのがポイントだそうです。」
ミカン、黄桃、パイナップル。缶詰フルーツにソーダを混ぜ合わせた後、白玉粉のパッケージ裏を見ながら五条へ説明する名無し。
肝心の五条はというと『耳朶のやわらかさ』がピンとこないらしく、小さく首を傾げながら白玉粉を捏ね続けた。
それも仕方ない。ピアスの穴ひとつない五条は自分の耳朶を触る機会はあったとしても、感触を意識して覚える程のものではない。
「耳朶って言われてもね。両手白玉粉まみれで確かめられないんだけど。」
「先に手順をお見せすれぱよかったですね、すみません。」
「大体でいいですよ」と名無しは小さく笑い、白玉を茹でるための鍋になみなみと水を注ぐ。
(耳朶の柔らかさねぇ……)
名無しは、見えていなかった。
彼女の頭二つ分程高い位置で、ニタリと浮かべた五条の底意地悪そうな笑みを。
ぬっと名無しの頭上へ影が落ち、天上のものと例えても遜色ない端正な顔立ちが、彼女の耳元を攫うように接近したのは──まさに一瞬の出来事だった。
「んッ、あっ!?」
耳朶を這う、ぬるりとした感覚。
歯を立ててはいないものの唇でやわりと食まれ、軽く引っ張られるような。
素っ頓狂なようで、甘い声。
驚きのあまり、水を張った片手鍋は大きな音を立ててシンクへ落ちてしまった。
「ん、な、な、ななな、なん、なっ」
「耳朶って、僕が思ってた以上に柔らかいね。」
満足そうに舌なめずりする五条は、申し訳なさや後ろめたさが微塵もなかった。
あるのは『してやったり』と悪戯を成功させた子供のような笑顔のみ。
「〜〜〜ッ人の、耳で、確かめないでください。」
「でもいい感じの柔らかさになりそう。」
ころころころころ。
大きな手のひらで転がされる、一口サイズよりも一回り控えめな大きさの白玉団子。
茹で上がりをよくするため親指と人差し指で軽く押し潰し、出来上がった団子を見せびらかしながら、五条は更に笑みを深く刻んだ。
「クセになりそうなやわらかさだったよ。」
「……少し黙っててください…」
顔を真っ赤に染めながら、名無しはそっと歯噛みする。
耳朶のやわらかさを知らないなんて、きっと嘘だ。
少なくとも……仕上げに団子をきちんと茹で上げるため、押し潰す手順を知っているのだから。
(してやられた。)
やわらかくて、あまくて。
「…ちょっとこの白玉団子、水加減ゆるくないですか?」
「名無しのはこのくらいだったけど?」
……顔を真っ赤に染め上げ、不服そうに口元を固く結んだ名無しが、じとりと黙って睨めつけたのは言うまでもないだろう。
台所で缶詰のシロップを切っている名無しの背後から、覆い被さるように覗き込んでくる長身の影。
聞き慣れた声と嗅ぎなれた匂いに僅かに頬を緩ませて、彼女は首だけ小さく振り返った。
「白玉団子です。買ってそのままにしていたフルーツの缶詰もあったので、フルーツ白玉でも作ろうかと」
『甘いものが大好きな五条さんはきっと好きだろうと思って』という一言を呑み込み、胡散臭いアイマスクをつけた彼に水切りザルの中身を見せた。
「へぇ。簡単なの?」
「ご家庭で作るものなら、白玉粉と水を混ぜて茹でるだけですよ。」
喫茶店で出てくる白玉団子はもっときちんとした作り方やこだわりがあるのかもしれないが、一般家庭で作るのはこんな物だろう。
のどごしもつるりとした白玉は、汁粉に入れても中々悪くない。きな粉にまぶして食べても美味しいし、黒蜜をかけたら最高の一言に尽きる。
作り方もお手軽なので、無性に甘いものが食べたくなった時に重宝する和菓子のひとつだった。
「やってみますか?」
「ン。」
一つ返事を返され、手を洗った五条が背後から隣に立つ。
管理人室の台所は狭くはないのだが、お世辞にも広いとは言えない。
特に190cm超の大男が占領したとなると、見慣れたシンクすらミニチュアのように見えてくるのは錯覚だろうか。
そこそこの量を入れた白玉粉も、五条が捏ね始めると分量が足りるか不安になってくる。
彫刻のように綺麗な顔立ちは酷く繊細なのに、長い指は逞しく、色白の手は厚みがある。見るからに『男の手』だ。
水をちょろちょろと加えながら、遠慮なくグイグイ捏ねられる白玉粉がちょっとだけ可哀想で、ほんの少しだけおかしかった。
特級呪術師が白玉粉を捏ねてるだけで、既に面白い絵面なのだから。
「餅とも片栗粉とも言えない触り心地だね。」
「粘土作ってるみたいで結構好きですよ、私は。水の分量は、耳朶くらいのやわらかさになるまで捏ねるのがポイントだそうです。」
ミカン、黄桃、パイナップル。缶詰フルーツにソーダを混ぜ合わせた後、白玉粉のパッケージ裏を見ながら五条へ説明する名無し。
肝心の五条はというと『耳朶のやわらかさ』がピンとこないらしく、小さく首を傾げながら白玉粉を捏ね続けた。
それも仕方ない。ピアスの穴ひとつない五条は自分の耳朶を触る機会はあったとしても、感触を意識して覚える程のものではない。
「耳朶って言われてもね。両手白玉粉まみれで確かめられないんだけど。」
「先に手順をお見せすれぱよかったですね、すみません。」
「大体でいいですよ」と名無しは小さく笑い、白玉を茹でるための鍋になみなみと水を注ぐ。
(耳朶の柔らかさねぇ……)
名無しは、見えていなかった。
彼女の頭二つ分程高い位置で、ニタリと浮かべた五条の底意地悪そうな笑みを。
ぬっと名無しの頭上へ影が落ち、天上のものと例えても遜色ない端正な顔立ちが、彼女の耳元を攫うように接近したのは──まさに一瞬の出来事だった。
「んッ、あっ!?」
耳朶を這う、ぬるりとした感覚。
歯を立ててはいないものの唇でやわりと食まれ、軽く引っ張られるような。
素っ頓狂なようで、甘い声。
驚きのあまり、水を張った片手鍋は大きな音を立ててシンクへ落ちてしまった。
「ん、な、な、ななな、なん、なっ」
「耳朶って、僕が思ってた以上に柔らかいね。」
満足そうに舌なめずりする五条は、申し訳なさや後ろめたさが微塵もなかった。
あるのは『してやったり』と悪戯を成功させた子供のような笑顔のみ。
「〜〜〜ッ人の、耳で、確かめないでください。」
「でもいい感じの柔らかさになりそう。」
ころころころころ。
大きな手のひらで転がされる、一口サイズよりも一回り控えめな大きさの白玉団子。
茹で上がりをよくするため親指と人差し指で軽く押し潰し、出来上がった団子を見せびらかしながら、五条は更に笑みを深く刻んだ。
「クセになりそうなやわらかさだったよ。」
「……少し黙っててください…」
顔を真っ赤に染めながら、名無しはそっと歯噛みする。
耳朶のやわらかさを知らないなんて、きっと嘘だ。
少なくとも……仕上げに団子をきちんと茹で上げるため、押し潰す手順を知っているのだから。
(してやられた。)
やわらかくて、あまくて。
「…ちょっとこの白玉団子、水加減ゆるくないですか?」
「名無しのはこのくらいだったけど?」
……顔を真っ赤に染め上げ、不服そうに口元を固く結んだ名無しが、じとりと黙って睨めつけたのは言うまでもないだろう。