short story
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悠仁達の提出物に添削をしていた時のこと。
呪霊を祓ったレポートの一番下、担任欄に『怪我もなかったみたいで良かった。次は準二級を祓う任務にしちゃおっかな〜』とコメントを書き、椅子に座ったままうんと背伸びをした。
「学生の頃も思ってましたけど……五条さんの字って、綺麗ですね。」
甘ったるいカフェラテの缶コーヒーを差し出しながら、職員室にやってきた名無しは僕の手元を覗き込んだ。
「そう?」
「はい。大人らしい字…って言えばいいんですかね。こう、ペンでサラサラ〜っと書いても字が綺麗なの、かっこいいです」
彼女の口から零れる、賞賛の言葉。
『顔がいい』とか『強い』だとか、皆の思う『五条悟』であれば当然の絶賛は多々あれど、字の上手さを大人になって褒められたのは初めてのことだった。
特に、大好きな恋人からの『かっこいい』は格別だ。録音しておけばよかった。
名無しが僕のことを褒めてくれることが珍しいわけではないが、生徒の手前『教育に悪い』と眉を顰められることが最近は増えていたから、久しぶりの褒め言葉は骨身に沁みる。
幼い頃の僕へ。あんなに面倒だったお稽古、此処にきてまさかの本領発揮だよ。
「名無しの字はヘタウマだもんね。」
「普通に下手って言ってくださった方がマシなんですけど」
読めない悪筆ではないのだが、大人びた字形とは縁遠い名無しの字。
本人のテキパキした性格とは相反して、文字は何ともいえないゆるさなのだ。
勿論真剣に、慎重に書かせたら、字が綺麗な小学生くらいは書けることを知っている。
けれど、彼女の普段の字──例えば買い物メモとか──などは、気が抜けた炭酸のような形をしていることも、僕は知っていた。
「ね。五条悟って書いてみてよ、いつもの字で。」
机の端に置きっぱなしだった大きめのポストイットと、お気に入りの万年筆。
それを少しばかり嫌そうに握った名無しが書いた文字は……つつけばマシュマロよりもやわらかそうで、食べたら綿菓子のように口の中で溶けてしまいそうな文字の形をしていた。
「……ん、ふふ。可愛い字。」
「……通信教育でペン字でも習おうかな…」
真面目な顔で悩む名無しに「いいじゃん、味があって。」とフォローを入れるが……本当に通信講座で習い始めそうだ。
それだけは阻止しなければ。僕はこのゆるふわな文字が好きなんだから。
「あれだよ、アレ。ナントカカンタービレでやってたじゃん。僕のためにフォント作ってよ。」
「ご冗談を。」
困ったように笑った名無しは「それじゃあ、お仕事頑張ってくださいね」と言い残し、職員室を静かに去っていった。
ブルーブラックに想いを馳せて
所見欄を書き埋めて、僕は名無しの残していった付箋に視線を落とす。
ゆるゆるした字の下に濃紺のインクを含んだ万年筆のペン先を走らせ、書いた名前は──
『五条名無し』
(悪くないんじゃない?)
自分でも気持ち悪い笑顔をニンマリ浮かべ、僕は一枚のポストイットを大切にデスクの中へしまい込むのであった。
呪霊を祓ったレポートの一番下、担任欄に『怪我もなかったみたいで良かった。次は準二級を祓う任務にしちゃおっかな〜』とコメントを書き、椅子に座ったままうんと背伸びをした。
「学生の頃も思ってましたけど……五条さんの字って、綺麗ですね。」
甘ったるいカフェラテの缶コーヒーを差し出しながら、職員室にやってきた名無しは僕の手元を覗き込んだ。
「そう?」
「はい。大人らしい字…って言えばいいんですかね。こう、ペンでサラサラ〜っと書いても字が綺麗なの、かっこいいです」
彼女の口から零れる、賞賛の言葉。
『顔がいい』とか『強い』だとか、皆の思う『五条悟』であれば当然の絶賛は多々あれど、字の上手さを大人になって褒められたのは初めてのことだった。
特に、大好きな恋人からの『かっこいい』は格別だ。録音しておけばよかった。
名無しが僕のことを褒めてくれることが珍しいわけではないが、生徒の手前『教育に悪い』と眉を顰められることが最近は増えていたから、久しぶりの褒め言葉は骨身に沁みる。
幼い頃の僕へ。あんなに面倒だったお稽古、此処にきてまさかの本領発揮だよ。
「名無しの字はヘタウマだもんね。」
「普通に下手って言ってくださった方がマシなんですけど」
読めない悪筆ではないのだが、大人びた字形とは縁遠い名無しの字。
本人のテキパキした性格とは相反して、文字は何ともいえないゆるさなのだ。
勿論真剣に、慎重に書かせたら、字が綺麗な小学生くらいは書けることを知っている。
けれど、彼女の普段の字──例えば買い物メモとか──などは、気が抜けた炭酸のような形をしていることも、僕は知っていた。
「ね。五条悟って書いてみてよ、いつもの字で。」
机の端に置きっぱなしだった大きめのポストイットと、お気に入りの万年筆。
それを少しばかり嫌そうに握った名無しが書いた文字は……つつけばマシュマロよりもやわらかそうで、食べたら綿菓子のように口の中で溶けてしまいそうな文字の形をしていた。
「……ん、ふふ。可愛い字。」
「……通信教育でペン字でも習おうかな…」
真面目な顔で悩む名無しに「いいじゃん、味があって。」とフォローを入れるが……本当に通信講座で習い始めそうだ。
それだけは阻止しなければ。僕はこのゆるふわな文字が好きなんだから。
「あれだよ、アレ。ナントカカンタービレでやってたじゃん。僕のためにフォント作ってよ。」
「ご冗談を。」
困ったように笑った名無しは「それじゃあ、お仕事頑張ってくださいね」と言い残し、職員室を静かに去っていった。
ブルーブラックに想いを馳せて
所見欄を書き埋めて、僕は名無しの残していった付箋に視線を落とす。
ゆるゆるした字の下に濃紺のインクを含んだ万年筆のペン先を走らせ、書いた名前は──
『五条名無し』
(悪くないんじゃない?)
自分でも気持ち悪い笑顔をニンマリ浮かべ、僕は一枚のポストイットを大切にデスクの中へしまい込むのであった。