short story
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本当に些細なミスで、あまりにも古典的な呪いだった。
日本人形に取り憑いた呪霊を祓った代償が、まさかこんなことになるなんて。
背中まで伸びた黒髪を掴み、心底面倒くさそうに溜息を吐き出す名無し。
呪霊自体は祓ってしまったから解呪も時間の問題とはいえ、背中を這う毛束は気持ちのいいものではなかった。
真希曰く、『猿も木から落ちるってこういうことなんだな』とのこと。
笑いながらくれた髪ゴムで後ろ髪を縛っているものの、頭はいつもより重い気がするし、このままでは肩こりが悪化しそうな気がして少しばかり憂鬱だ。
今日は五条が高専にいなくて本当によかった。
見られた日には散々からかわれ、玩具にされ、カメラロールいっぱいになるまで写真を撮られたに違いない。
重々しい溜息をひとつ吐き出す名無し。
こんな時は甘い物を食べるに限る。
五条が先週置いていった焼き菓子の箱に巻きついていたワインレッドのリボンを解き、高級そうなセサミクッキーを食べようと個包装を開けた瞬間だった。
ノックもなしに開けられるドア。
そこに立っていたのはよく見知った、呪術高専一年生である彼。
「虎杖く……じゃないか。宿儺殿、どうされました?」
複眼も含め、二対の瞳が名無しを見遣る。
……一瞬彼女を視界に捉えた瞬間、息を呑んだような表情に見えたのは気の所為かもしれない。
「下らん呪いを受けたと聞いて、冷やかしに来ただけだ。」
「まぁ、呪いのジャンルが…なんというかレトロですよね。切っても切っても伸びてくるので鬱陶しいんですけど。」
スーパーのビニール袋いっぱいに入った髪の毛はある意味ホラーだろう。
ゴミ収集の人が驚いても可哀想なので、あとで黒いポリ袋に詰め込むか焼却炉へ放り込んでしまおう。
そんな呑気なことを考えながら毛先をくるくると弄っていると、重々しい足音を立てながら彼が近づいてきた。
「宿儺殿?」
「動くな。」
「え、何ですか。何され、いたたた!」
唐突に掴まれる髪の毛。悲鳴を上げる毛根。
後ろへ引っ張られ、ひっくり返りそうになる身体を腕で支えれば、何やら宿儺は真剣な表情で髪を握っている。なんなんだ。
「痛いんですけど。」と抗議しても「黙ってろ」と言われる始末。
下手に抵抗すれば10円ハゲでは済まなさそうなので、名無しは大人しく宿儺の気が済むまでじっとしていることにした。
待つこと、数分。
テーブルの上から何かを取り上げ、髪ゴムに結びつけた彼の表情はどこか満足気に見えなくもなかった。
結い直された髪型は、所謂ポニーテール。
おしゃれ偏差値20を切ってしまうひとつ括りよりは見栄えがするだろうが、なぜ唐突に彼がこのように髪を結んだのか。
理解が追いつかない名無しであったが、詮索するのも馬鹿馬鹿しいので風呂にはいるまではこれでいいかと肩を竦めた。
「これで鬱陶しい髪も少しは見栄えもマシになるだろう」
「すみませんね、鬱陶しい髪で。呪いが解けたらすぐに切るので、ご安心を。」
確かに野暮ったい髪型だったけども。ほっといて欲しい。
うんざりするような溜息を小さく吐き出し、後ろを振り返れば──
不満そうに眉を顰めた宿儺がそこに立っていた。
「………………切るのか。」
「切りますよ。肩こりますもん。」
何が不満だったのか。髪だって好き勝手弄らせたじゃないか。
髪が長ければアレンジしたり寝癖が付きにくかったりメリットがあるのは分かるが、丁寧にケアを出来るとは思えなかったし何より頭が重い。
そうでなくとも肩こりに悩まされているのに、これ以上悪化するのは避けたいところだった。
「あぁ、乳房もこれだけあれば肩が凝るか」
後ろから鷲掴みにされる、胸。
下心があるのか悪気ゼロなのか。
どちらにせよ許し難い行為に、つい反射的に手が出てしまった。
振り向きざまに平手打ちを贈る、コンマ数秒。
剣呑な目元はくるりとした無邪気なものに戻り、振りかざした張り手をマトリックスのように紙一重で躱された。
「っどァァ!?」
「あ、虎杖くんに戻った。ごめんね、腹が立ってつい手が出ちゃった。」
「え、何。…宿儺のやつ何したわけ……」
察しがいい。
意識が戻れば寮の管理人室で、名無しが怒っている。
十中八九、宿儺が何かやらかしたと理解したのか、冷や汗をかきながら虎杖は早鐘を打つ心臓をそっと押さえた。
肉体を貸した──失礼。乗っ取られた彼からすれば、名無しの反撃は理不尽極まりないものだっただろうに。
「何したって…なんだろうね。何がしたかったのか知らないけど、ポニーテールにされた。」
「え?リボン付きの?」
「へ?」
リボンなんてあったっけ。
テーブルの上を見れば、五条が置いていった焼き菓子の包装に使われていたワインレッドのリボンが消えていた。
机の上から何か取ったとは思っていたが、呪いの王が手にしたものはまさかのリボンだったとは。
窓ガラスを見遣れば、高々と髪を結い上げ、黒いゴムの上からリボンをあしらわれた名無しの姿が薄ら映り込んでいる。
ショートヘアの時とは雰囲気が違う、しかし不思議と違和感のない髪型。
知り合いの誰かと重ねたのか、はたまた違う理由からか。
それを知る由もないし、知りたいとも思わないけど──
「何がしたかったんだろうね。」
「えー…俺わっかんねーわ… 」
首を傾げる虎杖の隣で『まぁこの髪型も悪くないか』と毛先を揺らし、名無しは困ったように苦笑いを浮かべるのであった。
記憶を結わう
虎杖の内側。生得領域にて。
両面宿儺は先程まで触れていた髪の手触りを思い出すように、頭蓋の山の上で手のひらをぼんやりと眺めていた。
(勿体ない。)
そんな風に思うのは、気まぐれで結んだ深紅のリボンがあまりにも似合っていて、いつかの彼女と瓜二つだったからか。
目蓋を閉じれば鮮明に思い出せる、網膜に焼きついて離れないいつかの彼女。
『宿儺殿。』
ぎこちなく笑う不器用な表情。
振り返り様に揺れる黒髪。
知り合って間もない頃に押し付けた深い紅色の組紐は、最期まで大事そうに使っていた彼女。
──これを狂おしい程の『 』だと自覚するには、少しばかり遅すぎたようだ。
日本人形に取り憑いた呪霊を祓った代償が、まさかこんなことになるなんて。
背中まで伸びた黒髪を掴み、心底面倒くさそうに溜息を吐き出す名無し。
呪霊自体は祓ってしまったから解呪も時間の問題とはいえ、背中を這う毛束は気持ちのいいものではなかった。
真希曰く、『猿も木から落ちるってこういうことなんだな』とのこと。
笑いながらくれた髪ゴムで後ろ髪を縛っているものの、頭はいつもより重い気がするし、このままでは肩こりが悪化しそうな気がして少しばかり憂鬱だ。
今日は五条が高専にいなくて本当によかった。
見られた日には散々からかわれ、玩具にされ、カメラロールいっぱいになるまで写真を撮られたに違いない。
重々しい溜息をひとつ吐き出す名無し。
こんな時は甘い物を食べるに限る。
五条が先週置いていった焼き菓子の箱に巻きついていたワインレッドのリボンを解き、高級そうなセサミクッキーを食べようと個包装を開けた瞬間だった。
ノックもなしに開けられるドア。
そこに立っていたのはよく見知った、呪術高専一年生である彼。
「虎杖く……じゃないか。宿儺殿、どうされました?」
複眼も含め、二対の瞳が名無しを見遣る。
……一瞬彼女を視界に捉えた瞬間、息を呑んだような表情に見えたのは気の所為かもしれない。
「下らん呪いを受けたと聞いて、冷やかしに来ただけだ。」
「まぁ、呪いのジャンルが…なんというかレトロですよね。切っても切っても伸びてくるので鬱陶しいんですけど。」
スーパーのビニール袋いっぱいに入った髪の毛はある意味ホラーだろう。
ゴミ収集の人が驚いても可哀想なので、あとで黒いポリ袋に詰め込むか焼却炉へ放り込んでしまおう。
そんな呑気なことを考えながら毛先をくるくると弄っていると、重々しい足音を立てながら彼が近づいてきた。
「宿儺殿?」
「動くな。」
「え、何ですか。何され、いたたた!」
唐突に掴まれる髪の毛。悲鳴を上げる毛根。
後ろへ引っ張られ、ひっくり返りそうになる身体を腕で支えれば、何やら宿儺は真剣な表情で髪を握っている。なんなんだ。
「痛いんですけど。」と抗議しても「黙ってろ」と言われる始末。
下手に抵抗すれば10円ハゲでは済まなさそうなので、名無しは大人しく宿儺の気が済むまでじっとしていることにした。
待つこと、数分。
テーブルの上から何かを取り上げ、髪ゴムに結びつけた彼の表情はどこか満足気に見えなくもなかった。
結い直された髪型は、所謂ポニーテール。
おしゃれ偏差値20を切ってしまうひとつ括りよりは見栄えがするだろうが、なぜ唐突に彼がこのように髪を結んだのか。
理解が追いつかない名無しであったが、詮索するのも馬鹿馬鹿しいので風呂にはいるまではこれでいいかと肩を竦めた。
「これで鬱陶しい髪も少しは見栄えもマシになるだろう」
「すみませんね、鬱陶しい髪で。呪いが解けたらすぐに切るので、ご安心を。」
確かに野暮ったい髪型だったけども。ほっといて欲しい。
うんざりするような溜息を小さく吐き出し、後ろを振り返れば──
不満そうに眉を顰めた宿儺がそこに立っていた。
「………………切るのか。」
「切りますよ。肩こりますもん。」
何が不満だったのか。髪だって好き勝手弄らせたじゃないか。
髪が長ければアレンジしたり寝癖が付きにくかったりメリットがあるのは分かるが、丁寧にケアを出来るとは思えなかったし何より頭が重い。
そうでなくとも肩こりに悩まされているのに、これ以上悪化するのは避けたいところだった。
「あぁ、乳房もこれだけあれば肩が凝るか」
後ろから鷲掴みにされる、胸。
下心があるのか悪気ゼロなのか。
どちらにせよ許し難い行為に、つい反射的に手が出てしまった。
振り向きざまに平手打ちを贈る、コンマ数秒。
剣呑な目元はくるりとした無邪気なものに戻り、振りかざした張り手をマトリックスのように紙一重で躱された。
「っどァァ!?」
「あ、虎杖くんに戻った。ごめんね、腹が立ってつい手が出ちゃった。」
「え、何。…宿儺のやつ何したわけ……」
察しがいい。
意識が戻れば寮の管理人室で、名無しが怒っている。
十中八九、宿儺が何かやらかしたと理解したのか、冷や汗をかきながら虎杖は早鐘を打つ心臓をそっと押さえた。
肉体を貸した──失礼。乗っ取られた彼からすれば、名無しの反撃は理不尽極まりないものだっただろうに。
「何したって…なんだろうね。何がしたかったのか知らないけど、ポニーテールにされた。」
「え?リボン付きの?」
「へ?」
リボンなんてあったっけ。
テーブルの上を見れば、五条が置いていった焼き菓子の包装に使われていたワインレッドのリボンが消えていた。
机の上から何か取ったとは思っていたが、呪いの王が手にしたものはまさかのリボンだったとは。
窓ガラスを見遣れば、高々と髪を結い上げ、黒いゴムの上からリボンをあしらわれた名無しの姿が薄ら映り込んでいる。
ショートヘアの時とは雰囲気が違う、しかし不思議と違和感のない髪型。
知り合いの誰かと重ねたのか、はたまた違う理由からか。
それを知る由もないし、知りたいとも思わないけど──
「何がしたかったんだろうね。」
「えー…俺わっかんねーわ… 」
首を傾げる虎杖の隣で『まぁこの髪型も悪くないか』と毛先を揺らし、名無しは困ったように苦笑いを浮かべるのであった。
記憶を結わう
虎杖の内側。生得領域にて。
両面宿儺は先程まで触れていた髪の手触りを思い出すように、頭蓋の山の上で手のひらをぼんやりと眺めていた。
(勿体ない。)
そんな風に思うのは、気まぐれで結んだ深紅のリボンがあまりにも似合っていて、いつかの彼女と瓜二つだったからか。
目蓋を閉じれば鮮明に思い出せる、網膜に焼きついて離れないいつかの彼女。
『宿儺殿。』
ぎこちなく笑う不器用な表情。
振り返り様に揺れる黒髪。
知り合って間もない頃に押し付けた深い紅色の組紐は、最期まで大事そうに使っていた彼女。
──これを狂おしい程の『 』だと自覚するには、少しばかり遅すぎたようだ。