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今年の誕生日は最悪だ。
任務、任務、任務の連続。
自宅に帰ることもままならず、実質出張先のホテル暮らし。
彼此一ヶ月、可愛い生徒の頭を撫で回していない。
彼此一ヶ月、あの温かい学生寮の管理室へ足を踏み入れていない。
彼此一ヶ月、彼女の匂いでいっぱいのベッドに寝ていない。
彼此一ヶ月、彼女を――名無しを掻き抱いていない。
二週間程前までは毎日のように電話をかけていた。
声だけじゃ足りないからってテレビ電話だってした。
――二週間前まで、は。
名無しの手が空いているであろう時間帯にかけても電話に中々出てくれない。
メッセージのやりとりも疎らになってきた。
一瞬脳裏に『浮気』の二文字が過ぎったが、誠実と真面目が服を着て歩いているような彼女に限ってそれはないだろう。断言出来る。
僅かでもそんなことを考えてしまった愚かな僕が忌々しくて、自分で自分の頬を軽く叩いた。
なら、他の可能性。
……愛想を尽かされたとか。
ありうる。こっちの方が現実味があって、一人でテンションを急降下させた。
昔の僕なら『いやいやそんな。こんなカッコよくて可愛い僕に愛想を尽かすとか』なんて笑い飛ばしていたのだろうけど、今や僕よりもずっと可愛い存在を知ってしまったが故に、昔の横暴さは幸か不幸か冬のキンタマくらい縮こまってしまった。こう、キュッと。
他にあるとすれば、彼女の身に危険が降り掛っている。これもありえなくはない。
一昔の少年漫画のラスボスのように『永遠の命』なんてチープなものを望む馬鹿馬鹿しい呪詛師なら、喉から手が出る程に『特級呪物・八百比丘尼』は欲しいだろう。
名無しなら大抵の呪詛師は返り討ち(だって僕の教え子だし。)にしそうなものだが、それだって絶対じゃない。
気になって伊地知にメッセージを飛ばしてみてはいるものの、『大丈夫ですよ、ななしさんは元気にしています』と残念なbotの定型文のような返事しか帰ってこない。
そうじゃないんだよ。名無しに会えなくて僕が元気出ないの。
伊地知のヤツ分かってないよね。帰ったらマジビンタな。
はぁ、と寒空に向かって息を吐く。
薄脆い靄が闇色をぶちまけたような夜の空に溶けていく様を、僕は無気力に見上げてもう一度溜息を吐き出した。
あと2時間で誕生日が終わってしまう。
大人になった後の誕生日なんて、こんな風に無味無臭で終わってしまうことが大半なのだろうが――
駄々を捏ねるなら。欲を言えば。
ささやかな願いが、叶うなら。
「……名無しと一緒がよかったな。」
こんな辺鄙な出張先じゃなくて。
特別な料理やプレゼントなんかなくったって、あの子がいてくれたら、それだけで。
我ながら笑ってしまう程に子供っぽい願い。そして呆れるくらい我儘だ。
何もかも諦観してたはずなのに、彼女の事に関しては未練たらしくギリギリまで望みを捨てきれないのだから。
ほら。重症じゃん。
ホテルの出入口の前に、名無しの幻が見え――
………………は?
「五条さん、お疲れ様です。」
ほわほわとした白い息を吐きながら名無しが綻ぶように笑う。
コートにマフラー、革張りのキャリーケースを持った彼女は、鼻先を痛々しい程に真っ赤へ染め上げていた。一体いつからここで待っていたのか。
「……うっそ。何。本人まんまなんだけど。何の幻影?術式?僕の都合のいい妄想か何か?」
「幻でもなければ怪しい術式でもないですし、妄想でもないですよ。」
「なんの妄想していたんですか」とジト目で見上げてくる名無し。
髪の隙間から見えた耳も外気に晒され赤くなってしまっている。
ポケットに突っ込んでいた両手で彼女の両耳をすっぽり覆えば、僕はその冷たさに驚き、漸く得られた暖に名無しの両頬がふにゃりと緩んだ。
「……本物?」
「本物ですよ。」
彼女の傍にあったキャリーケースやバッグなどの大荷物も知ったことではない。
僕のコートで包むようにすっぽりと抱き竦めれば、暫くぶりの匂いと温かさに眩暈を覚える。
僕も中々現金な男だ。さっきまで気分が萎えに萎え切っていたくせに、今や心臓の音が煩いくらいに高鳴っていた。
……ちょっと。名無しに聞かれたら恥ずかしいからもう少し落ち着いてくんねーかな、僕の心臓。
「…少し痩せた?」
「どうでしょう。最近体重計に乗っていないので、なんとも。」
遠慮がちに背中へ回された腕すら愛おしい。
僕が寂しかったように、名無しも寂しがっていてくれたら嬉しい…なんて。ちょっと高望みかも。
「色々聞きたいことはあるんだけど。
…え、何?僕の誕生日だから?念願の『私がプレゼント♡』ってやつ?」
「近しいものはありますけど、五条さんが考えているものとはちょっとばかし違いますよ」
僕の仕事着に埋めていた顔を無遠慮に上げ、珍しく名無しが得意気に笑う。僕の恋人可愛すぎじゃない?
「五条さん、なんと……」
「なんと……?」
もしもこれがチープなテレビ番組ならば、スネアドラムのトリルがもったいぶるように打ち鳴らされているような間。
あぁ。名無しはきっとサプライズに向かない性格だ。
今すぐ暴露したそうに口元がウズウズニヤニヤと笑いを堪えきれていないのだから。
昔はあれだけ隠し事が上手だったのに。無論、今の方が僕は好きだ。
「じゃじゃーん、五条さんはなんと!明日から一週間オフです!」
「五条さんの私服、寮に置きっぱなしのものですけど持ってきましたからね。旅行も行けちゃいますよ」と主人に褒めて欲しそうな仔犬宜しく、にこにこと上機嫌そうな名無しに、僕は問わずにはいられなかった。
「それってさぁ」
「はい。」
「名無しも一緒?」
一人の休みも悪くない。
――けれど、一週間。
一週間も、また彼女を摂取できないなんて拷問に近い。
なんかホントもう。麻薬並に依存性の高い、フェロモンでも出てんじゃないの?この子。
じっと名無しの顔を覗き込む僕の顔が、深海を流し込んだような黒い瞳に映り込む。
意外そうに目を丸くした彼女は、とろりと蕩けるように目尻を和らげ、ここ最近で一番嬉しそうな表情ではにかんだ。
「はい。」
聞き間違えるはずもない、肯定。
僕は嬉しさのあまりもう一度名無しを思い切り抱きしめて、遊園地に連れて行ってもらえることになった子供のように、年甲斐もなく大いにはしゃいだ。
さぁ、リボンをといて。
「五条さん。お誕生日、おめでとうございます。」
僕の、冬休みがはじまる。
任務、任務、任務の連続。
自宅に帰ることもままならず、実質出張先のホテル暮らし。
彼此一ヶ月、可愛い生徒の頭を撫で回していない。
彼此一ヶ月、あの温かい学生寮の管理室へ足を踏み入れていない。
彼此一ヶ月、彼女の匂いでいっぱいのベッドに寝ていない。
彼此一ヶ月、彼女を――名無しを掻き抱いていない。
二週間程前までは毎日のように電話をかけていた。
声だけじゃ足りないからってテレビ電話だってした。
――二週間前まで、は。
名無しの手が空いているであろう時間帯にかけても電話に中々出てくれない。
メッセージのやりとりも疎らになってきた。
一瞬脳裏に『浮気』の二文字が過ぎったが、誠実と真面目が服を着て歩いているような彼女に限ってそれはないだろう。断言出来る。
僅かでもそんなことを考えてしまった愚かな僕が忌々しくて、自分で自分の頬を軽く叩いた。
なら、他の可能性。
……愛想を尽かされたとか。
ありうる。こっちの方が現実味があって、一人でテンションを急降下させた。
昔の僕なら『いやいやそんな。こんなカッコよくて可愛い僕に愛想を尽かすとか』なんて笑い飛ばしていたのだろうけど、今や僕よりもずっと可愛い存在を知ってしまったが故に、昔の横暴さは幸か不幸か冬のキンタマくらい縮こまってしまった。こう、キュッと。
他にあるとすれば、彼女の身に危険が降り掛っている。これもありえなくはない。
一昔の少年漫画のラスボスのように『永遠の命』なんてチープなものを望む馬鹿馬鹿しい呪詛師なら、喉から手が出る程に『特級呪物・八百比丘尼』は欲しいだろう。
名無しなら大抵の呪詛師は返り討ち(だって僕の教え子だし。)にしそうなものだが、それだって絶対じゃない。
気になって伊地知にメッセージを飛ばしてみてはいるものの、『大丈夫ですよ、ななしさんは元気にしています』と残念なbotの定型文のような返事しか帰ってこない。
そうじゃないんだよ。名無しに会えなくて僕が元気出ないの。
伊地知のヤツ分かってないよね。帰ったらマジビンタな。
はぁ、と寒空に向かって息を吐く。
薄脆い靄が闇色をぶちまけたような夜の空に溶けていく様を、僕は無気力に見上げてもう一度溜息を吐き出した。
あと2時間で誕生日が終わってしまう。
大人になった後の誕生日なんて、こんな風に無味無臭で終わってしまうことが大半なのだろうが――
駄々を捏ねるなら。欲を言えば。
ささやかな願いが、叶うなら。
「……名無しと一緒がよかったな。」
こんな辺鄙な出張先じゃなくて。
特別な料理やプレゼントなんかなくったって、あの子がいてくれたら、それだけで。
我ながら笑ってしまう程に子供っぽい願い。そして呆れるくらい我儘だ。
何もかも諦観してたはずなのに、彼女の事に関しては未練たらしくギリギリまで望みを捨てきれないのだから。
ほら。重症じゃん。
ホテルの出入口の前に、名無しの幻が見え――
………………は?
「五条さん、お疲れ様です。」
ほわほわとした白い息を吐きながら名無しが綻ぶように笑う。
コートにマフラー、革張りのキャリーケースを持った彼女は、鼻先を痛々しい程に真っ赤へ染め上げていた。一体いつからここで待っていたのか。
「……うっそ。何。本人まんまなんだけど。何の幻影?術式?僕の都合のいい妄想か何か?」
「幻でもなければ怪しい術式でもないですし、妄想でもないですよ。」
「なんの妄想していたんですか」とジト目で見上げてくる名無し。
髪の隙間から見えた耳も外気に晒され赤くなってしまっている。
ポケットに突っ込んでいた両手で彼女の両耳をすっぽり覆えば、僕はその冷たさに驚き、漸く得られた暖に名無しの両頬がふにゃりと緩んだ。
「……本物?」
「本物ですよ。」
彼女の傍にあったキャリーケースやバッグなどの大荷物も知ったことではない。
僕のコートで包むようにすっぽりと抱き竦めれば、暫くぶりの匂いと温かさに眩暈を覚える。
僕も中々現金な男だ。さっきまで気分が萎えに萎え切っていたくせに、今や心臓の音が煩いくらいに高鳴っていた。
……ちょっと。名無しに聞かれたら恥ずかしいからもう少し落ち着いてくんねーかな、僕の心臓。
「…少し痩せた?」
「どうでしょう。最近体重計に乗っていないので、なんとも。」
遠慮がちに背中へ回された腕すら愛おしい。
僕が寂しかったように、名無しも寂しがっていてくれたら嬉しい…なんて。ちょっと高望みかも。
「色々聞きたいことはあるんだけど。
…え、何?僕の誕生日だから?念願の『私がプレゼント♡』ってやつ?」
「近しいものはありますけど、五条さんが考えているものとはちょっとばかし違いますよ」
僕の仕事着に埋めていた顔を無遠慮に上げ、珍しく名無しが得意気に笑う。僕の恋人可愛すぎじゃない?
「五条さん、なんと……」
「なんと……?」
もしもこれがチープなテレビ番組ならば、スネアドラムのトリルがもったいぶるように打ち鳴らされているような間。
あぁ。名無しはきっとサプライズに向かない性格だ。
今すぐ暴露したそうに口元がウズウズニヤニヤと笑いを堪えきれていないのだから。
昔はあれだけ隠し事が上手だったのに。無論、今の方が僕は好きだ。
「じゃじゃーん、五条さんはなんと!明日から一週間オフです!」
「五条さんの私服、寮に置きっぱなしのものですけど持ってきましたからね。旅行も行けちゃいますよ」と主人に褒めて欲しそうな仔犬宜しく、にこにこと上機嫌そうな名無しに、僕は問わずにはいられなかった。
「それってさぁ」
「はい。」
「名無しも一緒?」
一人の休みも悪くない。
――けれど、一週間。
一週間も、また彼女を摂取できないなんて拷問に近い。
なんかホントもう。麻薬並に依存性の高い、フェロモンでも出てんじゃないの?この子。
じっと名無しの顔を覗き込む僕の顔が、深海を流し込んだような黒い瞳に映り込む。
意外そうに目を丸くした彼女は、とろりと蕩けるように目尻を和らげ、ここ最近で一番嬉しそうな表情ではにかんだ。
「はい。」
聞き間違えるはずもない、肯定。
僕は嬉しさのあまりもう一度名無しを思い切り抱きしめて、遊園地に連れて行ってもらえることになった子供のように、年甲斐もなく大いにはしゃいだ。
さぁ、リボンをといて。
「五条さん。お誕生日、おめでとうございます。」
僕の、冬休みがはじまる。