short story
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内臓を下から突き上げられる感覚と、背中が粟立つ快楽。
フリーフォールのようなゾワゾワとした感覚に似ているが、こっちの方がより『濃い』気がする。
相変わらず聞き慣れない、しかし聞き飽きた自分の甘ったるい声。
抑えようと我慢していたものの箍が外れてしまえば、なしくずしのように嬌声が転がり落ちた。
『名無し、』
名前を、呼ばれる。
いくら鍛えても頼りなさげな自分の身体よりも、一回りも二回りも大きい体躯が覆い被さる。見れば見る程それはまさしく『雄』の体だった。
ベッドの上。薄明かりに照らされた銀髪が風もないのに規則的に揺れて、パタリと汗がシーツの上に落ちる。
青空をくり抜いたような双眸は、ドロリとした悦楽と、擽ったくなる程の情愛と、獣のような獰猛さが入り交じり、それでも尚綺麗なままこちらを見下ろしていた。
『ごじょ、さ、あっ』
熱帯夜に浮かされて
――最悪だ。
散々身体に覚えさせられた感覚のせいで、雷に打たれたように目が冴えた。
頬が熱い。
汗ばんだ背中が気持ち悪い。
脚と脚を擦り合わせればぐっしょり濡れた下着と、夢であるはずなのに熱が残る絶頂の余韻に身体がカッと茹だった。
(いやいやいや、嘘でしょ。)
夢で、あんなものを、見るなんて。
酷くリアルで夢か現か未だに疑わしい。
自分の脳が見せたモノだというのに、それを『なんだ、夢か』とひと言で済ませるには身体の火照りが治まらない。
(五条さんが、暫く出張でいないからって)
『ごめんね?僕がいない間はひとりエッチで我慢してね』とさめざめと泣き真似をしていた恋人を思い出す。
最近は比較的なかった、一ヶ月のそこそこ長い長期出張。
飽きれたように『そんなことしませんよ、もう』と子気味よく打ち返していた自分が、今はなんだか恨めしい。
ある意味一人で宥めるよりもとんでもないことをしてしまった罪悪感が凄まじかった。
勿論、見たくて見たわけじゃないのだが、つまりそういうものを見るということは、有り体に言えば『たまっている』わけで。深層心理って本当に怖い。
しかも本人に触れられていないというのに、身体が頂きに登るようなそれは、
「……ああぁぁぁぁぁ〜〜〜……」
地の底から這い出でるような声が漏れる。
恥ずかしさと申し訳なさと己の煩悩具合に嫌気が差した。
しかもなんと。
……チラリと壁掛けカレンダーを見遣れば、赤ペンで日付をマルで囲っている。
今日は、五条さんが帰ってくる日だ。
どれだけ会いたかったかというと、それはもう言葉で言い表せない程にとても会いたかったのだが。
「嫌だぁぁ……気まずいよぉぉ……」
もうすっかり五条さんの匂いがなくなったベッドに倒れ込みながら、私はベッドの上で転げ回った。
***
「ふんふふーん、ふーん」
人目も憚ることなく、鼻歌を歌うのは黒い目隠しをした一人の男。
大量の、各地様々な銘菓の紙袋。
スキップでもしそうな軽い足取りで、彼は駅のロータリーへ躍り出る。
「五条さん、」
名前を呼ぶのは可愛い恋人。
車の外で律儀に待っているあたり、彼女の人となりがよく分かる。
「名無し〜たっだいま〜!」
紙袋を持ったまま、二回り以上小さい身体を抱き締める。
居てもたってもいられない。外国人のような熱烈なハグをした後、キスの雨を降らせてやりたいが以前『外では、恥ずかしいのでやめてください』と真っ赤な顔で怒られた。
だからキス出来ない分、腕の中にすっぽりしまい込んでいるわけなのだ、が。
「お、かえりなさい、五条さん」
不自然に裏返る声。
遠慮がちに背中へ回された腕も、いつも以上にぎこちない。
記憶の中では……抱きしめられる事に関しては諦めたのだろう。照れくさそうに笑いながら『仕方ないですね』と背中に手を回して抱き締め返してくれたはずなのだが――。
耳まで真っ赤にして、茹でダコのように顔を紅潮させている。
肩肘も緊張したように固く、初々しいというより
「何かあった?」
僕の直感がそう告げる。
というより、隠し事が上手い名無しがここまで動揺しているなんて大事件に違いない。
「え゛」と蛙が潰れたような声を上げ、大層気まずそうに視線を右往左往させる。
ここまで狼狽える彼女の姿は、五年以上付き合いがあるが初めて見たかもしれない。
「いや、えぇっと、その」
「言いたくなくても言ってね。」
逃げ道をピシャリと断つ。
何でもない子なら『言いたくないなら言わなくていいよ』と優しさと見せかけた距離感のある突き放し方をするが、相手は名無しだ。
手傷を負った野生動物よりも隠し事が上手いことは、百より承知だった。
「……い、言わなきゃダメですか?」
「言わなきゃ身体に聞くけど?」
「そ、それだけは!絶対にダメです!」
林檎のように頬を真っ赤に染め、強く否定される。
荒らげた声で周りの視線が一斉に集まり、紅潮させていた頬の色が更に深まった。
「とりあえず、車に乗りましょう…。修羅場に思われたら恥ずかしいです…」
***
「で?何があった?ウザったらしい上層部の老害共が何かしてきた?」
いつもの軽薄そうな空気は消え失せ、五条さんの表情は酷く真面目なものだった。
怪我や言いたくないことを隠すのは比較的上手かったはずなのに、年々この人に隠し事をするのが下手になってきている気がする。
ピリピリとした車中の空気に、ハンドルを持つ手にじんわりと汗が滲む。
五条さんが考えているような事態は全く起きていないし、彼が一ヶ月高専を留守にしていた間も至って平和だった。
……さて、どうやって切り出せばいいのやら。
恥ずかしすぎて爆発しそうだ。本当に言いたくない。
「そんなんじゃ、ないです」
「じゃあ何?言ってくれなきゃ分かんないんだけど。」
ぶっきらぼうに、怒った声音。
勿論、分かっている。五条さんがこうも問い詰めてくるのは心配しているが故だ。
あぁ、優しさが痛い。
でもここで彼を怒らせるのは得策じゃないことも分かっている。
腹を括れ、私。
五条さんなら爆笑して終わらせてくれるだろう。
半年はこれをネタに散々弄られそうだが、もうなるようにしかならない。
何よりこれ以上、大切な人に不誠実を働くのはどうしても嫌だった。
「……で、……まして…」
「何?」
「夢の中で!五条さんとえっ、えええ、えっちする、夢を、見た……ん……です…………」
勢いで暴露したものの、あまりの恥ずかしさに語尾が蚊のように消えていく。
車内に流れるのはエンジン音と、隣の車線にて車が空気を切って追い越していく音だけ。
沈黙が痛い。
予想だにしていなかった反応に頬が火照り、今すぐフロントガラスに頭を打ち付けたくなった。
「…………………僕の恋人可愛すぎじゃない?」
「五条さん、感想はいらないです。恥ずかしくてうっかりハンドル操作ミスってしまいそうなんで聞かなかったことにしてください。」
長い沈黙を破り、口を開いた五条さん。
口元を手で覆っているところから、笑いを必死に堪えているのだろう。
あぁあぁ、もう笑えばいいよ。
「え〜〜〜、名無しちゃんもそういうエッチな夢見るように……へぇ〜〜〜?」
「だから言いたくなかったんですよ!」
「ははーん。だから僕と全然目を合わせてくれなかったワケ。すっごく傷付いたな〜。ひと月ぶりに再会した恋人に塩対応されちゃってさぁ〜」
「仕方ないじゃ、ないですか」
平然を装って五条さんを迎えに行くシュミレーションを何度も車の中で行ったが、実際顔を突合せたらもう駄目だった。
朝、シャワーを浴びる時も、車のエンジンをかける時も、虎杖くん達に見送られた時も、ずーっと『冷静に。平然と。大丈夫、大丈夫』と言い聞かせていたのに、本当に無駄骨で終わってしまった。
――そしてこれは、追い討ちだ。
深く深く溜息を吐き出す私の顔を覗き込むように、五条さんは目隠しを外しながら唐突に問うてきた。
「でもそれだけじゃないよね。」
「え」
「だって『身体に聞く』って言った時、必死にNOって言ってたし」
ギクリと肩が強ばる。
そこはスルーして欲しかった。
限りなく透明に近いブルーの瞳が、好奇心に彩られていることを私は見逃さなかった。
絶対に言うものか。
「ホントにそれだけ?」
「ソレダケデス」
「こういうことの隠し事はホント下手だよね。」
運転に集中するべく五条さんから視線を逸らし、青信号になった車列の中ノロノロと発進する。
もういいじゃないか、これ以上死体に鞭打つようなことをしなくても!
「言わなきゃカーセックスするよ。」
「白昼堂々!?通報ものですよ!」
「僕を犯罪者にしたくなかったら白状した方が身のためだけど。」
寧ろ任務先で(仕方ないとはいえ)色々器物破損をしているのだから、もうアウトでは。
……これだけは白状するわけにはいかない。
なにせ、朝シャワーを浴びて身体を洗っている最中、秘部が既に臨戦態勢どころか事が終わったあとのように濡れていたのだから。
まだ高専を出て一時間経っていない。
こういうところはエスパーを疑ってしまうくらいに勘のいい五条さんだ。
文字通り『身体に聞けば』すぐにバレそうなところが本当に怖い――
「あ、分かった。もしかしてエッチな夢見ただけでイっちゃったとか?」
ボンッ。
脳髄が、爆発したような気分だ。
今日一の熱が頬に集まり、動揺が隠しきれない。
無理だ。このまま運転していたら確実に事故をする!
「マジ?正解?」
「ちがっ、違い、まっ」
「はいはい、ちょっとコンビニで止まろうね」
五条さんが指し示したのは駐車場のあるコンビニチェーン店。
時速10kmも満たない徐行で、車輪止めにキスする手前で前向き駐車した。
あぁ、終わった……。
***
「名無しちゃん?」
ニヤける顔を無理やり締めながら、完全に停止した車の中で僕は彼女の顔を覗き込んだ。
……最中でもないのに半泣きになってる。ちょっと反応しないで、僕の下半身。気持ちは分かるけど。
普通、彼女の泣き顔を見れば焦りが出るはずなのに、真っ先に『ぶち犯してもっと泣かせたい』と思ってしまうあたり、僕も中々どうしようもないクズである。
「恥ずかしかった?」
「……恥ずかしくないわけないじゃないですか」
「そう?僕は出張中ずーーっと名無しをオカズにして右手と仲良ししてたけど。」
「五条さんのそれと一緒にしないでください…」
まぁ男のそれは日常茶飯事だし、今更罪悪感を感じることもない。
一方、『こういうこと』に不慣れな彼女は本当に恥ずかしかったのだろう。
男で言うところの夢精に近いが、女性が夢で絶頂を迎えることは差程珍しいことではない。
まぁ時間さえあれば日がな一日繋がっていたいと思うくらいには、僕もお盛んなわけで。
それに付き合わされる名無しも、気持ちの上では禁欲できても身体は無理だったらしい。……えっ、可愛すぎない?
「僕は嬉しいけどなぁ〜。だって僕とのエッチ、身体はしっかり覚えてるってことじゃん。身体は正直だよね。」
「い、言い方…」
「つまり身体は僕を欲しがってたってことでしょ?」
「名無しちゃんのエッチ〜」と茶化しながら上機嫌で笑えば、反比例するように眉を顰める名無しは大層不機嫌そうだ。
アイドリングしているエンジン音に掻き消されてしまいそうな小声だが、僕の耳にはしっかり抗議の声が届いた。
「……別に、えっちな夢を見なくても、五条さんには会いたかったですよ…」
ボソボソと紡がれる爆弾発言。
……そういう大事なことは、事前に録音する準備をさせて欲しい。
疲れた時に聞きたい名台詞じゃないか。
そして、もう無理。勃起した。
大人しく高専に戻って散々名無しとイチャイチャするつもりだったけど、僕のマンションの方がここから近い。
「はーーー…」
「あの…五条さん?」
クソデカ溜息を吐き出せば、不安そうにこちらを見つめてくる名無し。
彼女の一挙一動が性癖に刺さる。
先程は冗談で言ったが、本当に狭い車中で襲ってしまいそうだ。頑張れ僕。
「決めた。ラブホに直行しよ。無理。すぐ抱く。」
「は!?こ、高専に戻って報告書を、」
「無理無理無理無理。悟くんのサトルくんが限界なの。なんならそこら辺のビジネスホテルでもいい。無理。僕の理性、指先ひとつでサヨナラしそう。ホント無理。」
「何回無理って言うんですか」
「六回。」
本当に、この子は僕をどうしたいの。
随分と可愛らしいことを言うようになってまぁ。
その分、愛されていることを実感出来るので、僕としては僥倖の一言に尽きる。
「ほらほら。じゃあ運転代わろうねぇ。この後抱き潰すんだから今の内に休んでていいよ。身体も火照っているだろうし」
「それは!朝の話です!」
脊髄反射で反論した彼女は、即座に『しまった』と表情を固くした。
自ら墓穴を掘った名無しがあまりにも可愛くて、僕は緩んだ表情を隠すことなく「ほら、運転交代しよ」と笑うのであった。
フリーフォールのようなゾワゾワとした感覚に似ているが、こっちの方がより『濃い』気がする。
相変わらず聞き慣れない、しかし聞き飽きた自分の甘ったるい声。
抑えようと我慢していたものの箍が外れてしまえば、なしくずしのように嬌声が転がり落ちた。
『名無し、』
名前を、呼ばれる。
いくら鍛えても頼りなさげな自分の身体よりも、一回りも二回りも大きい体躯が覆い被さる。見れば見る程それはまさしく『雄』の体だった。
ベッドの上。薄明かりに照らされた銀髪が風もないのに規則的に揺れて、パタリと汗がシーツの上に落ちる。
青空をくり抜いたような双眸は、ドロリとした悦楽と、擽ったくなる程の情愛と、獣のような獰猛さが入り交じり、それでも尚綺麗なままこちらを見下ろしていた。
『ごじょ、さ、あっ』
熱帯夜に浮かされて
――最悪だ。
散々身体に覚えさせられた感覚のせいで、雷に打たれたように目が冴えた。
頬が熱い。
汗ばんだ背中が気持ち悪い。
脚と脚を擦り合わせればぐっしょり濡れた下着と、夢であるはずなのに熱が残る絶頂の余韻に身体がカッと茹だった。
(いやいやいや、嘘でしょ。)
夢で、あんなものを、見るなんて。
酷くリアルで夢か現か未だに疑わしい。
自分の脳が見せたモノだというのに、それを『なんだ、夢か』とひと言で済ませるには身体の火照りが治まらない。
(五条さんが、暫く出張でいないからって)
『ごめんね?僕がいない間はひとりエッチで我慢してね』とさめざめと泣き真似をしていた恋人を思い出す。
最近は比較的なかった、一ヶ月のそこそこ長い長期出張。
飽きれたように『そんなことしませんよ、もう』と子気味よく打ち返していた自分が、今はなんだか恨めしい。
ある意味一人で宥めるよりもとんでもないことをしてしまった罪悪感が凄まじかった。
勿論、見たくて見たわけじゃないのだが、つまりそういうものを見るということは、有り体に言えば『たまっている』わけで。深層心理って本当に怖い。
しかも本人に触れられていないというのに、身体が頂きに登るようなそれは、
「……ああぁぁぁぁぁ〜〜〜……」
地の底から這い出でるような声が漏れる。
恥ずかしさと申し訳なさと己の煩悩具合に嫌気が差した。
しかもなんと。
……チラリと壁掛けカレンダーを見遣れば、赤ペンで日付をマルで囲っている。
今日は、五条さんが帰ってくる日だ。
どれだけ会いたかったかというと、それはもう言葉で言い表せない程にとても会いたかったのだが。
「嫌だぁぁ……気まずいよぉぉ……」
もうすっかり五条さんの匂いがなくなったベッドに倒れ込みながら、私はベッドの上で転げ回った。
***
「ふんふふーん、ふーん」
人目も憚ることなく、鼻歌を歌うのは黒い目隠しをした一人の男。
大量の、各地様々な銘菓の紙袋。
スキップでもしそうな軽い足取りで、彼は駅のロータリーへ躍り出る。
「五条さん、」
名前を呼ぶのは可愛い恋人。
車の外で律儀に待っているあたり、彼女の人となりがよく分かる。
「名無し〜たっだいま〜!」
紙袋を持ったまま、二回り以上小さい身体を抱き締める。
居てもたってもいられない。外国人のような熱烈なハグをした後、キスの雨を降らせてやりたいが以前『外では、恥ずかしいのでやめてください』と真っ赤な顔で怒られた。
だからキス出来ない分、腕の中にすっぽりしまい込んでいるわけなのだ、が。
「お、かえりなさい、五条さん」
不自然に裏返る声。
遠慮がちに背中へ回された腕も、いつも以上にぎこちない。
記憶の中では……抱きしめられる事に関しては諦めたのだろう。照れくさそうに笑いながら『仕方ないですね』と背中に手を回して抱き締め返してくれたはずなのだが――。
耳まで真っ赤にして、茹でダコのように顔を紅潮させている。
肩肘も緊張したように固く、初々しいというより
「何かあった?」
僕の直感がそう告げる。
というより、隠し事が上手い名無しがここまで動揺しているなんて大事件に違いない。
「え゛」と蛙が潰れたような声を上げ、大層気まずそうに視線を右往左往させる。
ここまで狼狽える彼女の姿は、五年以上付き合いがあるが初めて見たかもしれない。
「いや、えぇっと、その」
「言いたくなくても言ってね。」
逃げ道をピシャリと断つ。
何でもない子なら『言いたくないなら言わなくていいよ』と優しさと見せかけた距離感のある突き放し方をするが、相手は名無しだ。
手傷を負った野生動物よりも隠し事が上手いことは、百より承知だった。
「……い、言わなきゃダメですか?」
「言わなきゃ身体に聞くけど?」
「そ、それだけは!絶対にダメです!」
林檎のように頬を真っ赤に染め、強く否定される。
荒らげた声で周りの視線が一斉に集まり、紅潮させていた頬の色が更に深まった。
「とりあえず、車に乗りましょう…。修羅場に思われたら恥ずかしいです…」
***
「で?何があった?ウザったらしい上層部の老害共が何かしてきた?」
いつもの軽薄そうな空気は消え失せ、五条さんの表情は酷く真面目なものだった。
怪我や言いたくないことを隠すのは比較的上手かったはずなのに、年々この人に隠し事をするのが下手になってきている気がする。
ピリピリとした車中の空気に、ハンドルを持つ手にじんわりと汗が滲む。
五条さんが考えているような事態は全く起きていないし、彼が一ヶ月高専を留守にしていた間も至って平和だった。
……さて、どうやって切り出せばいいのやら。
恥ずかしすぎて爆発しそうだ。本当に言いたくない。
「そんなんじゃ、ないです」
「じゃあ何?言ってくれなきゃ分かんないんだけど。」
ぶっきらぼうに、怒った声音。
勿論、分かっている。五条さんがこうも問い詰めてくるのは心配しているが故だ。
あぁ、優しさが痛い。
でもここで彼を怒らせるのは得策じゃないことも分かっている。
腹を括れ、私。
五条さんなら爆笑して終わらせてくれるだろう。
半年はこれをネタに散々弄られそうだが、もうなるようにしかならない。
何よりこれ以上、大切な人に不誠実を働くのはどうしても嫌だった。
「……で、……まして…」
「何?」
「夢の中で!五条さんとえっ、えええ、えっちする、夢を、見た……ん……です…………」
勢いで暴露したものの、あまりの恥ずかしさに語尾が蚊のように消えていく。
車内に流れるのはエンジン音と、隣の車線にて車が空気を切って追い越していく音だけ。
沈黙が痛い。
予想だにしていなかった反応に頬が火照り、今すぐフロントガラスに頭を打ち付けたくなった。
「…………………僕の恋人可愛すぎじゃない?」
「五条さん、感想はいらないです。恥ずかしくてうっかりハンドル操作ミスってしまいそうなんで聞かなかったことにしてください。」
長い沈黙を破り、口を開いた五条さん。
口元を手で覆っているところから、笑いを必死に堪えているのだろう。
あぁあぁ、もう笑えばいいよ。
「え〜〜〜、名無しちゃんもそういうエッチな夢見るように……へぇ〜〜〜?」
「だから言いたくなかったんですよ!」
「ははーん。だから僕と全然目を合わせてくれなかったワケ。すっごく傷付いたな〜。ひと月ぶりに再会した恋人に塩対応されちゃってさぁ〜」
「仕方ないじゃ、ないですか」
平然を装って五条さんを迎えに行くシュミレーションを何度も車の中で行ったが、実際顔を突合せたらもう駄目だった。
朝、シャワーを浴びる時も、車のエンジンをかける時も、虎杖くん達に見送られた時も、ずーっと『冷静に。平然と。大丈夫、大丈夫』と言い聞かせていたのに、本当に無駄骨で終わってしまった。
――そしてこれは、追い討ちだ。
深く深く溜息を吐き出す私の顔を覗き込むように、五条さんは目隠しを外しながら唐突に問うてきた。
「でもそれだけじゃないよね。」
「え」
「だって『身体に聞く』って言った時、必死にNOって言ってたし」
ギクリと肩が強ばる。
そこはスルーして欲しかった。
限りなく透明に近いブルーの瞳が、好奇心に彩られていることを私は見逃さなかった。
絶対に言うものか。
「ホントにそれだけ?」
「ソレダケデス」
「こういうことの隠し事はホント下手だよね。」
運転に集中するべく五条さんから視線を逸らし、青信号になった車列の中ノロノロと発進する。
もういいじゃないか、これ以上死体に鞭打つようなことをしなくても!
「言わなきゃカーセックスするよ。」
「白昼堂々!?通報ものですよ!」
「僕を犯罪者にしたくなかったら白状した方が身のためだけど。」
寧ろ任務先で(仕方ないとはいえ)色々器物破損をしているのだから、もうアウトでは。
……これだけは白状するわけにはいかない。
なにせ、朝シャワーを浴びて身体を洗っている最中、秘部が既に臨戦態勢どころか事が終わったあとのように濡れていたのだから。
まだ高専を出て一時間経っていない。
こういうところはエスパーを疑ってしまうくらいに勘のいい五条さんだ。
文字通り『身体に聞けば』すぐにバレそうなところが本当に怖い――
「あ、分かった。もしかしてエッチな夢見ただけでイっちゃったとか?」
ボンッ。
脳髄が、爆発したような気分だ。
今日一の熱が頬に集まり、動揺が隠しきれない。
無理だ。このまま運転していたら確実に事故をする!
「マジ?正解?」
「ちがっ、違い、まっ」
「はいはい、ちょっとコンビニで止まろうね」
五条さんが指し示したのは駐車場のあるコンビニチェーン店。
時速10kmも満たない徐行で、車輪止めにキスする手前で前向き駐車した。
あぁ、終わった……。
***
「名無しちゃん?」
ニヤける顔を無理やり締めながら、完全に停止した車の中で僕は彼女の顔を覗き込んだ。
……最中でもないのに半泣きになってる。ちょっと反応しないで、僕の下半身。気持ちは分かるけど。
普通、彼女の泣き顔を見れば焦りが出るはずなのに、真っ先に『ぶち犯してもっと泣かせたい』と思ってしまうあたり、僕も中々どうしようもないクズである。
「恥ずかしかった?」
「……恥ずかしくないわけないじゃないですか」
「そう?僕は出張中ずーーっと名無しをオカズにして右手と仲良ししてたけど。」
「五条さんのそれと一緒にしないでください…」
まぁ男のそれは日常茶飯事だし、今更罪悪感を感じることもない。
一方、『こういうこと』に不慣れな彼女は本当に恥ずかしかったのだろう。
男で言うところの夢精に近いが、女性が夢で絶頂を迎えることは差程珍しいことではない。
まぁ時間さえあれば日がな一日繋がっていたいと思うくらいには、僕もお盛んなわけで。
それに付き合わされる名無しも、気持ちの上では禁欲できても身体は無理だったらしい。……えっ、可愛すぎない?
「僕は嬉しいけどなぁ〜。だって僕とのエッチ、身体はしっかり覚えてるってことじゃん。身体は正直だよね。」
「い、言い方…」
「つまり身体は僕を欲しがってたってことでしょ?」
「名無しちゃんのエッチ〜」と茶化しながら上機嫌で笑えば、反比例するように眉を顰める名無しは大層不機嫌そうだ。
アイドリングしているエンジン音に掻き消されてしまいそうな小声だが、僕の耳にはしっかり抗議の声が届いた。
「……別に、えっちな夢を見なくても、五条さんには会いたかったですよ…」
ボソボソと紡がれる爆弾発言。
……そういう大事なことは、事前に録音する準備をさせて欲しい。
疲れた時に聞きたい名台詞じゃないか。
そして、もう無理。勃起した。
大人しく高専に戻って散々名無しとイチャイチャするつもりだったけど、僕のマンションの方がここから近い。
「はーーー…」
「あの…五条さん?」
クソデカ溜息を吐き出せば、不安そうにこちらを見つめてくる名無し。
彼女の一挙一動が性癖に刺さる。
先程は冗談で言ったが、本当に狭い車中で襲ってしまいそうだ。頑張れ僕。
「決めた。ラブホに直行しよ。無理。すぐ抱く。」
「は!?こ、高専に戻って報告書を、」
「無理無理無理無理。悟くんのサトルくんが限界なの。なんならそこら辺のビジネスホテルでもいい。無理。僕の理性、指先ひとつでサヨナラしそう。ホント無理。」
「何回無理って言うんですか」
「六回。」
本当に、この子は僕をどうしたいの。
随分と可愛らしいことを言うようになってまぁ。
その分、愛されていることを実感出来るので、僕としては僥倖の一言に尽きる。
「ほらほら。じゃあ運転代わろうねぇ。この後抱き潰すんだから今の内に休んでていいよ。身体も火照っているだろうし」
「それは!朝の話です!」
脊髄反射で反論した彼女は、即座に『しまった』と表情を固くした。
自ら墓穴を掘った名無しがあまりにも可愛くて、僕は緩んだ表情を隠すことなく「ほら、運転交代しよ」と笑うのであった。