short story
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無造作に置かれた、男性向けの香水瓶。
五条さんのマンションの洗面台で顔を洗いながら、ふと視界に入ったものだ。
女性向けの香水瓶とは違う、シンプルだが高級感のあるフォルム。
どこかのブランドのものだろうが、生憎そういった物に明るくないため『五条さんが使っている香水』と認識するだけ。
水滴が滴る顔を拭うのは、五条さんから借りたタオル。
目の前には五条さんが使っている香水。
――寝起きで思考が鈍っていたんだ。
今思い返せば私も寂しかったのだろう。
なにせお互い任務で暫く会えていなかったせいで、久しぶりに会えた途端マンションに引きずり込まれ、明け方までずっと離してもらえなかったのだから。
少し湿ったタオルに、少しだけ香水を拝借して吹き掛ける。
毛足がふんわり立ち上がった上質な今治タオルに顔を埋めれば、きっと五条さんの匂いがする――と期待したのだが……。
(えー…何か足りない……)
あけすけな物言いをすれば、彼の体臭だろうか。
いや。臭いというわけではないのだが、彼も人間なので無臭というのはありえないわけで。
「……近いけど…ちょっと違うか…」
「何が?」
「洗濯物に香水かけたら五条さんの匂いになると思っ」
て。
続けられるはずだった最後の一文字が喉に突っかえる。
いつの間にか至近距離でタオルを覗き込んでいる五条さんに驚き後ずされば、近くの壁に頭を思い切り打ち付けた。痛い。
「いっっ…!」
「わー、凄い音。で?なんで僕の匂いにならないのが駄目なの?」
鈍器で壁を殴ったような音が、まだ部屋に響いているような錯覚。
隣の部屋の人、音が響いていたら本当にすみません。
反射的に蹲った私と視線を合わせるためか、五条さんも軽い身のこなしでしゃがみこんだ。
キラキラとした六眼が今日は何だか恨めしい。
『いいこと聞いた』と言わんばかりに、浮かれた表情で笑っているのもムカつく。
――いや、元はと言えば完全に油断しきっていた私が、うっかり口を滑らせたのが最大の原因だろうけど。
「い、言いたくありません…」
「朝ごはん、僕が二人分食べちゃうよ?」
「卑怯ですよ!」
今日の朝ごはんはパンケーキだったはず。
薄いしっとりパンケーキも捨てがたいが、五条さんが焼くお手本のようなふっくらパンケーキが食べたい口なのに。
それを。ご飯抜き。
私の胃袋を鷲掴みにしていることを知った上でこんな交渉をしてくる五条さんは鬼かもしれない。いや、鬼だ。鬼畜だ。
奥歯が軋みそうな程に歯を食いしばり、数秒の間に食欲と恥が葛藤する。三大欲求とプライドの殴り合いだ。
私も空腹には耐えきれない。
五条さんと目を合わせないよう、明後日の方向を見つめながら私は降参した。
「………………………五条さんの匂いがしたら、お互い任務で中々会えなくても元気が出るかと思って」
記憶の中で一番根深いものは、匂いだ。
例えばだが――薄らいでいく故人の記憶で、匂いだけは長年ずっと覚えている人が多いらしい。
勿論、五条さんが死んだわけではないし、縁起でもない話なのだが。
そう。つまるところ、『ジェネリック五条悟の香り』が欲しかったのだ。
……あれ。私、変態が伝染った?
「はーーー……名無しさぁ…」
「す、すいません。勝手に香水借り、てぇ!?」
五条さんが溜息を吐き出し立ち上がると同時に、私の身体が宙に浮く。
米俵のように肩へ担がれ、向かっていった先はホカホカのパンケーキが用意されたダイニング――ではなく、何故か寝室。
「は、何で!?」
「名無しさ、それ煽ってるよね?」
荒っぽく攫った所作に対し、ベッドへ私を沈める腕は厭に優しい。
覆い被さるように五条さんの影がベッドに落ちる。
カーテンを閉めきったままの寝室は、隙間から朝日が射し込んでいても薄暗い。
その暗がりの中でも猫の眼のように、硝子色の双眸だけは爛々と浮かんで見える。
先程まで浮かんでいた揶揄っているような表情は消え、今は昨晩から散々見た色を浮かべていた。
「僕の匂いでさ、もーっとマーキングしちゃえば問題ないんじゃない?」
「さ、昨晩散々したじゃないですか!それに朝ごはんは、」
「僕は正直足りてないし、僕の朝ごはんはこっちだから」
端正な顔が近づき、リップ音を鳴らしながら唇へキスが落ちてくる。
「ね、いいでしょ?」
ずるい。本当に、この人はズルい人だ。
さみしがりやの予防線
――後日。
「名無し〜、いいものあげる。」
「何ですか?」
「僕が三日着たシャツ」
「えっ…流石にそれは洗いましょう…?」
五条さんのマンションの洗面台で顔を洗いながら、ふと視界に入ったものだ。
女性向けの香水瓶とは違う、シンプルだが高級感のあるフォルム。
どこかのブランドのものだろうが、生憎そういった物に明るくないため『五条さんが使っている香水』と認識するだけ。
水滴が滴る顔を拭うのは、五条さんから借りたタオル。
目の前には五条さんが使っている香水。
――寝起きで思考が鈍っていたんだ。
今思い返せば私も寂しかったのだろう。
なにせお互い任務で暫く会えていなかったせいで、久しぶりに会えた途端マンションに引きずり込まれ、明け方までずっと離してもらえなかったのだから。
少し湿ったタオルに、少しだけ香水を拝借して吹き掛ける。
毛足がふんわり立ち上がった上質な今治タオルに顔を埋めれば、きっと五条さんの匂いがする――と期待したのだが……。
(えー…何か足りない……)
あけすけな物言いをすれば、彼の体臭だろうか。
いや。臭いというわけではないのだが、彼も人間なので無臭というのはありえないわけで。
「……近いけど…ちょっと違うか…」
「何が?」
「洗濯物に香水かけたら五条さんの匂いになると思っ」
て。
続けられるはずだった最後の一文字が喉に突っかえる。
いつの間にか至近距離でタオルを覗き込んでいる五条さんに驚き後ずされば、近くの壁に頭を思い切り打ち付けた。痛い。
「いっっ…!」
「わー、凄い音。で?なんで僕の匂いにならないのが駄目なの?」
鈍器で壁を殴ったような音が、まだ部屋に響いているような錯覚。
隣の部屋の人、音が響いていたら本当にすみません。
反射的に蹲った私と視線を合わせるためか、五条さんも軽い身のこなしでしゃがみこんだ。
キラキラとした六眼が今日は何だか恨めしい。
『いいこと聞いた』と言わんばかりに、浮かれた表情で笑っているのもムカつく。
――いや、元はと言えば完全に油断しきっていた私が、うっかり口を滑らせたのが最大の原因だろうけど。
「い、言いたくありません…」
「朝ごはん、僕が二人分食べちゃうよ?」
「卑怯ですよ!」
今日の朝ごはんはパンケーキだったはず。
薄いしっとりパンケーキも捨てがたいが、五条さんが焼くお手本のようなふっくらパンケーキが食べたい口なのに。
それを。ご飯抜き。
私の胃袋を鷲掴みにしていることを知った上でこんな交渉をしてくる五条さんは鬼かもしれない。いや、鬼だ。鬼畜だ。
奥歯が軋みそうな程に歯を食いしばり、数秒の間に食欲と恥が葛藤する。三大欲求とプライドの殴り合いだ。
私も空腹には耐えきれない。
五条さんと目を合わせないよう、明後日の方向を見つめながら私は降参した。
「………………………五条さんの匂いがしたら、お互い任務で中々会えなくても元気が出るかと思って」
記憶の中で一番根深いものは、匂いだ。
例えばだが――薄らいでいく故人の記憶で、匂いだけは長年ずっと覚えている人が多いらしい。
勿論、五条さんが死んだわけではないし、縁起でもない話なのだが。
そう。つまるところ、『ジェネリック五条悟の香り』が欲しかったのだ。
……あれ。私、変態が伝染った?
「はーーー……名無しさぁ…」
「す、すいません。勝手に香水借り、てぇ!?」
五条さんが溜息を吐き出し立ち上がると同時に、私の身体が宙に浮く。
米俵のように肩へ担がれ、向かっていった先はホカホカのパンケーキが用意されたダイニング――ではなく、何故か寝室。
「は、何で!?」
「名無しさ、それ煽ってるよね?」
荒っぽく攫った所作に対し、ベッドへ私を沈める腕は厭に優しい。
覆い被さるように五条さんの影がベッドに落ちる。
カーテンを閉めきったままの寝室は、隙間から朝日が射し込んでいても薄暗い。
その暗がりの中でも猫の眼のように、硝子色の双眸だけは爛々と浮かんで見える。
先程まで浮かんでいた揶揄っているような表情は消え、今は昨晩から散々見た色を浮かべていた。
「僕の匂いでさ、もーっとマーキングしちゃえば問題ないんじゃない?」
「さ、昨晩散々したじゃないですか!それに朝ごはんは、」
「僕は正直足りてないし、僕の朝ごはんはこっちだから」
端正な顔が近づき、リップ音を鳴らしながら唇へキスが落ちてくる。
「ね、いいでしょ?」
ずるい。本当に、この人はズルい人だ。
さみしがりやの予防線
――後日。
「名無し〜、いいものあげる。」
「何ですか?」
「僕が三日着たシャツ」
「えっ…流石にそれは洗いましょう…?」