short story
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今まで、人生に不満はなかった。
そう。過去形だ。
それは随分昔のようで、実の所まだ数年しか経っていない過去のこと。
キラキラとした記憶が真っ黒に塗りつぶされて、今まで当たり前に立っていた人生の岐路を根本からひっくり返された出来事。
私が私でなくなって、私の中の何かが変わって、特に不満も不平もなかった安穏な人生はガラリと音を立てて崩れ落ちた。
それからというものの、自分の生に対して肯定的に生きてこれたとは到底言えない。
いや。言えなかった。
70年、60年くらい先の遠くで霞んで見える人生の終わりが、星の彼方へ飛んでいってしまったかのように見えなくなった。
果てがない。キリがない。
この途方もない人生という旅路を一人で歩くのかと、時々無性に叫びたくなる時がある。
(夜中に目が覚めると、ろくな事考えないなぁ)
カーテンの隙間から漏れる、十六夜月の月光。
すっかり南へ昇った月は、冷たく清廉な光をやわらかく落としていく。
もそりと寝返りを打てば肩まですっぽり布団に入った五条さんの寝顔。
僅かな光に反射して、薄暗い室内でもきらりと光る銀糸が視界に入った。
「んー…名無し?」
ぼんやりとした声。
それは寝惚けた子供の寝言のようにも聞こえる。…そう言ったら彼はどんな反応をするのだろうか。
「すみません、起こしちゃいましたか?」
「んん……」
上半身をむくりと起こし、珍しく少し離れて寝ていた五条さんがのそりのそりと近づいてきた。
ぽすりと力尽きるように私の肩口を顔を埋め、徐々に深い呼吸がゆっくり繰り返される。
腕の中で満足そうに眠ったその寝息を聞いて、
(あぁ、そっか。)
いつもちゃらんぽらんと周囲を振り回している五条さん。
しんどいだとか、疲れただとか、先生らしく生徒の前では見せないようにしている五条さん。
それがどうだ。この子供のように眠る無防備な寝顔。
頬に当たるふわふわの白髪を指で梳けば、同じ匂いのシャンプーを使っているはずなのに『五条悟』の匂いがした。
ほころぶような匂いで、少しだけ肩が重くて、くすぐったくなる程にあたたかくて。
この時のために、
(生きてきたんだ。)
息が詰まる程に嬉しくて。
胸が痛くなるくらい、さみしくて。
ツンと熱くなった鼻先を擦るように、私は彼の髪へそっと顔を埋めた。
そう。過去形だ。
それは随分昔のようで、実の所まだ数年しか経っていない過去のこと。
キラキラとした記憶が真っ黒に塗りつぶされて、今まで当たり前に立っていた人生の岐路を根本からひっくり返された出来事。
私が私でなくなって、私の中の何かが変わって、特に不満も不平もなかった安穏な人生はガラリと音を立てて崩れ落ちた。
それからというものの、自分の生に対して肯定的に生きてこれたとは到底言えない。
いや。言えなかった。
70年、60年くらい先の遠くで霞んで見える人生の終わりが、星の彼方へ飛んでいってしまったかのように見えなくなった。
果てがない。キリがない。
この途方もない人生という旅路を一人で歩くのかと、時々無性に叫びたくなる時がある。
(夜中に目が覚めると、ろくな事考えないなぁ)
カーテンの隙間から漏れる、十六夜月の月光。
すっかり南へ昇った月は、冷たく清廉な光をやわらかく落としていく。
もそりと寝返りを打てば肩まですっぽり布団に入った五条さんの寝顔。
僅かな光に反射して、薄暗い室内でもきらりと光る銀糸が視界に入った。
「んー…名無し?」
ぼんやりとした声。
それは寝惚けた子供の寝言のようにも聞こえる。…そう言ったら彼はどんな反応をするのだろうか。
「すみません、起こしちゃいましたか?」
「んん……」
上半身をむくりと起こし、珍しく少し離れて寝ていた五条さんがのそりのそりと近づいてきた。
ぽすりと力尽きるように私の肩口を顔を埋め、徐々に深い呼吸がゆっくり繰り返される。
腕の中で満足そうに眠ったその寝息を聞いて、
(あぁ、そっか。)
いつもちゃらんぽらんと周囲を振り回している五条さん。
しんどいだとか、疲れただとか、先生らしく生徒の前では見せないようにしている五条さん。
それがどうだ。この子供のように眠る無防備な寝顔。
頬に当たるふわふわの白髪を指で梳けば、同じ匂いのシャンプーを使っているはずなのに『五条悟』の匂いがした。
ほころぶような匂いで、少しだけ肩が重くて、くすぐったくなる程にあたたかくて。
この時のために、
(生きてきたんだ。)
息が詰まる程に嬉しくて。
胸が痛くなるくらい、さみしくて。
ツンと熱くなった鼻先を擦るように、私は彼の髪へそっと顔を埋めた。