short story
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帰ってきた気配がしたのは、夜中の二時頃だった。
小僧が完全に寝た後に身体を拝借し、小娘の部屋へ赴く。
なんともまぁ無防備な、と笑ってしまいそうになる。
扉に鍵は掛けられていないわ、床に敷いている敷物の上で行き倒れているではないか。
部屋の明かりだけは煌々と昼のように明るく、目の下に隈を作っている小娘には不釣り合いにも程があった。
小僧よりも小柄な身体を抱き抱えれば、相変わらず羽のように軽かった。
――いや、『相変わらず』という表現は些か不自然か。
あの女のように、同じくらい軽かった。
ベッドに横たわらせても微塵に動かない身体。
過労死とやらか?と勘繰ってしまい、生白い首に指の腹を当ててやればトクトクと小動物のような脈を打っていた。
そうでなくては、困る。
『では殺してやろう。お前の死は俺が贈ってやる。』
果たされる事がなかった契り。
代わりにといっては何だが、この小娘が死ぬことを望むなら――
「何してんの?」
声がする方を振り向けば、部屋の出入口に立った影がひとつ。
胡散臭い目隠しを取り払い、冷ややかな満月のような双眸をこちらに向けてくる男。僅かに息切れしているのは慌てて駆けつけたからだろう。
それは背筋が粟立つような殺気に満ちており、久しぶりに心が躍るものであった。
***
「ケヒヒッ、見て分からぬか?」
「分からないから聞いてるんだけど?」
悠仁の顔に、浮かんだ文様。
それだけで今の彼は『両面宿儺』と判断することが出来るのだが――。
(ホントに分からないんだけど。)
殺戮、鏖殺。
存在が『死』そのものである目の前の呪いが、まさかここに来るなんて。
――いや。
特級呪物の『八百比丘尼』に興味を持ったのかもしれないが、高度な反転術式が使える宿儺にとって八百比丘尼自体はそう魅力のある『呪い』ではないはずだ。
ならば、なぜ。
どうして、
(呪いの王も、あんな顔をするのか)
「……夜這いにしてはタイミング最悪なんだよね。連日徹夜で任務にあたってたみたいだからさ、寝かせてあげて欲しいんだけど?」
「ほぅ?では平時であれば犯してもいいのか?」
「ダメに決まってるじゃん、馬鹿なの?」
ニタリと笑うその顔は、悠仁の顔だというのに邪悪そのものだ。
にも関わらず殺気がない。
まさか本当に宿儺は名無しに『会いに来た』だけなのか。
俄に信じ難く、そしてフツフツと腹の底から湧き出る何か。
口に出すのも億劫になってしまう、ドロドロとしたソレ。
歌姫が向ける友愛のようなものではない。
冥冥のように愛でるものでもない。
悠仁達や真希達のように親愛のようなものでもない。
それはよく知っているものだ。
そして、それを彼女に向けていいのは僕だけだ。
「よせよせ。そんな殺気を放てば目が覚めるぞ?」
「誰のせいだと思ってんの。」
「なんだ。顔をじっくり見に来るくらい良かろうに。度量の狭い男だな」
顔を見に来ただけとか。
よく言う。
「へぇ?両面宿儺とあろう者が、ただの呪術師に度量を求めるなんてねぇ」
「まぐわうのに呪術師も呪いも関係なかろう?」
正論だ。しかし手を出すのを認めるわけがない。
名無しが宿儺に組み敷かれるなんて考えたくもない話だ。
考えていたことが表情に出てしまっていたらしい。
僕の嫌悪や憎悪が滲んだ顔を見て、宿儺は満足げに小さく笑った。
「まぁ良い。生前は人の身だったが、今度は呪いとして受肉したのだからな。時間はたっぷりある。俺も、この小娘も。」
「何言ってんの。お前は僕に祓われる未来が確定してるんだよ。」
「ほぅ、それは愉しみだ。だがその小娘はどうする?殺せるのか?」
それは、確信を突く鋭い言葉。
「ん?」と煽るように宿儺が口角を上げる。
呪いとなった宿儺が、人の寿命で終わるわけがない。
そもそも呪霊に寿命の概念はない。
祓えなければのうのうとこの世で『第二の生』を謳歌し、殺戮と鏖殺で人の世を覆うだろう。
だからこそどんな手を使ってでも祓うのだが――
名無し、は、
「僕が殺せないような言い方をしてくれるね」
「お前の情など知ったことか。八尾比丘尼は『誰にも殺せぬ』と言っておるのだ。」
不老不死。
それは気が遠くなるような年月を、誰かの死を看取りながら生きていかねばならない。
見て見ぬ振りをしていた現実を、目の前の呪いは突き付けてくる。
嫌な汗が、背中に滲むのが分かった。
「まるで勝手知ったるような言い分じゃん。」
「知っておるさ。呪いの根深さも、何もかも」
静かな声。
それは諦観と、後悔と、僅かな慈悲が混じったようなもので。
一瞬目の前にいる悠仁の中身が『呪いの王』だと失念してしまいそうになる程だった。
「まぁ良い。暫く預けておいてやろう。久しぶりに間抜け面も見れたからな」
「間抜け面とは失礼な。こんな可愛い寝顔にさぁ」
するりと名無しの髪をひと房撫でる宿儺の手を切り落としてやりたい衝動に駆られる。
しかしここで大暴れしたら色々な意味で名無しに怒られ、嫌われてしまいそうなのでぐっと堪えた。
……起きたら念入りに風呂に入れることにしよう、そうしよう。
ヒタヒタと管理人室から裸足で出ていく悠仁――もとい、宿儺の後ろ姿を睨みながら、僕は冷淡に宣言した。
「誰と勘違いしてるのかしらないけど、この子は僕のだよ。」
その一言に目を開き、肩越しに振り返る宿儺。
かっ開いた目元は一瞬にして細まり、ニタリと大胆不敵な笑みが浮かんだ。
「今のうちに吠えておけ、五条悟。」
狂愛に嗤う
「…はー、疲れた。」
管理人室の鍵を閉め、深夜に一人、己を労う。
『何をしたの名無し』と問い質してやりたいが、泥のように眠る恋人を起こすつもりは毛頭ない。
正しくは、彼女も心当たりがないはずなので起きたところで問い詰めつもりは微塵もない。
もしかすると過去に両面宿儺と八百比丘尼に何か因縁があったのかもしれないが、そんなこと五条の知ったことではない。
同情も察してやるつもりもないし、ましてや愛でて触れる権利を譲るつもりなど一切ないのだから。
(君が将来、生きることで置いていかれて、ひとりで泣くようなことがあったら、)
狂ってる愛情だと嗤えばいい。
君が望むものは、全部全部、
(その代わり、名無しの全部が欲しいなんて言ったら、呆れながら笑うんだろうか)
小僧が完全に寝た後に身体を拝借し、小娘の部屋へ赴く。
なんともまぁ無防備な、と笑ってしまいそうになる。
扉に鍵は掛けられていないわ、床に敷いている敷物の上で行き倒れているではないか。
部屋の明かりだけは煌々と昼のように明るく、目の下に隈を作っている小娘には不釣り合いにも程があった。
小僧よりも小柄な身体を抱き抱えれば、相変わらず羽のように軽かった。
――いや、『相変わらず』という表現は些か不自然か。
あの女のように、同じくらい軽かった。
ベッドに横たわらせても微塵に動かない身体。
過労死とやらか?と勘繰ってしまい、生白い首に指の腹を当ててやればトクトクと小動物のような脈を打っていた。
そうでなくては、困る。
『では殺してやろう。お前の死は俺が贈ってやる。』
果たされる事がなかった契り。
代わりにといっては何だが、この小娘が死ぬことを望むなら――
「何してんの?」
声がする方を振り向けば、部屋の出入口に立った影がひとつ。
胡散臭い目隠しを取り払い、冷ややかな満月のような双眸をこちらに向けてくる男。僅かに息切れしているのは慌てて駆けつけたからだろう。
それは背筋が粟立つような殺気に満ちており、久しぶりに心が躍るものであった。
***
「ケヒヒッ、見て分からぬか?」
「分からないから聞いてるんだけど?」
悠仁の顔に、浮かんだ文様。
それだけで今の彼は『両面宿儺』と判断することが出来るのだが――。
(ホントに分からないんだけど。)
殺戮、鏖殺。
存在が『死』そのものである目の前の呪いが、まさかここに来るなんて。
――いや。
特級呪物の『八百比丘尼』に興味を持ったのかもしれないが、高度な反転術式が使える宿儺にとって八百比丘尼自体はそう魅力のある『呪い』ではないはずだ。
ならば、なぜ。
どうして、
(呪いの王も、あんな顔をするのか)
「……夜這いにしてはタイミング最悪なんだよね。連日徹夜で任務にあたってたみたいだからさ、寝かせてあげて欲しいんだけど?」
「ほぅ?では平時であれば犯してもいいのか?」
「ダメに決まってるじゃん、馬鹿なの?」
ニタリと笑うその顔は、悠仁の顔だというのに邪悪そのものだ。
にも関わらず殺気がない。
まさか本当に宿儺は名無しに『会いに来た』だけなのか。
俄に信じ難く、そしてフツフツと腹の底から湧き出る何か。
口に出すのも億劫になってしまう、ドロドロとしたソレ。
歌姫が向ける友愛のようなものではない。
冥冥のように愛でるものでもない。
悠仁達や真希達のように親愛のようなものでもない。
それはよく知っているものだ。
そして、それを彼女に向けていいのは僕だけだ。
「よせよせ。そんな殺気を放てば目が覚めるぞ?」
「誰のせいだと思ってんの。」
「なんだ。顔をじっくり見に来るくらい良かろうに。度量の狭い男だな」
顔を見に来ただけとか。
よく言う。
「へぇ?両面宿儺とあろう者が、ただの呪術師に度量を求めるなんてねぇ」
「まぐわうのに呪術師も呪いも関係なかろう?」
正論だ。しかし手を出すのを認めるわけがない。
名無しが宿儺に組み敷かれるなんて考えたくもない話だ。
考えていたことが表情に出てしまっていたらしい。
僕の嫌悪や憎悪が滲んだ顔を見て、宿儺は満足げに小さく笑った。
「まぁ良い。生前は人の身だったが、今度は呪いとして受肉したのだからな。時間はたっぷりある。俺も、この小娘も。」
「何言ってんの。お前は僕に祓われる未来が確定してるんだよ。」
「ほぅ、それは愉しみだ。だがその小娘はどうする?殺せるのか?」
それは、確信を突く鋭い言葉。
「ん?」と煽るように宿儺が口角を上げる。
呪いとなった宿儺が、人の寿命で終わるわけがない。
そもそも呪霊に寿命の概念はない。
祓えなければのうのうとこの世で『第二の生』を謳歌し、殺戮と鏖殺で人の世を覆うだろう。
だからこそどんな手を使ってでも祓うのだが――
名無し、は、
「僕が殺せないような言い方をしてくれるね」
「お前の情など知ったことか。八尾比丘尼は『誰にも殺せぬ』と言っておるのだ。」
不老不死。
それは気が遠くなるような年月を、誰かの死を看取りながら生きていかねばならない。
見て見ぬ振りをしていた現実を、目の前の呪いは突き付けてくる。
嫌な汗が、背中に滲むのが分かった。
「まるで勝手知ったるような言い分じゃん。」
「知っておるさ。呪いの根深さも、何もかも」
静かな声。
それは諦観と、後悔と、僅かな慈悲が混じったようなもので。
一瞬目の前にいる悠仁の中身が『呪いの王』だと失念してしまいそうになる程だった。
「まぁ良い。暫く預けておいてやろう。久しぶりに間抜け面も見れたからな」
「間抜け面とは失礼な。こんな可愛い寝顔にさぁ」
するりと名無しの髪をひと房撫でる宿儺の手を切り落としてやりたい衝動に駆られる。
しかしここで大暴れしたら色々な意味で名無しに怒られ、嫌われてしまいそうなのでぐっと堪えた。
……起きたら念入りに風呂に入れることにしよう、そうしよう。
ヒタヒタと管理人室から裸足で出ていく悠仁――もとい、宿儺の後ろ姿を睨みながら、僕は冷淡に宣言した。
「誰と勘違いしてるのかしらないけど、この子は僕のだよ。」
その一言に目を開き、肩越しに振り返る宿儺。
かっ開いた目元は一瞬にして細まり、ニタリと大胆不敵な笑みが浮かんだ。
「今のうちに吠えておけ、五条悟。」
狂愛に嗤う
「…はー、疲れた。」
管理人室の鍵を閉め、深夜に一人、己を労う。
『何をしたの名無し』と問い質してやりたいが、泥のように眠る恋人を起こすつもりは毛頭ない。
正しくは、彼女も心当たりがないはずなので起きたところで問い詰めつもりは微塵もない。
もしかすると過去に両面宿儺と八百比丘尼に何か因縁があったのかもしれないが、そんなこと五条の知ったことではない。
同情も察してやるつもりもないし、ましてや愛でて触れる権利を譲るつもりなど一切ないのだから。
(君が将来、生きることで置いていかれて、ひとりで泣くようなことがあったら、)
狂ってる愛情だと嗤えばいい。
君が望むものは、全部全部、
(その代わり、名無しの全部が欲しいなんて言ったら、呆れながら笑うんだろうか)