満員電車と用心棒
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「相変わらず拷問みてぇな狭さだな。」
スーツを着たおじさんからオフィスカジュアルのお姉さんまで、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた満員電車の中。
窓際に寄せられ、人混みを背に立っている神田さんと、私は今向かい合っている。
先日の痴漢騒動で、満員電車は危険だと判断されてしまった。
『帰る方法を探す以外これといった用事がないから』と押し切られ、朝の満員電車からこうして学校の近くまで送ってくれることになったの、だけど。
恐らくだけど、勘だけど。
……多分、神田さんは人混みが好きじゃない。
勿論、満員電車が好きな人なんて殆どいないだろうけど、それでもこうして一緒に乗ってくれるのは昨日の今日だし正直心強かった。
『おしりを撫でられただけ』と自分を諦めさせ、納得させようとしたけれど、どうしてもあの腹の底からサッと冷えていくような恐怖は拭えなくて。
《申し訳ない》という感情よりも、泣きたくなるような安心感があまりにも大きくて、今回ばかりは神田さんにお願いしてしまった。
(優しい人。)
ぶっきらぼうで、あまり笑わない。
中性的な顔立ちも相まって冷たそうな印象もあったけど、実の所この人は驚く程に優しい。
「まぁ、皆さん大体同じ時間に出勤されたり登校するので…」
ガタン、と大きく車両が揺れる。
毎度ここのカーブは揺れるというのに、車両の不規則な揺れはどうしても未だに慣れなかった。
「う、わっ」
踵がたたらを踏みそうになった瞬間、掴まれる肩。
吊革さえ掴んでいない神田さんは一切微動だすることなく、相変わらずの仏頂面で私を見下ろしてきた。
「掴まってろ。」
差し出されたのは腕。
一見細身に見える彼だが、コートの上から触れても分かるくらい筋肉質だ。
……元いた世界では『遺跡の調査』が仕事と聞いているが、彼は筋トレマニアなのだろうか。
「神田さん、こんなに揺れてるのに平気なんですか?」
「この位はな」
「ひぇ……」
平然と言ってのけるあたり、本当になんてことないらしい。
降りる駅の一つ前の駅に到着すれば、降りる人は疎らなのに乗ってくる人は何倍も多い。
乗車率が200%をゆうに超える車内は、更に狭く息苦しくなる──はずだった。
「っと、」
窓際へ潰れたカエルのように毎度押し潰されていたのだが、神田さんが壁に肘をついて隙間を作ってくれた。
……いつもより息苦しくない。
ヒールの踵で足を踏まれることもなければ、見知らぬお兄さんの肘が刺さることもない。
意図的に安全地帯を作ってくれていることに嬉しさが込み上げてくると同時に、普段あまり経験してこなかった距離感に、恥ずかしながら顔が赤くなってしまった。
(ち、近い。)
密着するのはいい。満員電車だから仕方ない。
むしろ神田さんがスペースを作ってくれているのだから、他人の背中で窒息しそうになることもない。
それでも服越しに当たる身体や、同じ洗濯洗剤を使っているはずなのにいい香りがする匂いとか、妙なことばかり意識してしまって。
昨日の痴漢は寒気がするような気味の悪さだったのに、彼だけに対してはいとも簡単に心拍数が跳ね上がるのだから訳が分からない。いい加減にしろ、私の心臓。
彼は痴漢防止のために好きでもない満員電車へ乗ってくれているというのに。
……邪な考えばかりが頭に過ぎって、心の底から情けなくなった。
こんな時は素数を数えよう。円周率でもいいや。
3.14159 26535 89793 23846…………
満員電車と用心棒#後篇
(……胸、当たってんな…)
円周率を必死に数えているシノの気も知らず、神田も神田で邪な考えを浮かべているのは、本人のみぞ知る。
スーツを着たおじさんからオフィスカジュアルのお姉さんまで、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた満員電車の中。
窓際に寄せられ、人混みを背に立っている神田さんと、私は今向かい合っている。
先日の痴漢騒動で、満員電車は危険だと判断されてしまった。
『帰る方法を探す以外これといった用事がないから』と押し切られ、朝の満員電車からこうして学校の近くまで送ってくれることになったの、だけど。
恐らくだけど、勘だけど。
……多分、神田さんは人混みが好きじゃない。
勿論、満員電車が好きな人なんて殆どいないだろうけど、それでもこうして一緒に乗ってくれるのは昨日の今日だし正直心強かった。
『おしりを撫でられただけ』と自分を諦めさせ、納得させようとしたけれど、どうしてもあの腹の底からサッと冷えていくような恐怖は拭えなくて。
《申し訳ない》という感情よりも、泣きたくなるような安心感があまりにも大きくて、今回ばかりは神田さんにお願いしてしまった。
(優しい人。)
ぶっきらぼうで、あまり笑わない。
中性的な顔立ちも相まって冷たそうな印象もあったけど、実の所この人は驚く程に優しい。
「まぁ、皆さん大体同じ時間に出勤されたり登校するので…」
ガタン、と大きく車両が揺れる。
毎度ここのカーブは揺れるというのに、車両の不規則な揺れはどうしても未だに慣れなかった。
「う、わっ」
踵がたたらを踏みそうになった瞬間、掴まれる肩。
吊革さえ掴んでいない神田さんは一切微動だすることなく、相変わらずの仏頂面で私を見下ろしてきた。
「掴まってろ。」
差し出されたのは腕。
一見細身に見える彼だが、コートの上から触れても分かるくらい筋肉質だ。
……元いた世界では『遺跡の調査』が仕事と聞いているが、彼は筋トレマニアなのだろうか。
「神田さん、こんなに揺れてるのに平気なんですか?」
「この位はな」
「ひぇ……」
平然と言ってのけるあたり、本当になんてことないらしい。
降りる駅の一つ前の駅に到着すれば、降りる人は疎らなのに乗ってくる人は何倍も多い。
乗車率が200%をゆうに超える車内は、更に狭く息苦しくなる──はずだった。
「っと、」
窓際へ潰れたカエルのように毎度押し潰されていたのだが、神田さんが壁に肘をついて隙間を作ってくれた。
……いつもより息苦しくない。
ヒールの踵で足を踏まれることもなければ、見知らぬお兄さんの肘が刺さることもない。
意図的に安全地帯を作ってくれていることに嬉しさが込み上げてくると同時に、普段あまり経験してこなかった距離感に、恥ずかしながら顔が赤くなってしまった。
(ち、近い。)
密着するのはいい。満員電車だから仕方ない。
むしろ神田さんがスペースを作ってくれているのだから、他人の背中で窒息しそうになることもない。
それでも服越しに当たる身体や、同じ洗濯洗剤を使っているはずなのにいい香りがする匂いとか、妙なことばかり意識してしまって。
昨日の痴漢は寒気がするような気味の悪さだったのに、彼だけに対してはいとも簡単に心拍数が跳ね上がるのだから訳が分からない。いい加減にしろ、私の心臓。
彼は痴漢防止のために好きでもない満員電車へ乗ってくれているというのに。
……邪な考えばかりが頭に過ぎって、心の底から情けなくなった。
こんな時は素数を数えよう。円周率でもいいや。
3.14159 26535 89793 23846…………
満員電車と用心棒#後篇
(……胸、当たってんな…)
円周率を必死に数えているシノの気も知らず、神田も神田で邪な考えを浮かべているのは、本人のみぞ知る。