Howard Link Report
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彼女の、素顔は。
Howard Link Report#03
ヘブラスカへイノセンスを届ける為、黒の教団本部へ足を踏み入れる。
彼女はいつもの団服──ではなく、鴉の外套と仮面を着けて。
すれ違う本部の団員は鴉にいい印象を持っていないのだろう。
物珍しそうに見るだけならまだしも、奇異や侮蔑の色を浮かべて視線を向けてくる者も少なからずいる。
私はそんなもの、当の間に慣れてしまったが──彼女は、そうではない。
それでも歩を進める足取りは澱みない。
まるで『意に介さない』と足音が答えているようだ。
見たことのある顔ぶれとすれ違っても、靴が鳴る音に躊躇いがない。
真っ直ぐと向かっていった場所は、コムイ・リーがいる室長室だ。
ノックを、4回。
中から「どうぞ」と聞き慣れた声が聞こえる。
部屋に入れば相変わらずみ処理の書類の山で溢れ返っていた。
普段の私ならば嫌味のひとつふたつ言うところだが、今日はあくまで彼女の『お目付け役』だ。
千年伯爵と戦争をしていた、──ウォーカーを監視していたあの頃とは、立場が違う。
「あ……」
コムイ・リーの隣に立っているのは、リナリー・リーだった。
トレイを持っているところから察するに、コーヒーでも持って来たのだろう。
突然の来客──しかも鴉。
コーヒーを追加で用意するべきかコムイへ困ったように目配せをするが、コムイは小さく笑いながら「大丈夫だよ、リナリー。下がっていいよ」と声を掛けた。
小さく会釈をし、部屋を退出するリナリー・リー。
その間、仮面を被った彼女は動揺する素振りを一切見せず、ただじっと立っていた。
「………久しぶりだね。」
リナリーの足音が完全に消えたのを確認し、コムイがそっと口を開く。
「えぇ。」
「僕を通さずに任務を引き受けた件は……まぁ、言いたい事は沢山あるんだけどねぇ…うーん…」
「コムイさんを通したら、盾になってくださるでしょう?気遣われたら逆にしんどいので、長官から直接お受けしたんです。」
優しさが時には心を追い詰める刃になる。
その物言いには、既視感があった。
──教団を追われた時期の、ウォーカーだ。
「反論できないのが辛いなぁ」
「すみません。」
眼鏡のレンズの向こうで柔らかい目元が寂しそうにそっと細くなる。
彼が室長になってから『本部はエクソシストを守る為にある』と理念を掲げていたのだから、彼女の選択はかなり堪えるものがあったのだろう。
「イノセンスを2つ、修復が終わったのでヘブラスカさんに預けて来ますね。」
「うん。……体調は?変わりないのかい?少しでも不調があれば医務室に……」
「大丈夫です。」
言葉を遮るように淡々と発せられた彼女の言葉。
少しでも休ませたい。少しでも引き止めたい。
コムイ・リーの真意は理解しているのだろうが、彼女はそれをキッパリと拒んだ。
不調は、ある。
仮面と外套を取れば明らかに痩せた上、寝不足も祟って顔色はあまり宜しくない。
しかしそれを医療班に見られたら何と言われるか。そんなことは子供でも想像がつく。
「それでは、失礼します。」
見本のような一礼をし、彼女は書類に塗れた部屋を早々と出ていった。
扉が閉まる音が、酷く重く聞こえた。
***
ヘブラスカにイノセンスを預け、建物を出る。
本部の中央広場を遠目で眺めるように、人目につかぬようになるべく建物の影を歩いた。
「ちょっと、神田!待ってってば!」
少しばかり怒気を含んだウォーカーの声。
すると、何にも動じることがなかった彼女の足がピタリと止まるではないか。
視線の先には、広場を横切って宿舎がある棟へ、競歩のような速さで歩いて行く神田ユウの姿。
そしてそれを慌てて追いかける……任務帰りなのだろう。団服を着たままのウォーカーがいた。
──確か、神田ユウの『セカンド』としての寿命がもう尽きかけていると長官から聞いた。
元帥の次の後任をどうするか。
そんな話が出ていたのを思い出す。
『長官、元帥の件はどうなったのでしょうか?』
この任務に着く前、事務的に尋ねた言葉。
紅茶を傾けながら淡々と言われた言葉を、鮮やかに思い出した。
『あぁ。その件は問題なくなった。』
どういうことだろう。
その時、理由を深く問うことは出来なかった。
──彼女を迎えに行った時見た光景。
死んだように横たわった神田ユウ。
それを抱えるようにいた、ナナシ名無し。
ルベリエ長官の『問題なくなった』という言葉。
確信がなかった全てのピースが、カチリと音を立てて合わさった決定打が──彼女の、横顔だった。
仮面で殆ど見えなかったので、本当にそうだったのか確信はない。
私が見た幻影かもしれないし、妄想だったかもしれない。
はたまた、ただの願望だったのかもしれない。
──それでも。
仮面の僅かな隙間から見えた口角は……ほっとしたように、笑っていたのだ。
「………行きましょう。次の任務地は……ウラジオストックでしたよね」
疲れを見せない声音。
少女とは思えない程に落ち着ききった態度。
何が彼女をそこまで突き動かすのか、私には理解が出来なかった。
Howard Link Report#03
ヘブラスカへイノセンスを届ける為、黒の教団本部へ足を踏み入れる。
彼女はいつもの団服──ではなく、鴉の外套と仮面を着けて。
すれ違う本部の団員は鴉にいい印象を持っていないのだろう。
物珍しそうに見るだけならまだしも、奇異や侮蔑の色を浮かべて視線を向けてくる者も少なからずいる。
私はそんなもの、当の間に慣れてしまったが──彼女は、そうではない。
それでも歩を進める足取りは澱みない。
まるで『意に介さない』と足音が答えているようだ。
見たことのある顔ぶれとすれ違っても、靴が鳴る音に躊躇いがない。
真っ直ぐと向かっていった場所は、コムイ・リーがいる室長室だ。
ノックを、4回。
中から「どうぞ」と聞き慣れた声が聞こえる。
部屋に入れば相変わらずみ処理の書類の山で溢れ返っていた。
普段の私ならば嫌味のひとつふたつ言うところだが、今日はあくまで彼女の『お目付け役』だ。
千年伯爵と戦争をしていた、──ウォーカーを監視していたあの頃とは、立場が違う。
「あ……」
コムイ・リーの隣に立っているのは、リナリー・リーだった。
トレイを持っているところから察するに、コーヒーでも持って来たのだろう。
突然の来客──しかも鴉。
コーヒーを追加で用意するべきかコムイへ困ったように目配せをするが、コムイは小さく笑いながら「大丈夫だよ、リナリー。下がっていいよ」と声を掛けた。
小さく会釈をし、部屋を退出するリナリー・リー。
その間、仮面を被った彼女は動揺する素振りを一切見せず、ただじっと立っていた。
「………久しぶりだね。」
リナリーの足音が完全に消えたのを確認し、コムイがそっと口を開く。
「えぇ。」
「僕を通さずに任務を引き受けた件は……まぁ、言いたい事は沢山あるんだけどねぇ…うーん…」
「コムイさんを通したら、盾になってくださるでしょう?気遣われたら逆にしんどいので、長官から直接お受けしたんです。」
優しさが時には心を追い詰める刃になる。
その物言いには、既視感があった。
──教団を追われた時期の、ウォーカーだ。
「反論できないのが辛いなぁ」
「すみません。」
眼鏡のレンズの向こうで柔らかい目元が寂しそうにそっと細くなる。
彼が室長になってから『本部はエクソシストを守る為にある』と理念を掲げていたのだから、彼女の選択はかなり堪えるものがあったのだろう。
「イノセンスを2つ、修復が終わったのでヘブラスカさんに預けて来ますね。」
「うん。……体調は?変わりないのかい?少しでも不調があれば医務室に……」
「大丈夫です。」
言葉を遮るように淡々と発せられた彼女の言葉。
少しでも休ませたい。少しでも引き止めたい。
コムイ・リーの真意は理解しているのだろうが、彼女はそれをキッパリと拒んだ。
不調は、ある。
仮面と外套を取れば明らかに痩せた上、寝不足も祟って顔色はあまり宜しくない。
しかしそれを医療班に見られたら何と言われるか。そんなことは子供でも想像がつく。
「それでは、失礼します。」
見本のような一礼をし、彼女は書類に塗れた部屋を早々と出ていった。
扉が閉まる音が、酷く重く聞こえた。
***
ヘブラスカにイノセンスを預け、建物を出る。
本部の中央広場を遠目で眺めるように、人目につかぬようになるべく建物の影を歩いた。
「ちょっと、神田!待ってってば!」
少しばかり怒気を含んだウォーカーの声。
すると、何にも動じることがなかった彼女の足がピタリと止まるではないか。
視線の先には、広場を横切って宿舎がある棟へ、競歩のような速さで歩いて行く神田ユウの姿。
そしてそれを慌てて追いかける……任務帰りなのだろう。団服を着たままのウォーカーがいた。
──確か、神田ユウの『セカンド』としての寿命がもう尽きかけていると長官から聞いた。
元帥の次の後任をどうするか。
そんな話が出ていたのを思い出す。
『長官、元帥の件はどうなったのでしょうか?』
この任務に着く前、事務的に尋ねた言葉。
紅茶を傾けながら淡々と言われた言葉を、鮮やかに思い出した。
『あぁ。その件は問題なくなった。』
どういうことだろう。
その時、理由を深く問うことは出来なかった。
──彼女を迎えに行った時見た光景。
死んだように横たわった神田ユウ。
それを抱えるようにいた、ナナシ名無し。
ルベリエ長官の『問題なくなった』という言葉。
確信がなかった全てのピースが、カチリと音を立てて合わさった決定打が──彼女の、横顔だった。
仮面で殆ど見えなかったので、本当にそうだったのか確信はない。
私が見た幻影かもしれないし、妄想だったかもしれない。
はたまた、ただの願望だったのかもしれない。
──それでも。
仮面の僅かな隙間から見えた口角は……ほっとしたように、笑っていたのだ。
「………行きましょう。次の任務地は……ウラジオストックでしたよね」
疲れを見せない声音。
少女とは思えない程に落ち着ききった態度。
何が彼女をそこまで突き動かすのか、私には理解が出来なかった。