Howard Link Report
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
直接戦闘はまだ不慣れらしい。
長官が私を『お目付け役』として配属した意味がよくわかった。
もそもそ彼女のイノセンスは、戦闘に関しては遠距から中距離向けだ。
今までの近接戦闘は──
(…いや、考えるのはやめよう)
脳裏に過ぎるのは、彼女の師。
特徴的な黒い髪。切れ長の目。
腰に据えた日本刀。
第二エクソシストの、最後のひとり。
先の戦争中に元帥となった彼は、まさに教団の『膿』を被った被害者とも言えるだろう。
弟子は取らないと公言していたというのに、全くどういう風の吹き回しなのやら。
……弟子を取らなかった理由は、明確だ。
彼の残りの寿命が、儚い程に短かったから。
口にはしなかったが、恐らく中途半端な責任は負えないと踏んだのだろう。
なのに、この結果だ。
スタンスを変えてまで、彼女をみることになった理由は、一体なんだろう。
しかも彼女がこの任務に就く条件が、『神田ユウの呪符修復を行ったら』と聞いている。
──長官の、彼女の、彼の真意が読み取れなくて、言葉では言い表せない気味の悪さを、どことなく感じていた。
アクマとの戦闘を終え、暗器と術札をしまう。
その横で短く息を切らす彼女は、じわりと汗をかいていた。
「休みますか?」
「……いえ。早く修復してしまいましょう」
残党のアクマの死骸を避け、彼女は廃墟となった教会に踏み入る。
よくあるゴシック建築の教会は、人が集っていた頃はさぞかし賑わっていたのだろう。
吹き抜けるように高い天井。
ステンドグラスのガラスは所々抜けてしまっており、華美だった模様は残念ながら疎らになっていた。
白かったはずの石畳は煤けており、隙間から入った枯葉の吹き溜まりが出来ている。
(なんとも、寂しい場所だ)
十六夜の月が照らす教会内は、ひび割れたステンドグラスで淡い色に染まる。
しかしそこには司祭も信徒もおらず、ただ一人の少女と鴉がいるだけだ。
原型を留めていない十字架だけが、ただ静かにその光景を見下ろしていた。
「──見つけた。」
廃墟の、一角。
壊れてしまったパイプオルガンに彼女がそっと触れれば、管が砕ける耳障りな音が響いた。
一瞬弾ける光。
それは泡沫のように空気にとけて、代わりに歯車が二つ重なった小さな匣がカランと音を立て地面に落ちた。
「────ッう、」
呻き声。
咄嗟に口元を押さえ、顔を背ける彼女。
押さえた手の隙間から我慢しきれなかった吐瀉物が床に吐き散らかされ、嘔吐き、呼吸もままならぬくらい深く深く咳き込んだ。
「どうしました!?」
鴉として、冷静に。
そう努めていたのに思わず声が荒んでしまう。
「……………して、」
「え?」
小さく呟かれた、彼女の声。
ここが静寂に包まれた廃墟でなければ消えてしまうような、溶けるような呟き。
「『どうして、私はあの人に会いたいだけなのに。役目を全うしたのに。』」
まるで、別人のようだ。
怨嗟と悲憤で満ちた声は、呪詛のように言葉を紡いでいく。
「『神様なんていない。いたとしても、なんて残酷なのかしら。…帰して。家に、帰して!あぁ、憎い。憎い憎い憎い──』」
壊れたレコードのように繰り返す彼女。
……違う。これは、『彼女』ではない。
「しっかりなさい!」
薄い両肩を揺すれば、はたりと絡む視線。
金色の満月のような瞳からはぼろぼろと涙が零れ、酷く憔悴したような表情だった。
声が、届かない。
──資料で見た。
修復のイノセンスは、ハートに次ぐ教団側の切札とも言える。
なにせ適合者を見つけても、現存するイノセンスの数が少なければ、その分戦力の絶対数が減るからだ。
ならば何故、修復のイノセンスの適合者は滅多に見つからないのか。
……違う。他の適合者と同じように、見つかるのだ。
正しくは『修復したイノセンスの、過去の適合者の記憶に蝕まれ、発狂の末』──
死。
それを今、目の当たりにしているというのか?
しかしそうとしか考えられない。
「それは貴女の記憶ではない!修復は終わっています、目を閉じなさい!──名無し!」
目元を手のひらで覆い、名前を叫ぶ。
こんな大きな声をあげたのはいつぶりだろうか。
彼女の小さな唇がガチガチと震え、か細い呼吸が喉を裂く。
乱れていた呼吸が徐々に落ち着きを取り戻し、戦慄いていた両腕はダラりと垂れ下がった。
「 」
気を失う直前。
何かを喋ろうとした唇が僅かに開き、何も紡がないままゆっくり閉じられた。
──神がいるとすれば、それはなによりも残酷で、きっと無慈悲な存在なのかもしれない。
長官が私を『お目付け役』として配属した意味がよくわかった。
もそもそ彼女のイノセンスは、戦闘に関しては遠距から中距離向けだ。
今までの近接戦闘は──
(…いや、考えるのはやめよう)
脳裏に過ぎるのは、彼女の師。
特徴的な黒い髪。切れ長の目。
腰に据えた日本刀。
第二エクソシストの、最後のひとり。
先の戦争中に元帥となった彼は、まさに教団の『膿』を被った被害者とも言えるだろう。
弟子は取らないと公言していたというのに、全くどういう風の吹き回しなのやら。
……弟子を取らなかった理由は、明確だ。
彼の残りの寿命が、儚い程に短かったから。
口にはしなかったが、恐らく中途半端な責任は負えないと踏んだのだろう。
なのに、この結果だ。
スタンスを変えてまで、彼女をみることになった理由は、一体なんだろう。
しかも彼女がこの任務に就く条件が、『神田ユウの呪符修復を行ったら』と聞いている。
──長官の、彼女の、彼の真意が読み取れなくて、言葉では言い表せない気味の悪さを、どことなく感じていた。
アクマとの戦闘を終え、暗器と術札をしまう。
その横で短く息を切らす彼女は、じわりと汗をかいていた。
「休みますか?」
「……いえ。早く修復してしまいましょう」
残党のアクマの死骸を避け、彼女は廃墟となった教会に踏み入る。
よくあるゴシック建築の教会は、人が集っていた頃はさぞかし賑わっていたのだろう。
吹き抜けるように高い天井。
ステンドグラスのガラスは所々抜けてしまっており、華美だった模様は残念ながら疎らになっていた。
白かったはずの石畳は煤けており、隙間から入った枯葉の吹き溜まりが出来ている。
(なんとも、寂しい場所だ)
十六夜の月が照らす教会内は、ひび割れたステンドグラスで淡い色に染まる。
しかしそこには司祭も信徒もおらず、ただ一人の少女と鴉がいるだけだ。
原型を留めていない十字架だけが、ただ静かにその光景を見下ろしていた。
「──見つけた。」
廃墟の、一角。
壊れてしまったパイプオルガンに彼女がそっと触れれば、管が砕ける耳障りな音が響いた。
一瞬弾ける光。
それは泡沫のように空気にとけて、代わりに歯車が二つ重なった小さな匣がカランと音を立て地面に落ちた。
「────ッう、」
呻き声。
咄嗟に口元を押さえ、顔を背ける彼女。
押さえた手の隙間から我慢しきれなかった吐瀉物が床に吐き散らかされ、嘔吐き、呼吸もままならぬくらい深く深く咳き込んだ。
「どうしました!?」
鴉として、冷静に。
そう努めていたのに思わず声が荒んでしまう。
「……………して、」
「え?」
小さく呟かれた、彼女の声。
ここが静寂に包まれた廃墟でなければ消えてしまうような、溶けるような呟き。
「『どうして、私はあの人に会いたいだけなのに。役目を全うしたのに。』」
まるで、別人のようだ。
怨嗟と悲憤で満ちた声は、呪詛のように言葉を紡いでいく。
「『神様なんていない。いたとしても、なんて残酷なのかしら。…帰して。家に、帰して!あぁ、憎い。憎い憎い憎い──』」
壊れたレコードのように繰り返す彼女。
……違う。これは、『彼女』ではない。
「しっかりなさい!」
薄い両肩を揺すれば、はたりと絡む視線。
金色の満月のような瞳からはぼろぼろと涙が零れ、酷く憔悴したような表情だった。
声が、届かない。
──資料で見た。
修復のイノセンスは、ハートに次ぐ教団側の切札とも言える。
なにせ適合者を見つけても、現存するイノセンスの数が少なければ、その分戦力の絶対数が減るからだ。
ならば何故、修復のイノセンスの適合者は滅多に見つからないのか。
……違う。他の適合者と同じように、見つかるのだ。
正しくは『修復したイノセンスの、過去の適合者の記憶に蝕まれ、発狂の末』──
死。
それを今、目の当たりにしているというのか?
しかしそうとしか考えられない。
「それは貴女の記憶ではない!修復は終わっています、目を閉じなさい!──名無し!」
目元を手のひらで覆い、名前を叫ぶ。
こんな大きな声をあげたのはいつぶりだろうか。
彼女の小さな唇がガチガチと震え、か細い呼吸が喉を裂く。
乱れていた呼吸が徐々に落ち着きを取り戻し、戦慄いていた両腕はダラりと垂れ下がった。
「 」
気を失う直前。
何かを喋ろうとした唇が僅かに開き、何も紡がないままゆっくり閉じられた。
──神がいるとすれば、それはなによりも残酷で、きっと無慈悲な存在なのかもしれない。