葉王を拾ってしまいました
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「シンドバッドさん。」
朝食を食べ終わり、食器を片付けていた最中。
名無しは食器を洗っていたシンドバッドを、下から覗き込むように見上げた。
「どうしたんだ?名無し」
それはどこか観察するような視線。
くるりとした黒い双眸は、蜂蜜色の瞳をじっと見つめていた。
うんと背伸びして伸ばされた手。
程よくひんやりとした手のひらは心地よく、無意識にシンドバッドは目をやわりと細めた。
「……やっぱり。熱、ありません?」
「……………へ?」
***
「なんでこんなに高熱出てるのに元気なんですか。」
「いやぁ…今日は暑いな、とは思ったんだ」
体温計は38.6℃を指し示していた。
基礎体温が高いという言い訳が通じるレベルではない。完全にこれは風邪である。
「何言ってるんですか。もう11月ですよ?秋ですよ?熱いわけないじゃないですか、もう。」
「す、すまん…」
氷枕と冷えピタ、布団の上に追加で掛ける毛布をテキパキと用意する名無し。
手は止めず、しかしシンドバッドの寝惚けたような言い訳に対しネチネチと小言を言うのも忘れずに。
「薬は飲めますか?お昼になったらお粥作るので、それまで大人しく寝ててくださいね」
「君には迷惑ばかりかけるな…」
形のいい眉を八の字に歪め、困ったように笑うシンドバッド。
名無しはそれを見て小さく溜息をつき、彼の長い前髪をそっとかきあげた。
少し汗ばんでいるせいか、心做しかしっとり濡れているような感触だ。
「迷惑だなんてこれっぽっちも思っていませんよ。慣れない環境とかで疲れが溜まっていたんでしょう。ゆっくり休んでくださいね」
「あぁ……」
触れる手のひらが心地いい。
微睡むような体温に目を細め、シンドバッドはそっと瞼を閉じるのであった。
***
身体の気だるさと、汗ばんだ背中が気持ち悪くて目を覚ませば、時計の針は13時を回ったところだった。
熱いのに寒い。関節の節々が痛い。
風邪を引くなんていつぶりだろう。そういえばこんな怠さだったなぁ、と他人事のように思い返した。
「お粥、食べれます?」
扉をノックし、ひょこりと顔を出した名無し。
既に準備万端なのか、お盆には湯気が立ち上るお粥が用意されていた。
「あぁ」と短く返事を返せば、まぁ酷い声だった。熱だけだったはずなのに、喉までやられてしまっている。
小鍋の中にはネギを散らした玉子粥。
食欲をそそる香りに思わず腹の虫が鳴りそうだ。…風邪を引いても食欲が落ちていないことが、不幸中の幸いだろうか。
「食後に薬も飲んでくださいね」
ベッドのそばにあるテーブルに水と錠剤の薬を置く名無しを見て、冗談半分で『おねだり』してみることにした。
「……口移しで飲ませてくれないのか?」
「熱でとうとう頭がやられましたか?」
つれない反応。
視線には『こんな冗談を言えるくらいなら、意外とこの病人は元気なのでは?』と言いたげな意思すら感じる。
部屋を出た名無しの背中を見ながら、もそりと粥を咀嚼する。
冷えすぎもせず、火傷するような温度でもなく。
やさしいあたたかさの食事は喉を通り、胃の中へ着々と流されていった。
しかし、どこか味気ない。
部屋にひとりきりだからだろうか。
(寂しい、なんて言ったら『34歳が何を言ってるんですか』って呆れられるだろうな)
慣れない環境。
ひとりきりの部屋。
風邪で弱った体力。
大の大人が情けない話だが、心細くなるには十分な要素だった。
「……よっと、」
なんと、部屋を出た名無しは、何やら本を五冊ほど抱えて戻ってきたではないか。
それだけではない。
シンドバッドが間借りしている部屋とキッチンを行き来し、ココアやら茶菓子を持ち込み、まるで長居するような準備をし始めている。
そんな彼女の様子を呆けた顔で見ていたシンドバッドは、粥をゆっくり飲み込み、恐る恐る問いかけた。
「名無し、君…仕事は?」
「急ぎの案件だけ午前に済ませました。午後からはここで読書です。」
ベッドの足元に座り込み、本を開き始める名無し。
急ぎの案件だけ・とは言うが、彼女の仕事はかなり多忙だ。
作業量だって多いし、時間だってかかる。作業を休めば休むだけ、そのツケとも言えるしわ寄せが後にくるのだから。
分かっている。そんなことは分かっている。
けれど、
「俺に気を遣わなくていいんだぞ」
「違いますぅー。看病と読書するならここが効率的だと思ったので、ここにいるだけですー」
この上なく、嬉しかった。
気を使わなくていい、なんて格好つけた言葉なんて建前だ。
「……気になって眠れないなら、部屋から出ますけど…?」
小さく首を傾け、不安そうにこちらを見てくる彼女。
迷惑じゃないか?と。
まるで視線で訴えてきているようではないか。
――違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。
名無しの細腕を掴んで、まるで俺は懇願するように声を絞り出した。
「ダメだ。…行かないでくれ」
我ながら思う。これでは迷子になった子供のようじゃないか。
情けない。格好悪い。
それでも、彼女に――名無しに、ここにいて欲しい。それが俺の本心だった。
「…大丈夫ですよ。ちゃんとここにいます」
いつものように呆れたような笑い方でもなく、勿論不機嫌そうに眉を顰めるでもなく。
彼女の本質的なやさしさが滲み出ているような、柔らかい微笑み。
そろりと頭を撫でてくれる小さな手は、遠い日のことのように思い出す…母のようだった。
「おやすみなさい、シンドバッドさん。」
不器用なやさしさ
――後日談。
「だいぶ熱が下がりましたね。これなら今日から風呂に入っても大丈夫かと」
「そうか…名無しに身体を拭いてもらうのもこれが最後か…。残念だ」
「目に毒だったので私としては清々しますけどね」
「なっ…ま、まだ腹は出てきてないだろう!?」
「むしろその逆なんですけど…いや、気にしないでください。そういうことにしておきましょう。」
「?」
朝食を食べ終わり、食器を片付けていた最中。
名無しは食器を洗っていたシンドバッドを、下から覗き込むように見上げた。
「どうしたんだ?名無し」
それはどこか観察するような視線。
くるりとした黒い双眸は、蜂蜜色の瞳をじっと見つめていた。
うんと背伸びして伸ばされた手。
程よくひんやりとした手のひらは心地よく、無意識にシンドバッドは目をやわりと細めた。
「……やっぱり。熱、ありません?」
「……………へ?」
***
「なんでこんなに高熱出てるのに元気なんですか。」
「いやぁ…今日は暑いな、とは思ったんだ」
体温計は38.6℃を指し示していた。
基礎体温が高いという言い訳が通じるレベルではない。完全にこれは風邪である。
「何言ってるんですか。もう11月ですよ?秋ですよ?熱いわけないじゃないですか、もう。」
「す、すまん…」
氷枕と冷えピタ、布団の上に追加で掛ける毛布をテキパキと用意する名無し。
手は止めず、しかしシンドバッドの寝惚けたような言い訳に対しネチネチと小言を言うのも忘れずに。
「薬は飲めますか?お昼になったらお粥作るので、それまで大人しく寝ててくださいね」
「君には迷惑ばかりかけるな…」
形のいい眉を八の字に歪め、困ったように笑うシンドバッド。
名無しはそれを見て小さく溜息をつき、彼の長い前髪をそっとかきあげた。
少し汗ばんでいるせいか、心做しかしっとり濡れているような感触だ。
「迷惑だなんてこれっぽっちも思っていませんよ。慣れない環境とかで疲れが溜まっていたんでしょう。ゆっくり休んでくださいね」
「あぁ……」
触れる手のひらが心地いい。
微睡むような体温に目を細め、シンドバッドはそっと瞼を閉じるのであった。
***
身体の気だるさと、汗ばんだ背中が気持ち悪くて目を覚ませば、時計の針は13時を回ったところだった。
熱いのに寒い。関節の節々が痛い。
風邪を引くなんていつぶりだろう。そういえばこんな怠さだったなぁ、と他人事のように思い返した。
「お粥、食べれます?」
扉をノックし、ひょこりと顔を出した名無し。
既に準備万端なのか、お盆には湯気が立ち上るお粥が用意されていた。
「あぁ」と短く返事を返せば、まぁ酷い声だった。熱だけだったはずなのに、喉までやられてしまっている。
小鍋の中にはネギを散らした玉子粥。
食欲をそそる香りに思わず腹の虫が鳴りそうだ。…風邪を引いても食欲が落ちていないことが、不幸中の幸いだろうか。
「食後に薬も飲んでくださいね」
ベッドのそばにあるテーブルに水と錠剤の薬を置く名無しを見て、冗談半分で『おねだり』してみることにした。
「……口移しで飲ませてくれないのか?」
「熱でとうとう頭がやられましたか?」
つれない反応。
視線には『こんな冗談を言えるくらいなら、意外とこの病人は元気なのでは?』と言いたげな意思すら感じる。
部屋を出た名無しの背中を見ながら、もそりと粥を咀嚼する。
冷えすぎもせず、火傷するような温度でもなく。
やさしいあたたかさの食事は喉を通り、胃の中へ着々と流されていった。
しかし、どこか味気ない。
部屋にひとりきりだからだろうか。
(寂しい、なんて言ったら『34歳が何を言ってるんですか』って呆れられるだろうな)
慣れない環境。
ひとりきりの部屋。
風邪で弱った体力。
大の大人が情けない話だが、心細くなるには十分な要素だった。
「……よっと、」
なんと、部屋を出た名無しは、何やら本を五冊ほど抱えて戻ってきたではないか。
それだけではない。
シンドバッドが間借りしている部屋とキッチンを行き来し、ココアやら茶菓子を持ち込み、まるで長居するような準備をし始めている。
そんな彼女の様子を呆けた顔で見ていたシンドバッドは、粥をゆっくり飲み込み、恐る恐る問いかけた。
「名無し、君…仕事は?」
「急ぎの案件だけ午前に済ませました。午後からはここで読書です。」
ベッドの足元に座り込み、本を開き始める名無し。
急ぎの案件だけ・とは言うが、彼女の仕事はかなり多忙だ。
作業量だって多いし、時間だってかかる。作業を休めば休むだけ、そのツケとも言えるしわ寄せが後にくるのだから。
分かっている。そんなことは分かっている。
けれど、
「俺に気を遣わなくていいんだぞ」
「違いますぅー。看病と読書するならここが効率的だと思ったので、ここにいるだけですー」
この上なく、嬉しかった。
気を使わなくていい、なんて格好つけた言葉なんて建前だ。
「……気になって眠れないなら、部屋から出ますけど…?」
小さく首を傾け、不安そうにこちらを見てくる彼女。
迷惑じゃないか?と。
まるで視線で訴えてきているようではないか。
――違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。
名無しの細腕を掴んで、まるで俺は懇願するように声を絞り出した。
「ダメだ。…行かないでくれ」
我ながら思う。これでは迷子になった子供のようじゃないか。
情けない。格好悪い。
それでも、彼女に――名無しに、ここにいて欲しい。それが俺の本心だった。
「…大丈夫ですよ。ちゃんとここにいます」
いつものように呆れたような笑い方でもなく、勿論不機嫌そうに眉を顰めるでもなく。
彼女の本質的なやさしさが滲み出ているような、柔らかい微笑み。
そろりと頭を撫でてくれる小さな手は、遠い日のことのように思い出す…母のようだった。
「おやすみなさい、シンドバッドさん。」
不器用なやさしさ
――後日談。
「だいぶ熱が下がりましたね。これなら今日から風呂に入っても大丈夫かと」
「そうか…名無しに身体を拭いてもらうのもこれが最後か…。残念だ」
「目に毒だったので私としては清々しますけどね」
「なっ…ま、まだ腹は出てきてないだろう!?」
「むしろその逆なんですけど…いや、気にしないでください。そういうことにしておきましょう。」
「?」
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