葉王を拾ってしまいました
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「あー、終わったぁ!」
居間でのんびりFXを眺めていたら、彼女の作業部屋から歓喜の声が聞こえてきた。
夜遅くまで根を詰めて取り掛かっていた案件が終わったのだろう。
何回もクライアントと綿密な打ち合わせをし、何度も細かな修正を行っていたようだから、校了の達成感もひとしおだろう。
スキップしだしそうな勢いで作業部屋から出てきた名無しの表情は晴れやかだ。
冷蔵庫の奥から筒のようなものを取り出し、冷凍保存していた鶏肉も取り出した。
「名無し、今からまた食事か?」
「食事というか、自分へのご褒美に晩酌です!久しぶりのお酒です!おつまみはガーリックバターチキンです!」
ふんすふんすと上機嫌な彼女は、夕飯で使ったフライパンをもう一度取り出し、にんにくチューブとバターをフライパンに放り入れた。
これだけで既に匂いが罪深い。
……そういえばこちらに来て一度も酒を飲んでなかったな。
あの筒のようなものに酒が入っているのだろうか。
形状も気になる。中の酒の味も気になる。
先程まで睨みっ子していた数字への興味はとうに失せ、俺の興味は好物の『酒』に向かっていた。
「一緒に飲みます?」
「その言葉を待っていたよ」
にこにこ上機嫌の彼女に釣られ、俺もついつい浮き足立ってしまう。
厨房からこんな香ばしい匂いを立たされたら、我慢できるはずもなかった。
***
「でもなんだかんだでクライアントさんに満足してもらえるものができてよかったですー」
ふにゃりふにゃりと無防備に笑いながら、彼女は『缶ビール』とやらを煽る。
鼻に抜ける麦の香りと心地よい苦味。爽やかな後味が残るこの酒は『あちらの世界』にはないものだった。
戻ったら向こうで量産できないか試してみよう。これはきっと売れるはず。
「忙しくしてたものな。」
「はい!でも『流石の出来ですね』って褒めてもらえるから、このしごとやめられないんですよねぇ」
怪しい呂律になってきているのはアルコールのせいだろう。
いつもより饒舌で、素直で、にこにこと笑っている名無しを見ているとこっちまで嬉しくなる。
まぁ、頬を染めて顔を緩ませている彼女を眺めていれば、邪な欲望も自ずと沸いてしまうのだが。
これは仕方ない。不可抗力だ。
むしろまだ理性を保っていることを褒めて欲しい。特にジャーファルあたりに。
「君は、本当に楽しそうに商売をするなぁ」
「すきなことですから。シンドバッドさんもショーカイでしたっけ?つくっちゃうくらいだから、しょうばいじょうずなんでしょう?」
カリカリに焼けたガーリックバターチキンを頬張って、頬杖をつきながら名無しが問うてくる。
商売は、好きだ。嫌いじゃない。
それで失ったものも多いが、得たものも多い。
商売によって人を幸せに、豊かな生活を提供できる。素晴らしいことだ。
――しかし、晩年の自分はどうだっただろう。
世界を変革してしまうほどに、人々の暮らしを豊かに出来た。
だが内情はどうだ。フェアな手段で利益を上げたのか?胸を張って正々堂々『商売』という土俵で世界を制したのか?
あらぬ噂を流した。シンドリア商会が有利になるようにルールを作った。
それは全て『商売のため』『世界の新しいルールのため』と免罪符を掲げてきたが、正しかったことなのだろうか?
「どうだろう、な。下手ではないけれど今は商売が好き、とは胸を張って言えないかもしれないな」
「ふぅん…じゃあ、シンドバッドさんがすきなことってなんですか?」
「冒険、だな。」
「ぼーけん。」
「あぁ。冒険はいいぞ!山を超え、海を渡り、新しい地へ自分の足で向かう。
そこに住まう人や文化、思想の違いにはいつも驚かされて………」
冒険。
――そうだ。俺は元々、冒険者だった。
名無しに語った言葉に嘘偽りは微塵もない。
でもどうして俺は、気づかなかったのだろう。
人や文化、思想や生活。
それが土地によって、人々によって違うからこそ、開拓者は――冒険は、楽しいものだった、はずなのに。
どうして、俺はルフへ還る『思想の統一』だなんて、馬鹿なことをしてしまったのか。
自ら醍醐味を潰すところだったのではないか?
根本的な『シンドバッド』としての矛盾に気づいてしまった俺は、無機質なアルミ缶を握ったまま呆然としてしまった。
「よかったですねぇ。じゃあこの世界にきたのも、ぼうけんですね。」
ふにゃりふにゃりと笑いながら名無しは頬杖をつく。
普段は大きな黒い瞳も、アルコールのせいかやわやわと蕩けていた。
「…え?」
「知らないせかいをみるのがぼうけんなら、ここにいるのもぼうけんなのかな、って思いまして」
「言われてみれば、そうだな。」
「まーシンドバッドさんがしてきたぼーけんより、たいくつでつまらないかもしれませんけどねー」
ふふふ、と笑いながら机に頬をあてる名無し。
そのまま寝てしまいそうな姿は、出会った当初では考えられない程に無防備だった。
「そんなことはないさ。命の危険が少ないだけで、新しい発見で毎日胸が踊る。それに、君という頼り甲斐のある女性にも出会えたしね」
本当だ。
ここにいると新しい価値観・新しい物に出会える。童心に返ったように心が弾むというのも、紛れもない事実だ。
名無しに出会えたのも人生最大の幸運だった。…俺の惚れたはれたは、また別として。
「そーですか、それはよかった。」
にしし、と。
子供みたいに無邪気に笑う、彼女の笑顔に俺は不意打ちを食らった。
ずるい。
こんな風に笑顔を向けられて、恋に落ちるなと言われる方が無理ではないのか?
「……名無し、俺は」
「――すぅ…」
「………………………」
出掛けた言葉を遮るように、名無しの寝息がすぴすぴと聞こえてくる。
続けるつもりだった言葉を引っ込めて、理性を保つように大きく深呼吸を繰り返した。
「やれやれ…。ベッドまで運ぶか…」
おやすみグッナイ
生殺しにされているのだ。添い寝くらいは大丈夫だろう。
何か言われたら酒のせいにしておこう。
そう高を括って、俺は名無しを抱えたまま布団に潜り込んだ。
……次の日、『しばらく禁酒令』が発令されるのを、この時の俺はまだ知らない。
居間でのんびりFXを眺めていたら、彼女の作業部屋から歓喜の声が聞こえてきた。
夜遅くまで根を詰めて取り掛かっていた案件が終わったのだろう。
何回もクライアントと綿密な打ち合わせをし、何度も細かな修正を行っていたようだから、校了の達成感もひとしおだろう。
スキップしだしそうな勢いで作業部屋から出てきた名無しの表情は晴れやかだ。
冷蔵庫の奥から筒のようなものを取り出し、冷凍保存していた鶏肉も取り出した。
「名無し、今からまた食事か?」
「食事というか、自分へのご褒美に晩酌です!久しぶりのお酒です!おつまみはガーリックバターチキンです!」
ふんすふんすと上機嫌な彼女は、夕飯で使ったフライパンをもう一度取り出し、にんにくチューブとバターをフライパンに放り入れた。
これだけで既に匂いが罪深い。
……そういえばこちらに来て一度も酒を飲んでなかったな。
あの筒のようなものに酒が入っているのだろうか。
形状も気になる。中の酒の味も気になる。
先程まで睨みっ子していた数字への興味はとうに失せ、俺の興味は好物の『酒』に向かっていた。
「一緒に飲みます?」
「その言葉を待っていたよ」
にこにこ上機嫌の彼女に釣られ、俺もついつい浮き足立ってしまう。
厨房からこんな香ばしい匂いを立たされたら、我慢できるはずもなかった。
***
「でもなんだかんだでクライアントさんに満足してもらえるものができてよかったですー」
ふにゃりふにゃりと無防備に笑いながら、彼女は『缶ビール』とやらを煽る。
鼻に抜ける麦の香りと心地よい苦味。爽やかな後味が残るこの酒は『あちらの世界』にはないものだった。
戻ったら向こうで量産できないか試してみよう。これはきっと売れるはず。
「忙しくしてたものな。」
「はい!でも『流石の出来ですね』って褒めてもらえるから、このしごとやめられないんですよねぇ」
怪しい呂律になってきているのはアルコールのせいだろう。
いつもより饒舌で、素直で、にこにこと笑っている名無しを見ているとこっちまで嬉しくなる。
まぁ、頬を染めて顔を緩ませている彼女を眺めていれば、邪な欲望も自ずと沸いてしまうのだが。
これは仕方ない。不可抗力だ。
むしろまだ理性を保っていることを褒めて欲しい。特にジャーファルあたりに。
「君は、本当に楽しそうに商売をするなぁ」
「すきなことですから。シンドバッドさんもショーカイでしたっけ?つくっちゃうくらいだから、しょうばいじょうずなんでしょう?」
カリカリに焼けたガーリックバターチキンを頬張って、頬杖をつきながら名無しが問うてくる。
商売は、好きだ。嫌いじゃない。
それで失ったものも多いが、得たものも多い。
商売によって人を幸せに、豊かな生活を提供できる。素晴らしいことだ。
――しかし、晩年の自分はどうだっただろう。
世界を変革してしまうほどに、人々の暮らしを豊かに出来た。
だが内情はどうだ。フェアな手段で利益を上げたのか?胸を張って正々堂々『商売』という土俵で世界を制したのか?
あらぬ噂を流した。シンドリア商会が有利になるようにルールを作った。
それは全て『商売のため』『世界の新しいルールのため』と免罪符を掲げてきたが、正しかったことなのだろうか?
「どうだろう、な。下手ではないけれど今は商売が好き、とは胸を張って言えないかもしれないな」
「ふぅん…じゃあ、シンドバッドさんがすきなことってなんですか?」
「冒険、だな。」
「ぼーけん。」
「あぁ。冒険はいいぞ!山を超え、海を渡り、新しい地へ自分の足で向かう。
そこに住まう人や文化、思想の違いにはいつも驚かされて………」
冒険。
――そうだ。俺は元々、冒険者だった。
名無しに語った言葉に嘘偽りは微塵もない。
でもどうして俺は、気づかなかったのだろう。
人や文化、思想や生活。
それが土地によって、人々によって違うからこそ、開拓者は――冒険は、楽しいものだった、はずなのに。
どうして、俺はルフへ還る『思想の統一』だなんて、馬鹿なことをしてしまったのか。
自ら醍醐味を潰すところだったのではないか?
根本的な『シンドバッド』としての矛盾に気づいてしまった俺は、無機質なアルミ缶を握ったまま呆然としてしまった。
「よかったですねぇ。じゃあこの世界にきたのも、ぼうけんですね。」
ふにゃりふにゃりと笑いながら名無しは頬杖をつく。
普段は大きな黒い瞳も、アルコールのせいかやわやわと蕩けていた。
「…え?」
「知らないせかいをみるのがぼうけんなら、ここにいるのもぼうけんなのかな、って思いまして」
「言われてみれば、そうだな。」
「まーシンドバッドさんがしてきたぼーけんより、たいくつでつまらないかもしれませんけどねー」
ふふふ、と笑いながら机に頬をあてる名無し。
そのまま寝てしまいそうな姿は、出会った当初では考えられない程に無防備だった。
「そんなことはないさ。命の危険が少ないだけで、新しい発見で毎日胸が踊る。それに、君という頼り甲斐のある女性にも出会えたしね」
本当だ。
ここにいると新しい価値観・新しい物に出会える。童心に返ったように心が弾むというのも、紛れもない事実だ。
名無しに出会えたのも人生最大の幸運だった。…俺の惚れたはれたは、また別として。
「そーですか、それはよかった。」
にしし、と。
子供みたいに無邪気に笑う、彼女の笑顔に俺は不意打ちを食らった。
ずるい。
こんな風に笑顔を向けられて、恋に落ちるなと言われる方が無理ではないのか?
「……名無し、俺は」
「――すぅ…」
「………………………」
出掛けた言葉を遮るように、名無しの寝息がすぴすぴと聞こえてくる。
続けるつもりだった言葉を引っ込めて、理性を保つように大きく深呼吸を繰り返した。
「やれやれ…。ベッドまで運ぶか…」
おやすみグッナイ
生殺しにされているのだ。添い寝くらいは大丈夫だろう。
何か言われたら酒のせいにしておこう。
そう高を括って、俺は名無しを抱えたまま布団に潜り込んだ。
……次の日、『しばらく禁酒令』が発令されるのを、この時の俺はまだ知らない。