追憶の星
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「酷い顔っスね。…大丈夫っスか?」
気になって様子を見に来たら、それは見たことない表情だった。
憤怒で赫灼した色のようにも、絶望で蒼白になった色のようにも見える。
グシャグシャに混ぜ込んだ感情は今にも溢れそうで。
それを受け止めるにはあまりにも若い少女は、苦虫を噛み潰したようような顔を浮かべた。
「自己嫌悪です。最悪です。自分を張り倒してやりたい気分です」
捲し立てるように悔恨を吐き捨て、頭を抱えて彼女は蹲る。
「なんで、私は見殺しにしなきゃいけないんですか」
消え入りそうな声は、小さく震えていた。
追憶の星#08
「落ち着きました?」
「……はい。すみません、取り乱しました」
人にお茶をいれるなんて、正直慣れない。
ほわほわと湯気が立つ湯呑みを差し出せば、名無しはどんよりとした表情でそれを受け取った。
浦原自身がいれた茶を一口飲めば、渋味が際立った――有り体に言えば不味い茶が舌をなぞった。
名無しは黙ってそれをちびちび飲んでいる。
相当不味いだろうに、それを文句一つ言わず彼女は啜っていた。
「あの、夜一さん…いえ、四楓院隊長の呼び出しって……」
「あぁ、適当に出任せ言っただけっスよ」
あぁでも言わなければ角が立つだろう。
一応、一つしか席官が違うとはいえ藍染は目上である。
夜一の名前を出せばすんなり話が終わるとは思っていたが…あそこで切り上げて正解だったようだ。
「ところで……見殺しって、どういうことっスか?」
「……………」
あまり、触れない方がいいのだろう。
しかし聞かずにはいられなかった。
浦原の問いかけに、名無しの表情が思わず固まる。
数瞬の沈黙は『答えることが出来ない』と返答しているようにも見えた。
少なくとも浦原や身近な者に関わることだろう。
実直な性格というもの損っスね、と浦原は肩を竦めた。
「まぁ、こんな仕事っスから。死ぬのは別に珍しくもありませんし、何とも思わ…」
「なんとも思わない。なんて言ったら、怒りますからね」
不意に言葉を遮ってきた名無しの視線は、泣きそうでもあり怒っているようにも見えた。
ジトリと浦原に向ける怒りが理不尽だと気づいたのか「すみません」と一言は謝り、頭を一度振りかぶった。
ひとつ、ふたつ。
大きな深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けた彼女は、ポツポツと言葉を零し始める。
「分かっているんです。歴史は、変えるべきじゃない。
……過去に納得いかないことがあっても、私が生きる時間はそれを乗り越えたものであって、受け入れるべきなんだって」
終わりよければすべてよし、なんて単純な話ではないのだろう。
紆余曲折あって、彼女はなんとか未来を生きていた…と考えるのが妥当だろうか。
「けど、どうしようもないんです。あの時あぁしていれば、こうしていれば、誰も死ななかったかもしれない。苦しむことがなかったかもしれない。
…ずっとずっと、ここに来てから後悔ばかり頭に過ぎるんです」
歴史の流れを、変えてはいけない。
だから彼女は、色々な人の未来を見殺しにしなければいけない。
残酷で、過酷で、惨たらしい未来も。
路傍の石を無視するように、冷酷な性格だったらどれだけ楽だっただろうか。
「無闇に手を出せば歴史が変わってしまうかもしれない。だから私は、ここから未来に起きることを語ることは出来ないし、そこで犠牲になる人に対して、見て見ぬふりをしなければいけません。」
結果論がありきの、過去への旅路。
それはどれだけ苦しいことなのか、浦原はやっと理解した。
「さっき、最悪なことを考えていました。浦原さんを殺しに来た、あの男と同じことをしようと考えてしまったんです」
いっそ彼女がもっと我儘で、嵐のように傍若無人だったらもっと楽に生きられただろうに。
存外、聡明的で、理性的で、真面目なのだ。
だからこそ間違いに気づいた今は、酷く落ち込み、自己嫌悪に陥っていた。
「最悪です。何のためにここに来たのか、目的すら見失っている自分が腹立たしい」
「そりゃ、生きてますから。
誰しもが『ああしていれば』『こうしていれば』って一度や二度、思うことは仕方がないことじゃないんっスかね?」
浦原も、思い当たる節がないこともない。
悔悟は誰しもすることだ。
常に正解の道を選ぶことなんて、誰も出来やしないのだから。
長い沈黙を置いて、温くなった不味い茶を啜りながら答えれば、俯いていた名無しがゆるゆると顔を上げた。
どこかまだ幼さのある彼女の顔を覗き込みながら、浦原はあっけらかんと問うた。
「未来のボクは不幸せなんっスか?」
その質問に、視線を巡らせる名無し。
それは答えにくい質問故か、はたまた未来の浦原の状況をじっくり精査しているためか。
数秒の間を置いたあと、彼女は慎重に答えた。
「……多分、違うと信じたいです。」
「キミはどうなんっスか?」
突然向けられた質問。
少々面食らうが、それに対して名無しは迷うことなく答えた。
「幸せです。」
真っ直ぐと、言い淀むことなく出てきた『答え』。
それは夜の海を照らす星のように、かけがえのない道標だ。
目指すべきはその未来なら――
「それが、キミが選ぶべき未来のカタチっス。
誰も恨まない。誰も責めない。『そうなった』のなら、そうなるべき要因が元々あっただけのことっスから。
……そりゃボクだって痛いのは嫌ですし、キミの口振りからしてとんでもないことに巻き込まれるんでしょうけど」
深くは追及しない。
きっと彼女はどんなことをしても口を割らないだろうし、そんな事をするのは本意ではない。
「それは、全部ボクが、今のボク達が背負い、受け止めるべきことっスから」
本当に、損な性格だと思う。
よくもまぁこんな人でなしの為に、危険を顧みず過去にきたものだ。
「……浦原さん、」
「はい。」
「ありがとう、ございます。」
少しだけ鼻声になった彼女の声に気づかないフリをして、「どういたしまして」と返しながら浦原は茶を啜った。
気になって様子を見に来たら、それは見たことない表情だった。
憤怒で赫灼した色のようにも、絶望で蒼白になった色のようにも見える。
グシャグシャに混ぜ込んだ感情は今にも溢れそうで。
それを受け止めるにはあまりにも若い少女は、苦虫を噛み潰したようような顔を浮かべた。
「自己嫌悪です。最悪です。自分を張り倒してやりたい気分です」
捲し立てるように悔恨を吐き捨て、頭を抱えて彼女は蹲る。
「なんで、私は見殺しにしなきゃいけないんですか」
消え入りそうな声は、小さく震えていた。
追憶の星#08
「落ち着きました?」
「……はい。すみません、取り乱しました」
人にお茶をいれるなんて、正直慣れない。
ほわほわと湯気が立つ湯呑みを差し出せば、名無しはどんよりとした表情でそれを受け取った。
浦原自身がいれた茶を一口飲めば、渋味が際立った――有り体に言えば不味い茶が舌をなぞった。
名無しは黙ってそれをちびちび飲んでいる。
相当不味いだろうに、それを文句一つ言わず彼女は啜っていた。
「あの、夜一さん…いえ、四楓院隊長の呼び出しって……」
「あぁ、適当に出任せ言っただけっスよ」
あぁでも言わなければ角が立つだろう。
一応、一つしか席官が違うとはいえ藍染は目上である。
夜一の名前を出せばすんなり話が終わるとは思っていたが…あそこで切り上げて正解だったようだ。
「ところで……見殺しって、どういうことっスか?」
「……………」
あまり、触れない方がいいのだろう。
しかし聞かずにはいられなかった。
浦原の問いかけに、名無しの表情が思わず固まる。
数瞬の沈黙は『答えることが出来ない』と返答しているようにも見えた。
少なくとも浦原や身近な者に関わることだろう。
実直な性格というもの損っスね、と浦原は肩を竦めた。
「まぁ、こんな仕事っスから。死ぬのは別に珍しくもありませんし、何とも思わ…」
「なんとも思わない。なんて言ったら、怒りますからね」
不意に言葉を遮ってきた名無しの視線は、泣きそうでもあり怒っているようにも見えた。
ジトリと浦原に向ける怒りが理不尽だと気づいたのか「すみません」と一言は謝り、頭を一度振りかぶった。
ひとつ、ふたつ。
大きな深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けた彼女は、ポツポツと言葉を零し始める。
「分かっているんです。歴史は、変えるべきじゃない。
……過去に納得いかないことがあっても、私が生きる時間はそれを乗り越えたものであって、受け入れるべきなんだって」
終わりよければすべてよし、なんて単純な話ではないのだろう。
紆余曲折あって、彼女はなんとか未来を生きていた…と考えるのが妥当だろうか。
「けど、どうしようもないんです。あの時あぁしていれば、こうしていれば、誰も死ななかったかもしれない。苦しむことがなかったかもしれない。
…ずっとずっと、ここに来てから後悔ばかり頭に過ぎるんです」
歴史の流れを、変えてはいけない。
だから彼女は、色々な人の未来を見殺しにしなければいけない。
残酷で、過酷で、惨たらしい未来も。
路傍の石を無視するように、冷酷な性格だったらどれだけ楽だっただろうか。
「無闇に手を出せば歴史が変わってしまうかもしれない。だから私は、ここから未来に起きることを語ることは出来ないし、そこで犠牲になる人に対して、見て見ぬふりをしなければいけません。」
結果論がありきの、過去への旅路。
それはどれだけ苦しいことなのか、浦原はやっと理解した。
「さっき、最悪なことを考えていました。浦原さんを殺しに来た、あの男と同じことをしようと考えてしまったんです」
いっそ彼女がもっと我儘で、嵐のように傍若無人だったらもっと楽に生きられただろうに。
存外、聡明的で、理性的で、真面目なのだ。
だからこそ間違いに気づいた今は、酷く落ち込み、自己嫌悪に陥っていた。
「最悪です。何のためにここに来たのか、目的すら見失っている自分が腹立たしい」
「そりゃ、生きてますから。
誰しもが『ああしていれば』『こうしていれば』って一度や二度、思うことは仕方がないことじゃないんっスかね?」
浦原も、思い当たる節がないこともない。
悔悟は誰しもすることだ。
常に正解の道を選ぶことなんて、誰も出来やしないのだから。
長い沈黙を置いて、温くなった不味い茶を啜りながら答えれば、俯いていた名無しがゆるゆると顔を上げた。
どこかまだ幼さのある彼女の顔を覗き込みながら、浦原はあっけらかんと問うた。
「未来のボクは不幸せなんっスか?」
その質問に、視線を巡らせる名無し。
それは答えにくい質問故か、はたまた未来の浦原の状況をじっくり精査しているためか。
数秒の間を置いたあと、彼女は慎重に答えた。
「……多分、違うと信じたいです。」
「キミはどうなんっスか?」
突然向けられた質問。
少々面食らうが、それに対して名無しは迷うことなく答えた。
「幸せです。」
真っ直ぐと、言い淀むことなく出てきた『答え』。
それは夜の海を照らす星のように、かけがえのない道標だ。
目指すべきはその未来なら――
「それが、キミが選ぶべき未来のカタチっス。
誰も恨まない。誰も責めない。『そうなった』のなら、そうなるべき要因が元々あっただけのことっスから。
……そりゃボクだって痛いのは嫌ですし、キミの口振りからしてとんでもないことに巻き込まれるんでしょうけど」
深くは追及しない。
きっと彼女はどんなことをしても口を割らないだろうし、そんな事をするのは本意ではない。
「それは、全部ボクが、今のボク達が背負い、受け止めるべきことっスから」
本当に、損な性格だと思う。
よくもまぁこんな人でなしの為に、危険を顧みず過去にきたものだ。
「……浦原さん、」
「はい。」
「ありがとう、ございます。」
少しだけ鼻声になった彼女の声に気づかないフリをして、「どういたしまして」と返しながら浦原は茶を啜った。