追憶の星
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ふらりと現れた平子を見て、氷水を頭から掛けられたような感覚に陥った。
平子と藍染。
偽りの上官と部下。
虚に堕とされた者と、堕とした者。
何を、考えていた。
『もしも』なんてありえない。
彼が……藍染が、当たり前の日常を爪先で蹴り飛ばしたのを忘れたのか。
歴史を変えるべきではない。
歴史は変えてはいけない。
大きな流れに逆らわぬよう、ただその身を任せる。
……任せなければ、いけない。
私は、変えられようとしている歴史を、守るためにきたのだから。
ゴッ!
頭を冷やすように壁へ打ち付けた額は痛みが広がるばかりだ。
ぐしゃぐしゃになった呵責、塗り潰されるような憤怒。
それはかつて敵だった藍染に向けたものではなく、自分自身に向けた叱責だった。
何をしに来たのか。何を守りにきたのか、思い出せ。
「……情けない」
追憶の星#07
「すまない。黒崎名無し君はいるかい?」
今一番会いたくない男が、二番隊隊舎を訪れてきた。
昨日会ったばかりの男は気さくに片手を上げ、柔らかな笑顔を浮かべている。
目の下のうっすら隈を浮かべた名無しは嫌そうに眉を寄せ、小さく溜息をついた。
(…無視するわけにはいかないよなぁ…)
相手はいくら苦手と言えども五番隊副隊長だ。
渋々といった様子で表に出れば、藍染はメガネの奥の瞳を柔らかく細めた。
「少し外に出ようか」
二番隊隊舎の片隅でそれを眺めていた浦原は、温くなった茶をそっと一口啜った。
***
「これを昨日店に忘れていたからね」
「あ……すみません、わざわざありがとうございます」
手渡された紙袋は昨日寄った甘味処のものだ。
しかし…
「あの、」
「あぁ。生菓子だったからね。昨日と同じものを買って入れているから安心して四楓院隊長にお渡しすればいいよ」
抜かりのない気遣いに、思わず名無しはぐっと言葉を呑み込む。
「…わざわざありがとうございます。あの、お金はお支払い致しますので…」
「大丈夫だよ。普段あまり給金も使うことがないからね。」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。では、仕事がありますので…」
「ちょっと待ってくれないかい。聞きたいことがあるんだ」
掴まれる手首。
出来るだけ目を合わさないようにしていたのに、不意に振り返ればレンズ越しの瞳とかち合った。
柔らかく弧を描いている目元なのに、どこか冷ややかだ。
それは藍染の本質を知っている名無しだからこそ気づく、些細な変化。
「名無し君。僕は以前、キミと話した事あったかな?」
「……いえ。ない、ですけど」
ある。本当は、ある。
彼がまだ本性を表していない時も、謀反をする瞬間も、天に立つと高らかに宣言したあとも。
けれど真実を述べるわけにはいかない。
ここは、過去だ。
「そうかい。僕の気のせいだったかな」
まるで人違いだった、と言うように、穏やかな目元はそっと瞬きする。
開かれた目は、よく知っている双眸だった。
好奇と冷徹と尊大な視線。
これは皆が知っている『五番隊副隊長・藍染惣右介』のものでは、なかった。
「……本当にキミは、ただの死神なのかい?」
どういう意味だ。
聞き返すことは叶わない。
ヒュッと空気を切る喉奥。
思わず呑み込んだ生唾が、ゴクリと大きく音を立てた。
気づいている?
まさか。
知っているのは山本総隊長と、夜一と、浦原のみだ。
どこで気づいた?カマをかけているだけなのか?
――殺さなければ。
そうだ、彼はこの数年、もしくは数十年後に取り返しのつかない事をしでかす。
平子の、ひよ里の、他の死神達の運命を大きく変えて、存在自体を『変えて』しまう。
夜一の、鉄裁の、尸魂界での居場所を奪ってしまう。
ルキアの処刑だって、しなくて済むかもしれない。彼女が涙を流すことはなかったかもしれない。
一護が無力感に苛まれ、慟哭することもなかったかもしれない。
織姫が心を引き裂かれるような別れを、経験することもないかもしれない。
他にも、キリがない。
藍染をここで消せば、彼をここで止めることができたら――
浦原が、現世に追放されることだって、なくなるかもしれない。
――彼を、ここで、この手で、この距離で、殺せば、
「あぁ、こんなとこいたんっスか。夜一サンが呼んでますよ」
息が詰まるような思考を遮ったのは聞き慣れた声だった。
数秒の合間、走馬灯のように駆け巡るif。
それをシャボン玉を割るように、その声はいとも簡単に取り去った。
肺に冷えた空気が流れ込む。
呼吸さえ、忘れてしまっていた。
「すみませんね、藍染副隊長。お邪魔でしたか?」
「いや。他愛ない話だからね。」
いつ間にか強く握られていた手首を離され、解放される。
「ではまた、名無し君」
――あぁ、惜しかったね。
嘲笑うように、小さく呟く声。
カッと怒りで顔が熱くなるが、拳を振り上げることは出来なかった。
――出来るはずが、なかった。
平子と藍染。
偽りの上官と部下。
虚に堕とされた者と、堕とした者。
何を、考えていた。
『もしも』なんてありえない。
彼が……藍染が、当たり前の日常を爪先で蹴り飛ばしたのを忘れたのか。
歴史を変えるべきではない。
歴史は変えてはいけない。
大きな流れに逆らわぬよう、ただその身を任せる。
……任せなければ、いけない。
私は、変えられようとしている歴史を、守るためにきたのだから。
ゴッ!
頭を冷やすように壁へ打ち付けた額は痛みが広がるばかりだ。
ぐしゃぐしゃになった呵責、塗り潰されるような憤怒。
それはかつて敵だった藍染に向けたものではなく、自分自身に向けた叱責だった。
何をしに来たのか。何を守りにきたのか、思い出せ。
「……情けない」
追憶の星#07
「すまない。黒崎名無し君はいるかい?」
今一番会いたくない男が、二番隊隊舎を訪れてきた。
昨日会ったばかりの男は気さくに片手を上げ、柔らかな笑顔を浮かべている。
目の下のうっすら隈を浮かべた名無しは嫌そうに眉を寄せ、小さく溜息をついた。
(…無視するわけにはいかないよなぁ…)
相手はいくら苦手と言えども五番隊副隊長だ。
渋々といった様子で表に出れば、藍染はメガネの奥の瞳を柔らかく細めた。
「少し外に出ようか」
二番隊隊舎の片隅でそれを眺めていた浦原は、温くなった茶をそっと一口啜った。
***
「これを昨日店に忘れていたからね」
「あ……すみません、わざわざありがとうございます」
手渡された紙袋は昨日寄った甘味処のものだ。
しかし…
「あの、」
「あぁ。生菓子だったからね。昨日と同じものを買って入れているから安心して四楓院隊長にお渡しすればいいよ」
抜かりのない気遣いに、思わず名無しはぐっと言葉を呑み込む。
「…わざわざありがとうございます。あの、お金はお支払い致しますので…」
「大丈夫だよ。普段あまり給金も使うことがないからね。」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。では、仕事がありますので…」
「ちょっと待ってくれないかい。聞きたいことがあるんだ」
掴まれる手首。
出来るだけ目を合わさないようにしていたのに、不意に振り返ればレンズ越しの瞳とかち合った。
柔らかく弧を描いている目元なのに、どこか冷ややかだ。
それは藍染の本質を知っている名無しだからこそ気づく、些細な変化。
「名無し君。僕は以前、キミと話した事あったかな?」
「……いえ。ない、ですけど」
ある。本当は、ある。
彼がまだ本性を表していない時も、謀反をする瞬間も、天に立つと高らかに宣言したあとも。
けれど真実を述べるわけにはいかない。
ここは、過去だ。
「そうかい。僕の気のせいだったかな」
まるで人違いだった、と言うように、穏やかな目元はそっと瞬きする。
開かれた目は、よく知っている双眸だった。
好奇と冷徹と尊大な視線。
これは皆が知っている『五番隊副隊長・藍染惣右介』のものでは、なかった。
「……本当にキミは、ただの死神なのかい?」
どういう意味だ。
聞き返すことは叶わない。
ヒュッと空気を切る喉奥。
思わず呑み込んだ生唾が、ゴクリと大きく音を立てた。
気づいている?
まさか。
知っているのは山本総隊長と、夜一と、浦原のみだ。
どこで気づいた?カマをかけているだけなのか?
――殺さなければ。
そうだ、彼はこの数年、もしくは数十年後に取り返しのつかない事をしでかす。
平子の、ひよ里の、他の死神達の運命を大きく変えて、存在自体を『変えて』しまう。
夜一の、鉄裁の、尸魂界での居場所を奪ってしまう。
ルキアの処刑だって、しなくて済むかもしれない。彼女が涙を流すことはなかったかもしれない。
一護が無力感に苛まれ、慟哭することもなかったかもしれない。
織姫が心を引き裂かれるような別れを、経験することもないかもしれない。
他にも、キリがない。
藍染をここで消せば、彼をここで止めることができたら――
浦原が、現世に追放されることだって、なくなるかもしれない。
――彼を、ここで、この手で、この距離で、殺せば、
「あぁ、こんなとこいたんっスか。夜一サンが呼んでますよ」
息が詰まるような思考を遮ったのは聞き慣れた声だった。
数秒の合間、走馬灯のように駆け巡るif。
それをシャボン玉を割るように、その声はいとも簡単に取り去った。
肺に冷えた空気が流れ込む。
呼吸さえ、忘れてしまっていた。
「すみませんね、藍染副隊長。お邪魔でしたか?」
「いや。他愛ない話だからね。」
いつ間にか強く握られていた手首を離され、解放される。
「ではまた、名無し君」
――あぁ、惜しかったね。
嘲笑うように、小さく呟く声。
カッと怒りで顔が熱くなるが、拳を振り上げることは出来なかった。
――出来るはずが、なかった。