追憶の星
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『浦原がいる』ということは、彼も存在しているということだ。
それもそうだ。
浦原よりも古い死神で、彼が十二番隊隊長になった頃には、既に副隊長の座についていたのだから。
「すまない。相席、いいかい?」
追憶の星#06
夜一に頼まれて茶菓子を買いに出た。
決して高級すぎず、質も大事だがお腹いっぱいに甘味を食べたい!と主張する彼女らしい、店のチョイスだった。
落ち着いた店構えの割には、値段もリーズナブルだ。
仕事の合間の休憩だろうか。道行く死神もふらりと立ち寄り、束の間の休息を楽しんでいた。
名無しもその内の一人だ。
(今日は浦原さんは任務だもんな…)
二番隊の通常業務ならまだ手伝いようがあるが、何せ今回の彼の仕事は『隠密機動』の任務だ。
…白打に関しては人並みの名無しが、同行することは実質不可能だ。悔しいことに。
なので、夜一からおつかいを頼まれた、というわけなのだが――
「すまない。相席、いいかい?」
柔らかく賑わっている店内は、満席だ。
贅沢にも四人席へ通された名無しは、快く返事をしようと顔を上げた。
頭上から降ってくる穏やかな声。
胡桃色の、少し癖のある髪。
黒縁の眼鏡はまだ記憶に新しい。
ガタッ、と音を立てて思わず立ち上がる。
それは相手が『副隊長』だったから…ではない。
名無しの人生で苦手な人物ランキングでは、五本の指に入る男だったからだ。
「藍染…、副隊長」
「おや、名前を覚えてくれているとは光栄だね」
一見、人の良さそうな笑顔を浮かべる彼の本心は相変わらず読めない。
名無しが言えるのは…
彼は皆が思っている程誠実な男ではなく、皆が思っている以上にドス黒い野心に燃えている男だということ。
そして誰よりも孤独で、孤高の男だということ。それだけだ。
「………どうぞ、席をご自由に使ってください。すぐ食べ終わるので」
「おや、まだ注文したばかりだろう?そんなに急がなくてもいい。他の隊の副隊長と一緒だなんて肩身が狭いかもしれないが、気にしないでくれ」
そうじゃねぇよ。
名無しは内心大声で叫びながら「はは…すみません、つい緊張してしまって」と乾いた笑みを浮かべた。
――落ち着け。
これは『過去』だ。
彼の化けの皮を剥がすには、証拠も全くない。
ここで喚き散らしても『妄言』だと片付けられ、秘密裏に消されるだけだろう。
いくら思う所があったとしても、不用意に歴史を変えるわけにはいかない。
その未来が、過酷なものだとしても。
「初めて見る顔だね。名前と隊を聞いてもいいかね?」
「二番隊の、黒崎名無しです。…先日現世からの任務より帰還したばかりなので、藍染副隊長がご存知ないのも当然かと」
「そうか、二番隊か。あそこの任務は中々大変だろう?」
「いえ。見るもの全て新鮮で、やりがいがあります」
演じろ。皮を被れ。虚構を述べろ。
差し当たりのない笑みを浮かべて、名無しは藍染の問いに対して『普通』の返答を返す。
彼は、『初対面』の副隊長だ。そう思い込め。
「それは……四楓院隊長へのお土産かい?」
「あ、はい。ここの団子が食べたい、と駄々をこねはじめまして」
机の上に置いていた紙袋を見ながら「なるほど、彼女らしい」と呟きながら藍染は笑った。
(……こうしていれば、普通の死神なんだよな)
以前、一護と藍染の件で話をしたことがある。
彼と藍染の話をしたのは、それが最初で…今のところ最後だ。
『浦原さんは、崩玉に主と認められなかったから力を失ったから封印できた…って言ってたけど……俺は――』
(普通の死神になりたがっていたように感じた、かぁ)
なるほど、お人好しの彼らしい答えだ。
当たらずとも遠からずかもしれないが、それを藍染に直接言った日には鼻で笑われるだろうに。
それはもしかしたら彼の――藍染の、自分でも気づいていない本心かもしれないが、それは誰も触れてはいけない。
その苦悩も、真実も、彼だけのものだ。
その力に共感してはいけない。
その苦悩を理解してはいけない。
私は、そちら側には行かない。
「僕の顔になにかついているかい?」
柔らかく微笑む藍染。
……彼に、理解者がいれば。
止める人がいれば。
出来もしない、ありもしないifが脳裏に過ぎっては消えていく。
もしかしたら、彼は踏みとどまれたかもしれないのに。
「あ…いえ。…藍染副隊長は、普通に話せば話しやすい方だと思っただけです。」
これは本音だ。
少なくとも歪んだ宿願を抱かなければ、彼はもっと真っ当に生きられただろう。
「君は――」
「おぉ、おった。惣右介。遅くなってすまんな……って、珍しい。逢引かいな」
ふわりと揺れる隊首羽織。
浦原のものよりも若干明るい金糸雀色の髪は、絹糸のように軽やかに揺れた。
茶化すように言葉が軽い関西弁は聞き知っている。
「平子隊長。いえ、二番隊の彼女とお話をさせて頂いていましたから。お気になさらず」
「ほー、二番隊。名前、なんて言うんや……って、」
いない。
夜一への手土産もテーブルの上そのままに、名無しは早足で店を出ていた。
***
(黒崎名無し。)
私を見た瞬間、面白い程に顔を青くしていた彼女。
しかしその双眸には憤懣……いや、敵意に近い色を浮かべていた。
しかしそれは一瞬でなりを潜め、すぐに取り繕った表情に変わった。
少々塩対応されたものの、一見すれば『一般隊士』そのものだ。
『…藍染副隊長は、普通に話せば話しやすい方だと思っただけです。』
その言葉の裏を返せば【普通】に話したことがない、言うことだ。
しかし私と彼女は初対面だ。少なくとも、私は。
(どうやら彼女はそうではないらしい)
雲霞を掴むように捕らえどころない彼女の本心。
それが瞬きの間だけ垣間見れた。
――現れた平子の顔を見た瞬間、愕然とした表情に変わってしまったが。
息を呑む音。
見開かれた目。
小さく開かれた唇は、吸い込まれるように噛み締められる。
まるで正気に戻るように。
泣き出しそうな顔を固く閉ざすように。
(あぁ、これを明日届けに行こうか)
忘れられたおつかいの品を横目で眺め、藍染は人知れずそっと笑みを浮かべるのであった。
それもそうだ。
浦原よりも古い死神で、彼が十二番隊隊長になった頃には、既に副隊長の座についていたのだから。
「すまない。相席、いいかい?」
追憶の星#06
夜一に頼まれて茶菓子を買いに出た。
決して高級すぎず、質も大事だがお腹いっぱいに甘味を食べたい!と主張する彼女らしい、店のチョイスだった。
落ち着いた店構えの割には、値段もリーズナブルだ。
仕事の合間の休憩だろうか。道行く死神もふらりと立ち寄り、束の間の休息を楽しんでいた。
名無しもその内の一人だ。
(今日は浦原さんは任務だもんな…)
二番隊の通常業務ならまだ手伝いようがあるが、何せ今回の彼の仕事は『隠密機動』の任務だ。
…白打に関しては人並みの名無しが、同行することは実質不可能だ。悔しいことに。
なので、夜一からおつかいを頼まれた、というわけなのだが――
「すまない。相席、いいかい?」
柔らかく賑わっている店内は、満席だ。
贅沢にも四人席へ通された名無しは、快く返事をしようと顔を上げた。
頭上から降ってくる穏やかな声。
胡桃色の、少し癖のある髪。
黒縁の眼鏡はまだ記憶に新しい。
ガタッ、と音を立てて思わず立ち上がる。
それは相手が『副隊長』だったから…ではない。
名無しの人生で苦手な人物ランキングでは、五本の指に入る男だったからだ。
「藍染…、副隊長」
「おや、名前を覚えてくれているとは光栄だね」
一見、人の良さそうな笑顔を浮かべる彼の本心は相変わらず読めない。
名無しが言えるのは…
彼は皆が思っている程誠実な男ではなく、皆が思っている以上にドス黒い野心に燃えている男だということ。
そして誰よりも孤独で、孤高の男だということ。それだけだ。
「………どうぞ、席をご自由に使ってください。すぐ食べ終わるので」
「おや、まだ注文したばかりだろう?そんなに急がなくてもいい。他の隊の副隊長と一緒だなんて肩身が狭いかもしれないが、気にしないでくれ」
そうじゃねぇよ。
名無しは内心大声で叫びながら「はは…すみません、つい緊張してしまって」と乾いた笑みを浮かべた。
――落ち着け。
これは『過去』だ。
彼の化けの皮を剥がすには、証拠も全くない。
ここで喚き散らしても『妄言』だと片付けられ、秘密裏に消されるだけだろう。
いくら思う所があったとしても、不用意に歴史を変えるわけにはいかない。
その未来が、過酷なものだとしても。
「初めて見る顔だね。名前と隊を聞いてもいいかね?」
「二番隊の、黒崎名無しです。…先日現世からの任務より帰還したばかりなので、藍染副隊長がご存知ないのも当然かと」
「そうか、二番隊か。あそこの任務は中々大変だろう?」
「いえ。見るもの全て新鮮で、やりがいがあります」
演じろ。皮を被れ。虚構を述べろ。
差し当たりのない笑みを浮かべて、名無しは藍染の問いに対して『普通』の返答を返す。
彼は、『初対面』の副隊長だ。そう思い込め。
「それは……四楓院隊長へのお土産かい?」
「あ、はい。ここの団子が食べたい、と駄々をこねはじめまして」
机の上に置いていた紙袋を見ながら「なるほど、彼女らしい」と呟きながら藍染は笑った。
(……こうしていれば、普通の死神なんだよな)
以前、一護と藍染の件で話をしたことがある。
彼と藍染の話をしたのは、それが最初で…今のところ最後だ。
『浦原さんは、崩玉に主と認められなかったから力を失ったから封印できた…って言ってたけど……俺は――』
(普通の死神になりたがっていたように感じた、かぁ)
なるほど、お人好しの彼らしい答えだ。
当たらずとも遠からずかもしれないが、それを藍染に直接言った日には鼻で笑われるだろうに。
それはもしかしたら彼の――藍染の、自分でも気づいていない本心かもしれないが、それは誰も触れてはいけない。
その苦悩も、真実も、彼だけのものだ。
その力に共感してはいけない。
その苦悩を理解してはいけない。
私は、そちら側には行かない。
「僕の顔になにかついているかい?」
柔らかく微笑む藍染。
……彼に、理解者がいれば。
止める人がいれば。
出来もしない、ありもしないifが脳裏に過ぎっては消えていく。
もしかしたら、彼は踏みとどまれたかもしれないのに。
「あ…いえ。…藍染副隊長は、普通に話せば話しやすい方だと思っただけです。」
これは本音だ。
少なくとも歪んだ宿願を抱かなければ、彼はもっと真っ当に生きられただろう。
「君は――」
「おぉ、おった。惣右介。遅くなってすまんな……って、珍しい。逢引かいな」
ふわりと揺れる隊首羽織。
浦原のものよりも若干明るい金糸雀色の髪は、絹糸のように軽やかに揺れた。
茶化すように言葉が軽い関西弁は聞き知っている。
「平子隊長。いえ、二番隊の彼女とお話をさせて頂いていましたから。お気になさらず」
「ほー、二番隊。名前、なんて言うんや……って、」
いない。
夜一への手土産もテーブルの上そのままに、名無しは早足で店を出ていた。
***
(黒崎名無し。)
私を見た瞬間、面白い程に顔を青くしていた彼女。
しかしその双眸には憤懣……いや、敵意に近い色を浮かべていた。
しかしそれは一瞬でなりを潜め、すぐに取り繕った表情に変わった。
少々塩対応されたものの、一見すれば『一般隊士』そのものだ。
『…藍染副隊長は、普通に話せば話しやすい方だと思っただけです。』
その言葉の裏を返せば【普通】に話したことがない、言うことだ。
しかし私と彼女は初対面だ。少なくとも、私は。
(どうやら彼女はそうではないらしい)
雲霞を掴むように捕らえどころない彼女の本心。
それが瞬きの間だけ垣間見れた。
――現れた平子の顔を見た瞬間、愕然とした表情に変わってしまったが。
息を呑む音。
見開かれた目。
小さく開かれた唇は、吸い込まれるように噛み締められる。
まるで正気に戻るように。
泣き出しそうな顔を固く閉ざすように。
(あぁ、これを明日届けに行こうか)
忘れられたおつかいの品を横目で眺め、藍染は人知れずそっと笑みを浮かべるのであった。