追憶の星
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過去の瀞霊廷にいる間、私の身の振り方が決まった。
二番隊に所属の、平隊員の死神。
そして二番隊宿舎の『常に空いている』浦原の隣の部屋を借りることになった。
……なぜ隣の部屋が空いているか。
それはまぁ、お察しだ。
(そりゃ瀞霊廷一の種馬の異名がつくわ)
嫉妬しないわけでは、ない。
けれどこれは『過去』の彼だ。苛立っても仕方ない。
仕方ない、のだが。
…………現代に帰った暁には、思い切り愚痴を言って、思い切り甘やかしてもらうことにしよう。そうしよう。
隣部屋の窓の外から聞こえる嬌声。
忌々しそうに耳を塞ぎながら、名無しは布団の中で小さく身体を丸めるのであった。
追想の星#05
「せめて窓を閉めてヤってくださいません?」
苛立ちを隠すことなく、名無しは朝の食堂で浦原に苦言を申した。
周りからの視線が異様に刺さる。
ヒソヒソと声を潜めた上で、
「先日入った平隊員だよな…?」
「浦原三席の隣の部屋になったってよ…」
「うわ…可哀想に…」
「正々堂々本人に言うなんて…命知らずだな…」など聞こえてくる。
「と言われましても、窓開けないと運動する上で暑いですし?相手サンの『声』が大きいだけっスからぁ」
「ほー。つまり自分は悪くない、と。そう仰るんですね?」
隠すことなく「チッ」と舌打ちをする名無し。
新入隊員のあまりの態度の悪さに周りがヒヤヒヤと肝を冷やす始末だ。
鮭を丁寧に解しながら、名無しはいつもより多めに咀嚼した。
……そちらがそういう態度なら、こっちだって考えがある。
何より個人的にムカつく。
何がどうムカつくと説明するのも億劫なくらい、腹が立つ。
苛立ちの原因は、過去の浦原からしたら理不尽な八つ当たりかもしれないが、そもそも宿舎を一夜限りの愛の巣にする方も問題だろう。せめて花街でやればいいものを。
「じゃあどうぞ。窓を開けて、存分になさってくださいな」
にっっっこりと。
それはもう状況が状況でなければ、精神的に鍛えられた二番隊の面々ですら見惚れる程の綺麗な笑顔。
夜一の美しい顔立ちとは系統が違うが、愛らしい笑顔はどうしても目を引く。
…こめかみに青筋がなければ、それはもう完璧だっただろうに。
「こっちだって、手段は選びませんから。」
***
行きずりの、声を掛けてきた女を今日も今日とて部屋に連れ込む。
欲望の捌け口にするには、こういう後腐れない方が面倒くさくない。
安っぽい愛の言葉を適当に囁けば相手は悦ぶし、顔がいい自覚があるので適当に愛想笑いすれば相手もそれなりに尽くしてくれる。
隠密機動なんてものは、戦死率が他の隊に比べ高い。
ましてや檻理隊なんて逆恨みを買う部隊だ。いつ背後から刺されてもおかしくないだろう。
現に、未来の自分は見事に逆恨みを買っている。
『浦原喜助』という存在を抹殺するため、過去の…まだ実力が成熟していないであろう時期を狙って、時間を越えて刺客がやってきている。因果なものだ。
そして、それを阻止するため、ひとりの少女もついでとばかりに着いてきているが…。
(黒崎、名無し。)
黒崎名無しと名乗った少女。
似合わない名字。なぜだかよく分からないが、何となく似合わないと思ってしまった。
二番隊三席である自分に対して、臆面することなく面白いほど塩対応の彼女。
どうやら未来の『浦原喜助』と親交があるようだが、それでもあの蚯蚓を見るような視線は逆に新鮮だった。
周りから奇異の目で見られることには慣れていた。
変人を見るような冷ややかな視線。
畏怖に震える頼りない視線。
情欲を込められた、まとわりつくような視線。
それの、どれとも違う。
真っ直ぐ射抜くような、揺るぎない双眸。
――あぁ、色々なものを見てきた眼だ。
酸いも甘いも、生も死も。その先ですら。
鏡のようにボクを映し出す黒曜石の瞳は、真っ直ぐ見つめ返すにはあまりにも眩しかった。
爛れた女関係に苦言を申し立てる時は蛇蝎の如く。
手枷の試作品を作る時は、少し勝気で。
食事を腹いっぱいに頬張る姿は、まるで小動物のように純真だ。
ころころと表情が変わる姿は見てて飽きない。
新しい玩具を手に入れた子供の気持ちは、こういうものなのだろう。
――しかし、気に食わないことがひとつある。
どれも、ボクを見ていないような気がして。
きっと、ボクを通して見ているものは、彼女の知っている『浦原喜助』。
それが無性に腹が立って、彼女の怒りを敢えて買うように夜な夜なこうやって行きずりの女と身体を重ねている。
ここ最近、卍解の修行の準備をするため頻度が減っていた色事にも、ついつい拍車がかかった。
「ねぇ。考え事?」
ボクの一物を頬張りながら女が問う。
名前は知らない。彼女は名乗ったかもしれないが、あまりに興味がなくて一瞬にして忘れてしまった。
金棒のようにそそり立つはずのそれは、気が散っていたからか普段より貞淑な態度だった。
「いやいや、気持ちいいっスよ。ほら、ヤラシイ顔もっと見せてください」
嘘だ。
流れ作業のように思えるその行為に、興奮なんてものは当の間に覚めてしまっている。
(これが、あの少女なら)
華奢な割に出るとこは出ている胸。
小柄な割には脚も長く、上背があれば印象がガラリと変わったであろう。
あの辛辣な少女を、名無しを屈服出来たなら――それはさぞかし『気持ちいい』ことだろうに。
「あは、本気になってくれた?」
女の喜んだ顔をぼんやり見下ろしながら、ボクは小さく溜息をついた。
ついた、時だった。
開け放った窓の外から香ってくる香ばしい匂い。
煙っぽい匂いだが食欲をそそる香りだ。
女もそれに気がついたのか、雄から口を離し「なぁに?火事?」と呑気なことを口走りながら窓の外を見た。
そこにはなんと、ずらりと並べた七輪で秋刀魚を焼く名無しの姿。
なんなら大鍋で汁物も作っており、傍にいた夜一に至っては「そろそろ煮えたかの?」と目を輝かせていた。
「何これ。」
女が呆れ返って声を上げる。
いや、ボクも聞きたい。
何っスか、これ。
「おーい、喜助!お主も来ぬか!」
はふはふと炊き込みご飯のにぎり飯を頬張りながら夜一が声を上げる。
宿舎の中庭で、まさか炊き出しをするとは。
しかも深夜に。
食欲を抑えきることが出来なかった隊の面々も窓から顔を出している始末だ。
……これは酷い。
こんな匂いを深夜に嗅いで、腹の虫を鳴らさない人間がどこにいるのだろうか。
七輪を団扇で仰いでいた名無しと、目がばちりと合う。
事もあろうに、少女はニヤリと笑う。それはもう、挑発的に。
まるで『こんな匂いの中、交合うことができるならしてみろ』と言わんばかりだ。
もっと物理で訴えてくるかと思ったが、中々の策士だ。
しかしどんな嫌がらせよりも、胃袋に訴えかけてくる嫌がらせなだけに、正直タチが悪い。
現に、
――ぐぅ〜〜〜…
「…………」
ボクか、女の物か。どちらの腹の虫か判別つかぬ音が、情事の香りに満ちていた部屋へ虚しく鳴り響いた。
***
「『もう帰る!』って怒っちゃったじゃないっスか。まだ終わってなかったのに。」
「そうですかー、それは残念です」
「おかげで右手にお願いしました。こんなこと初めてっスよ?」
「よかったですね。ちゃんと石鹸使って手は洗いましたか?」
「…本音は?」
「窓を開けて盛っているからですよ。ザマァミロ」
べっ、と舌を出した名無しが、炊き込みご飯の握り飯を頬張った。
匂いに釣られた哀れな腹ペコ隊士もぞろぞろと中庭に集まってきている。
深夜の飯テロは思った以上に被害が大きいようだった。
「夜一サンもこんな深夜の炊き出し…許可出さないでくださいよ…」
「何を言う。お主の隣部屋は苦情が絶えなかったのじゃから、一夜おしゃかになったくらいで文句を言うでないわ」
完全に三大欲求である食欲を買収された二番隊隊長が、大きく取れた秋刀魚の身を美味そうに咀嚼している。
「言っておきますけど、窓を開けておっぱじめたら今後も七輪コースですから。あしからず」
具沢山の豚汁を差し出す名無しは、とてもいい笑顔だ。
有無を言わさぬ、とはまさにこのことだろう。
差し出された豚汁や炊き込みご飯、焼き魚は全て、掛け値なし美味かった。
これが不味かったら文句のひとつふたつ言えたものを。
何だか少しだけ悔しいような思いを噛み締めながら、浦原は山菜たっぷりの炊き込みご飯を口いっぱいに頬張った。
二番隊に所属の、平隊員の死神。
そして二番隊宿舎の『常に空いている』浦原の隣の部屋を借りることになった。
……なぜ隣の部屋が空いているか。
それはまぁ、お察しだ。
(そりゃ瀞霊廷一の種馬の異名がつくわ)
嫉妬しないわけでは、ない。
けれどこれは『過去』の彼だ。苛立っても仕方ない。
仕方ない、のだが。
…………現代に帰った暁には、思い切り愚痴を言って、思い切り甘やかしてもらうことにしよう。そうしよう。
隣部屋の窓の外から聞こえる嬌声。
忌々しそうに耳を塞ぎながら、名無しは布団の中で小さく身体を丸めるのであった。
追想の星#05
「せめて窓を閉めてヤってくださいません?」
苛立ちを隠すことなく、名無しは朝の食堂で浦原に苦言を申した。
周りからの視線が異様に刺さる。
ヒソヒソと声を潜めた上で、
「先日入った平隊員だよな…?」
「浦原三席の隣の部屋になったってよ…」
「うわ…可哀想に…」
「正々堂々本人に言うなんて…命知らずだな…」など聞こえてくる。
「と言われましても、窓開けないと運動する上で暑いですし?相手サンの『声』が大きいだけっスからぁ」
「ほー。つまり自分は悪くない、と。そう仰るんですね?」
隠すことなく「チッ」と舌打ちをする名無し。
新入隊員のあまりの態度の悪さに周りがヒヤヒヤと肝を冷やす始末だ。
鮭を丁寧に解しながら、名無しはいつもより多めに咀嚼した。
……そちらがそういう態度なら、こっちだって考えがある。
何より個人的にムカつく。
何がどうムカつくと説明するのも億劫なくらい、腹が立つ。
苛立ちの原因は、過去の浦原からしたら理不尽な八つ当たりかもしれないが、そもそも宿舎を一夜限りの愛の巣にする方も問題だろう。せめて花街でやればいいものを。
「じゃあどうぞ。窓を開けて、存分になさってくださいな」
にっっっこりと。
それはもう状況が状況でなければ、精神的に鍛えられた二番隊の面々ですら見惚れる程の綺麗な笑顔。
夜一の美しい顔立ちとは系統が違うが、愛らしい笑顔はどうしても目を引く。
…こめかみに青筋がなければ、それはもう完璧だっただろうに。
「こっちだって、手段は選びませんから。」
***
行きずりの、声を掛けてきた女を今日も今日とて部屋に連れ込む。
欲望の捌け口にするには、こういう後腐れない方が面倒くさくない。
安っぽい愛の言葉を適当に囁けば相手は悦ぶし、顔がいい自覚があるので適当に愛想笑いすれば相手もそれなりに尽くしてくれる。
隠密機動なんてものは、戦死率が他の隊に比べ高い。
ましてや檻理隊なんて逆恨みを買う部隊だ。いつ背後から刺されてもおかしくないだろう。
現に、未来の自分は見事に逆恨みを買っている。
『浦原喜助』という存在を抹殺するため、過去の…まだ実力が成熟していないであろう時期を狙って、時間を越えて刺客がやってきている。因果なものだ。
そして、それを阻止するため、ひとりの少女もついでとばかりに着いてきているが…。
(黒崎、名無し。)
黒崎名無しと名乗った少女。
似合わない名字。なぜだかよく分からないが、何となく似合わないと思ってしまった。
二番隊三席である自分に対して、臆面することなく面白いほど塩対応の彼女。
どうやら未来の『浦原喜助』と親交があるようだが、それでもあの蚯蚓を見るような視線は逆に新鮮だった。
周りから奇異の目で見られることには慣れていた。
変人を見るような冷ややかな視線。
畏怖に震える頼りない視線。
情欲を込められた、まとわりつくような視線。
それの、どれとも違う。
真っ直ぐ射抜くような、揺るぎない双眸。
――あぁ、色々なものを見てきた眼だ。
酸いも甘いも、生も死も。その先ですら。
鏡のようにボクを映し出す黒曜石の瞳は、真っ直ぐ見つめ返すにはあまりにも眩しかった。
爛れた女関係に苦言を申し立てる時は蛇蝎の如く。
手枷の試作品を作る時は、少し勝気で。
食事を腹いっぱいに頬張る姿は、まるで小動物のように純真だ。
ころころと表情が変わる姿は見てて飽きない。
新しい玩具を手に入れた子供の気持ちは、こういうものなのだろう。
――しかし、気に食わないことがひとつある。
どれも、ボクを見ていないような気がして。
きっと、ボクを通して見ているものは、彼女の知っている『浦原喜助』。
それが無性に腹が立って、彼女の怒りを敢えて買うように夜な夜なこうやって行きずりの女と身体を重ねている。
ここ最近、卍解の修行の準備をするため頻度が減っていた色事にも、ついつい拍車がかかった。
「ねぇ。考え事?」
ボクの一物を頬張りながら女が問う。
名前は知らない。彼女は名乗ったかもしれないが、あまりに興味がなくて一瞬にして忘れてしまった。
金棒のようにそそり立つはずのそれは、気が散っていたからか普段より貞淑な態度だった。
「いやいや、気持ちいいっスよ。ほら、ヤラシイ顔もっと見せてください」
嘘だ。
流れ作業のように思えるその行為に、興奮なんてものは当の間に覚めてしまっている。
(これが、あの少女なら)
華奢な割に出るとこは出ている胸。
小柄な割には脚も長く、上背があれば印象がガラリと変わったであろう。
あの辛辣な少女を、名無しを屈服出来たなら――それはさぞかし『気持ちいい』ことだろうに。
「あは、本気になってくれた?」
女の喜んだ顔をぼんやり見下ろしながら、ボクは小さく溜息をついた。
ついた、時だった。
開け放った窓の外から香ってくる香ばしい匂い。
煙っぽい匂いだが食欲をそそる香りだ。
女もそれに気がついたのか、雄から口を離し「なぁに?火事?」と呑気なことを口走りながら窓の外を見た。
そこにはなんと、ずらりと並べた七輪で秋刀魚を焼く名無しの姿。
なんなら大鍋で汁物も作っており、傍にいた夜一に至っては「そろそろ煮えたかの?」と目を輝かせていた。
「何これ。」
女が呆れ返って声を上げる。
いや、ボクも聞きたい。
何っスか、これ。
「おーい、喜助!お主も来ぬか!」
はふはふと炊き込みご飯のにぎり飯を頬張りながら夜一が声を上げる。
宿舎の中庭で、まさか炊き出しをするとは。
しかも深夜に。
食欲を抑えきることが出来なかった隊の面々も窓から顔を出している始末だ。
……これは酷い。
こんな匂いを深夜に嗅いで、腹の虫を鳴らさない人間がどこにいるのだろうか。
七輪を団扇で仰いでいた名無しと、目がばちりと合う。
事もあろうに、少女はニヤリと笑う。それはもう、挑発的に。
まるで『こんな匂いの中、交合うことができるならしてみろ』と言わんばかりだ。
もっと物理で訴えてくるかと思ったが、中々の策士だ。
しかしどんな嫌がらせよりも、胃袋に訴えかけてくる嫌がらせなだけに、正直タチが悪い。
現に、
――ぐぅ〜〜〜…
「…………」
ボクか、女の物か。どちらの腹の虫か判別つかぬ音が、情事の香りに満ちていた部屋へ虚しく鳴り響いた。
***
「『もう帰る!』って怒っちゃったじゃないっスか。まだ終わってなかったのに。」
「そうですかー、それは残念です」
「おかげで右手にお願いしました。こんなこと初めてっスよ?」
「よかったですね。ちゃんと石鹸使って手は洗いましたか?」
「…本音は?」
「窓を開けて盛っているからですよ。ザマァミロ」
べっ、と舌を出した名無しが、炊き込みご飯の握り飯を頬張った。
匂いに釣られた哀れな腹ペコ隊士もぞろぞろと中庭に集まってきている。
深夜の飯テロは思った以上に被害が大きいようだった。
「夜一サンもこんな深夜の炊き出し…許可出さないでくださいよ…」
「何を言う。お主の隣部屋は苦情が絶えなかったのじゃから、一夜おしゃかになったくらいで文句を言うでないわ」
完全に三大欲求である食欲を買収された二番隊隊長が、大きく取れた秋刀魚の身を美味そうに咀嚼している。
「言っておきますけど、窓を開けておっぱじめたら今後も七輪コースですから。あしからず」
具沢山の豚汁を差し出す名無しは、とてもいい笑顔だ。
有無を言わさぬ、とはまさにこのことだろう。
差し出された豚汁や炊き込みご飯、焼き魚は全て、掛け値なし美味かった。
これが不味かったら文句のひとつふたつ言えたものを。
何だか少しだけ悔しいような思いを噛み締めながら、浦原は山菜たっぷりの炊き込みご飯を口いっぱいに頬張った。