追憶の星
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嬉しかった。
もしボクのこの記憶がなくなっても、ずっと彼女が『覚えてくれている』ということが。
それは何よりも『彼女に守られたボク』が存在したという揺るぎない事実が、ずっとずっと残っている証拠だから。
追憶の星#27
「これでよし、と。」
小さな祭壇を造り、刻志が使っていた斬魄刀を据える。
こっちに来る際の手段は一方通行だったらしく、帰りはこの物言わぬ鉄塊になった斬魄刀が媒介になるらしい。
……本当は持ち主本人も、正しく罰せられるために連れ帰りたかったが、それは叶わぬ夢になったのが残念な事だ。
「それじゃあ帰りましょっか、名無しサン。」
作業を終えた浦原が、埃を払うように手を叩く。
――夜一や山本にも挨拶をした方がいいのだろうが、浦原曰く『面倒になるのでやめときましょう』とのことだった。
確かに浦原が二人いたとすれば話がややこしくなるし、藍染の処遇がどうなるか気になるところだ。
……不本意だが、彼にはこのまま五番隊隊長にのし上がってもらわなければ困る。
『正しい歴史』では、そうなのだから。
「名無しサン。」
浦原が、名前を呼ぶ。
黒い死覇装の袖を揺らし、彼が困ったように髪を掻きむしる。
珍しく言葉を選んでいるようで、「あー…」と言いながら間をゆっくり置いた。
「言ってなかったな、と思って。ボクを守って下さり、ありがとうございました。」
彼にしては珍しく丁寧に頭を下げる姿を見て、正直名無しは面食らった。
しかし、下半身がダラしない・研究欲の塊・子供みたいな性格ではあるものの、元々『浦原喜助』という男は律儀な性格であることを思い出す。
「なんだ、そんなことですか。私は当たり前のことをしたまでですから気にしないでください。」
「ロクにお礼も言えなかったなぁと思って。何だか申し訳ないっス。」
「あはは、らしくないですよ。そこは『未来のボクにツケときましょうか』とか言えばいいのに。」
むしろこの時代の浦原からすればとばっちりのようなものだ。
そのくらい言ってもバチは当たらないだろう。
――しかし、現在の浦原の反応は意外にも微妙なものだった。
彼にしては珍しく露骨に嫌そうな表情を浮かべ、口元をへの字に曲げているではないか。
「……それは大変不本意なのでやめときます。」
同族嫌悪のようなものだろうか?
言葉の真意が読み取れず、名無しは小さく首を傾げるばかりだ。
「術式、展開するんで離れてくださいね、アタシ。」
にこにこと笑ってはいるものの、普段より言葉の端々に棘が散見される未来の浦原。
まるで『うちの子に近づくな』と言わんばかりの笑顔だ。
そんな浦原をチラッと見遣るものの、名無しの眼前から離れる気配はない。
未来の浦原の声に対し、反射的に振り向いた名無し。
そんな彼女に向ける現在の浦原の表情を、知る者はいない。
「名無しサン。」
「はい?」
名前を呼ばれ、振り向く。
掠めるように触れる唇。
瞬きをするよりも一瞬、しかし確かにしっかりと感触があった。
よく見知った顔なのに、知らない唇。
鷲色の瞳を柔らかく緩め、過去の浦原が満足気に笑った。
「お礼っス。
たとえこの後、貴女のことを忘れたとしても、ボクは絶対見つけますんで。
――また、どこかでお会いしましょ。」
鼻先で、目の前の彼女が消える。
そのには最早影も形もなく、彼女を連れて帰った憎らしい未来の自分もいなくなっていた。
そう。未来へ――本来、彼らがいる時代へ、帰ったのだ。
「あーあ、行っちゃいましたねぇ。」
「すんなり見送るなんて、呆れる男だ。もっと足掻くかと思っていたのだかね」
「そんなことしたら名無しサンが困っちゃうじゃないっスかぁ。藍染副隊長とは違うンっスよ。」
珍しく大人しく静観していた藍染が、呆れた口調で浦原に声を掛ける。
おおよそ『藍染惣右介』という人物の輪郭が分かってきたせいか、浦原の言葉にも多少嫌味が含まれていた。
しかし、それももうすぐ消えてしまうのだろう。
泡のように。夢のように。
「まぁ、彼女になら叱られるのも悪くないんスけど。」
ワガママ言ったり、困らせてみたり。
もっと話を聞きたかった。
もっと彼女の事を知りたかった。
手の届かない場所に行ってしまった後に、浅ましい後悔ばかりぼんやりと浮かぶ。
「あーあ。もうすぐ記憶消えるんっスかねぇ。」
「もし消えなかったら未来に行く研究でもしてみるかな」
「ははは、その時は協力させて頂きますよ」
万が一。もしも。もしかしたら。
そんな淡い希望くらい抱いても許されるだろうか。
許して、くれるだろうか。
日が傾いてきた、黄昏時。
濃紺が深くなってきた空を仰げば、宵の明星が一際輝いていた。
もしボクのこの記憶がなくなっても、ずっと彼女が『覚えてくれている』ということが。
それは何よりも『彼女に守られたボク』が存在したという揺るぎない事実が、ずっとずっと残っている証拠だから。
追憶の星#27
「これでよし、と。」
小さな祭壇を造り、刻志が使っていた斬魄刀を据える。
こっちに来る際の手段は一方通行だったらしく、帰りはこの物言わぬ鉄塊になった斬魄刀が媒介になるらしい。
……本当は持ち主本人も、正しく罰せられるために連れ帰りたかったが、それは叶わぬ夢になったのが残念な事だ。
「それじゃあ帰りましょっか、名無しサン。」
作業を終えた浦原が、埃を払うように手を叩く。
――夜一や山本にも挨拶をした方がいいのだろうが、浦原曰く『面倒になるのでやめときましょう』とのことだった。
確かに浦原が二人いたとすれば話がややこしくなるし、藍染の処遇がどうなるか気になるところだ。
……不本意だが、彼にはこのまま五番隊隊長にのし上がってもらわなければ困る。
『正しい歴史』では、そうなのだから。
「名無しサン。」
浦原が、名前を呼ぶ。
黒い死覇装の袖を揺らし、彼が困ったように髪を掻きむしる。
珍しく言葉を選んでいるようで、「あー…」と言いながら間をゆっくり置いた。
「言ってなかったな、と思って。ボクを守って下さり、ありがとうございました。」
彼にしては珍しく丁寧に頭を下げる姿を見て、正直名無しは面食らった。
しかし、下半身がダラしない・研究欲の塊・子供みたいな性格ではあるものの、元々『浦原喜助』という男は律儀な性格であることを思い出す。
「なんだ、そんなことですか。私は当たり前のことをしたまでですから気にしないでください。」
「ロクにお礼も言えなかったなぁと思って。何だか申し訳ないっス。」
「あはは、らしくないですよ。そこは『未来のボクにツケときましょうか』とか言えばいいのに。」
むしろこの時代の浦原からすればとばっちりのようなものだ。
そのくらい言ってもバチは当たらないだろう。
――しかし、現在の浦原の反応は意外にも微妙なものだった。
彼にしては珍しく露骨に嫌そうな表情を浮かべ、口元をへの字に曲げているではないか。
「……それは大変不本意なのでやめときます。」
同族嫌悪のようなものだろうか?
言葉の真意が読み取れず、名無しは小さく首を傾げるばかりだ。
「術式、展開するんで離れてくださいね、アタシ。」
にこにこと笑ってはいるものの、普段より言葉の端々に棘が散見される未来の浦原。
まるで『うちの子に近づくな』と言わんばかりの笑顔だ。
そんな浦原をチラッと見遣るものの、名無しの眼前から離れる気配はない。
未来の浦原の声に対し、反射的に振り向いた名無し。
そんな彼女に向ける現在の浦原の表情を、知る者はいない。
「名無しサン。」
「はい?」
名前を呼ばれ、振り向く。
掠めるように触れる唇。
瞬きをするよりも一瞬、しかし確かにしっかりと感触があった。
よく見知った顔なのに、知らない唇。
鷲色の瞳を柔らかく緩め、過去の浦原が満足気に笑った。
「お礼っス。
たとえこの後、貴女のことを忘れたとしても、ボクは絶対見つけますんで。
――また、どこかでお会いしましょ。」
鼻先で、目の前の彼女が消える。
そのには最早影も形もなく、彼女を連れて帰った憎らしい未来の自分もいなくなっていた。
そう。未来へ――本来、彼らがいる時代へ、帰ったのだ。
「あーあ、行っちゃいましたねぇ。」
「すんなり見送るなんて、呆れる男だ。もっと足掻くかと思っていたのだかね」
「そんなことしたら名無しサンが困っちゃうじゃないっスかぁ。藍染副隊長とは違うンっスよ。」
珍しく大人しく静観していた藍染が、呆れた口調で浦原に声を掛ける。
おおよそ『藍染惣右介』という人物の輪郭が分かってきたせいか、浦原の言葉にも多少嫌味が含まれていた。
しかし、それももうすぐ消えてしまうのだろう。
泡のように。夢のように。
「まぁ、彼女になら叱られるのも悪くないんスけど。」
ワガママ言ったり、困らせてみたり。
もっと話を聞きたかった。
もっと彼女の事を知りたかった。
手の届かない場所に行ってしまった後に、浅ましい後悔ばかりぼんやりと浮かぶ。
「あーあ。もうすぐ記憶消えるんっスかねぇ。」
「もし消えなかったら未来に行く研究でもしてみるかな」
「ははは、その時は協力させて頂きますよ」
万が一。もしも。もしかしたら。
そんな淡い希望くらい抱いても許されるだろうか。
許して、くれるだろうか。
日が傾いてきた、黄昏時。
濃紺が深くなってきた空を仰げば、宵の明星が一際輝いていた。