追憶の星
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殺す。
殺す。
お前だけは、絶対に殺してやる。
追憶の星#14
思わぬ邪魔に思考が一瞬停止する。
が、迷ってはいられない。
『跳んだ』先で更に『跳ぶ』なんてハイリスクなことはした事がない。
しかし、目の前には傷一つ負わすことができなかった浦原喜助と、左腕を負傷したものの今にも咬みついてきそうな死神の女がいる。
そう。
この女さえついて来なければ、浦原喜助の暗殺が出来たというのに。
この女さえ、この女さえ――
消して、しまえば。
今度はしくじらない。
この女の赤子の頃へ『跳べば』殺すことなんて一瞬だろう。
そう。跳べれ、たら。
……だが霊圧を込めても斬魄刀は反応しない。
跳べない。跳ばない。
なぜ。なぜだ。
「なぜ、『跳べない』!?」
瞬きの合間、狼狽えた隙を見逃すはずもなく――殺気に満ちた目の前の男が、長い監獄生活で痩せ細った俺の腕を、
***
斬りあげられた腕が、高く跳ね上がる。
目の前で吹き出す赤。紅。あか。
噎せ返るような鉄の臭いと、刻志の悲鳴が宿舎に木霊する。
直刀の刀を持った浦原の瞳孔は完全に開ききっている。
自分に向けられているわけではないのに、焦がすような殺気で身が竦む。
ここまで激憤している浦原を見るのは、初めてのことだった。
斬魄刀を握ったままの片腕が、天井に当たって床に落ちた。
ゴトンと生々しい音で、気を取られていた意識を呼び戻す。
駄目だ。
このままでは、
「縛道の六十三『鎖条鎖縛』!」
放った縛道の鎖は浦原の手脚を固く拘束する。
金属と金属が擦れ合う耳障りな音が空気を震わせた。
「何するんっスか」
「今にも殺しそうだったので、つい」
左腕の傷を押さえるが、止血の効果はない。
ぱっくり開いた肉と肉を合わせる程度で、収まることのない痛みに思わず眉を顰めた。
「彼を殺しては、私が元の時代に帰れませんから。」
冷ややかに見下ろせば、片腕を無くした哀れな男が蹲っている。
黒い外套はよく見知った代物だ。
しかし、羽織っている人物は愛しいあの人ではなく、哀れな逃亡犯だった。
「なぜ…なぜ、お前の『過去』がないんだ!?」
「ないわけではないんですけど…まぁ所謂『はみ出し者』なので、貴方の斬魄刀が使えないのかと。」
「ちかっ…近寄るな、バケモノ!」
全く酷い言われようだ。腕を斬り落としたのは私ではないというのに。
「……ホント、酷い言われよう。」
***
「何であんな無茶したんっスか。」
「忘れたんですか?私はあなたを守りに来たんですよ。」
刻志玄隆は、二番隊隊舎の地下牢に無事収容出来た。
名無しはというと四番隊の世話になり、念の為安静…ということで腕に固定のギプスと包帯を巻かれていた。
傍らには少しばかり怒っている――いや、これは困惑しているのだろうか。
複雑な表情を浮かべた浦原が小さく溜息をついた。
そんな彼を見上げながら、名無しは形のいい眉をそっと寄せる。
「浦原さんこそ、殺す気満々だったじゃないですか。刻志を殺したら私が帰られなくなるの分かっているでしょう?」
浦原暗殺の主犯である刻志は、捕縛しなければいけない。
暗殺を阻止しただけでは足りないのだ。
待っている、あの人の元へ帰る必要があるのだから。
名無しの問いに視線を一度巡らせて、観念したように項垂れる浦原。
「怒りません?」
「事の次第によります。」
良くも悪くも贔屓目のない返事に苦笑いして、そっと口を開いた。
「一瞬、それはちゃんと頭に過ぎったんっス。けど、『あ。そうか、彼を殺したらこの子を未来のボクに返さなくていいのか』って思っちゃいまして。」
気がつけば腕を斬り落としていた。
握った斬魄刀に滴る鮮血と、のたうち回る男。
そして縛道を放つキミが視界に映った。
返してあげたい。なのに、帰したくない。
恋というには不確かで、興味といえばあまりにも歪んだ感情がぐるぐると胸の内を渦巻いていた。
「そりゃまた、物騒ですね。」
困ったように首を捻りつつも、表情ひとつ変えていない。
動揺も怒りも見受けられない名無しの顔を、穴が開くほど見つめて、浦原はぽそりと呟いた。
「……それだけっスか?」
「浦原さんが考えそうなことではありますけど。」
「クズだとか、異常者とか言わないんっスか?あなたにとって、とんでもないことをやらかそうとしたんっスよ?」
理解が、出来なかった。
未来の浦原はこれを上回る人でなしなのか。それに彼女が慣れてしまっているだけなのか。
帰る場所を奪おうとした人間を、怒りもせず罵りもせず、さも当然であるように返事をする目の前の少女が。
浦原は、理解が出来なかった。
すくっと立ち上がり、名無しの手が浦原へ伸ばされる。
平手打ちだろうか。いや、もしかしたら鉄拳で殴られるかもしれない。
反射的に目を瞑る浦原。
しかし、予想していた痛みではなく――
頬を、抓る痛み。
瞬間的な痛覚ではなく、ジリジリと焦げ付くような感覚が頬に響く。
恐る恐る視線を上げれば、真っ直ぐこちらを見上げてくる黒い双眸。
磨き上げた宝石のような瞳には、滑稽な表情の自分が映し出されていた。
「私の好きな人を悪く言わないでください。」
それは、未来のボクに宛てた言葉でもあり、『今の浦原喜助』に贈る言葉だった。
「浦原さんを叱るのは、私の役目です。」
そう言って離された頬は、少しだけ痛くて、燃えるように熱かった。
――蛆虫の巣は、鏡であり、戒めだ。
二番隊三席になり、檻理隊の分隊長になって、囚人の管理をする度に思った。
《一歩踏み外せば、そちら側に堕ちる。》
《お前もいつかはこうなる。》
ずっと、そう言われている気がしてならなかった。
それは細い糸の上を裸足で歩くような、覚束無い感覚で。
気を抜けば、奈落まで堕ちてしまいそうな。
……いや、もう既に『同じ穴の狢』だったのかもしれない。
それをキミは、真っ向から否定する。
自分の価値を決めるのは自分ではない、と。
まるで『浦原喜助という人物の評価は、私が決める』と言わんばかりだ。
それは酷く傲慢で、痛いくらい優しくて、嵐のように厳しくて。
どこか自分を『外道』だと諦めていたボクにとって、涙が出そうな言葉だった。
一呼吸置いて、ゆっくり息を吐き出す。
濃くなった二酸化炭素を絞り出して、少しだけ震える喉で酸素を吸い込んだ。
「じゃあ、ボクが道を踏み外そうとしたら、叱ってくれるんっスか?」
「思い切りほっぺ引っぱたいて引き摺りあげて差し上げますよ。」
一点の曇りもない、満面の笑顔。
まるで『そのままの浦原喜助でいい』と肯定された気分だ。
――あぁ。
もう少し先のボクは、こんな眩い女の子と出会うのか。
それはとてもとても羨ましくて、嬉しくて、
「そいつは、安心っスね」
解けるような小さな笑みを浮かべ、安堵の息と共にそっと呟いた。
殺す。
お前だけは、絶対に殺してやる。
追憶の星#14
思わぬ邪魔に思考が一瞬停止する。
が、迷ってはいられない。
『跳んだ』先で更に『跳ぶ』なんてハイリスクなことはした事がない。
しかし、目の前には傷一つ負わすことができなかった浦原喜助と、左腕を負傷したものの今にも咬みついてきそうな死神の女がいる。
そう。
この女さえついて来なければ、浦原喜助の暗殺が出来たというのに。
この女さえ、この女さえ――
消して、しまえば。
今度はしくじらない。
この女の赤子の頃へ『跳べば』殺すことなんて一瞬だろう。
そう。跳べれ、たら。
……だが霊圧を込めても斬魄刀は反応しない。
跳べない。跳ばない。
なぜ。なぜだ。
「なぜ、『跳べない』!?」
瞬きの合間、狼狽えた隙を見逃すはずもなく――殺気に満ちた目の前の男が、長い監獄生活で痩せ細った俺の腕を、
***
斬りあげられた腕が、高く跳ね上がる。
目の前で吹き出す赤。紅。あか。
噎せ返るような鉄の臭いと、刻志の悲鳴が宿舎に木霊する。
直刀の刀を持った浦原の瞳孔は完全に開ききっている。
自分に向けられているわけではないのに、焦がすような殺気で身が竦む。
ここまで激憤している浦原を見るのは、初めてのことだった。
斬魄刀を握ったままの片腕が、天井に当たって床に落ちた。
ゴトンと生々しい音で、気を取られていた意識を呼び戻す。
駄目だ。
このままでは、
「縛道の六十三『鎖条鎖縛』!」
放った縛道の鎖は浦原の手脚を固く拘束する。
金属と金属が擦れ合う耳障りな音が空気を震わせた。
「何するんっスか」
「今にも殺しそうだったので、つい」
左腕の傷を押さえるが、止血の効果はない。
ぱっくり開いた肉と肉を合わせる程度で、収まることのない痛みに思わず眉を顰めた。
「彼を殺しては、私が元の時代に帰れませんから。」
冷ややかに見下ろせば、片腕を無くした哀れな男が蹲っている。
黒い外套はよく見知った代物だ。
しかし、羽織っている人物は愛しいあの人ではなく、哀れな逃亡犯だった。
「なぜ…なぜ、お前の『過去』がないんだ!?」
「ないわけではないんですけど…まぁ所謂『はみ出し者』なので、貴方の斬魄刀が使えないのかと。」
「ちかっ…近寄るな、バケモノ!」
全く酷い言われようだ。腕を斬り落としたのは私ではないというのに。
「……ホント、酷い言われよう。」
***
「何であんな無茶したんっスか。」
「忘れたんですか?私はあなたを守りに来たんですよ。」
刻志玄隆は、二番隊隊舎の地下牢に無事収容出来た。
名無しはというと四番隊の世話になり、念の為安静…ということで腕に固定のギプスと包帯を巻かれていた。
傍らには少しばかり怒っている――いや、これは困惑しているのだろうか。
複雑な表情を浮かべた浦原が小さく溜息をついた。
そんな彼を見上げながら、名無しは形のいい眉をそっと寄せる。
「浦原さんこそ、殺す気満々だったじゃないですか。刻志を殺したら私が帰られなくなるの分かっているでしょう?」
浦原暗殺の主犯である刻志は、捕縛しなければいけない。
暗殺を阻止しただけでは足りないのだ。
待っている、あの人の元へ帰る必要があるのだから。
名無しの問いに視線を一度巡らせて、観念したように項垂れる浦原。
「怒りません?」
「事の次第によります。」
良くも悪くも贔屓目のない返事に苦笑いして、そっと口を開いた。
「一瞬、それはちゃんと頭に過ぎったんっス。けど、『あ。そうか、彼を殺したらこの子を未来のボクに返さなくていいのか』って思っちゃいまして。」
気がつけば腕を斬り落としていた。
握った斬魄刀に滴る鮮血と、のたうち回る男。
そして縛道を放つキミが視界に映った。
返してあげたい。なのに、帰したくない。
恋というには不確かで、興味といえばあまりにも歪んだ感情がぐるぐると胸の内を渦巻いていた。
「そりゃまた、物騒ですね。」
困ったように首を捻りつつも、表情ひとつ変えていない。
動揺も怒りも見受けられない名無しの顔を、穴が開くほど見つめて、浦原はぽそりと呟いた。
「……それだけっスか?」
「浦原さんが考えそうなことではありますけど。」
「クズだとか、異常者とか言わないんっスか?あなたにとって、とんでもないことをやらかそうとしたんっスよ?」
理解が、出来なかった。
未来の浦原はこれを上回る人でなしなのか。それに彼女が慣れてしまっているだけなのか。
帰る場所を奪おうとした人間を、怒りもせず罵りもせず、さも当然であるように返事をする目の前の少女が。
浦原は、理解が出来なかった。
すくっと立ち上がり、名無しの手が浦原へ伸ばされる。
平手打ちだろうか。いや、もしかしたら鉄拳で殴られるかもしれない。
反射的に目を瞑る浦原。
しかし、予想していた痛みではなく――
頬を、抓る痛み。
瞬間的な痛覚ではなく、ジリジリと焦げ付くような感覚が頬に響く。
恐る恐る視線を上げれば、真っ直ぐこちらを見上げてくる黒い双眸。
磨き上げた宝石のような瞳には、滑稽な表情の自分が映し出されていた。
「私の好きな人を悪く言わないでください。」
それは、未来のボクに宛てた言葉でもあり、『今の浦原喜助』に贈る言葉だった。
「浦原さんを叱るのは、私の役目です。」
そう言って離された頬は、少しだけ痛くて、燃えるように熱かった。
――蛆虫の巣は、鏡であり、戒めだ。
二番隊三席になり、檻理隊の分隊長になって、囚人の管理をする度に思った。
《一歩踏み外せば、そちら側に堕ちる。》
《お前もいつかはこうなる。》
ずっと、そう言われている気がしてならなかった。
それは細い糸の上を裸足で歩くような、覚束無い感覚で。
気を抜けば、奈落まで堕ちてしまいそうな。
……いや、もう既に『同じ穴の狢』だったのかもしれない。
それをキミは、真っ向から否定する。
自分の価値を決めるのは自分ではない、と。
まるで『浦原喜助という人物の評価は、私が決める』と言わんばかりだ。
それは酷く傲慢で、痛いくらい優しくて、嵐のように厳しくて。
どこか自分を『外道』だと諦めていたボクにとって、涙が出そうな言葉だった。
一呼吸置いて、ゆっくり息を吐き出す。
濃くなった二酸化炭素を絞り出して、少しだけ震える喉で酸素を吸い込んだ。
「じゃあ、ボクが道を踏み外そうとしたら、叱ってくれるんっスか?」
「思い切りほっぺ引っぱたいて引き摺りあげて差し上げますよ。」
一点の曇りもない、満面の笑顔。
まるで『そのままの浦原喜助でいい』と肯定された気分だ。
――あぁ。
もう少し先のボクは、こんな眩い女の子と出会うのか。
それはとてもとても羨ましくて、嬉しくて、
「そいつは、安心っスね」
解けるような小さな笑みを浮かべ、安堵の息と共にそっと呟いた。