追憶の星
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虚の侵入から、数日経ったある日。
『卍解使えるんっスね。じゃあちょっと付き合って貰えません?』
そう言われ、案内された場所は――
「さて。具現化の支度も整いましたし、始めますね」
白く細長い土偶のような人形を用意する浦原。
顔は、ない。
辛うじて人型の形を保っているが、一見するだけでこの人形の使い道を理解する死神はいないだろう。
斬魄刀を抜き、転神体に突き立てる浦原。
黒髪をゆるりと結い、憂いた表情で瞼を閉じている。
関節の節々は、可動する人形のような作りになっていた。
赤い絹衣を纏った、女性。
これが浦原の斬魄刀『紅姫』を具現化した本体。
(初めて見た。)
そもそも浦原が卍解を使った所すら見た事がない。
現代の浦原曰く『今生きている人の中で、見せた人は誰もいない』。
恐らく夜一すら見たことがないのだろう。
ゴクリ、と固唾を呑む名無し。
死神と斬魄刀は、互いに見つめ合い、薄氷の上に立っているような殺気を放っていた。
「さて、それじゃあ殺し合いましょうか。――紅姫。」
追憶の星#11
「生きてますか?」
何日か経った後。
時間の感覚すら狂ってしまいそうな、長い長い殺し合いを経て、遂に終結する。
屈服させるための戦いは、見事浦原が勝利を掴み取った。
(……やっぱり、まだこの人には敵いそうにない)
太刀筋を見ていてヒシヒシと感じる。
斬り合いになれば、相手が過去の浦原だろうと赤子の手をひねるように、あっさりと自分は負けてしまうだろう。
――いや、殺されてしまうだろう。
それ程までに彼の剣技は今の時点で完成しており、名無しからすれば非の打ち所がない。
納得すると同時に、やはり悔しかった。
年季が違う、と言い訳はできる。
出来るのだが――
(そんなものは、ただの負けた時の言い訳だ。)
実際の殺し合いではそんなものは通用しない。
弱い者から死んでいく。
それは自然の摂理で、自明の理である。
護るためには強く在らねばならない。
この人よりも。
目の前の彼に、未来の浦原に、一分一秒でも長く生きてもらうために。
「辛うじて…っスかねぇ。
やれやれ、荒療治のような卍解習得は、やっぱり堪えるっスね」
息も絶え絶えに、ゆるゆると笑う浦原を見下ろす名無し。
致命傷はないものの、傷は浅くもない。
なるべく早めに四番隊に連れて行くべきだろうが――
「動けますか?」
「無理っスねぇ…」
そうだろう。
今の彼は霊力は空っぽ、くたくたに草臥れてしまっている。
連日の徹夜明けよりも酷い。
全く、こんな無理をしなくても――
(――?)
どうして、彼はこんな無理をしたのだろう。
急いで卍解を会得する理由はないはず。
…転神体の出来を試したかったから?
いや、それでも無理に会得する必要はない。
具現化が確認出来てしまえさえすれば、じっくり腰を据えて斬魄刀の本体と向き合うこともできるのだから。
では、なぜ。
…………………なぜ?
(卍解で、破壊したいものがあるとすれば)
崩玉。
合点がついた。
もし、この時点で崩玉を創り出してしまっているなら。
ありとあらゆる方法で、それを破壊するための手段を会得するためだとすれば。
――彼は、一体どんな気持ちで刃を振るったのだろう。
「…そんなに急いで卍解を手に入れなくてもよかったんじゃないですか?」
「まぁ、色々事情がありまして。」
「…………」
恐らく名無しの予想は当たりだろう。
むしろそれしか思いつかない。
馬鹿馬鹿しい。
全くもって、馬鹿馬鹿しい。
(どうせなら、もっと昔に飛ばしなさいよ。あの野郎)
過去を遡ることが出来る斬魄刀を持った、逃亡犯の死神…刻志玄隆は一体どこに雲隠れしているのやら。
もし崩玉を創る前の浦原に会えていたなら。
もし崩玉を創ることを止めることが出来たなら。
――彼は気が遠くなる程の時を、苦しまなくても済むというのに。
「…なんて顔してるんっスか」
「なんでもないです。朝ごはんに出た、梅干しの味を思い出してるだけですよ」
「はは、そうっスか」
きっと彼はこの先、絶望に、悔恨に、独りで裂帛の声で叫ぶのだろう。
愚かな自分を何度も殺して、果てのない自己嫌悪を、心の奥底で抱えて。
「……訊かないんっスか?」
「何がです。」
「夜一サンですら理由をしつこく訊いてきたンで。」
「誤魔化しているってことは訊かれたくないんでしょう?」
相変わらずの秘密主義に呆れてしまうが、それが浦原喜助という男なのだから仕方ない。
それが嫌になってしまう時もあるし、怒ってしまいたい時だってある。
それでも、――それでも。
彼が考え、決めたことなら。
「その顔。もしかして何となく予想がついてる…ってとこっスか?」
「黙秘権を行使します。」
「貴女なら、なんて馬鹿な事をしてるんだ、って烈火のごとく怒りだしそうなんっスけどねぇ…」
ちょっと意外です。
そう言いながらボロボロになっている死神は、力なく笑う。
そうかもしれない。
怒るべきなのだろう。
叱るべきなのだろう。
でも喉が焼き切れる程の怒りをぶつけても、声が枯れる程に叱咤しても、状況は変わらない。
創ってしまったものは壊せない。
だから、この先。
誰かが不幸になったとしても、
誰かが傷ついたとしても。
それでも。
それでも、私は、
「あなたが――浦原さんが、悩み、苦悩し、決断したことなら、私はどこまでもついて行きます。
たとえ世界を敵に回したとしても、私は貴方の味方です。
盾になり、剣になり、最後の時まで共にあると。ずっと昔に、それは決めていることなので。」
「……………羨ましいっスね」
長い沈黙の後、独白のように呟き、浦原がだだっ広い岩肌の天井を見上げる。
「何言ってるんですか。」
「だってそれは、未来のボクに向けて、貴女が決めたことなんっスよね?
羨ましいっス。正直、嫉妬します」
その言葉に名無しは小さく目を見開く。
ゆっくり口を開き、出てきた言葉は――
「なんというか…浦原さんって、意外と頭悪いんですね。」
心外そうに。
嫌味の欠片もひとつもなく、ただ意外そうに答えた。
「ちょ、それは辛辣じゃないっスか」
「だってそうでしょう。過去の、『今』の浦原さんがいるから未来の浦原さんがいるんですよ?
私にとってここにいる浦原さんも、私のよく知っている浦原さんも、全部同じ浦原さんです。自分に嫉妬してどうするんですか。」
不思議そうに眉を寄せ、名無しは困ったように口元を小さく尖らせた。
「…その割にはボクに対して無茶苦茶風当たり強いじゃないっスか。」
拗ねたように浦原が呟けば、名無しは「はーーー…」と長く、重く、嫌そうに溜息を吐き出した。
大きく2回程深呼吸をし、眉間を指で抑えながら彼女は口を開いた。
「そりゃ爛れた性生活見せつけられたら腹も立ちますよ。勿論、過去に『尸魂界の千人斬り』とか『絶倫王』とか変な渾名つけられていることは知ってますけど。それをリアルタイムで目の当たりにしたらムカつくに決まってるじゃないですか。
いっそヤバい性病でもうつされて懲りたらいいのにな〜なんて思ってますけど、何か?
……八つ当たり?ええ、八つ当たりですよ。これで腹が立たない方が異常ですよ。当たり前じゃないですか。むしろ新手の罰ゲームかと思いました。」
早口で捲し立てる程に、色々思う所はあったらしい。
……逆の立場で考えてみれば、確かに拷問だ。
それを頭を使った、力で訴えない抗議で妨害してくるあたり何ともいじらしい。
「……そんなダメ男に惚れちゃったんっスか。可哀想に。」
「何言ってるんですか。そんなダメなところは承知の上で一番好きになってるんですよ」
にしし、と。
膝を抱えて、地面の上で大の字になった浦原を見下ろしながら彼女ははにかみ笑いを浮かべる。
嘘も、建前も、欺瞞も、何もない。
それは花がほころぶような、眩暈がするような笑顔だった。
「………そりゃ惚れちゃうっスね」
「それはどうも。でも、惚れた腫れたの言葉は、もう少し未来で出会う私のために取っておいてください」
なんて。
悪戯っぽく笑う名無しを見て『あぁ、なるほど。こうして未来のボクは骨抜きにされてるのか』と浦原はどこか腑に落ちたように納得するのであった。
『卍解使えるんっスね。じゃあちょっと付き合って貰えません?』
そう言われ、案内された場所は――
「さて。具現化の支度も整いましたし、始めますね」
白く細長い土偶のような人形を用意する浦原。
顔は、ない。
辛うじて人型の形を保っているが、一見するだけでこの人形の使い道を理解する死神はいないだろう。
斬魄刀を抜き、転神体に突き立てる浦原。
黒髪をゆるりと結い、憂いた表情で瞼を閉じている。
関節の節々は、可動する人形のような作りになっていた。
赤い絹衣を纏った、女性。
これが浦原の斬魄刀『紅姫』を具現化した本体。
(初めて見た。)
そもそも浦原が卍解を使った所すら見た事がない。
現代の浦原曰く『今生きている人の中で、見せた人は誰もいない』。
恐らく夜一すら見たことがないのだろう。
ゴクリ、と固唾を呑む名無し。
死神と斬魄刀は、互いに見つめ合い、薄氷の上に立っているような殺気を放っていた。
「さて、それじゃあ殺し合いましょうか。――紅姫。」
追憶の星#11
「生きてますか?」
何日か経った後。
時間の感覚すら狂ってしまいそうな、長い長い殺し合いを経て、遂に終結する。
屈服させるための戦いは、見事浦原が勝利を掴み取った。
(……やっぱり、まだこの人には敵いそうにない)
太刀筋を見ていてヒシヒシと感じる。
斬り合いになれば、相手が過去の浦原だろうと赤子の手をひねるように、あっさりと自分は負けてしまうだろう。
――いや、殺されてしまうだろう。
それ程までに彼の剣技は今の時点で完成しており、名無しからすれば非の打ち所がない。
納得すると同時に、やはり悔しかった。
年季が違う、と言い訳はできる。
出来るのだが――
(そんなものは、ただの負けた時の言い訳だ。)
実際の殺し合いではそんなものは通用しない。
弱い者から死んでいく。
それは自然の摂理で、自明の理である。
護るためには強く在らねばならない。
この人よりも。
目の前の彼に、未来の浦原に、一分一秒でも長く生きてもらうために。
「辛うじて…っスかねぇ。
やれやれ、荒療治のような卍解習得は、やっぱり堪えるっスね」
息も絶え絶えに、ゆるゆると笑う浦原を見下ろす名無し。
致命傷はないものの、傷は浅くもない。
なるべく早めに四番隊に連れて行くべきだろうが――
「動けますか?」
「無理っスねぇ…」
そうだろう。
今の彼は霊力は空っぽ、くたくたに草臥れてしまっている。
連日の徹夜明けよりも酷い。
全く、こんな無理をしなくても――
(――?)
どうして、彼はこんな無理をしたのだろう。
急いで卍解を会得する理由はないはず。
…転神体の出来を試したかったから?
いや、それでも無理に会得する必要はない。
具現化が確認出来てしまえさえすれば、じっくり腰を据えて斬魄刀の本体と向き合うこともできるのだから。
では、なぜ。
…………………なぜ?
(卍解で、破壊したいものがあるとすれば)
崩玉。
合点がついた。
もし、この時点で崩玉を創り出してしまっているなら。
ありとあらゆる方法で、それを破壊するための手段を会得するためだとすれば。
――彼は、一体どんな気持ちで刃を振るったのだろう。
「…そんなに急いで卍解を手に入れなくてもよかったんじゃないですか?」
「まぁ、色々事情がありまして。」
「…………」
恐らく名無しの予想は当たりだろう。
むしろそれしか思いつかない。
馬鹿馬鹿しい。
全くもって、馬鹿馬鹿しい。
(どうせなら、もっと昔に飛ばしなさいよ。あの野郎)
過去を遡ることが出来る斬魄刀を持った、逃亡犯の死神…刻志玄隆は一体どこに雲隠れしているのやら。
もし崩玉を創る前の浦原に会えていたなら。
もし崩玉を創ることを止めることが出来たなら。
――彼は気が遠くなる程の時を、苦しまなくても済むというのに。
「…なんて顔してるんっスか」
「なんでもないです。朝ごはんに出た、梅干しの味を思い出してるだけですよ」
「はは、そうっスか」
きっと彼はこの先、絶望に、悔恨に、独りで裂帛の声で叫ぶのだろう。
愚かな自分を何度も殺して、果てのない自己嫌悪を、心の奥底で抱えて。
「……訊かないんっスか?」
「何がです。」
「夜一サンですら理由をしつこく訊いてきたンで。」
「誤魔化しているってことは訊かれたくないんでしょう?」
相変わらずの秘密主義に呆れてしまうが、それが浦原喜助という男なのだから仕方ない。
それが嫌になってしまう時もあるし、怒ってしまいたい時だってある。
それでも、――それでも。
彼が考え、決めたことなら。
「その顔。もしかして何となく予想がついてる…ってとこっスか?」
「黙秘権を行使します。」
「貴女なら、なんて馬鹿な事をしてるんだ、って烈火のごとく怒りだしそうなんっスけどねぇ…」
ちょっと意外です。
そう言いながらボロボロになっている死神は、力なく笑う。
そうかもしれない。
怒るべきなのだろう。
叱るべきなのだろう。
でも喉が焼き切れる程の怒りをぶつけても、声が枯れる程に叱咤しても、状況は変わらない。
創ってしまったものは壊せない。
だから、この先。
誰かが不幸になったとしても、
誰かが傷ついたとしても。
それでも。
それでも、私は、
「あなたが――浦原さんが、悩み、苦悩し、決断したことなら、私はどこまでもついて行きます。
たとえ世界を敵に回したとしても、私は貴方の味方です。
盾になり、剣になり、最後の時まで共にあると。ずっと昔に、それは決めていることなので。」
「……………羨ましいっスね」
長い沈黙の後、独白のように呟き、浦原がだだっ広い岩肌の天井を見上げる。
「何言ってるんですか。」
「だってそれは、未来のボクに向けて、貴女が決めたことなんっスよね?
羨ましいっス。正直、嫉妬します」
その言葉に名無しは小さく目を見開く。
ゆっくり口を開き、出てきた言葉は――
「なんというか…浦原さんって、意外と頭悪いんですね。」
心外そうに。
嫌味の欠片もひとつもなく、ただ意外そうに答えた。
「ちょ、それは辛辣じゃないっスか」
「だってそうでしょう。過去の、『今』の浦原さんがいるから未来の浦原さんがいるんですよ?
私にとってここにいる浦原さんも、私のよく知っている浦原さんも、全部同じ浦原さんです。自分に嫉妬してどうするんですか。」
不思議そうに眉を寄せ、名無しは困ったように口元を小さく尖らせた。
「…その割にはボクに対して無茶苦茶風当たり強いじゃないっスか。」
拗ねたように浦原が呟けば、名無しは「はーーー…」と長く、重く、嫌そうに溜息を吐き出した。
大きく2回程深呼吸をし、眉間を指で抑えながら彼女は口を開いた。
「そりゃ爛れた性生活見せつけられたら腹も立ちますよ。勿論、過去に『尸魂界の千人斬り』とか『絶倫王』とか変な渾名つけられていることは知ってますけど。それをリアルタイムで目の当たりにしたらムカつくに決まってるじゃないですか。
いっそヤバい性病でもうつされて懲りたらいいのにな〜なんて思ってますけど、何か?
……八つ当たり?ええ、八つ当たりですよ。これで腹が立たない方が異常ですよ。当たり前じゃないですか。むしろ新手の罰ゲームかと思いました。」
早口で捲し立てる程に、色々思う所はあったらしい。
……逆の立場で考えてみれば、確かに拷問だ。
それを頭を使った、力で訴えない抗議で妨害してくるあたり何ともいじらしい。
「……そんなダメ男に惚れちゃったんっスか。可哀想に。」
「何言ってるんですか。そんなダメなところは承知の上で一番好きになってるんですよ」
にしし、と。
膝を抱えて、地面の上で大の字になった浦原を見下ろしながら彼女ははにかみ笑いを浮かべる。
嘘も、建前も、欺瞞も、何もない。
それは花がほころぶような、眩暈がするような笑顔だった。
「………そりゃ惚れちゃうっスね」
「それはどうも。でも、惚れた腫れたの言葉は、もう少し未来で出会う私のために取っておいてください」
なんて。
悪戯っぽく笑う名無しを見て『あぁ、なるほど。こうして未来のボクは骨抜きにされてるのか』と浦原はどこか腑に落ちたように納得するのであった。