店主と彼女の事情シリーズ
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俺が初めて名無しを見たのは、死んだように眠る姿だった。
店主と彼女の事情#黒崎一心の場合
志波一心は、諸事情により現世へ人間として留まることになった。
真央霊術院で少し学んだ医学を掘り下げ、小さな個人病院を開業できるまでに、つい最近漕ぎ着けた。
それは協力者である浦原のおかげなのだが、今日はその彼に用があって、浦原が店を構えている商店へやって来ていた。
一心がここに来るのは二度目だ。
以前は虚化が進行する滅却師の少女・黒崎真咲を救うために、石田竜弦と足を踏み入れた。
協力者である浦原と会うことは今まで何度もあったが、ここに来るのはそれ以来ということになる。
「オーイ、浦原ァー」
駄菓子屋の入口から顔を覗かせるが、シンと静まり返っている。
不用心に鍵は開けっ放しのところを見ると、誰か中にいるのは確かだろう。
少し行儀悪いか、と思いつつも、ようやく履きなれてきた靴を脱ぎ、土間から居間へ顔を覗かせる。
奥に感じるのは、人の気配と、
(…?、なんだ、この霊圧)
死神でも、滅却師でも、虚でもない霊圧。
何かに抑えられているのか、微かに感じ取ることしか出来なかったが。
そろりと奥の間を覗き込む。
日当たりのいい、中庭に面した和室。
布団が一組敷かれており、その側で浦原がぼんやりと視線を落としていた。
「オイ、浦原?」
一心が声をかけると、今気がついたように顔を上げる彼。
少し疲れたような顔をしているのは、気のせいだろうか。
「あら、来てたんスか。一心サン」
「約束の時間より早めに来たってのに、随分な言い方だな」
「はは、すみません」
浦原が畳の上へ置いていた帽子を目深に被る。
布団に横たわるのは、それはそれは寝顔が綺麗な少女だった。歳は15くらいだろうか。
中々お目にかかれない長さの、絹のような黒髪をゆるく束ねている。一心の知りうる人物だと、卯ノ花よりもかなり長いロングヘアーだ。
あまり血色がいいとは言えない顔。日光に殆ど当たっていないのか、透き通るような白い肌だった。
かといって死人程顔色が悪い訳ではなく、あくまで生きている人間の中での話だ。
僅かに上下する布団を見て、彼女が生者だということが浦原に確認するまでもなかった。
「…あれは?」
「名無しサンっスよ」
名前を聞いているわけではないのだが。
こんな日が高い時間帯でも眠り続けているあたりを見ると、何か事情があるのかもしれない。
聞くべきではないかもしれないが、どうしても気になってしまう性質なのだ、志波一心という男は。
「諸事情で、ちょっと長く眠ってるんっスよ」
「ちょっとって…」
「大体…80年くらいっス」
「はち、」
予想以上の数字に言葉を失う。
死神だと微々たる年数かもしれないが、一心の見立てだと恐らくあの少女は人間だろう。
「霊力を使いすぎて、反動で眠ってるんっスよ。ほら、以前お話したでしょう。魂魄自殺を止めるワクチンの話」
「あぁ」
「彼女の霊力を使って、本来人間の魂魄を使うところの材料の、代わりにしたんっス」
ざっと、八人分。
人数を聞いて一心は奥の間で眠る少女を勢いよく見遣った。
それほどの霊力は、今は感じられない。
浦原の義骸技術によるところなのか、それとも彼女が弱っているからなのか。
それにしても人間の魂魄の代わりを精製する程の霊力を持っているなんて、尸魂界でも前例のない話だ。
「本当に、とんでもない子っスよ。アタシが人間の魂魄使って手を汚すくらいなら、『自分の霊力使って造れ』なんて」
彼女自身がどうにもならないわけがないのに。
「でもいつか、目が覚めるんだろ?」
「恐らく」
そう答える浦原の横顔はどこか寂しげだ。
いつも飄々としている印象の彼だが、こんな顔もするのか。
「もしかして、これか?」
一心が小指を立てれば、浦原は困ったように笑った。
「そうだったらいいんスけど。まぁ、アレっスよ。片想いってヤツっス」
思ったより彼は人間くさい男なのかもしれない。眉を八の字に歪め、困ったように苦笑いする浦原。
その表情を見て、一心は軽く浦原の背中を叩いた。
「ま…起きるだろ。アンタが待ってんだからよ。ちゃんと笑って、迎えてやれよ」
正直、言葉が見つからなかった。
一心の言葉に少し驚いた顔をする浦原。
それは一瞬で形を潜め、「そうっスね、」といつもの笑顔で彼は答えた。
それから名無しが目覚めるのは、18年後の話。
***
「お、名無しちゃん。浦原はいるか?」
「あ。こんにちは、黒崎さん。今呼んできますね」
滅却師との戦争も終わり、一度彼女は死んだ。
しかし人間の魂魄は死ねば尸魂界に迎えられる。その事を利用して今、彼女は死神としての生をまっとうしている。
これには浦原も驚きつつも、半ば呆れたそうだ。聞いた話によると異世界から来たのだから尸魂界に霊魂が向かうとは限らなかったらしい。
彼女が覚悟をし、考え抜いた結果だが、確かに浦原からすれば肝を冷やしたどころの騒ぎではない。
仮に、自分の娘が同じ事をしたと考えたらゾッとする。考えたくもない。
ある意味、天才科学者である浦原を振り回せるのは彼女くらいなものだろう。
今は、息子である一護と、大体同い歳くらいの見た目に成長した。
死神人生の年数を含めても、彼と同い歳くらいか。その割には落ち着いた物腰だ。
大人びた印象だが、浦原から数々の『お転婆』エピソードを聞いた限りだと、これは客用の態度なのだろう。
浦原の達の濡れ衣を晴らし、藍染を殴るために一護と尸魂界に赴き、本当にあの藍染を殴ってきたとか。
そのために人間であるにも関わらず、文字通り死物狂いで修行をしたとか、藍染と対峙した時に『保険』を用意していたとはいえ、身動き出来ない自らの腕を切り落したとか。
戦いに関して迷いがなく、相手にも自分にも容赦がないところは浦原達に似たのだろうか。
何にせよ彼女の指導者が三人とも頭がおかしい三拍子揃いだ。隠密機動司令官と、鬼道衆、技術開発局初代局長だ。勿論、長という立派な肩書き持ちで。
戦いのプロに教えられたからといって、強くなれる訳では無い。ここまで成長できたのは資質もあったからなのか、彼女の努力の賜物なのか。
まぁ、今は穏やかに暮らしているようで何よりだった。
「ちょっと、浦原さん!どこ触ってるんですか、このスケベ!」
「えーいいじゃないっスかぁ」
「黒崎さん来てますよ!ほら、寝癖直して、顔も洗ってください!」
奥の方で名無しと浦原の声が聞こえる。
どうせまた、ロクでもないものを発明していたのだろう。会話からして浦原のセクハラも行われたようだが。
少し怒気の含んだ足音が奥から近づいてくる。
浦原商店のエプロンがほんの少しだけ歪んだ名無しが戻ってきた。
「すみません。すぐ用意させるので、お茶でも飲んでお待ち頂けますか?」
「おう、じゃあそうさせて貰おうかな。…なんつーか、大変だなぁ…」
一心の言葉に首を傾げる名無し。
意味が理解出来たのか、少しの間を置いて顔を真っ赤に染め上げた。会話を聞かれていたのか、と。
「す、すみません、」
「いやいや。まぁ、仲良いことは美しきかな、ってヤツだな」
まぁ、本音だった。
浦原からしたら約百年と、更にまた半年待ったのだ。少しでも彼女に構いたい・構ってもらいたいと思うのは、当然だろう。
その手段が普通かどうかは、さて置き。
名無しが軽い足音を立て、台所へ茶の用意に向かった後すぐだった。
「すいませーん、お待たせしましたぁ」
顔だけは洗ってきたのだろう。タオルを首にかけて浦原がノソノソと怠慢な動きでやって来た。なんだ、その格好は。風呂上がりか。
一心とは旧知の仲とはいえ、客に対する態度とは到底思えない。少しは名無しを見習ったらどうだろう。
寝癖を隠すためか、いつもの帽子をぽすっと被る。一心は呆れた目で浦原を見遣るが、まぁ態度が改まることはないのだろう。
「少しは名無しちゃんを見習えよ…」
「え。可愛いところをっスか?」
「客に対する態度だ、態度」
しれっと惚気けてくるんじゃねぇよ、と半ば呆れる一心。…いくら待ち望んでいたとはいえ、少しはしゃぎすぎではないだろうか。この下駄帽子は。
「そうそう一心サン。用事の前に、大事なご報告を」
「何だよ?」
いつか一心がしてみせたように、浦原が緩みきった笑顔で小指を立てる。
「漸くっス」
あぁ、それで尚はしゃいでいるのか。大の男が。
一心からしたら、やっとか、という安心感にも似た浦原への祝福の気持ちと、浦原相手は大変そうだな、と名無しへの同情と半々だった。複雑だ。
「まぁ、なんだ。よかったな」
「はい。」
20年程前の、寂しげな表情の彼はもういなかった。
心底幸せそうな、花が綻ぶような笑みを浮かべた男が今はここにいるだけだ。
一心は心の中で、本当によかったな。と友人の幸せを、もう一度祝福した。
店主と彼女の事情#黒崎一心の場合
志波一心は、諸事情により現世へ人間として留まることになった。
真央霊術院で少し学んだ医学を掘り下げ、小さな個人病院を開業できるまでに、つい最近漕ぎ着けた。
それは協力者である浦原のおかげなのだが、今日はその彼に用があって、浦原が店を構えている商店へやって来ていた。
一心がここに来るのは二度目だ。
以前は虚化が進行する滅却師の少女・黒崎真咲を救うために、石田竜弦と足を踏み入れた。
協力者である浦原と会うことは今まで何度もあったが、ここに来るのはそれ以来ということになる。
「オーイ、浦原ァー」
駄菓子屋の入口から顔を覗かせるが、シンと静まり返っている。
不用心に鍵は開けっ放しのところを見ると、誰か中にいるのは確かだろう。
少し行儀悪いか、と思いつつも、ようやく履きなれてきた靴を脱ぎ、土間から居間へ顔を覗かせる。
奥に感じるのは、人の気配と、
(…?、なんだ、この霊圧)
死神でも、滅却師でも、虚でもない霊圧。
何かに抑えられているのか、微かに感じ取ることしか出来なかったが。
そろりと奥の間を覗き込む。
日当たりのいい、中庭に面した和室。
布団が一組敷かれており、その側で浦原がぼんやりと視線を落としていた。
「オイ、浦原?」
一心が声をかけると、今気がついたように顔を上げる彼。
少し疲れたような顔をしているのは、気のせいだろうか。
「あら、来てたんスか。一心サン」
「約束の時間より早めに来たってのに、随分な言い方だな」
「はは、すみません」
浦原が畳の上へ置いていた帽子を目深に被る。
布団に横たわるのは、それはそれは寝顔が綺麗な少女だった。歳は15くらいだろうか。
中々お目にかかれない長さの、絹のような黒髪をゆるく束ねている。一心の知りうる人物だと、卯ノ花よりもかなり長いロングヘアーだ。
あまり血色がいいとは言えない顔。日光に殆ど当たっていないのか、透き通るような白い肌だった。
かといって死人程顔色が悪い訳ではなく、あくまで生きている人間の中での話だ。
僅かに上下する布団を見て、彼女が生者だということが浦原に確認するまでもなかった。
「…あれは?」
「名無しサンっスよ」
名前を聞いているわけではないのだが。
こんな日が高い時間帯でも眠り続けているあたりを見ると、何か事情があるのかもしれない。
聞くべきではないかもしれないが、どうしても気になってしまう性質なのだ、志波一心という男は。
「諸事情で、ちょっと長く眠ってるんっスよ」
「ちょっとって…」
「大体…80年くらいっス」
「はち、」
予想以上の数字に言葉を失う。
死神だと微々たる年数かもしれないが、一心の見立てだと恐らくあの少女は人間だろう。
「霊力を使いすぎて、反動で眠ってるんっスよ。ほら、以前お話したでしょう。魂魄自殺を止めるワクチンの話」
「あぁ」
「彼女の霊力を使って、本来人間の魂魄を使うところの材料の、代わりにしたんっス」
ざっと、八人分。
人数を聞いて一心は奥の間で眠る少女を勢いよく見遣った。
それほどの霊力は、今は感じられない。
浦原の義骸技術によるところなのか、それとも彼女が弱っているからなのか。
それにしても人間の魂魄の代わりを精製する程の霊力を持っているなんて、尸魂界でも前例のない話だ。
「本当に、とんでもない子っスよ。アタシが人間の魂魄使って手を汚すくらいなら、『自分の霊力使って造れ』なんて」
彼女自身がどうにもならないわけがないのに。
「でもいつか、目が覚めるんだろ?」
「恐らく」
そう答える浦原の横顔はどこか寂しげだ。
いつも飄々としている印象の彼だが、こんな顔もするのか。
「もしかして、これか?」
一心が小指を立てれば、浦原は困ったように笑った。
「そうだったらいいんスけど。まぁ、アレっスよ。片想いってヤツっス」
思ったより彼は人間くさい男なのかもしれない。眉を八の字に歪め、困ったように苦笑いする浦原。
その表情を見て、一心は軽く浦原の背中を叩いた。
「ま…起きるだろ。アンタが待ってんだからよ。ちゃんと笑って、迎えてやれよ」
正直、言葉が見つからなかった。
一心の言葉に少し驚いた顔をする浦原。
それは一瞬で形を潜め、「そうっスね、」といつもの笑顔で彼は答えた。
それから名無しが目覚めるのは、18年後の話。
***
「お、名無しちゃん。浦原はいるか?」
「あ。こんにちは、黒崎さん。今呼んできますね」
滅却師との戦争も終わり、一度彼女は死んだ。
しかし人間の魂魄は死ねば尸魂界に迎えられる。その事を利用して今、彼女は死神としての生をまっとうしている。
これには浦原も驚きつつも、半ば呆れたそうだ。聞いた話によると異世界から来たのだから尸魂界に霊魂が向かうとは限らなかったらしい。
彼女が覚悟をし、考え抜いた結果だが、確かに浦原からすれば肝を冷やしたどころの騒ぎではない。
仮に、自分の娘が同じ事をしたと考えたらゾッとする。考えたくもない。
ある意味、天才科学者である浦原を振り回せるのは彼女くらいなものだろう。
今は、息子である一護と、大体同い歳くらいの見た目に成長した。
死神人生の年数を含めても、彼と同い歳くらいか。その割には落ち着いた物腰だ。
大人びた印象だが、浦原から数々の『お転婆』エピソードを聞いた限りだと、これは客用の態度なのだろう。
浦原の達の濡れ衣を晴らし、藍染を殴るために一護と尸魂界に赴き、本当にあの藍染を殴ってきたとか。
そのために人間であるにも関わらず、文字通り死物狂いで修行をしたとか、藍染と対峙した時に『保険』を用意していたとはいえ、身動き出来ない自らの腕を切り落したとか。
戦いに関して迷いがなく、相手にも自分にも容赦がないところは浦原達に似たのだろうか。
何にせよ彼女の指導者が三人とも頭がおかしい三拍子揃いだ。隠密機動司令官と、鬼道衆、技術開発局初代局長だ。勿論、長という立派な肩書き持ちで。
戦いのプロに教えられたからといって、強くなれる訳では無い。ここまで成長できたのは資質もあったからなのか、彼女の努力の賜物なのか。
まぁ、今は穏やかに暮らしているようで何よりだった。
「ちょっと、浦原さん!どこ触ってるんですか、このスケベ!」
「えーいいじゃないっスかぁ」
「黒崎さん来てますよ!ほら、寝癖直して、顔も洗ってください!」
奥の方で名無しと浦原の声が聞こえる。
どうせまた、ロクでもないものを発明していたのだろう。会話からして浦原のセクハラも行われたようだが。
少し怒気の含んだ足音が奥から近づいてくる。
浦原商店のエプロンがほんの少しだけ歪んだ名無しが戻ってきた。
「すみません。すぐ用意させるので、お茶でも飲んでお待ち頂けますか?」
「おう、じゃあそうさせて貰おうかな。…なんつーか、大変だなぁ…」
一心の言葉に首を傾げる名無し。
意味が理解出来たのか、少しの間を置いて顔を真っ赤に染め上げた。会話を聞かれていたのか、と。
「す、すみません、」
「いやいや。まぁ、仲良いことは美しきかな、ってヤツだな」
まぁ、本音だった。
浦原からしたら約百年と、更にまた半年待ったのだ。少しでも彼女に構いたい・構ってもらいたいと思うのは、当然だろう。
その手段が普通かどうかは、さて置き。
名無しが軽い足音を立て、台所へ茶の用意に向かった後すぐだった。
「すいませーん、お待たせしましたぁ」
顔だけは洗ってきたのだろう。タオルを首にかけて浦原がノソノソと怠慢な動きでやって来た。なんだ、その格好は。風呂上がりか。
一心とは旧知の仲とはいえ、客に対する態度とは到底思えない。少しは名無しを見習ったらどうだろう。
寝癖を隠すためか、いつもの帽子をぽすっと被る。一心は呆れた目で浦原を見遣るが、まぁ態度が改まることはないのだろう。
「少しは名無しちゃんを見習えよ…」
「え。可愛いところをっスか?」
「客に対する態度だ、態度」
しれっと惚気けてくるんじゃねぇよ、と半ば呆れる一心。…いくら待ち望んでいたとはいえ、少しはしゃぎすぎではないだろうか。この下駄帽子は。
「そうそう一心サン。用事の前に、大事なご報告を」
「何だよ?」
いつか一心がしてみせたように、浦原が緩みきった笑顔で小指を立てる。
「漸くっス」
あぁ、それで尚はしゃいでいるのか。大の男が。
一心からしたら、やっとか、という安心感にも似た浦原への祝福の気持ちと、浦原相手は大変そうだな、と名無しへの同情と半々だった。複雑だ。
「まぁ、なんだ。よかったな」
「はい。」
20年程前の、寂しげな表情の彼はもういなかった。
心底幸せそうな、花が綻ぶような笑みを浮かべた男が今はここにいるだけだ。
一心は心の中で、本当によかったな。と友人の幸せを、もう一度祝福した。