新月メランコリー

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黒の教団本部は、何かと階段が多い。
敷地の広さもさる事ながら、縦の高さもある建物だからだ。

足が不自由だったり、弱視の人間からしたら困ってしまいそうなつくりをしている。


「う、わ、わわっと」
「…またか。」


一応、足元に注意が必要であれば声をかけるようにしているが、厄介なのが石畳の継ぎ目にあるような、小さな段差だ。
転ばないように、と名無しの手を取ってはいるが、これで三度目の転倒未遂になる。

「す、すみません…慣れなくて…」
「…まぁ仕方ねぇか」

怒っていると勘違いしたのか、しおしおと項垂れる名無し
……表情が見えないというのは厄介だ。こうも勘違いさせてしまうのだから。

(……そう考えたらマリは凄いやつだな)

古い仲であるマリは、出会った当初盲目になったばかりだった。
命からがらアジア支部から二人で脱出した時には、まだ暗闇に慣れていなかったであろうに。

十年程の歳月を経て、新たな発見をしてしまった。…今度もし彼が困っていたら手を差し伸べることにしよう。


名無し。」
「は、はい。」
「言っておくが怒ってるわけじゃねぇ。ただこれ以上生傷が増えるのは、正直手に負えん。」
「うっ……ご、ごめんなさい…」


叱られた子犬のようにしょんぼりする。
目元を包帯で覆っていなければ、さぞかし眉が情けなく垂れ下がっているのだろう。


「謝るな。……目の前に階段がある。暴れるなよ。」
「へ、」


一声掛けて、抱き上げる。
相変わらず羽のように軽い身体は、すっぽりと腕の中に収まった。

任務で高所から飛び降りる時など、彼女を抱えることは何度もあったが…教団内では初めてではなかろうか。
周りから向けられる好奇や奇異、はたまた吃驚したような視線が煩わしい。
この状況を名無しが見えていたとしたら全力で抵抗しただろう。


「か、神田さん?あの、周りに人がいるんじゃ、」
「いや、いねぇ。」


周りの人間が『嘘だ。この元帥、しれっと嘘を吐いたぞ』と無言の視線を投げかけてくる。
いいからそのまま黙ってろ。

「そ、そうですか…ならいいんですけど…」と腕の中で縮こまる弟子に知られたら、それこそ厄介だ。


「あの、神田さん。」
「何だ。」
「お手数お掛けしてすみません…。ありがとうございます」


照れくさそうに口元を緩める名無しを見下ろしながら、俺は「あぁ」となるべく素っ気なく返事を返した。

ほんの少し下心があったことは、墓まで持っていくことにしよう。
宝物を抱える子供のように、俺は両腕に込める力をそっと込めた。



新月メランコリー#02



「あの、神田さん。」
「なんだ?」
「やっぱり周りに人、いませんか?なんか声が聞こえる気が、」
「気のせいだろ。」

「……あと階段、もう登りきってませんか?」
「気のせいだろ。」
「い、いやいや、それくらいは分かりますよ!なるべく歩きますから!降ろしてください!」
「…………チッ。」

合法的な至福の時間は、残念ながらそう長く続くものではないらしい。




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