NOAH's Tea party
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これは、ボクだけが憶えている『彼女』の記憶。
ロストナンバー・メモリー
使徒の席が欠けてしまった彼女の名前は、霞みがかり、朧気で、忘却の彼方へ消えてしまい、思い出せない。
その名前を口にしたくても声にならず、ただ息が詰まるような懐かしさと、涙が込み上げてくるような愛おしさで言葉が詰まる。
ボクらに欠け落ちた、人類愛。
それを持っていたのは、博愛のノア。
光の柱によって世界を壊されたノア達 の記憶は、ドロドロとした憎しみで、染まって、染まって、染まりきって、家族以外の誰かを『愛する』なんてことは、本来有り得ないはずだった。
だから博愛のノア は《ロストナンバー》なのだ。
憎悪と怨恨で満ちた記憶に、愛情なんてものは失って当然なのだから。
それでもボクらは彼女が大好きだった。
博愛の記憶 のせいもあったかもしれない。
ボクらの心から失ったものがあまりにも眩しくて、憧憬にも似た感情だったような気もする。
それでも彼女は、やさしく、公平で、機微に聡く、しかしどこか鈍臭くて。
失敗した時には『格好つかないなぁ』なんて困ったようにはにかみ、眉を寄せる表情がボクはどうしようもなく大好きだった。
とめどない洪水のように溢れる、悪夢のような記憶 に泣き噎ぶ夜は静かに背中をさすってくれた。
嬉しい時には誰よりも喜び、蜂蜜色のような瞳をやわらかく細めていた。
聖痕のない額に、灰褐色の肌。
ノアの一族にしては《足りない》彼女だったけど、それでも紛れもなく彼女はボクらの家族だった。
満ち足りていた。
彼女が微笑めば、胸の内を焦がすような憎しみさえ、陽だまりのように感じていた。
──イノセンスが、彼女を選ぶ前までは。
一番大嫌いな神様に、一番大好きな彼女 は奪われた。
《家族》を殺したくないと彼女は泣いて、あたたかな日差しのようだった双眸をナイフで何度も突き刺した。
しかし立ち所に傷は塞がり、痛みと呻きだけが彼女の喉を焼いた。
イノセンス から咎落ちすることも許されず、死ぬこともノアの一族 が許さず。
今思えば──彼女にとって死ねないことは、ただの生き地獄だったかもしれない。
そんな最中、ボクらの目を掻い潜り、黒の教団 は彼女を連れ去った。
不完全 とはいえ、彼女は《ノア》で、イノセンスの保持者になってしまった。
──その後の彼女の扱いは、想像に難くない。
何せその瞳は『イノセンスを直すイノセンス 』なのだから。
何が福音だ。ふざけた名前だよ、本当に。
だってそんなもの、呪い以外の何物でもないじゃないか。
視たくない人間の悪意に満ちた記憶、死の間際の断末魔を追体験するような代物を福音だと呼べるなら、きっとそいつらは正気の沙汰じゃない。
──彼女は。
春の陽射しのようなあたたかさだった。
夏の空に向かって咲く、花のような笑顔だった。
秋のように穏やかで、そばに居るだけで心が満ち足りた。
冬の澄んだ空気のように、清廉とした心はどこまでも清らかで。
最期に見た彼女は、面影が残るだけで変わり果てた姿だった。
春のような儚さで、夏の熱に焼かれたような傷を作り、秋の枯れ枝のような身体で、冬の木枯らしよりもか細い呼吸。
遂に心が壊れ、いつ咎落ちるか分からない彼女を恐れた教団は、《イノセンス保持者》としてではなく《ノアの一族》として彼女を殺した。
それは勿論、教団の威光を示す為の、見せしめとして。
(もう名前も思い出せないなんて、なんて薄情なんだろうね、ボクは。)
振り返れば揺れる黒髪が好きだった。
誰にでも公平で、誰に対してもうんと甘やかしてくれる、やさしい彼女が好きだった。
ノアの記憶 は、欠落し、壊れてしまった愛を思い出せない。
使徒の座を与えられなかった《博愛》のノア の記憶は、二度と廻ることはない。
(だからせめて、その身体だけは、)
燃やされて、灰になって、再び奇跡が起きるなら。
どうか安住の地で、ノアの一族 とイノセンス と関わり合いのない世界で、天寿を全うして欲しいと願ったのに。
「分かっていたけど、記憶 は欠片もなし、かぁ」
イノセンスだけは再び廻って彼女 を選んでいるのだから、とんだ疫病神だ。
世界を飛び越えてまで取り憑いているのだから本当にタチが悪い。
──名無しは間違いなく『彼女』だった。
やさしく、公平で、機微に聡く、しかしどこか鈍臭くて。
姿形の面影だけではなく、身体に宿った魂の形も、きっと。
「……笑ってくれているなら、エクソシストでも人間でも、なんでもいいや。」
ただし、彼女の心が曇る時がくるのなら、その時はいっそ夢の世界に閉じ込めてしまおう。
今度は悔いのないように。彼女の心を守れるように。
孤独な墓守となった夢の番人は、細い膝をそっと抱き抱え、満月のような金晴眼をそっと閉じるのであった。
ロストナンバー・メモリー
使徒の席が欠けてしまった彼女の名前は、霞みがかり、朧気で、忘却の彼方へ消えてしまい、思い出せない。
その名前を口にしたくても声にならず、ただ息が詰まるような懐かしさと、涙が込み上げてくるような愛おしさで言葉が詰まる。
ボクらに欠け落ちた、人類愛。
それを持っていたのは、博愛のノア。
光の柱によって世界を壊された
だから
憎悪と怨恨で満ちた記憶に、愛情なんてものは失って当然なのだから。
それでもボクらは彼女が大好きだった。
博愛の
ボクらの心から失ったものがあまりにも眩しくて、憧憬にも似た感情だったような気もする。
それでも彼女は、やさしく、公平で、機微に聡く、しかしどこか鈍臭くて。
失敗した時には『格好つかないなぁ』なんて困ったようにはにかみ、眉を寄せる表情がボクはどうしようもなく大好きだった。
とめどない洪水のように溢れる、悪夢のような
嬉しい時には誰よりも喜び、蜂蜜色のような瞳をやわらかく細めていた。
聖痕のない額に、灰褐色の肌。
ノアの一族にしては《足りない》彼女だったけど、それでも紛れもなく彼女はボクらの家族だった。
満ち足りていた。
彼女が微笑めば、胸の内を焦がすような憎しみさえ、陽だまりのように感じていた。
──イノセンスが、彼女を選ぶ前までは。
一番大嫌いな神様に、一番大好きな
《家族》を殺したくないと彼女は泣いて、あたたかな日差しのようだった双眸をナイフで何度も突き刺した。
しかし立ち所に傷は塞がり、痛みと呻きだけが彼女の喉を焼いた。
今思えば──彼女にとって死ねないことは、ただの生き地獄だったかもしれない。
そんな最中、ボクらの目を掻い潜り、
──その後の彼女の扱いは、想像に難くない。
何せその瞳は『
何が福音だ。ふざけた名前だよ、本当に。
だってそんなもの、呪い以外の何物でもないじゃないか。
視たくない人間の悪意に満ちた記憶、死の間際の断末魔を追体験するような代物を福音だと呼べるなら、きっとそいつらは正気の沙汰じゃない。
──彼女は。
春の陽射しのようなあたたかさだった。
夏の空に向かって咲く、花のような笑顔だった。
秋のように穏やかで、そばに居るだけで心が満ち足りた。
冬の澄んだ空気のように、清廉とした心はどこまでも清らかで。
最期に見た彼女は、面影が残るだけで変わり果てた姿だった。
春のような儚さで、夏の熱に焼かれたような傷を作り、秋の枯れ枝のような身体で、冬の木枯らしよりもか細い呼吸。
遂に心が壊れ、いつ咎落ちるか分からない彼女を恐れた教団は、《イノセンス保持者》としてではなく《ノアの一族》として彼女を殺した。
それは勿論、教団の威光を示す為の、見せしめとして。
(もう名前も思い出せないなんて、なんて薄情なんだろうね、ボクは。)
振り返れば揺れる黒髪が好きだった。
誰にでも公平で、誰に対してもうんと甘やかしてくれる、やさしい彼女が好きだった。
ノアの
(だからせめて、その身体だけは、)
燃やされて、灰になって、再び奇跡が起きるなら。
どうか安住の地で、
「分かっていたけど、
イノセンスだけは再び廻って
世界を飛び越えてまで取り憑いているのだから本当にタチが悪い。
──名無しは間違いなく『彼女』だった。
やさしく、公平で、機微に聡く、しかしどこか鈍臭くて。
姿形の面影だけではなく、身体に宿った魂の形も、きっと。
「……笑ってくれているなら、エクソシストでも人間でも、なんでもいいや。」
ただし、彼女の心が曇る時がくるのなら、その時はいっそ夢の世界に閉じ込めてしまおう。
今度は悔いのないように。彼女の心を守れるように。
孤独な墓守となった夢の番人は、細い膝をそっと抱き抱え、満月のような金晴眼をそっと閉じるのであった。