新月メランコリー
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「名無し!」
神田の声が耳に届いた時には、手遅れだった。
破壊されたアクマからカウンターのように飛ばされた、赤黒い毒。
瞬きした時には、まさに目前だった。
新月メランコリー#01
「暫くは任務に行かせられないわ。幸い寄生型なので毒の後遺症は残らないでしょうし、傷も残らないとは思うけど」
『恐らく』カルテを片手に話しているであろう、婦長の声がいつもより大きく聞こえる。
紙が擦れる音が、少し擽ったかった。
「……部屋まで帰れるかしら?送りましょうか?」
「あ、いえ…。多分神田さ……神田元帥が待っててくださっているはずなので、大丈夫です」
「そう。ならよかったわ」
触った感触から察するに、これは包帯だろう。
目元をぐるぐると巻かれた視界は、僅かな光が透けるだけでほぼ暗闇だった。
こういう場合、眼球はどこを見ているのだろう。瞼の裏か、はたまた目の裏側なのか。
「暫く目が見えないから不自由でしょうけど…ちゃんと周りの人に頼るのよ。痛みや不調があれば必ず言うように。」
「はい、ありがとうございます」
きっといつもの険しそうな顔をきゅっと窄め、懇々と注意しているであろう婦長。
一見怖そうな彼女だが、人柄はまさに医療従事者の鑑と言えるほどに素晴らしいことを、名無しはよく知っている。
……まぁそれはよく医務室に世話になっているせいなのだが。
武器であり身を守る唯一の術である眼を負傷したのは、今回が初めてだった。
丸椅子から立ち上がり、両手を伸ばしてそろりそろりと歩く。
人の気配を察することに長けている師ならば苦労はしないのだろうが……残念ながら名無しは疎い。かなり疎い。一般人とそう変わらないだろう。
両手を突き出して、目元を包帯で巻いて。
まるでキョンシーのようだ・なんて他人事のように考えて、一歩、二歩、三歩。
「終わったか。」
少し、不機嫌そうな声。
格好悪く突き出した腕を取られ、上から降らせてくる声の持ち主は――
「あ、神田さん。はい、終わりました。すみません。お待たせしました。」
「飯はどうする。部屋で食うなら持って行かせる」
「うーん…暫くこれですし、毎度持ってきてもらうのはちょっと…。皆さんの邪魔にならないように、食堂の端で頂ければいいかな、と。」
「わかった。……婦長、世話になったな」
一連の会話を終えて、最後の一言は私の後ろに立つ婦長に向けて。
「…あら、随分丸くなったこと。」
文面でとれば、嫌味のように聞こえるかもしれない婦長の言葉は、
どこか感慨深く――しかし息子の成長を見守る母親のような柔らかさを孕んだ声で、そっと呟かれた。
……きっと、目が見えていたら聞こえなかったかもしれない。
耳に届いた、小さな小さな嬉しそうな声。
「ふん、」と不機嫌そうに鼻を鳴らす師匠の音が、どこか照れくさそうだったのは――胸の内にしまっておくことにしよう。
神田の声が耳に届いた時には、手遅れだった。
破壊されたアクマからカウンターのように飛ばされた、赤黒い毒。
瞬きした時には、まさに目前だった。
新月メランコリー#01
「暫くは任務に行かせられないわ。幸い寄生型なので毒の後遺症は残らないでしょうし、傷も残らないとは思うけど」
『恐らく』カルテを片手に話しているであろう、婦長の声がいつもより大きく聞こえる。
紙が擦れる音が、少し擽ったかった。
「……部屋まで帰れるかしら?送りましょうか?」
「あ、いえ…。多分神田さ……神田元帥が待っててくださっているはずなので、大丈夫です」
「そう。ならよかったわ」
触った感触から察するに、これは包帯だろう。
目元をぐるぐると巻かれた視界は、僅かな光が透けるだけでほぼ暗闇だった。
こういう場合、眼球はどこを見ているのだろう。瞼の裏か、はたまた目の裏側なのか。
「暫く目が見えないから不自由でしょうけど…ちゃんと周りの人に頼るのよ。痛みや不調があれば必ず言うように。」
「はい、ありがとうございます」
きっといつもの険しそうな顔をきゅっと窄め、懇々と注意しているであろう婦長。
一見怖そうな彼女だが、人柄はまさに医療従事者の鑑と言えるほどに素晴らしいことを、名無しはよく知っている。
……まぁそれはよく医務室に世話になっているせいなのだが。
武器であり身を守る唯一の術である眼を負傷したのは、今回が初めてだった。
丸椅子から立ち上がり、両手を伸ばしてそろりそろりと歩く。
人の気配を察することに長けている師ならば苦労はしないのだろうが……残念ながら名無しは疎い。かなり疎い。一般人とそう変わらないだろう。
両手を突き出して、目元を包帯で巻いて。
まるでキョンシーのようだ・なんて他人事のように考えて、一歩、二歩、三歩。
「終わったか。」
少し、不機嫌そうな声。
格好悪く突き出した腕を取られ、上から降らせてくる声の持ち主は――
「あ、神田さん。はい、終わりました。すみません。お待たせしました。」
「飯はどうする。部屋で食うなら持って行かせる」
「うーん…暫くこれですし、毎度持ってきてもらうのはちょっと…。皆さんの邪魔にならないように、食堂の端で頂ければいいかな、と。」
「わかった。……婦長、世話になったな」
一連の会話を終えて、最後の一言は私の後ろに立つ婦長に向けて。
「…あら、随分丸くなったこと。」
文面でとれば、嫌味のように聞こえるかもしれない婦長の言葉は、
どこか感慨深く――しかし息子の成長を見守る母親のような柔らかさを孕んだ声で、そっと呟かれた。
……きっと、目が見えていたら聞こえなかったかもしれない。
耳に届いた、小さな小さな嬉しそうな声。
「ふん、」と不機嫌そうに鼻を鳴らす師匠の音が、どこか照れくさそうだったのは――胸の内にしまっておくことにしよう。