NOAH's Tea party
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「あの、神田さんは」
「方舟の端っこの方〜。執拗そうだし、勝手に迎えに来てくれるんじゃない?あっちは道案内いるはずだしィ」
不安そうな表情を浮かべる名無しは、まるで子犬のようだった。
「……探しに行くのは」
「迷子の果てにミイラ化してもボク知らないよ?」
言葉の通りだ。
新しい方舟は旧 い方舟よりも随分広い。
全貌を把握しているボクですら、うんざりするような広さなのだ。
鈍臭い彼女が下手に動き回ればどうなることか、結果は容易に予想出来た。
「それよりボク、ヒマしてるんだ。だからお茶会 ?女子会 ?しながら待っていようよ」
手を二回叩けば宙から現れる、テーブル、椅子、ティーセットにケーキスタンド。
立派なアフタヌーンティーがあっという間に出来上がり。
いつも通りの、変わり映えしないお茶会セット。
──まぁ、ひとりぼっちのティータイムほど退屈なものはないんだけど。
くるりと振り返れば、ぽかんと呆気に取られている名無しの顔。
きっと魔術とか魔法とか、そういう類のものは見慣れていないのだろう。
はたりと絡む視線。
驚いていた表情をキュッと正し、臆することなく彼女は口を開いた。
「ここに連れて来たのは、あなた?」
「うん。アレンと同じ方舟。こっちの方が新しい方の方舟だけど」
椅子に腰かけ、頬杖をつく。
名無しの頭の先から爪先まで眺めれば、なるほど。彼女の双眸だけが異質だった。
それ以外は普通の女の子。本来、イノセンスなんかに選ばれなければこの世界に踏み入る事などなかったであろう、ただの女の子だ。少なくともボクから見れば。
──それに、黒い団服が似合わないのなんのって。
見れば見るほどボクの知っている『彼女』に瓜二つなのだから。
ふぅ、と小さく溜息を吐き出し、ボクは小さく肩を竦める。
「相変わらず辛気臭い色の服だよねぇ、教団の団服って。ダメダメ、全然駄目。楽しいお茶会のドレスコードじゃな〜い。」
指をパチンと鳴らせば、見せかけ だけど一張羅の出来上がり。
ふわりと空気を孕んで広がる白いワンピースの裾。
シフォンの袖から透ける腕はやっぱり細くて、喪服のような黒よりも彼女には白が似合っていた。
……きっと彼女のイノセンスを使えば一瞬で解けてしまう魔法だけど、それを使わないのは彼女なりの気遣いだろうか。
もしかすると、初めて見る御伽噺のような幻術を、純粋に見惚れているのかもしれないけど。
「……すごい。魔法使いみたい。」
「可愛らしい感想だね。ボクらノアの一族のこと聞いているとは思えない、呑気な発言とも言えるけど。」
「座りなよぉ」と促せば、スカートの裾を丁寧に整えながら腰掛ける名無し。
湯気の立つ紅茶を目の前に差し出せば、訝しむことなく「いただきます」とティーカップの持ち手に指をかけるではないか。
「──その紅茶、毒入りかもよ。ボク、エクソシストはだ〜い嫌いだからさぁ。」
ボクはにこやかにそう言い放った。
悪意を含めた笑顔。
きっとボクのことが好きじゃない教団の人間なら、顔を顰めたりティーカップを引っくり返したり──いや、そもそもお茶会の席に座るなんて、有り得ない話だ。
それがどうだ。
意外そうに瞬きを一回。ティーカップから手を離すことなく、躊躇いなく紅茶を口にした。
あまつさえ「美味しいですね。」なんて感想まで述べてくる。
…頭おかしいの?
「……ボクの話聞いてた?」
「『楽しいお茶会』にするんだったら、そんな無粋なことはしないかと思って。」
怯えることなく、当たり前のように。
『ちょっと意地悪してやろう』なんて考えていたのに、ふわりと口角を上げる彼女の微笑みにすっかり毒気が抜かれてしまった。
…知れば知るほど『彼女』に似ていて、なんだか可笑しくなってくる。
非力なくせに肝が据わっていて、鋭いくせにちょっと鈍臭いところとか。
「……んふふ。名無し、面白〜い。ボクらが沢山教団の人間殺したとか、そういう話いっぱい聞いてるんでしょ?そんな簡単に信用しちゃうんだ?」
「私は教団の人間ですが、戦争の当事者じゃないですし」
あくまで第三者。
彼らとボクらの、完全に埋められない溝や憎しみは、自分には無関係だと彼女は答える。
「へぇ、冷めてるぅ〜。お仲間が聞いたらどう思うかな。」
ボクは紅茶に角砂糖をひとつ、ふたつ放り投げ、銀スプーンで所作なげにティーカップを掻き回した。
だけど、良心を甚振るようなボクの言い分にも、彼女の表情が崩れることはなかった。
「戦争は『終わった』と聞いています。それに神田さんもノアの一族だったティキさんを殺さなかった。なら、私が手出しする理由はありません」
二口目の紅茶を口に含み、一息つく彼女。
「それに、実際関わってもいない部外者に、悪だとか人殺しだとか罵られるの、嫌じゃないですか」と呟く彼女の声は、静けさを纏ったような声音だった。
決してボクらを軽んじるわけではなく、極端に教団へ肩入れするわけでもなく。
達観した賢者が放つ言葉のように、彼女の一言はすんなり納得できるのだから不思議だ。
「正義を掲げるエクソシスト様が言う言葉とは思えないな」
ハイティースタンドの一番上のタルトを口の中に放り入れるけど、それを『行儀悪い』と咎めてくれる家族はもういない。
この紅茶も、タルトも、スコーンも、サンドイッチも、ボクの記憶を投影しているだけで、味はあれどお腹なんかちっとも膨れない。
虚しい幻。泡沫の夢。それがボクに残された権能だ。
正義を叫び、ボクらを『粛清』した教団。
人間達からすれば彼らこそが正義で、ボク達は悪なのだろう。
それでも、ノアの記憶が慟哭する。
『あの光の柱さえ現れなければ!』
『ボクらの世界が消えなければ!』
『終わりのない憎しみを抱えることもなかったのに!』
頭の中で反響して、弾けて、慟哭に近い泣き声がずっとずっと鳴り止まない。
叫んでも、殺しても、壊しても、空虚な記憶 は泣き止むことはない。
ボクが皮肉めいた毒を吐けば、思案するように名無しは顎に手を当てる。
言葉を丁寧に選んでいるのか、数秒の静けさが続いた後、涼やかな声で沈黙を破った。
「……これは持論ですけど、」
「…なに?」
「『正しいから勝つ』のではなくて、『勝って、生き残った以上、正しくあらねばならない』のだと、…そう、思います。
──だって、そうでなければ、それを証明しなければ、亡くなった方達が浮かばれないでしょう?」
まるで『確かな正義』なんて存在しないと言わんばかりの答え。
勝ったからこそ身内の死を無駄にしない生き方を。
勝ったからこそ、淘汰されたボクらこそが『正しかったかもしれない』と迷わないよう。
積み上げた屍に報いるため、前を向いて正しく生きねばならぬと。
(…まるで命を踏み台にしたことがあるような言い方。)
引っ掛かるような物言いをあえて掘り下げるほど無粋じゃない。
ボクが零した毒を孕んだ言葉 に対して、短慮に激高するわけでもなく、軽率に同情するわけでもなく。
公平な言葉 で、嘘を微塵も含まず答えてくれる彼女は、どうしようもなく誠実なのだろう。
やっぱり、僕の記憶の中の『彼女』そのものだ。記憶 が欠け落ち ても、器に染み付いた魂 はそのままで。
「シノってお人好しって言われない?」
「そんなことないですよ。ただ、八つ当たりしたそうに見えたので。」
心を、見透かされているような言葉も、
「……少しは本音が言えて、スッキリしました?」
何より、聡い。
ボクの燻るようなストレスは嫌味を吐き出すと共に、ほんの少しだけ晴れていた。
「ちょっとだけね。」とボクが笑えば、「それは良かった。」と安心したように名無しもはにかんだ。
NOAH's Tea party#04
彼女をお茶会に招待したのは、こんな腹の中を探るような問答をするためじゃない。
記憶に焼き付いた、世界の景色。
光の柱に呑まれた心象風景を確かめるために、名無しを招き入れたのだ。
だって彼女は消えてしまったボクらの世界 からやってきた、ボクの知っている『彼女』の欠片 なのかもしれないのだから。
「ねぇ。キミの住んでた世界のお話、たくさん聞かせてよ。」
「方舟の端っこの方〜。執拗そうだし、勝手に迎えに来てくれるんじゃない?あっちは道案内いるはずだしィ」
不安そうな表情を浮かべる名無しは、まるで子犬のようだった。
「……探しに行くのは」
「迷子の果てにミイラ化してもボク知らないよ?」
言葉の通りだ。
新しい方舟は
全貌を把握しているボクですら、うんざりするような広さなのだ。
鈍臭い彼女が下手に動き回ればどうなることか、結果は容易に予想出来た。
「それよりボク、ヒマしてるんだ。だから
手を二回叩けば宙から現れる、テーブル、椅子、ティーセットにケーキスタンド。
立派なアフタヌーンティーがあっという間に出来上がり。
いつも通りの、変わり映えしないお茶会セット。
──まぁ、ひとりぼっちのティータイムほど退屈なものはないんだけど。
くるりと振り返れば、ぽかんと呆気に取られている名無しの顔。
きっと魔術とか魔法とか、そういう類のものは見慣れていないのだろう。
はたりと絡む視線。
驚いていた表情をキュッと正し、臆することなく彼女は口を開いた。
「ここに連れて来たのは、あなた?」
「うん。アレンと同じ方舟。こっちの方が新しい方の方舟だけど」
椅子に腰かけ、頬杖をつく。
名無しの頭の先から爪先まで眺めれば、なるほど。彼女の双眸だけが異質だった。
それ以外は普通の女の子。本来、イノセンスなんかに選ばれなければこの世界に踏み入る事などなかったであろう、ただの女の子だ。少なくともボクから見れば。
──それに、黒い団服が似合わないのなんのって。
見れば見るほどボクの知っている『彼女』に瓜二つなのだから。
ふぅ、と小さく溜息を吐き出し、ボクは小さく肩を竦める。
「相変わらず辛気臭い色の服だよねぇ、教団の団服って。ダメダメ、全然駄目。楽しいお茶会のドレスコードじゃな〜い。」
指をパチンと鳴らせば、
ふわりと空気を孕んで広がる白いワンピースの裾。
シフォンの袖から透ける腕はやっぱり細くて、喪服のような黒よりも彼女には白が似合っていた。
……きっと彼女のイノセンスを使えば一瞬で解けてしまう魔法だけど、それを使わないのは彼女なりの気遣いだろうか。
もしかすると、初めて見る御伽噺のような幻術を、純粋に見惚れているのかもしれないけど。
「……すごい。魔法使いみたい。」
「可愛らしい感想だね。ボクらノアの一族のこと聞いているとは思えない、呑気な発言とも言えるけど。」
「座りなよぉ」と促せば、スカートの裾を丁寧に整えながら腰掛ける名無し。
湯気の立つ紅茶を目の前に差し出せば、訝しむことなく「いただきます」とティーカップの持ち手に指をかけるではないか。
「──その紅茶、毒入りかもよ。ボク、エクソシストはだ〜い嫌いだからさぁ。」
ボクはにこやかにそう言い放った。
悪意を含めた笑顔。
きっとボクのことが好きじゃない教団の人間なら、顔を顰めたりティーカップを引っくり返したり──いや、そもそもお茶会の席に座るなんて、有り得ない話だ。
それがどうだ。
意外そうに瞬きを一回。ティーカップから手を離すことなく、躊躇いなく紅茶を口にした。
あまつさえ「美味しいですね。」なんて感想まで述べてくる。
…頭おかしいの?
「……ボクの話聞いてた?」
「『楽しいお茶会』にするんだったら、そんな無粋なことはしないかと思って。」
怯えることなく、当たり前のように。
『ちょっと意地悪してやろう』なんて考えていたのに、ふわりと口角を上げる彼女の微笑みにすっかり毒気が抜かれてしまった。
…知れば知るほど『彼女』に似ていて、なんだか可笑しくなってくる。
非力なくせに肝が据わっていて、鋭いくせにちょっと鈍臭いところとか。
「……んふふ。名無し、面白〜い。ボクらが沢山教団の人間殺したとか、そういう話いっぱい聞いてるんでしょ?そんな簡単に信用しちゃうんだ?」
「私は教団の人間ですが、戦争の当事者じゃないですし」
あくまで第三者。
彼らとボクらの、完全に埋められない溝や憎しみは、自分には無関係だと彼女は答える。
「へぇ、冷めてるぅ〜。お仲間が聞いたらどう思うかな。」
ボクは紅茶に角砂糖をひとつ、ふたつ放り投げ、銀スプーンで所作なげにティーカップを掻き回した。
だけど、良心を甚振るようなボクの言い分にも、彼女の表情が崩れることはなかった。
「戦争は『終わった』と聞いています。それに神田さんもノアの一族だったティキさんを殺さなかった。なら、私が手出しする理由はありません」
二口目の紅茶を口に含み、一息つく彼女。
「それに、実際関わってもいない部外者に、悪だとか人殺しだとか罵られるの、嫌じゃないですか」と呟く彼女の声は、静けさを纏ったような声音だった。
決してボクらを軽んじるわけではなく、極端に教団へ肩入れするわけでもなく。
達観した賢者が放つ言葉のように、彼女の一言はすんなり納得できるのだから不思議だ。
「正義を掲げるエクソシスト様が言う言葉とは思えないな」
ハイティースタンドの一番上のタルトを口の中に放り入れるけど、それを『行儀悪い』と咎めてくれる家族はもういない。
この紅茶も、タルトも、スコーンも、サンドイッチも、ボクの記憶を投影しているだけで、味はあれどお腹なんかちっとも膨れない。
虚しい幻。泡沫の夢。それがボクに残された権能だ。
正義を叫び、ボクらを『粛清』した教団。
人間達からすれば彼らこそが正義で、ボク達は悪なのだろう。
それでも、ノアの記憶が慟哭する。
『あの光の柱さえ現れなければ!』
『ボクらの世界が消えなければ!』
『終わりのない憎しみを抱えることもなかったのに!』
頭の中で反響して、弾けて、慟哭に近い泣き声がずっとずっと鳴り止まない。
叫んでも、殺しても、壊しても、空虚な
ボクが皮肉めいた毒を吐けば、思案するように名無しは顎に手を当てる。
言葉を丁寧に選んでいるのか、数秒の静けさが続いた後、涼やかな声で沈黙を破った。
「……これは持論ですけど、」
「…なに?」
「『正しいから勝つ』のではなくて、『勝って、生き残った以上、正しくあらねばならない』のだと、…そう、思います。
──だって、そうでなければ、それを証明しなければ、亡くなった方達が浮かばれないでしょう?」
まるで『確かな正義』なんて存在しないと言わんばかりの答え。
勝ったからこそ身内の死を無駄にしない生き方を。
勝ったからこそ、淘汰されたボクらこそが『正しかったかもしれない』と迷わないよう。
積み上げた屍に報いるため、前を向いて正しく生きねばならぬと。
(…まるで命を踏み台にしたことがあるような言い方。)
引っ掛かるような物言いをあえて掘り下げるほど無粋じゃない。
ボクが零した毒を孕んだ
公平な
やっぱり、僕の記憶の中の『彼女』そのものだ。
「シノってお人好しって言われない?」
「そんなことないですよ。ただ、八つ当たりしたそうに見えたので。」
心を、見透かされているような言葉も、
「……少しは本音が言えて、スッキリしました?」
何より、聡い。
ボクの燻るようなストレスは嫌味を吐き出すと共に、ほんの少しだけ晴れていた。
「ちょっとだけね。」とボクが笑えば、「それは良かった。」と安心したように名無しもはにかんだ。
NOAH's Tea party#04
彼女をお茶会に招待したのは、こんな腹の中を探るような問答をするためじゃない。
記憶に焼き付いた、世界の景色。
光の柱に呑まれた心象風景を確かめるために、名無しを招き入れたのだ。
だって彼女は
「ねぇ。キミの住んでた世界のお話、たくさん聞かせてよ。」