泡沫に溺れる
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午後の鍛錬の合間。
鍛錬場の隅で水を呷っていると、煎餅の袋を抱えたアイツがのこのこやってきた。
「……よく食えるな。」
「僕はまだ育ち盛りなんですぅ〜」
「嘘つけ、もう成長期は終わってるだろうが、モヤシ。」
「アレンです。」
いつも通りの他愛ないやり取り。
相変わらずいけ好かない相手だが、『さぁアクマとの戦闘だ』ともなると動きを合わせやすい相手でもある。
癪な話だが、何だかんだで長い付き合いになったからだと思っていた。
しかし以前、アレンといがみ合っていた場面を見たリナリーが『似たもの同士なんだから仲良くしたら?』と呆れ返り、クロウリーが満面の笑顔で『同族嫌悪というやつであるな!』と火に油を注いでいた。
お互いに『馬が合わない』と認識し合っているため、これはこれで取り繕う必要がないため楽ではある。本当に癪だが。
「見えるとこにつけるの、やめたら?」
「何の話だよ。」
「これだから独占欲の強い男は……」
「あ?」
「キスマーク。名無しの。」
そう言われ「あぁ」と生返事を適当に返す。
本人は今朝、何とか隠そうと四苦八苦していたが、団服の首元をしっかりとめてもいくつか見えたため諦めたようだった。
まぁ見える位置にワザとつけたのは俺なんだが。
「虫除けには丁度いいだろ。」
「あんなについていたら蕁麻疹に見えるよ」
言われれば確かに。今度からは少し減らしてやろう……と思わなくもないが、ついつい付けてしまう。
きっと名無しが聞いたら『少しは控えてください…』と懇願されるのだろう。
煎餅を一口齧りながら「食べます?」と一枚差し出してくるが、俺は「いらねぇ。」とそっぽを向いた。
……明後日の方向を見ているにも関わらず、こちらを凝視してくる視線。
睨まれているわけではないのだがあまりにも居心地悪く、考えあぐねた末に問うてしまった。
「………………なんだよ。」
「いや。柄にもなくちょっと心配しただけ。」
アレンの言う『心配』を一瞬で理解して「あぁ、」と短く返す。
そういえば『知っていた』な、と。
今生きている人間の中で、誰よりも鮮明に、まるでその場に立ち会ったかのように。
誰よりも『あの人』に対して思い入れが強いことを知っている故、気になっていたのだろう。
他人からの心配すら素直に受け取ることが出来なかった以前の俺なら『余計な世話だ』と一蹴していた。
随分と丸くなったもんだ、と笑ってしまいそうになるが――不思議と不快な気持ちは湧いてこない。
そういう余計な気を回すからこそ『アレン・ウォーカー』なのであり、彼がよき友人で後輩である名無しを心配しているからこそ気になったことなのだろう。
……本当に不本意ではあるが、多分俺自身の心配も含めて。
長い長い溜息を吐き出す。
それは怒っているわけでもなく、呆れているわけでもなく。
自分自身の中にある漠然とした考えを整理し、言葉という形にすることに対して――少しだけ身構えてしまっただけ。
「以前の『俺』が好きだったのは確かに『あの人』だ。」
「……うん。」
「……何か勘違いしてるみたいだから教えてやる。俺は『以前の俺』の記憶を持った、ただの『神田ユウ』だ。」
結局のところ『神田ユウ』として生きると決めたあの日。
……考えてみれば一度死んでいるのだから、俺は全くの別人だ。
ただ、前世の記憶があるだけで。再びイノセンスの呪縛に絡め取られただけで。
そう、考えることにした。
「『俺』が好きになった女は、名無し名無しが最初で最後なんだよ。よく覚えておけ。」
二度と妙な質問を投げ掛けないように。
二度と要らぬ心配をかけぬように。
鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているアレンへ、高々と宣言した。
魂の形が同じだったとしても、アルマと『あの人』は別人だ。
でなければ前の俺が愛した『あの人』に対しても、最初で最後の『親友』に対しても侮辱的であり、
――何より、目の前のコイツを否定することになる。
「心配したら最大級の惚気聞かされる僕って……」
「ふん、薮蛇だったな」
惚気も何も当然の話だ。
半分程残ったミネラルウォーターの瓶を置き、俺は鍛錬を再開するため立ち上がる。
――最後に、『別物』だと自覚する《きっかけ》を与えてくれた同僚へ捨て台詞を残して。
「テメェだって『十四番目』の記憶があるからって『ネア』じゃねぇだろうが。……つまりそういうことだ、アレン・ウォーカー。」
泡沫に溺れる#後日譚
「ホント、そういうとこだよ、神田。ズルいなぁ」
本当に、野暮な質問だった。
ぐうの音も出ない『答え』を叩きつけられ、僕は早足で去っていく神田の背中を眺めながら苦笑いを浮かべた。
鍛錬場の隅で水を呷っていると、煎餅の袋を抱えたアイツがのこのこやってきた。
「……よく食えるな。」
「僕はまだ育ち盛りなんですぅ〜」
「嘘つけ、もう成長期は終わってるだろうが、モヤシ。」
「アレンです。」
いつも通りの他愛ないやり取り。
相変わらずいけ好かない相手だが、『さぁアクマとの戦闘だ』ともなると動きを合わせやすい相手でもある。
癪な話だが、何だかんだで長い付き合いになったからだと思っていた。
しかし以前、アレンといがみ合っていた場面を見たリナリーが『似たもの同士なんだから仲良くしたら?』と呆れ返り、クロウリーが満面の笑顔で『同族嫌悪というやつであるな!』と火に油を注いでいた。
お互いに『馬が合わない』と認識し合っているため、これはこれで取り繕う必要がないため楽ではある。本当に癪だが。
「見えるとこにつけるの、やめたら?」
「何の話だよ。」
「これだから独占欲の強い男は……」
「あ?」
「キスマーク。名無しの。」
そう言われ「あぁ」と生返事を適当に返す。
本人は今朝、何とか隠そうと四苦八苦していたが、団服の首元をしっかりとめてもいくつか見えたため諦めたようだった。
まぁ見える位置にワザとつけたのは俺なんだが。
「虫除けには丁度いいだろ。」
「あんなについていたら蕁麻疹に見えるよ」
言われれば確かに。今度からは少し減らしてやろう……と思わなくもないが、ついつい付けてしまう。
きっと名無しが聞いたら『少しは控えてください…』と懇願されるのだろう。
煎餅を一口齧りながら「食べます?」と一枚差し出してくるが、俺は「いらねぇ。」とそっぽを向いた。
……明後日の方向を見ているにも関わらず、こちらを凝視してくる視線。
睨まれているわけではないのだがあまりにも居心地悪く、考えあぐねた末に問うてしまった。
「………………なんだよ。」
「いや。柄にもなくちょっと心配しただけ。」
アレンの言う『心配』を一瞬で理解して「あぁ、」と短く返す。
そういえば『知っていた』な、と。
今生きている人間の中で、誰よりも鮮明に、まるでその場に立ち会ったかのように。
誰よりも『あの人』に対して思い入れが強いことを知っている故、気になっていたのだろう。
他人からの心配すら素直に受け取ることが出来なかった以前の俺なら『余計な世話だ』と一蹴していた。
随分と丸くなったもんだ、と笑ってしまいそうになるが――不思議と不快な気持ちは湧いてこない。
そういう余計な気を回すからこそ『アレン・ウォーカー』なのであり、彼がよき友人で後輩である名無しを心配しているからこそ気になったことなのだろう。
……本当に不本意ではあるが、多分俺自身の心配も含めて。
長い長い溜息を吐き出す。
それは怒っているわけでもなく、呆れているわけでもなく。
自分自身の中にある漠然とした考えを整理し、言葉という形にすることに対して――少しだけ身構えてしまっただけ。
「以前の『俺』が好きだったのは確かに『あの人』だ。」
「……うん。」
「……何か勘違いしてるみたいだから教えてやる。俺は『以前の俺』の記憶を持った、ただの『神田ユウ』だ。」
結局のところ『神田ユウ』として生きると決めたあの日。
……考えてみれば一度死んでいるのだから、俺は全くの別人だ。
ただ、前世の記憶があるだけで。再びイノセンスの呪縛に絡め取られただけで。
そう、考えることにした。
「『俺』が好きになった女は、名無し名無しが最初で最後なんだよ。よく覚えておけ。」
二度と妙な質問を投げ掛けないように。
二度と要らぬ心配をかけぬように。
鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているアレンへ、高々と宣言した。
魂の形が同じだったとしても、アルマと『あの人』は別人だ。
でなければ前の俺が愛した『あの人』に対しても、最初で最後の『親友』に対しても侮辱的であり、
――何より、目の前のコイツを否定することになる。
「心配したら最大級の惚気聞かされる僕って……」
「ふん、薮蛇だったな」
惚気も何も当然の話だ。
半分程残ったミネラルウォーターの瓶を置き、俺は鍛錬を再開するため立ち上がる。
――最後に、『別物』だと自覚する《きっかけ》を与えてくれた同僚へ捨て台詞を残して。
「テメェだって『十四番目』の記憶があるからって『ネア』じゃねぇだろうが。……つまりそういうことだ、アレン・ウォーカー。」
泡沫に溺れる#後日譚
「ホント、そういうとこだよ、神田。ズルいなぁ」
本当に、野暮な質問だった。
ぐうの音も出ない『答え』を叩きつけられ、僕は早足で去っていく神田の背中を眺めながら苦笑いを浮かべた。