泡沫に溺れる
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急遽予定にねじ込まれた、長い長い会議。
眠たくなるような長話を延々と聞かされ、俺は正直辟易していた。
ベッドに倒れ込み、大の字に両手を広げれば無駄に広い寝床を嫌でも実感する。
特にここ最近は『そういう行為』をしなくとも、ぽやぽやと能天気を身にまとったような恋人をベッドへ引きずり込んでいたから。
それが今や一人っきりだ。だだっ広く感じるのは不可抗力。
付き合い始めた当初は勿論、恋心を自覚した時からずっと抱きたいと願っていたのに、いざ手に入ると口付けするだけでかなり苦労した。
言うまでもないが、身体を重ねることが一番の目的ではない。分かっている。
それでも、頬に触れれば、唇を重ねれば、細い身体を掻き抱けば、もっともっとと貪欲になってしまう。
その我慢も、そろそろ潮時だ。
現に昨晩は手淫とはいえ彼女の裸体をじっくり堪能してしまった。
だからこそ、この部屋に彼女が自ら来るなんてことは危険極まりないのだが――。
「えっ、と……こんばんは、神田さん」
分かっているのか、この弟子は。
「思っていた以上にお疲れですね…」
「……ずっと座りっぱなしの会議は性にあわねぇ」
「お、お疲れ様です。あの、お茶でもお持ちしましょうか?」
「いや、いい。」
自分で言うのも何だが、あんな目に遭ってのこのこ会いに来るとは思ってもみなかった。
何せ以前の名無しはキスひとつで恥じらい、逃げ回っていたというのに。
労おうとする名無しの言葉を遮れば、「そうですか…」とあからさまに落ち込むではないか。
しょぼんと垂れた犬耳の幻覚が見えるような気がして小さく頭を振りかぶった。
「何か用があったんじゃねぇのか?」
「えっ。」
やはり、用事があったようだ。
少し言いにくそうに言い淀み、名無しは深々と頭を下げながら口を開いた。
「……あの、昨晩は本当に、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした…」
「迷惑とは微塵も思っちゃいねぇよ。」
事実だ。むしろ役得とさえ思っている。
強いて言うなら『完全に生殺しだ』と訴えたいところだが。
一瞬、僅かに唇が開き、固く噤む。
重ねて謝ろうとしたのだろうが、どうやらやめたようだ。
その代わり意を決したように拳を握り、高らかに目の前の愛弟子は言い放った。
「き、今日は!そのお礼をしに来ました!」
「……礼。」
「はい。何でもいいです。欲しいものでも、して欲しいことでも。お疲れのようでしたら肩もみでもしましょうか!?」
真っ赤な顔で、捲し立てるように。
必死にあれこれ案を出してはいるが――さて、どうしたものか。
「――名無し。」
「は、はい。」
「こんな時間に、男の部屋へ来る意味分かってんのか。」
その言葉の意味を問い返されることは、なかった。
頬を染め上げている朱が一層深くなり、白い指先がズボンの布地を小さく絞め上げる。
「は、い。」
「痛い目にあっても知らねぇからな。」
「い…痛いのは、我慢できますから」
そうじゃねぇ。いや、確かに最初は痛いとは言うが。
……わかって言っているのだろうか。
違う。ちゃんと理解している上で名無しは答えている。
これは、据え膳なのだろう。
『抱き潰してしまいたい』という欲と『昨日の今日だぞ』と警める理性が殴り合っている。
息苦しくなるような葛藤に終止符を打ったのは、恥ずかしそうに呟く、消え入りそうな一言だった。
「神田さん、」
一呼吸おいて、名無しは言った。
「……な、『何でもいい』って、さっき、言いました」
泡沫に溺れる#08
絞り出すような声。
これを断れる男がいるなら見てみたいものだ。
「お前を抱きてぇ。」
眠たくなるような長話を延々と聞かされ、俺は正直辟易していた。
ベッドに倒れ込み、大の字に両手を広げれば無駄に広い寝床を嫌でも実感する。
特にここ最近は『そういう行為』をしなくとも、ぽやぽやと能天気を身にまとったような恋人をベッドへ引きずり込んでいたから。
それが今や一人っきりだ。だだっ広く感じるのは不可抗力。
付き合い始めた当初は勿論、恋心を自覚した時からずっと抱きたいと願っていたのに、いざ手に入ると口付けするだけでかなり苦労した。
言うまでもないが、身体を重ねることが一番の目的ではない。分かっている。
それでも、頬に触れれば、唇を重ねれば、細い身体を掻き抱けば、もっともっとと貪欲になってしまう。
その我慢も、そろそろ潮時だ。
現に昨晩は手淫とはいえ彼女の裸体をじっくり堪能してしまった。
だからこそ、この部屋に彼女が自ら来るなんてことは危険極まりないのだが――。
「えっ、と……こんばんは、神田さん」
分かっているのか、この弟子は。
「思っていた以上にお疲れですね…」
「……ずっと座りっぱなしの会議は性にあわねぇ」
「お、お疲れ様です。あの、お茶でもお持ちしましょうか?」
「いや、いい。」
自分で言うのも何だが、あんな目に遭ってのこのこ会いに来るとは思ってもみなかった。
何せ以前の名無しはキスひとつで恥じらい、逃げ回っていたというのに。
労おうとする名無しの言葉を遮れば、「そうですか…」とあからさまに落ち込むではないか。
しょぼんと垂れた犬耳の幻覚が見えるような気がして小さく頭を振りかぶった。
「何か用があったんじゃねぇのか?」
「えっ。」
やはり、用事があったようだ。
少し言いにくそうに言い淀み、名無しは深々と頭を下げながら口を開いた。
「……あの、昨晩は本当に、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした…」
「迷惑とは微塵も思っちゃいねぇよ。」
事実だ。むしろ役得とさえ思っている。
強いて言うなら『完全に生殺しだ』と訴えたいところだが。
一瞬、僅かに唇が開き、固く噤む。
重ねて謝ろうとしたのだろうが、どうやらやめたようだ。
その代わり意を決したように拳を握り、高らかに目の前の愛弟子は言い放った。
「き、今日は!そのお礼をしに来ました!」
「……礼。」
「はい。何でもいいです。欲しいものでも、して欲しいことでも。お疲れのようでしたら肩もみでもしましょうか!?」
真っ赤な顔で、捲し立てるように。
必死にあれこれ案を出してはいるが――さて、どうしたものか。
「――名無し。」
「は、はい。」
「こんな時間に、男の部屋へ来る意味分かってんのか。」
その言葉の意味を問い返されることは、なかった。
頬を染め上げている朱が一層深くなり、白い指先がズボンの布地を小さく絞め上げる。
「は、い。」
「痛い目にあっても知らねぇからな。」
「い…痛いのは、我慢できますから」
そうじゃねぇ。いや、確かに最初は痛いとは言うが。
……わかって言っているのだろうか。
違う。ちゃんと理解している上で名無しは答えている。
これは、据え膳なのだろう。
『抱き潰してしまいたい』という欲と『昨日の今日だぞ』と警める理性が殴り合っている。
息苦しくなるような葛藤に終止符を打ったのは、恥ずかしそうに呟く、消え入りそうな一言だった。
「神田さん、」
一呼吸おいて、名無しは言った。
「……な、『何でもいい』って、さっき、言いました」
泡沫に溺れる#08
絞り出すような声。
これを断れる男がいるなら見てみたいものだ。
「お前を抱きてぇ。」