病熱メトロノーム
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ふわふわした意識が、徐々に浮かんでくる。
最初に聞こえたのは何かを削るような音。
不規則に聞こえてくる調べは、本当に久しぶりに聞く音だった。
ゆるゆると目を開けば黒いズボンに、白いシャツ。
腰まで伸びた黒髪がゆらゆらと揺れ、猫がいたならば喜んで飛びついていただろうに。
「…………かんださん?」
寝起きの、酷い声。
赤い果実を手にしている彼に声を掛ければ、難しそうな顔をしたまま視線を向けられた。
「起きたか。」
「おはようございます…」
「あぁ。」
彼の端正な顔から手元に視線を移せば、艶やかなリンゴが歪に皮を剥かれている途中だった。
それが少し恥ずかしいのか、ムスッとした顔でそっぽを向かれてしまった。
「…………もしかして、わざわざ剥いてくださってるんですか?」
「お前、こうしてただろ?」
そう言われ、思い返せば数年前。
確かに神田が以前風邪をこじらせたときにリンゴを剥いた。
基本的に欧州ではリンゴの皮を剥くのはマイナーであり、大抵は丸齧りかそのまま切ってしまっている。
別に皮ありでも食べられなくはないのだが、風邪を引いているとなれば話は変わってくる。
剥いてもらった方が食べやすいのは事実だ。
まさか神田がリンゴを剥いてくれるなんて、思ってもみなかったが。
「……食うか?」
丸々としたリンゴが、少し痩せたのだろうか。
お世辞にも綺麗に切れたとは言えない形の物が幾つもあったが、それが何だか嬉しくて思わず頬が綻んだ。
行儀悪く指で摘んで口へ運べば、サクリと歯ごたえのいい食感と同時に甘い果汁が口の中に広がった。
ゆっくり咀嚼して嚥下すれば、じっとこちらを凝視してくる神田と視線があった。
「おいしいです。」
「……そいつは何よりだ。
マリとミランダがリゾット持って来てくれた。リンゴの前にそっち食っとけ。」
「……リンゴからじゃダメですか?」
「腹に貯まらねぇだろうが。後でいくらでも剥いてやるからメシを食え。」
ごもっともだ。
言われるがままにのそりと起き上がり、テーブルに置かれていたリゾットの蓋をそろりと取る。
ほわりと湯気が立つトマトリゾットは食欲をそそるには十分な破壊力があった。
「後で検温しに医療班が来るからな。それまでに食っちまえ。」
危なっかしい手つきでリンゴを剥きながら、ぶっきらぼうに促す。
不器用なやさしさがほっこり沁みて名無しは頬を綻ばせながら「はい」と応えた。
***
「……あの、神田さん。」
「なんだ。」
「なんでさも当たり前のように、私のベッドにまたいらっしゃるんですか?」
婦長に身体を拭いてもらっている間、神田は部屋から(当たり前のはずなのだが)追い出された。
それからしばらく時間を置いて戻ってきたと思えば、ホカホカの風呂上がりだ。
『夜の鍛錬は?』
『部屋に戻られないんですか?』
聞きたいことは山ほどあったはずなのに、ベッドに寝転び始めたので色んなものが吹き飛んでしまった。
「添い寝だ。」
「見れば、分かります」
「あの後ウンウン言いながら起きなかっただろ?」
その件に関してはぐうの音も出ない。
もしかしたら多少は魘されていたのかもしれないが、飛び起きるようなことは幸いにもなかった。
まさか、添い寝でぐっすり眠れるなんて。
恥ずかしいやら、ありがたいやら。
しかし――
「確かにそうですけど…その、風邪がうつるのは、もっとよくないので……」
「今更だろ。というか風邪なんか過去にも先にも、あの一度きりだ。」
聞けばあの時、既に神田の身体の機能は絶不調だったらしい。
酒にも強くなくなり、傷も人一倍治るのが遅かったようだ。
それが今や、完全に全快。
しかもセカンドエクソシストの身体は、そもそも丈夫に造られていると聞いている。
……そこまで言われたら確かに風邪を貰うなんてことは低確率だと納得するしかないのだが…。
「昨晩、寝苦しかったなら話は別だが。」
「いえ。全然。」
――反射的に即答してしまった。
それが何だか恥ずかしくなって慌てて口を押さえるが後の祭りだ。
「あ……いや、その、」
「じゃあ問題ねぇな。」
満足そうに少しだけ笑って、神田がベッドの横を促すようにポンポンと叩く。
数瞬躊躇うが、昨晩と同じようにきっとテコでも動くつもりがないのだろう。
遠慮がちに横になれば宝物を抱き抱えるように腕を回される。
片腕は腕枕に。
もう片方は背中に手を回され、柔らかく撫でられた。
肩甲骨から腰へ撫でる手のひらが心地よくて、昨日よりも意識が微睡むのが早そうだ。
「…………………………万が一、風邪がうつったらどうされるつもりなんですか?」
「お前に看病してもらうとするか。」
「じゃあ、その時はうんと甘やかしますね。」
そんな他愛もないやりとりをして、シャツでくしゃくしゃになった胸板へ昨日と同じように額を擦り付けた。
病熱メトロノーム#04
とく、とく、とく、とく。
力強く。しかし確かに生きている証拠の音に耳を傾けながら、名無しはそっと瞼を閉じた。
「…おやすみなさい、神田さん。」
「あぁ。おやすみ、名無し。」
最初に聞こえたのは何かを削るような音。
不規則に聞こえてくる調べは、本当に久しぶりに聞く音だった。
ゆるゆると目を開けば黒いズボンに、白いシャツ。
腰まで伸びた黒髪がゆらゆらと揺れ、猫がいたならば喜んで飛びついていただろうに。
「…………かんださん?」
寝起きの、酷い声。
赤い果実を手にしている彼に声を掛ければ、難しそうな顔をしたまま視線を向けられた。
「起きたか。」
「おはようございます…」
「あぁ。」
彼の端正な顔から手元に視線を移せば、艶やかなリンゴが歪に皮を剥かれている途中だった。
それが少し恥ずかしいのか、ムスッとした顔でそっぽを向かれてしまった。
「…………もしかして、わざわざ剥いてくださってるんですか?」
「お前、こうしてただろ?」
そう言われ、思い返せば数年前。
確かに神田が以前風邪をこじらせたときにリンゴを剥いた。
基本的に欧州ではリンゴの皮を剥くのはマイナーであり、大抵は丸齧りかそのまま切ってしまっている。
別に皮ありでも食べられなくはないのだが、風邪を引いているとなれば話は変わってくる。
剥いてもらった方が食べやすいのは事実だ。
まさか神田がリンゴを剥いてくれるなんて、思ってもみなかったが。
「……食うか?」
丸々としたリンゴが、少し痩せたのだろうか。
お世辞にも綺麗に切れたとは言えない形の物が幾つもあったが、それが何だか嬉しくて思わず頬が綻んだ。
行儀悪く指で摘んで口へ運べば、サクリと歯ごたえのいい食感と同時に甘い果汁が口の中に広がった。
ゆっくり咀嚼して嚥下すれば、じっとこちらを凝視してくる神田と視線があった。
「おいしいです。」
「……そいつは何よりだ。
マリとミランダがリゾット持って来てくれた。リンゴの前にそっち食っとけ。」
「……リンゴからじゃダメですか?」
「腹に貯まらねぇだろうが。後でいくらでも剥いてやるからメシを食え。」
ごもっともだ。
言われるがままにのそりと起き上がり、テーブルに置かれていたリゾットの蓋をそろりと取る。
ほわりと湯気が立つトマトリゾットは食欲をそそるには十分な破壊力があった。
「後で検温しに医療班が来るからな。それまでに食っちまえ。」
危なっかしい手つきでリンゴを剥きながら、ぶっきらぼうに促す。
不器用なやさしさがほっこり沁みて名無しは頬を綻ばせながら「はい」と応えた。
***
「……あの、神田さん。」
「なんだ。」
「なんでさも当たり前のように、私のベッドにまたいらっしゃるんですか?」
婦長に身体を拭いてもらっている間、神田は部屋から(当たり前のはずなのだが)追い出された。
それからしばらく時間を置いて戻ってきたと思えば、ホカホカの風呂上がりだ。
『夜の鍛錬は?』
『部屋に戻られないんですか?』
聞きたいことは山ほどあったはずなのに、ベッドに寝転び始めたので色んなものが吹き飛んでしまった。
「添い寝だ。」
「見れば、分かります」
「あの後ウンウン言いながら起きなかっただろ?」
その件に関してはぐうの音も出ない。
もしかしたら多少は魘されていたのかもしれないが、飛び起きるようなことは幸いにもなかった。
まさか、添い寝でぐっすり眠れるなんて。
恥ずかしいやら、ありがたいやら。
しかし――
「確かにそうですけど…その、風邪がうつるのは、もっとよくないので……」
「今更だろ。というか風邪なんか過去にも先にも、あの一度きりだ。」
聞けばあの時、既に神田の身体の機能は絶不調だったらしい。
酒にも強くなくなり、傷も人一倍治るのが遅かったようだ。
それが今や、完全に全快。
しかもセカンドエクソシストの身体は、そもそも丈夫に造られていると聞いている。
……そこまで言われたら確かに風邪を貰うなんてことは低確率だと納得するしかないのだが…。
「昨晩、寝苦しかったなら話は別だが。」
「いえ。全然。」
――反射的に即答してしまった。
それが何だか恥ずかしくなって慌てて口を押さえるが後の祭りだ。
「あ……いや、その、」
「じゃあ問題ねぇな。」
満足そうに少しだけ笑って、神田がベッドの横を促すようにポンポンと叩く。
数瞬躊躇うが、昨晩と同じようにきっとテコでも動くつもりがないのだろう。
遠慮がちに横になれば宝物を抱き抱えるように腕を回される。
片腕は腕枕に。
もう片方は背中に手を回され、柔らかく撫でられた。
肩甲骨から腰へ撫でる手のひらが心地よくて、昨日よりも意識が微睡むのが早そうだ。
「…………………………万が一、風邪がうつったらどうされるつもりなんですか?」
「お前に看病してもらうとするか。」
「じゃあ、その時はうんと甘やかしますね。」
そんな他愛もないやりとりをして、シャツでくしゃくしゃになった胸板へ昨日と同じように額を擦り付けた。
病熱メトロノーム#04
とく、とく、とく、とく。
力強く。しかし確かに生きている証拠の音に耳を傾けながら、名無しはそっと瞼を閉じた。
「…おやすみなさい、神田さん。」
「あぁ。おやすみ、名無し。」