病熱メトロノーム
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相当寝ていなかったのだろう。
朝が来てもピクリと動かない。
――任務明けの休日はやけに寝坊助だとは思っていたが、まさかこれが理由だったとは。
額に手を当てればまだ熱があった。
じわりと滲むような熱さは明らかに平熱とはかけ離れており、呼吸もどことなく苦しそうだ。
泣き叫ぶような魘され方はしなかったものの、正直気が気ではなかった。
……この『目』の適合者は、大抵ろくな死に方をしていないと聞いている。
殆ど明確な資料が残っていなかった『ハート』に対して、修復のイノセンスに関しては異様なくらい詳細に書かれていた。
資料を読み解くだけで吐き気がするような、凄惨な末路。
自死だったり、昏睡状態に陥ったり。
はたまた誰かの記憶に呑まれ『咎落ち』したケースもあった。
大抵5つ程の修復を終えた辺りから発狂しだすと資料に記されていたが――
(修復したイノセンスの数は、12個…だったか?)
実績を見れば大健闘だろう。
ルベリエが目をかけるのも納得だ。
一見精神的にタフのように見えるが、実際のところそうではない。
どこにでもいる少女が、歯を食いしばって現実と向き合っている。
綱渡りしているかのような危うさの上で、彼女は生きている。
(何が、大丈夫だ。)
そうやってずっと自分に言い聞かせて生きてきたのだろう。
自らを奮い立たせると同時に、相手から差し伸べる手をやんわり解く、『壁』を作るための呪いの言葉。
(……そんな言葉、使わなくても)
彼女が笑っていられるようになればいいのに。
神田は心の底からそっと願うのであった。
病熱メトロノーム#03
「神田、入るぞ」
私の前を歩いていたマリさんが、控えめにノックをする。
手には神田君のお昼ご飯の蕎麦と、名無しちゃんのためにジェリーさんが作ったリゾットがトレーに乗っていた。
……私なんかが本当についてきてよかったのかしら。
いや、でもマリさんが果物も一緒に持って行こうとしてて…手がいっぱいだったから…。
……お邪魔になるようだったらすぐに出ましょう、そうしましょう。
中からそっと返事が返ってきて、なるべく音を立てないようにドアが開く。
ベッドに腰掛けた神田君と、その後ろで熟睡している名無しちゃん。
お布団にくるまって寝ている寝顔は、年相応よりも何だか幼く見えたわ。
「悪いな、マリ。」
「いや、他ならぬお前からの頼みだからな」
マリさんが神田君からゴーレムで連絡を貰った時は、本当に驚いていた。
『……あの神田にお願いされるなんて』と嬉しそうに呟いていたの。弟に頼られた、お兄さんみたいな顔で。
果物の籠を持ったままぼんやり立っていると、切れ長の目と視線が絡む。
別に叱られるわけじゃないんだけど、反射的に背すじが伸びた。
「……ミランダも、手間を掛けさせたな」
「へ!?い、いえ!マリさんが持って行くのを、その、手伝っただけだから……」
………………………名前、覚えていてくれたのね。
初めて呼んでもらえたのではないだろうか。
あぁ、もっと名無しちゃんの体調とか、気が利いたことを言えたらよかったのに。私の馬鹿。
マリさんが一瞬驚いたように口を開けていたけれど、すぐにいつもの微笑みを形作った。
私に向けていた視線をマリさんに向けて、果物のカゴと彼を見比べる。
「マリ、変なこと聞くが……お前リンゴは剥けるか?」
「リンゴか?…剥いたことがないな…。」
大体林檎は皮ごと食べる人が多いだろうが、赤ん坊の為にすりおろす時は皮を剥く時もある。
大抵の人は剥いたことがないだろう。何せ教団は未婚者が殆どだから、尚更。
――本当に、たまたま。たまたまなのだ。
転々と職を変えていた中、一度だけリンゴの皮を剥く機会があった。
確かあれは、パン屋の時。
リンゴのコンフィチュールを作るため、延々とリンゴの皮を剥いた仕事。
……まぁ剥くのが遅いという理由でクビになっちゃったんだけど。
――どうしよう。
マリさんも、神田君も困っているわ。
あぁでも私が差し出がましく声を上げるのは、何だか申し訳ない。私なんか、私なんかが。
視線をベッドに落とせば、火照った顔で寝息を立てる名無しちゃん。
熱がまだあるのか、繰り返す呼吸はどことなく苦しそうだった。
……任務が大変で寝込んだのよ、ミランダ。
自分よりも幼い子が、こんなに頑張っているのよ。さぁ、勇気を出して。
「あっ、あっ……あの、」
声を上げれば、一斉に集まる視線。
マリさんは見えていないと知っていても。
神田君も怒っている訳では無いと知っていても。
猫背気味の背筋が、もう一度シャンと伸びた――気がした。
「私、一応…。その、上手くは、ないけど…」
あぁ、下手くそと思われたらどうしよう。
でも名無しちゃんにリンゴを食べて、元気になって貰わなくちゃ。
緊張のあまり空気が喉をヒュッと通る。
大丈夫、大丈夫よミランダ。
神田君は、本当は優しくて、いい子だって知っているじゃない。
「……教えてくれるか?」
「は、はい!」
思わず弾かれたように返事を返せば、布団の中でもそりと動く名無しちゃん。
あぁぁぁ………起きなくて本当によかった…。
ホント、こういうところよミランダ。
しっかりしなさい、私は彼らよりもお姉さんなんだから。
朝が来てもピクリと動かない。
――任務明けの休日はやけに寝坊助だとは思っていたが、まさかこれが理由だったとは。
額に手を当てればまだ熱があった。
じわりと滲むような熱さは明らかに平熱とはかけ離れており、呼吸もどことなく苦しそうだ。
泣き叫ぶような魘され方はしなかったものの、正直気が気ではなかった。
……この『目』の適合者は、大抵ろくな死に方をしていないと聞いている。
殆ど明確な資料が残っていなかった『ハート』に対して、修復のイノセンスに関しては異様なくらい詳細に書かれていた。
資料を読み解くだけで吐き気がするような、凄惨な末路。
自死だったり、昏睡状態に陥ったり。
はたまた誰かの記憶に呑まれ『咎落ち』したケースもあった。
大抵5つ程の修復を終えた辺りから発狂しだすと資料に記されていたが――
(修復したイノセンスの数は、12個…だったか?)
実績を見れば大健闘だろう。
ルベリエが目をかけるのも納得だ。
一見精神的にタフのように見えるが、実際のところそうではない。
どこにでもいる少女が、歯を食いしばって現実と向き合っている。
綱渡りしているかのような危うさの上で、彼女は生きている。
(何が、大丈夫だ。)
そうやってずっと自分に言い聞かせて生きてきたのだろう。
自らを奮い立たせると同時に、相手から差し伸べる手をやんわり解く、『壁』を作るための呪いの言葉。
(……そんな言葉、使わなくても)
彼女が笑っていられるようになればいいのに。
神田は心の底からそっと願うのであった。
病熱メトロノーム#03
「神田、入るぞ」
私の前を歩いていたマリさんが、控えめにノックをする。
手には神田君のお昼ご飯の蕎麦と、名無しちゃんのためにジェリーさんが作ったリゾットがトレーに乗っていた。
……私なんかが本当についてきてよかったのかしら。
いや、でもマリさんが果物も一緒に持って行こうとしてて…手がいっぱいだったから…。
……お邪魔になるようだったらすぐに出ましょう、そうしましょう。
中からそっと返事が返ってきて、なるべく音を立てないようにドアが開く。
ベッドに腰掛けた神田君と、その後ろで熟睡している名無しちゃん。
お布団にくるまって寝ている寝顔は、年相応よりも何だか幼く見えたわ。
「悪いな、マリ。」
「いや、他ならぬお前からの頼みだからな」
マリさんが神田君からゴーレムで連絡を貰った時は、本当に驚いていた。
『……あの神田にお願いされるなんて』と嬉しそうに呟いていたの。弟に頼られた、お兄さんみたいな顔で。
果物の籠を持ったままぼんやり立っていると、切れ長の目と視線が絡む。
別に叱られるわけじゃないんだけど、反射的に背すじが伸びた。
「……ミランダも、手間を掛けさせたな」
「へ!?い、いえ!マリさんが持って行くのを、その、手伝っただけだから……」
………………………名前、覚えていてくれたのね。
初めて呼んでもらえたのではないだろうか。
あぁ、もっと名無しちゃんの体調とか、気が利いたことを言えたらよかったのに。私の馬鹿。
マリさんが一瞬驚いたように口を開けていたけれど、すぐにいつもの微笑みを形作った。
私に向けていた視線をマリさんに向けて、果物のカゴと彼を見比べる。
「マリ、変なこと聞くが……お前リンゴは剥けるか?」
「リンゴか?…剥いたことがないな…。」
大体林檎は皮ごと食べる人が多いだろうが、赤ん坊の為にすりおろす時は皮を剥く時もある。
大抵の人は剥いたことがないだろう。何せ教団は未婚者が殆どだから、尚更。
――本当に、たまたま。たまたまなのだ。
転々と職を変えていた中、一度だけリンゴの皮を剥く機会があった。
確かあれは、パン屋の時。
リンゴのコンフィチュールを作るため、延々とリンゴの皮を剥いた仕事。
……まぁ剥くのが遅いという理由でクビになっちゃったんだけど。
――どうしよう。
マリさんも、神田君も困っているわ。
あぁでも私が差し出がましく声を上げるのは、何だか申し訳ない。私なんか、私なんかが。
視線をベッドに落とせば、火照った顔で寝息を立てる名無しちゃん。
熱がまだあるのか、繰り返す呼吸はどことなく苦しそうだった。
……任務が大変で寝込んだのよ、ミランダ。
自分よりも幼い子が、こんなに頑張っているのよ。さぁ、勇気を出して。
「あっ、あっ……あの、」
声を上げれば、一斉に集まる視線。
マリさんは見えていないと知っていても。
神田君も怒っている訳では無いと知っていても。
猫背気味の背筋が、もう一度シャンと伸びた――気がした。
「私、一応…。その、上手くは、ないけど…」
あぁ、下手くそと思われたらどうしよう。
でも名無しちゃんにリンゴを食べて、元気になって貰わなくちゃ。
緊張のあまり空気が喉をヒュッと通る。
大丈夫、大丈夫よミランダ。
神田君は、本当は優しくて、いい子だって知っているじゃない。
「……教えてくれるか?」
「は、はい!」
思わず弾かれたように返事を返せば、布団の中でもそりと動く名無しちゃん。
あぁぁぁ………起きなくて本当によかった…。
ホント、こういうところよミランダ。
しっかりしなさい、私は彼らよりもお姉さんなんだから。