病熱メトロノーム
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熱い。
息ができない。
燃える、燃える。全部、燃えてしまう。
身体を磔にしていた縄が焼け落ち、四肢がやっと自由になる。
が、炎に晒された両腕は焼け爛れ、目も当てられない惨状になっていた。
痛い。いたい。イタイ。
それでも炎を掻き分けて、泣きながら足を動かす。
土を踏むだけで瞼の裏に火花が飛び散る。
気が遠くなるような痛みを食いしばり、壁のように立ち塞がる焔を走り抜けた。
眼前に広がるのは死体の山。
墓標のように地面に刺さるのは、飛行機の残骸。
焼け落ちた『人間だったもの』。
腐乱した肉塊には蛆がわき、今も皮膚を食い破り死体を蹂躙していた。
『お前のせいだ』
森の中に響く声。
木霊する怨嗟を含んだ声音は、反響し、響いて、消える前にまた繰り返される。
『お前のせいだ』
『お前のせいだ』
ぐるぐる廻る。
脳髄に響いて、頭が割れ――
『お前は、悪くない』
一筋の、光のように。
低い、しかし柔らかい声音で、彼はこう言ってくれた。
「 」
名前を、呼ぶ。
炎と煙で燻された喉は、空気をきるだけで音が出ない。
『名無し、』
病熱メトロノーム#02
「名無し!」
怒鳴るような、声。
現実に引き戻してくれた声は、夢なのか現実なのか一瞬判別がつかなかった。
呼吸が、戻る。
久しぶりに肺へ酸素を押し込んだかのように、気管が空気でスっと冷えた。
突然の酸素に身体が驚いたのか、思い切り咳き込んでしまう。
口元を反射的に押さえた手は、自分でも驚く程に汗でじっとりしている。
涙でボロボロに濡れた頬が熱くて、手汗なんて構わずに手の甲で強引に拭った。
「え、あ……は、はは、おはよう、ございます…」
「まだ夜だ。」
刺すような鋭い視線が、今日ほど居心地悪いと思ったことはない。
「これのどこが『大丈夫』なんだ?」
声が、怒っている。
「……あの、こういうのは、時々なので…」
「ハワード・リンクに聞くぞ。」
…本気だろう。
もしかしたら既に聞いているのかもしれない。
口止めした覚えもないが、彼なら易々と他人に話したりしないと踏んでいた。
かといってリンクを責めるのはお門違いだ。だから怒るつもりなど毛頭ないが――。
沈黙を貫いていていれば、神田の口から重い重い溜め息が、長く零れる。
……最近彼の溜息をよく聞いている気がする。原因が自分だと分かっているので、正直居た堪れない。
「…………………とりあえず脱げ。」
「……………は、はい?」
「汗まみれだろうが。風邪が悪化するぞ。背中出せ。拭いてやる。」
「あ、いえ、だ「『大丈夫です』っつったら婦長呼びつけるか、強制的に全裸に剥くからな」
突然被せられた言葉に、思わず閉口する。
譲歩して案を二つ出してくれたのだろうが、正直どちらも却下だ。
「…ズルくないですか?」
「狡くねェよ。」
わざわざ持って来たのだろう。
湯を張った盥の中を白いタオルが泳いでいた。
観念してTシャツの背中を捲り上げる。
途端、『邪魔だ』と言わんばかりに下着のホックを外されたが。慌てて前を抑えたのは言うまでもない。
程よい温度のホットタオルが背中をなぞる。
……魘されて、起きて、目が覚めたら神田がいて。
悪夢と現実でぐしゃぐしゃになった思考は、現状を把握する程余裕がない。
ぼんやりとシーツに視線を落としていれば、後ろからボソリと尋ねてきた。
「いつからだ。」
何が、なんて訊くのは愚問だろう。
「寝つきが悪いのは前からですけど…悪化したのは修復任務についてから、ですね」
「……今まで任務に就いている時、魘されていなかったのは?」
「え、あー…あはは…」
「正直に言え。」
「…………その…あまり寝ていなくて……」
正直に白状する。
…見なくても分かる。きっと彼は呆れた顔になっている。
「馬鹿か。なんでもっと早く言わねぇんだ。」
「だって…」
「それでぶっ倒れたら元も子もねぇんだぞ」
「おっしゃる通りです…」
「…………………待て。まさかお前この間の任務も寝てねぇとか言うんじゃねぇだろうな?」
「あ、あはは…………………、………はい。」
これも嘘偽りなく答えれば、長い長い、本当に長い溜息が吐き出された。
「馬鹿。」
「わぷっ」
放り投げられた着替えのシャツ。
すん、と鼻を鳴らせば僅かな違和感。
器用に肌を見せないよう着替えれば、誰のものか即座に分かった。
「神田さん…大っきいです。」
「箪笥を勝手に漁ればよかったのか?」
「あ、いえ。それはちょっと…。」
「すみません、ありがとうございます」と礼を言いつつ袖を通せば、シャツに残った彼の匂いが何だかくすぐったかった。
「着替えたらとっとと寝ろ。しっかり寝て、早く治せ。」
「は…………い、って、どうして神田さん私のベッドで横になってるんですか。」
「見りゃわかるだろ。」
「分かりません。」
「添い寝。」
「ご、ご冗談ですよね!?」
……大きい声を出すものではない。
熱でやられた頭の中に、自分の声が響いてぐらぐらした。
「冗談だろ?って言いたいのはこっちだ。隠し事されていた上に、大丈夫だ大丈夫だと上辺だけで返事しやがって」
「……その件に関しては反論の余地がありません」
「どうせ寝るつもりがねぇか、寝たらウンウン魘されるんだろうが。監視も兼ねて魘されたら即行起こしてやる。」
きっと何を言っても、今度はテコでも動かないのだろう。
添い寝なんかされたら余計熱が上がりそうだが、ここはお言葉に甘えるとしよう。
「……神田さん、赤ちゃんの面倒見るお母さんみたいですね」
「誰が母親だ。俺はお前の恋人だろうが。」
大真面目に返された返答に面食らって、「そ、そうですね」と答えながら布団に潜る。
本当にこの人は。そういうところ。
横になれば、目の前に広がるのは白いシャツ。
嗅ぎなれた布団の匂いと、嗅ぎなれてきた神田の匂い。
やっと抱きしめられても心臓が飛び出ないようになったというのに、これは少し時期尚早では。
「神田さん、眠れないです。」
「目瞑ってりゃ寝れるだろ。」
そんな無茶苦茶な。
そう言う前に、背中に回される手。
どこかぎこちなく背中を摩る手がくすぐったくて、彼に見えないようにそっと笑った。
額をそっとシャツに押し当てれば、布と皮膚の向こうでトクトクとゆっくり動く、心臓の鼓動。
歩くようなのんびりとした早さが心地よく、意外にも呆気なく瞼が重たくなってきた。
「……おやすみ。名無し。」
髪に一度口付けを落とされ、微睡むような眠りにゆっくり沈んだ。
息ができない。
燃える、燃える。全部、燃えてしまう。
身体を磔にしていた縄が焼け落ち、四肢がやっと自由になる。
が、炎に晒された両腕は焼け爛れ、目も当てられない惨状になっていた。
痛い。いたい。イタイ。
それでも炎を掻き分けて、泣きながら足を動かす。
土を踏むだけで瞼の裏に火花が飛び散る。
気が遠くなるような痛みを食いしばり、壁のように立ち塞がる焔を走り抜けた。
眼前に広がるのは死体の山。
墓標のように地面に刺さるのは、飛行機の残骸。
焼け落ちた『人間だったもの』。
腐乱した肉塊には蛆がわき、今も皮膚を食い破り死体を蹂躙していた。
『お前のせいだ』
森の中に響く声。
木霊する怨嗟を含んだ声音は、反響し、響いて、消える前にまた繰り返される。
『お前のせいだ』
『お前のせいだ』
ぐるぐる廻る。
脳髄に響いて、頭が割れ――
『お前は、悪くない』
一筋の、光のように。
低い、しかし柔らかい声音で、彼はこう言ってくれた。
「 」
名前を、呼ぶ。
炎と煙で燻された喉は、空気をきるだけで音が出ない。
『名無し、』
病熱メトロノーム#02
「名無し!」
怒鳴るような、声。
現実に引き戻してくれた声は、夢なのか現実なのか一瞬判別がつかなかった。
呼吸が、戻る。
久しぶりに肺へ酸素を押し込んだかのように、気管が空気でスっと冷えた。
突然の酸素に身体が驚いたのか、思い切り咳き込んでしまう。
口元を反射的に押さえた手は、自分でも驚く程に汗でじっとりしている。
涙でボロボロに濡れた頬が熱くて、手汗なんて構わずに手の甲で強引に拭った。
「え、あ……は、はは、おはよう、ございます…」
「まだ夜だ。」
刺すような鋭い視線が、今日ほど居心地悪いと思ったことはない。
「これのどこが『大丈夫』なんだ?」
声が、怒っている。
「……あの、こういうのは、時々なので…」
「ハワード・リンクに聞くぞ。」
…本気だろう。
もしかしたら既に聞いているのかもしれない。
口止めした覚えもないが、彼なら易々と他人に話したりしないと踏んでいた。
かといってリンクを責めるのはお門違いだ。だから怒るつもりなど毛頭ないが――。
沈黙を貫いていていれば、神田の口から重い重い溜め息が、長く零れる。
……最近彼の溜息をよく聞いている気がする。原因が自分だと分かっているので、正直居た堪れない。
「…………………とりあえず脱げ。」
「……………は、はい?」
「汗まみれだろうが。風邪が悪化するぞ。背中出せ。拭いてやる。」
「あ、いえ、だ「『大丈夫です』っつったら婦長呼びつけるか、強制的に全裸に剥くからな」
突然被せられた言葉に、思わず閉口する。
譲歩して案を二つ出してくれたのだろうが、正直どちらも却下だ。
「…ズルくないですか?」
「狡くねェよ。」
わざわざ持って来たのだろう。
湯を張った盥の中を白いタオルが泳いでいた。
観念してTシャツの背中を捲り上げる。
途端、『邪魔だ』と言わんばかりに下着のホックを外されたが。慌てて前を抑えたのは言うまでもない。
程よい温度のホットタオルが背中をなぞる。
……魘されて、起きて、目が覚めたら神田がいて。
悪夢と現実でぐしゃぐしゃになった思考は、現状を把握する程余裕がない。
ぼんやりとシーツに視線を落としていれば、後ろからボソリと尋ねてきた。
「いつからだ。」
何が、なんて訊くのは愚問だろう。
「寝つきが悪いのは前からですけど…悪化したのは修復任務についてから、ですね」
「……今まで任務に就いている時、魘されていなかったのは?」
「え、あー…あはは…」
「正直に言え。」
「…………その…あまり寝ていなくて……」
正直に白状する。
…見なくても分かる。きっと彼は呆れた顔になっている。
「馬鹿か。なんでもっと早く言わねぇんだ。」
「だって…」
「それでぶっ倒れたら元も子もねぇんだぞ」
「おっしゃる通りです…」
「…………………待て。まさかお前この間の任務も寝てねぇとか言うんじゃねぇだろうな?」
「あ、あはは…………………、………はい。」
これも嘘偽りなく答えれば、長い長い、本当に長い溜息が吐き出された。
「馬鹿。」
「わぷっ」
放り投げられた着替えのシャツ。
すん、と鼻を鳴らせば僅かな違和感。
器用に肌を見せないよう着替えれば、誰のものか即座に分かった。
「神田さん…大っきいです。」
「箪笥を勝手に漁ればよかったのか?」
「あ、いえ。それはちょっと…。」
「すみません、ありがとうございます」と礼を言いつつ袖を通せば、シャツに残った彼の匂いが何だかくすぐったかった。
「着替えたらとっとと寝ろ。しっかり寝て、早く治せ。」
「は…………い、って、どうして神田さん私のベッドで横になってるんですか。」
「見りゃわかるだろ。」
「分かりません。」
「添い寝。」
「ご、ご冗談ですよね!?」
……大きい声を出すものではない。
熱でやられた頭の中に、自分の声が響いてぐらぐらした。
「冗談だろ?って言いたいのはこっちだ。隠し事されていた上に、大丈夫だ大丈夫だと上辺だけで返事しやがって」
「……その件に関しては反論の余地がありません」
「どうせ寝るつもりがねぇか、寝たらウンウン魘されるんだろうが。監視も兼ねて魘されたら即行起こしてやる。」
きっと何を言っても、今度はテコでも動かないのだろう。
添い寝なんかされたら余計熱が上がりそうだが、ここはお言葉に甘えるとしよう。
「……神田さん、赤ちゃんの面倒見るお母さんみたいですね」
「誰が母親だ。俺はお前の恋人だろうが。」
大真面目に返された返答に面食らって、「そ、そうですね」と答えながら布団に潜る。
本当にこの人は。そういうところ。
横になれば、目の前に広がるのは白いシャツ。
嗅ぎなれた布団の匂いと、嗅ぎなれてきた神田の匂い。
やっと抱きしめられても心臓が飛び出ないようになったというのに、これは少し時期尚早では。
「神田さん、眠れないです。」
「目瞑ってりゃ寝れるだろ。」
そんな無茶苦茶な。
そう言う前に、背中に回される手。
どこかぎこちなく背中を摩る手がくすぐったくて、彼に見えないようにそっと笑った。
額をそっとシャツに押し当てれば、布と皮膚の向こうでトクトクとゆっくり動く、心臓の鼓動。
歩くようなのんびりとした早さが心地よく、意外にも呆気なく瞼が重たくなってきた。
「……おやすみ。名無し。」
髪に一度口付けを落とされ、微睡むような眠りにゆっくり沈んだ。