St. Elmo's fire.
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ヘデラの遺体が放置されていた場所より、更に奥。
さらに地下深くへと続く階段。
そこ最奥の部屋。
ネクロポリスの、最深部。
ランタンを掲げるまでもない。
人工的な機械が中央に鎮座しており、それはこの場にいた三人全員目にしたことがあるものだった。
「アクマの…プラント?」
「そうです。本来、ネクロポリスは集団墓地……死霊と、人の後悔の念が渦巻く場所ですから、都合がよかったのでしょう」
稼働はしていないものの、まだ機能は生きている。
卵の形をしたその機械は、異常なまでに清廉な光を放っていた。
教団が設立される前は、既に世界各地のネクロポリスを伯爵は利用していた。
プラントの拠点を破壊するべく、いつしかネクロポリスはヴァチカンが管理するよう体制が変わったのだが――。
「だから本来、まだ未発見のネクロポリスはヴァチカンに報告する義務があるのですが……まさかここで殺人が行われているとは…」
「何を仰る。『魔女に裁きを』と昔ヴァチカンから言い出したことではございませんか」
松明を持ったウィリアム町長が、町の男達を連れ姿を現す。
どの男達も、見覚えがあった。
それは先程彼女の持っていたイノセンスの記憶を『視た』時にいた男達だ。
「……ウィリアム町長。」
「以前おっしゃられていたではありませんか。『天使を造る器を守ってくれ。それは誇り高き墓守の町である貴方方しか出来ない』と。
だからこうして、死者の都を守り、隠し、異端なる魔女を裁いたというのに」
忌々しげにリンクが口元を歪めるが、町長は誇らしく語るばかり。
『天使の器』とは、間違いなくアクマのプラントだろう。
それをヴァチカンが守れだなんて言うわけがない。
誰かがヴァチカンの名を語り、人々を騙してここに隠した。
――誰が…なんて、察しはついている。
「それが、あんな惨い殺し方に繋がると?」
名無しの喉が、震える。
沸騰するような熱で頭がくらくらする。
腹の底からぐつぐつと煮えたぎるような感情は自分のものなのか、それとももうこの世にいない彼女のものなのか。
「炎で焼かれ、気が狂いそうになる痛みの中、息も出来ずに嬲り殺しにするのが、正しいと言うんですか?」
――そう。
空気口すらないこの地下では、焚かれた火は途中で燃え尽きたのだ。
しかし、下半身だけを焼き尽くし、上半身を半端に焼いた炎の惨さは筆舌に尽くし難い。
いっそ一思いに死ねたなら、どんなに楽だっただろう。
酸素が尽きていく部屋で、朦朧とする意識の中。
骨肉を焼いた侵食する痛みが、意識を手放す事を許さない。
眠りたい。死にたい。痛い。苦しい。しにたくない。
――誰か、ころして。
彼女の――ヘデラの凄惨な末路は、体験した人間にしか分からない。
よくぞまぁ『アレ』を視て叫ばなかったものだと自分を褒めてやりたくなる。
今まで見た『適合者』の末路の中でも、群を抜いて酷いものだった。
「正しいに決まっている。なぜなら、魔女は悪だからな」
「……『魔女対策法』は既に1736年に廃止されています。」
何かを心の底から諦めたように、リンクがポツリと零した。
切れ長の目がじとりと町長達を睨み上げ、紡がれる言葉に怒気が滲み始める。
「つまり貴方方は神の名を騙って、罪もない女性をただ焼き殺しただけなんですよ。」
「…っ何だと!?この若造が…!」
町長が逆上し、松明を振り上げた。
しかし、油を吸い、小さく爆ぜながら燃える火が一瞬にして消え去る。
否、消えたのではない。消されたのだ。
男衆に向けられるのは、鈍色に光る刀の切先。
目にも止まらぬ速さで炎を斬った刃を向けられ、今にも襲い掛かりそうだった男達は息を呑む。
「――抵抗はするなよ。死期が早まるだけだならな」
低い、低い、神田の声。
前髪の隙間から覗く双眸は、人すら殺せそうな鋭さを孕んでいた。
***
リンクの呪符で町長達は捕縛され、ヴァチカンの役人に連行された。
時計塔から外に出れば、暗鈍と立ち込めていた雲は晴れ、荒れ狂うような嵐は穏やかな風に変わっていた。
ちぎれた雨雲の合間から見える空の赤は、ヘデラを焼き殺した炎より鮮やかで、竦むほどに綺麗な色を広げている。
雨ざらしにされていた町並みも、雨泥で荒らされた畑も、遠くに広がる森も、
全部全部、赤に染まる。
「……お前の任務はネクロポリスの調査だったのか」
「えぇ。ヴァチカンに登録されていない墓地ほど、プラントを隠す絶好の隠れ蓑はないですから」
街路樹に凭れ、神田が腕を組む。
リンクはというと先程までヴァチカンから派遣された役人に忙しなく指示を出していた。
今は一息ついて神田の斜め前に立ち、連行される町長達を遠巻きに眺めている。
……ヘデラの遺体は、ここに埋葬してやりたいやは山々だが、彼女は曲りなりとも『適合者』だ。
発見してしまった以上、ヴァチカン直属管理の墓地に埋葬されることになった。
彼女を墓地へ送る指示を出す際に『くれぐれも丁重に』と念を押すあたり、リンクの性格がよく出ている。
原型を辛うじて留めていた彼女の遺体。
丁寧に横たわらせた棺桶を見送り、名無しはずるりと塀の下で座り込んでいた。
修復でもないのに無理に『視た』からか、頭が痛む。
視界もどことなく霞んで見えるし、倦怠感が酷い。
何より――彼女の遺体が、飛行機事故で亡くなった人達の姿に、あまりにも似ていた。
アクマの放つ毒で死んだ人もいれば、飛行機の下敷きになった人もいた。
勿論、燃える炎で半端に焼かれた遺体も沢山見た。数を数えるのが、嫌になる程。
時間が経つにつれ、獰猛な肉食獣に食い荒らされる遺体もあった。
半分程は無残に腐敗していくのを――息を押し殺して見ることしか出来なかった。
(あぁ、嫌なこと、思い出した)
体調が優れない時に思い出を振り返るべきではない。
人の死に様ばかり脳裏に蘇って、息が詰まりそうになる。
「名無し。帰るぞ。」
頭上から降ってくる、神田の声。
「はい」と返事を返し、立ち上がろうとするが――
St. Elmo's fire.#08
「……あれ?」
倦怠感を通り越して、身体に力が入らない。
塀に手を着いて立ち上がれば、立ちくらみで視界が揺れた。
「どうした?」
「いえ、軽い…立ちくらみです。ちょっと後から追いかけるので、先に行っててもらえますか?」
ぐらぐら。ふわふわ。
この感覚は何度も経験したことがある。
しかし目の前の師に知られたらまた手を煩わせる。それだけは避けたい。
……まぁそんな願いが罷り通る程、過保護な彼が放っておくことはなく。
「また何か隠してるな」
「いえ、そんなことは……」
「……貴女、顔色最悪ですよ。」
呆れたようなリンクの声。
夕陽の色で誤魔化せると踏んだが、目敏い監査官には一発でバレた。
体調不良に疎い神田なら騙し遂せると思っていたのに、どうしてこうもこの男ときたら。
じとりと切れ長の視線に睨まれ、名無しは目頭を軽く押さえた。
……余計頭が痛くなった気がする。
さらに地下深くへと続く階段。
そこ最奥の部屋。
ネクロポリスの、最深部。
ランタンを掲げるまでもない。
人工的な機械が中央に鎮座しており、それはこの場にいた三人全員目にしたことがあるものだった。
「アクマの…プラント?」
「そうです。本来、ネクロポリスは集団墓地……死霊と、人の後悔の念が渦巻く場所ですから、都合がよかったのでしょう」
稼働はしていないものの、まだ機能は生きている。
卵の形をしたその機械は、異常なまでに清廉な光を放っていた。
教団が設立される前は、既に世界各地のネクロポリスを伯爵は利用していた。
プラントの拠点を破壊するべく、いつしかネクロポリスはヴァチカンが管理するよう体制が変わったのだが――。
「だから本来、まだ未発見のネクロポリスはヴァチカンに報告する義務があるのですが……まさかここで殺人が行われているとは…」
「何を仰る。『魔女に裁きを』と昔ヴァチカンから言い出したことではございませんか」
松明を持ったウィリアム町長が、町の男達を連れ姿を現す。
どの男達も、見覚えがあった。
それは先程彼女の持っていたイノセンスの記憶を『視た』時にいた男達だ。
「……ウィリアム町長。」
「以前おっしゃられていたではありませんか。『天使を造る器を守ってくれ。それは誇り高き墓守の町である貴方方しか出来ない』と。
だからこうして、死者の都を守り、隠し、異端なる魔女を裁いたというのに」
忌々しげにリンクが口元を歪めるが、町長は誇らしく語るばかり。
『天使の器』とは、間違いなくアクマのプラントだろう。
それをヴァチカンが守れだなんて言うわけがない。
誰かがヴァチカンの名を語り、人々を騙してここに隠した。
――誰が…なんて、察しはついている。
「それが、あんな惨い殺し方に繋がると?」
名無しの喉が、震える。
沸騰するような熱で頭がくらくらする。
腹の底からぐつぐつと煮えたぎるような感情は自分のものなのか、それとももうこの世にいない彼女のものなのか。
「炎で焼かれ、気が狂いそうになる痛みの中、息も出来ずに嬲り殺しにするのが、正しいと言うんですか?」
――そう。
空気口すらないこの地下では、焚かれた火は途中で燃え尽きたのだ。
しかし、下半身だけを焼き尽くし、上半身を半端に焼いた炎の惨さは筆舌に尽くし難い。
いっそ一思いに死ねたなら、どんなに楽だっただろう。
酸素が尽きていく部屋で、朦朧とする意識の中。
骨肉を焼いた侵食する痛みが、意識を手放す事を許さない。
眠りたい。死にたい。痛い。苦しい。しにたくない。
――誰か、ころして。
彼女の――ヘデラの凄惨な末路は、体験した人間にしか分からない。
よくぞまぁ『アレ』を視て叫ばなかったものだと自分を褒めてやりたくなる。
今まで見た『適合者』の末路の中でも、群を抜いて酷いものだった。
「正しいに決まっている。なぜなら、魔女は悪だからな」
「……『魔女対策法』は既に1736年に廃止されています。」
何かを心の底から諦めたように、リンクがポツリと零した。
切れ長の目がじとりと町長達を睨み上げ、紡がれる言葉に怒気が滲み始める。
「つまり貴方方は神の名を騙って、罪もない女性をただ焼き殺しただけなんですよ。」
「…っ何だと!?この若造が…!」
町長が逆上し、松明を振り上げた。
しかし、油を吸い、小さく爆ぜながら燃える火が一瞬にして消え去る。
否、消えたのではない。消されたのだ。
男衆に向けられるのは、鈍色に光る刀の切先。
目にも止まらぬ速さで炎を斬った刃を向けられ、今にも襲い掛かりそうだった男達は息を呑む。
「――抵抗はするなよ。死期が早まるだけだならな」
低い、低い、神田の声。
前髪の隙間から覗く双眸は、人すら殺せそうな鋭さを孕んでいた。
***
リンクの呪符で町長達は捕縛され、ヴァチカンの役人に連行された。
時計塔から外に出れば、暗鈍と立ち込めていた雲は晴れ、荒れ狂うような嵐は穏やかな風に変わっていた。
ちぎれた雨雲の合間から見える空の赤は、ヘデラを焼き殺した炎より鮮やかで、竦むほどに綺麗な色を広げている。
雨ざらしにされていた町並みも、雨泥で荒らされた畑も、遠くに広がる森も、
全部全部、赤に染まる。
「……お前の任務はネクロポリスの調査だったのか」
「えぇ。ヴァチカンに登録されていない墓地ほど、プラントを隠す絶好の隠れ蓑はないですから」
街路樹に凭れ、神田が腕を組む。
リンクはというと先程までヴァチカンから派遣された役人に忙しなく指示を出していた。
今は一息ついて神田の斜め前に立ち、連行される町長達を遠巻きに眺めている。
……ヘデラの遺体は、ここに埋葬してやりたいやは山々だが、彼女は曲りなりとも『適合者』だ。
発見してしまった以上、ヴァチカン直属管理の墓地に埋葬されることになった。
彼女を墓地へ送る指示を出す際に『くれぐれも丁重に』と念を押すあたり、リンクの性格がよく出ている。
原型を辛うじて留めていた彼女の遺体。
丁寧に横たわらせた棺桶を見送り、名無しはずるりと塀の下で座り込んでいた。
修復でもないのに無理に『視た』からか、頭が痛む。
視界もどことなく霞んで見えるし、倦怠感が酷い。
何より――彼女の遺体が、飛行機事故で亡くなった人達の姿に、あまりにも似ていた。
アクマの放つ毒で死んだ人もいれば、飛行機の下敷きになった人もいた。
勿論、燃える炎で半端に焼かれた遺体も沢山見た。数を数えるのが、嫌になる程。
時間が経つにつれ、獰猛な肉食獣に食い荒らされる遺体もあった。
半分程は無残に腐敗していくのを――息を押し殺して見ることしか出来なかった。
(あぁ、嫌なこと、思い出した)
体調が優れない時に思い出を振り返るべきではない。
人の死に様ばかり脳裏に蘇って、息が詰まりそうになる。
「名無し。帰るぞ。」
頭上から降ってくる、神田の声。
「はい」と返事を返し、立ち上がろうとするが――
St. Elmo's fire.#08
「……あれ?」
倦怠感を通り越して、身体に力が入らない。
塀に手を着いて立ち上がれば、立ちくらみで視界が揺れた。
「どうした?」
「いえ、軽い…立ちくらみです。ちょっと後から追いかけるので、先に行っててもらえますか?」
ぐらぐら。ふわふわ。
この感覚は何度も経験したことがある。
しかし目の前の師に知られたらまた手を煩わせる。それだけは避けたい。
……まぁそんな願いが罷り通る程、過保護な彼が放っておくことはなく。
「また何か隠してるな」
「いえ、そんなことは……」
「……貴女、顔色最悪ですよ。」
呆れたようなリンクの声。
夕陽の色で誤魔化せると踏んだが、目敏い監査官には一発でバレた。
体調不良に疎い神田なら騙し遂せると思っていたのに、どうしてこうもこの男ときたら。
じとりと切れ長の視線に睨まれ、名無しは目頭を軽く押さえた。
……余計頭が痛くなった気がする。