St. Elmo's fire.
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時計塔。
固く閉ざされた鍵を非合法な方法で開ければ、中は歯車が規則的に回る音で満ちていた。
扉を閉めれば雨音が少し遠ざかる。
「…ウリエルは日輪の象徴でもあります。しかしそれ以前に、全ての発光体と地上の運行、気象、自然現象すら司る天使として知られています。」
太陽の彫刻を持った天使の像。
その上に聳えるのは、象形文字がみっちり刻まれたオベリスクだ。
「今回の奇怪は、悪天候自体が奇怪ではなく……イノセンスが発信するメッセージ自体が、たまたま奇怪になった。ということか?」
「恐らく。」
神田がオベリスクを見上げた後、辺りを見回す。
時計塔の築年数は――ざっと50年くらいだろうか。
しかしオベリスクはまるで数百年野晒にされていたかのように、所々苔がこびり付いていた。
「…なんか、後から時計塔を作ったように見えますね」
「その推測は正しいですよ。」
名無しがぺたぺたと彫刻に触れる横で、リンクはオベリスクの足元を調べていた。
オベリスクから、ひとつ、ふたつ、みっつ。
床に張られたタイルにも細かな装飾が施されているが、一つだけ図案があからさまに違うものがあった。
幾何学模様のタイルの中で、一際異質を放つのは『ウリエル』をモチーフにしたタイル。
はめ込まれた僅かな隙間に指を入れ、リンクはタイルをゆっくりと剥がした。
現れたのは、床下の穴蔵。
人ひとりだけ入れる穴の大きさに反して、床下の空間は予想以上に堅牢で丈夫だった。
黙々と穴の中に入るリンクに続いて、神田と名無しも身を滑らせる。
澱んだ空気。
通風口もない、まるでただの貯蔵用の地下に見えるが――
「……階段?」
「えぇ。どうやら、当たりのようです。」
神田が六幻に手を掛ける。
リンクも暗器を袖から出し、階段を降りきった先の扉に掛けられていた鍵を、刃先で呆気なく破壊した。
落ちる南京錠。
分厚く堅牢なドアを、ゆっくりと開ければ――
「!?」
噎せ返るような、死臭。
壁一面にはめ込まれた骸骨は異様な雰囲気だ。
その中央には、一本の柱と――そこに縛り付けられ、朽ち果てようとしている死骸がひとつ。
火をつけられたのだろう。
その足元には消し炭になった薪の残骸と、腐った身体の一部が崩れ落ちていた。
半端に火炙りにされ、そのまま密室の中で窒息したのだろうか。
中途半端に面影を残す姿は、明らかに女性だった。
「…………まるで、魔女の火炙りですね」
リンクの呟きが、空虚な墓標に響く。
秘匿されたネクロポリス。
死の都。
そこで、彼女は殺された。
「……降ろしてあげましょう。手伝ってもらえますか?」
名無しは遺体を隠すため団服を脱ぎ、神田とリンクに静かに声を掛ける。
失踪したヘデラは――変わり果てた姿で見つかることとなった。
***
消し炭にもならず、かといって軽度の火傷で済むはずもなく。
膝から下は焼け崩れてしまい、縛られた四肢も目をあてられない。
腐臭もさることながら、あまりの惨状に言葉も出なかった。
何か大判の布があればいいのだが、そんな便利なものは持ち合わせていない。
名無しは少し湿り気のある団服を脱ぎ、憐れな女性の遺体にそっと掛けた。
「……町長は恐らく関与しているでしょうが、正確な犯行人数は――」
「今から視ます。」
頬に掛かっていた髪を耳に掛け、名無しが静かな声で言い切る。
視線の先には紐が焼け焦げたペンダント。
煌々と炎が揺らめくような色をしたそれは、まるで生きているようだった。
……確認するまでもない。イノセンスだ。
「……やめとけ、って言っても見るんだろ。」
神田が呆れたように溜息をつく。
――静かに怒っている彼女は、きっと止めても無駄なのだろう。
理解のある師に一瞬だけ微笑み、名無しは大きく深呼吸をする。
閉じて、見開いた双眸は、暗がりでも眩く輝く宝石だ。
引き込まれる意識。
ぐらりと揺れた視界の向こうには、町長をはじめ、聞きこみ調査中に見たことがある顔ぶれが何人かいた。
手には揺らめく炎をたたえた松明。
薄い暗がりの中、女は粗末な丸太に縛り付けられたまま声を張り上げた。
『あれはただの薬草よ!魔術なんかに使ったりするものじゃない!』
『魔女は皆そう言うんだ!この間だって、妙な男がお前を訪ねてきていただろう!』
『あれはたはだの神父様よ!私に聖職者にならないか、ってお話を…』
『お前のような身よりもない女に、そんな話があるか!』
町長の一言にぐっと言葉を呑み込む。
ヴァチカンが支配するこの世界では、聖職者は貴族以上に権力を持つことがある。
だからこそ町長は疑ってかかったのだが――
『本当よ!でも貴方の息子の病が治るまでここに残るってお話をして…』
『なんだと!?妻め…やはりこんな魔女に息子を見せていたのか!あれくらいの病など、祈祷師にすら頼むまでもないわ!』
予想だにしていなかった妻の裏切りに、憤慨する町長。
穏やかそうな面持ちは外面だけのようだ。
怒りで醜悪に歪んだ表情は、まるで別人のようだった。
『あれは薬でなければ治らないわ!』
『ええい、黙れ黙れ!魔女の言葉には耳は傾けぬ!火を、火を放て!』
町長の号令に、松明を焚べる男達。
女の足元にはよく乾燥された薪が高々と積み上げられていた。
逃げようとしても縄が手足に食い込むだけ。
凌遅刑のように足先からジワジワ這い寄る炎は、恐怖以外の何物でもなかった。
熱い。あつい。いたい、嫌だ。
黒い煙が目の前を覆う。
息苦しい。息が出来ない。声が出ない。
『この死者の都で、死ぬ迄懺悔しろ!悪しき魔女め!』
誰か、助けて。
神父様。神様。誰か、だれか、ダレ カ 、
***
「名無し!」
肩を掴まれ、大きく揺さぶられる。
毛穴という毛穴から汗が吹き出し、止まっていた呼吸がヒュッと喉を切り裂く。
バクバクと、フルマラソンした後のように心臓が鳴り響いていた。
まるで頭の中に心臓を押し込まれたような。
燃える手足の熱さも、呼吸が出来ない苦しさも思い出せる。
他人の記憶の追体験だというのに手足の震えは一向に止まらず、物言わぬ骸となった彼女がどれだけ絶望したか嫌でも分かった。
「す、すみません。だい、じょうぶです。ちょっとビックリしただけなので…」
何がどう大丈夫なのか。
何にどうビックリしたのか。
上手く説明も誤魔化しもできず、ただ曖昧に笑った。
「……少し休んでいなさい。ここから先は私達で調べるので…」
「行きます。嫌ですよ、足手まといは。」
St. Elmo's fire.#07
目を擦り、震える足を一度叩き、叱咤する。
大きく深呼吸をしたところで先程の凄惨な光景は薄れはしないが、ないよりはマシ。
大きく深呼吸をゆっくり繰り返し、名無しは汗を拭った。
固く閉ざされた鍵を非合法な方法で開ければ、中は歯車が規則的に回る音で満ちていた。
扉を閉めれば雨音が少し遠ざかる。
「…ウリエルは日輪の象徴でもあります。しかしそれ以前に、全ての発光体と地上の運行、気象、自然現象すら司る天使として知られています。」
太陽の彫刻を持った天使の像。
その上に聳えるのは、象形文字がみっちり刻まれたオベリスクだ。
「今回の奇怪は、悪天候自体が奇怪ではなく……イノセンスが発信するメッセージ自体が、たまたま奇怪になった。ということか?」
「恐らく。」
神田がオベリスクを見上げた後、辺りを見回す。
時計塔の築年数は――ざっと50年くらいだろうか。
しかしオベリスクはまるで数百年野晒にされていたかのように、所々苔がこびり付いていた。
「…なんか、後から時計塔を作ったように見えますね」
「その推測は正しいですよ。」
名無しがぺたぺたと彫刻に触れる横で、リンクはオベリスクの足元を調べていた。
オベリスクから、ひとつ、ふたつ、みっつ。
床に張られたタイルにも細かな装飾が施されているが、一つだけ図案があからさまに違うものがあった。
幾何学模様のタイルの中で、一際異質を放つのは『ウリエル』をモチーフにしたタイル。
はめ込まれた僅かな隙間に指を入れ、リンクはタイルをゆっくりと剥がした。
現れたのは、床下の穴蔵。
人ひとりだけ入れる穴の大きさに反して、床下の空間は予想以上に堅牢で丈夫だった。
黙々と穴の中に入るリンクに続いて、神田と名無しも身を滑らせる。
澱んだ空気。
通風口もない、まるでただの貯蔵用の地下に見えるが――
「……階段?」
「えぇ。どうやら、当たりのようです。」
神田が六幻に手を掛ける。
リンクも暗器を袖から出し、階段を降りきった先の扉に掛けられていた鍵を、刃先で呆気なく破壊した。
落ちる南京錠。
分厚く堅牢なドアを、ゆっくりと開ければ――
「!?」
噎せ返るような、死臭。
壁一面にはめ込まれた骸骨は異様な雰囲気だ。
その中央には、一本の柱と――そこに縛り付けられ、朽ち果てようとしている死骸がひとつ。
火をつけられたのだろう。
その足元には消し炭になった薪の残骸と、腐った身体の一部が崩れ落ちていた。
半端に火炙りにされ、そのまま密室の中で窒息したのだろうか。
中途半端に面影を残す姿は、明らかに女性だった。
「…………まるで、魔女の火炙りですね」
リンクの呟きが、空虚な墓標に響く。
秘匿されたネクロポリス。
死の都。
そこで、彼女は殺された。
「……降ろしてあげましょう。手伝ってもらえますか?」
名無しは遺体を隠すため団服を脱ぎ、神田とリンクに静かに声を掛ける。
失踪したヘデラは――変わり果てた姿で見つかることとなった。
***
消し炭にもならず、かといって軽度の火傷で済むはずもなく。
膝から下は焼け崩れてしまい、縛られた四肢も目をあてられない。
腐臭もさることながら、あまりの惨状に言葉も出なかった。
何か大判の布があればいいのだが、そんな便利なものは持ち合わせていない。
名無しは少し湿り気のある団服を脱ぎ、憐れな女性の遺体にそっと掛けた。
「……町長は恐らく関与しているでしょうが、正確な犯行人数は――」
「今から視ます。」
頬に掛かっていた髪を耳に掛け、名無しが静かな声で言い切る。
視線の先には紐が焼け焦げたペンダント。
煌々と炎が揺らめくような色をしたそれは、まるで生きているようだった。
……確認するまでもない。イノセンスだ。
「……やめとけ、って言っても見るんだろ。」
神田が呆れたように溜息をつく。
――静かに怒っている彼女は、きっと止めても無駄なのだろう。
理解のある師に一瞬だけ微笑み、名無しは大きく深呼吸をする。
閉じて、見開いた双眸は、暗がりでも眩く輝く宝石だ。
引き込まれる意識。
ぐらりと揺れた視界の向こうには、町長をはじめ、聞きこみ調査中に見たことがある顔ぶれが何人かいた。
手には揺らめく炎をたたえた松明。
薄い暗がりの中、女は粗末な丸太に縛り付けられたまま声を張り上げた。
『あれはただの薬草よ!魔術なんかに使ったりするものじゃない!』
『魔女は皆そう言うんだ!この間だって、妙な男がお前を訪ねてきていただろう!』
『あれはたはだの神父様よ!私に聖職者にならないか、ってお話を…』
『お前のような身よりもない女に、そんな話があるか!』
町長の一言にぐっと言葉を呑み込む。
ヴァチカンが支配するこの世界では、聖職者は貴族以上に権力を持つことがある。
だからこそ町長は疑ってかかったのだが――
『本当よ!でも貴方の息子の病が治るまでここに残るってお話をして…』
『なんだと!?妻め…やはりこんな魔女に息子を見せていたのか!あれくらいの病など、祈祷師にすら頼むまでもないわ!』
予想だにしていなかった妻の裏切りに、憤慨する町長。
穏やかそうな面持ちは外面だけのようだ。
怒りで醜悪に歪んだ表情は、まるで別人のようだった。
『あれは薬でなければ治らないわ!』
『ええい、黙れ黙れ!魔女の言葉には耳は傾けぬ!火を、火を放て!』
町長の号令に、松明を焚べる男達。
女の足元にはよく乾燥された薪が高々と積み上げられていた。
逃げようとしても縄が手足に食い込むだけ。
凌遅刑のように足先からジワジワ這い寄る炎は、恐怖以外の何物でもなかった。
熱い。あつい。いたい、嫌だ。
黒い煙が目の前を覆う。
息苦しい。息が出来ない。声が出ない。
『この死者の都で、死ぬ迄懺悔しろ!悪しき魔女め!』
誰か、助けて。
神父様。神様。誰か、だれか、ダレ カ 、
***
「名無し!」
肩を掴まれ、大きく揺さぶられる。
毛穴という毛穴から汗が吹き出し、止まっていた呼吸がヒュッと喉を切り裂く。
バクバクと、フルマラソンした後のように心臓が鳴り響いていた。
まるで頭の中に心臓を押し込まれたような。
燃える手足の熱さも、呼吸が出来ない苦しさも思い出せる。
他人の記憶の追体験だというのに手足の震えは一向に止まらず、物言わぬ骸となった彼女がどれだけ絶望したか嫌でも分かった。
「す、すみません。だい、じょうぶです。ちょっとビックリしただけなので…」
何がどう大丈夫なのか。
何にどうビックリしたのか。
上手く説明も誤魔化しもできず、ただ曖昧に笑った。
「……少し休んでいなさい。ここから先は私達で調べるので…」
「行きます。嫌ですよ、足手まといは。」
St. Elmo's fire.#07
目を擦り、震える足を一度叩き、叱咤する。
大きく深呼吸をしたところで先程の凄惨な光景は薄れはしないが、ないよりはマシ。
大きく深呼吸をゆっくり繰り返し、名無しは汗を拭った。