St. Elmo's fire.
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深夜。
耳をすませば自分以外の寝息が聞こえてくる。
神田のものだろうか。
規則正しく刻まれるリズムは、寄せては引いてく小波のようだ。
(……個室だったら本が読めたんだけどなぁ)
荷物の中に入れた本は、どうやら用無しになりそうだ。
目を瞑れば、柔らかな黒に包まれる。
ゆるやかな眠気が這い寄ってくるが、ここで眠るわけにはいかない。
――眠ってしまえば七割の記憶は整理され、忘れてしまうと言うが、全く誰が何を根拠に言ったのだろうか。
脳裏に焼き付くような、今までに視た『凄惨な光景』が、まるで先程見たかのように夢に出てくる。
涙がぼろぼろ零れる時もあれば、脂汗にまみれて起きる時もある。
時にはベッドから落ちて現実に戻された時もあるし、息を呑みながら跳ね起きた時もあった。
教団の部屋が個室で、壁もしっかり防音されていて本当に良かった。
勿論毎日毎晩そんな悪夢に魘されることはないのだが、誰かと夜を過ごさざるを得ない時は……正直一睡も出来なかった。
最初は、まだ稀だった。
修復任務の回数を重ねれば重ねる程、フラッシュバックの様に蘇る『誰かの過去』。
神田の前でそんな失態を冒した覚えはないが、残念ながらリンクの前ではやらかしてしまっていた。
流石に一年程、ずっと教団外で任務を共にしていれば気付かれるのは無理もない。
夢を見る度、目が覚める度に納得する。
なるほど。こんなものばかり視ていれば、確かにこの『目』を持った人の精神はズタズタになるだろう、と。
どこか他人事のように考えてしまえば、少しだけ気分が楽になる……気がした。
言い方を変えれば『他人事のように考えなければ、気がおかしくなりそうだった』ということなのだが。
仰向けになり、くしゃりと前髪をかきあげる。
横目で窓側を見れば、神田の寝顔が視界に入る。
ベッドひとつ分と、少し。
それなりに距離があるというのに、閉じられた瞼を縁取る、睫毛が目視出来る程に長い。
全くもって、羨ましい。そしてけしからん。
くすりと小さく笑って、反対側に視線を向ければ――
きっちりと仰向けになっているのに、首だけこちらを向いているリンクと目が合う。
暗がりの中で視線が絡めば、思わず両肩が揺れるのは無理もないだろう。
……変な声が出そうになった。危ない。
「……寝ないんですか?」
窓を激しく叩く雨音に掻き消されてしまいそうな、潜めた声。
いつもよりトーンをかなり落としたリンクの声が微かに聞こえた。
「…それ聞きます?」
「すみません。神田ユウなら知っているのかと」
「上手く隠していたので…。多分知ってるの、リンクさんくらいですよ」
「そうですか」
何故か僅かに口角を上げるリンク。
何がそんなに楽しいのやら。この人の考えていることは未だによく分からなかった。
「個室が取れればよかったのですが…すみません」
「仕方ないです。気にしませんから大丈夫ですよ」
初日に言った『納屋でもいい』は結構本気だったのだが。
却下されてしまったから仕方ないが。
「というか、リンクさんこそ寝たらどうです?」
「貴女が寝たら寝ますよ」
「……そりゃ連続徹夜コースですね」
「気にせず寝たらいいのに。」と名無しは笑い、形だけゆっくり瞼を閉じる。
嵐のような雨音が、窓ガラスを頻りに叩く。
窓から見える時計塔に灯る青白い光だけが、暗雲と宵闇に包まれた景色の中で一際明るく輝いていた。
St. Elmo's fire.#05.5
(…………本当に寝るつもりはないのか)
瞼を閉じては開け、ぼんやりと天井を眺める彼女。
きっと隠せるなら、ずっと隠して生きるつもりなのだろう。難儀な性格をしている。
そう考えたらシベリア行きの列車の中で、彼女の『弱い』ところを見れたのはある意味僥倖だったかもしれない。
……本人は不服だろうが。
(人に話すようなことではない。分かっている)
けれど、どうか。
私と彼女の間には、お互いに引いてしまった『線』がある。
それを軽々と、どうか誰か。
飛び越えて欲しいと。そして手を引いて欲しいと。
心の底から、静かに願った。
耳をすませば自分以外の寝息が聞こえてくる。
神田のものだろうか。
規則正しく刻まれるリズムは、寄せては引いてく小波のようだ。
(……個室だったら本が読めたんだけどなぁ)
荷物の中に入れた本は、どうやら用無しになりそうだ。
目を瞑れば、柔らかな黒に包まれる。
ゆるやかな眠気が這い寄ってくるが、ここで眠るわけにはいかない。
――眠ってしまえば七割の記憶は整理され、忘れてしまうと言うが、全く誰が何を根拠に言ったのだろうか。
脳裏に焼き付くような、今までに視た『凄惨な光景』が、まるで先程見たかのように夢に出てくる。
涙がぼろぼろ零れる時もあれば、脂汗にまみれて起きる時もある。
時にはベッドから落ちて現実に戻された時もあるし、息を呑みながら跳ね起きた時もあった。
教団の部屋が個室で、壁もしっかり防音されていて本当に良かった。
勿論毎日毎晩そんな悪夢に魘されることはないのだが、誰かと夜を過ごさざるを得ない時は……正直一睡も出来なかった。
最初は、まだ稀だった。
修復任務の回数を重ねれば重ねる程、フラッシュバックの様に蘇る『誰かの過去』。
神田の前でそんな失態を冒した覚えはないが、残念ながらリンクの前ではやらかしてしまっていた。
流石に一年程、ずっと教団外で任務を共にしていれば気付かれるのは無理もない。
夢を見る度、目が覚める度に納得する。
なるほど。こんなものばかり視ていれば、確かにこの『目』を持った人の精神はズタズタになるだろう、と。
どこか他人事のように考えてしまえば、少しだけ気分が楽になる……気がした。
言い方を変えれば『他人事のように考えなければ、気がおかしくなりそうだった』ということなのだが。
仰向けになり、くしゃりと前髪をかきあげる。
横目で窓側を見れば、神田の寝顔が視界に入る。
ベッドひとつ分と、少し。
それなりに距離があるというのに、閉じられた瞼を縁取る、睫毛が目視出来る程に長い。
全くもって、羨ましい。そしてけしからん。
くすりと小さく笑って、反対側に視線を向ければ――
きっちりと仰向けになっているのに、首だけこちらを向いているリンクと目が合う。
暗がりの中で視線が絡めば、思わず両肩が揺れるのは無理もないだろう。
……変な声が出そうになった。危ない。
「……寝ないんですか?」
窓を激しく叩く雨音に掻き消されてしまいそうな、潜めた声。
いつもよりトーンをかなり落としたリンクの声が微かに聞こえた。
「…それ聞きます?」
「すみません。神田ユウなら知っているのかと」
「上手く隠していたので…。多分知ってるの、リンクさんくらいですよ」
「そうですか」
何故か僅かに口角を上げるリンク。
何がそんなに楽しいのやら。この人の考えていることは未だによく分からなかった。
「個室が取れればよかったのですが…すみません」
「仕方ないです。気にしませんから大丈夫ですよ」
初日に言った『納屋でもいい』は結構本気だったのだが。
却下されてしまったから仕方ないが。
「というか、リンクさんこそ寝たらどうです?」
「貴女が寝たら寝ますよ」
「……そりゃ連続徹夜コースですね」
「気にせず寝たらいいのに。」と名無しは笑い、形だけゆっくり瞼を閉じる。
嵐のような雨音が、窓ガラスを頻りに叩く。
窓から見える時計塔に灯る青白い光だけが、暗雲と宵闇に包まれた景色の中で一際明るく輝いていた。
St. Elmo's fire.#05.5
(…………本当に寝るつもりはないのか)
瞼を閉じては開け、ぼんやりと天井を眺める彼女。
きっと隠せるなら、ずっと隠して生きるつもりなのだろう。難儀な性格をしている。
そう考えたらシベリア行きの列車の中で、彼女の『弱い』ところを見れたのはある意味僥倖だったかもしれない。
……本人は不服だろうが。
(人に話すようなことではない。分かっている)
けれど、どうか。
私と彼女の間には、お互いに引いてしまった『線』がある。
それを軽々と、どうか誰か。
飛び越えて欲しいと。そして手を引いて欲しいと。
心の底から、静かに願った。