St. Elmo's fire.
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
南京錠が掛かった時計塔の扉をピッキングし、音もなくそろりと踏み入る。
豪雨の雨音が少し遠ざかり、螺旋階段が上へ上へと伸びる建物内には、歯車と大きな振り子が一定のリズムを刻んでいた。
――リンクは、目を見開いた。
それは時計の機構が立派だったから…というわけはない。
時計塔の中心部に聳え立つオベリスク。
火の天使・ウリエルの彫刻を台座に据えたそれは、まるでヴァチカンにあるものと酷く似ていた。
かのベルニーニの意匠に似た彫刻。
象形文字で彫られた石碑。
間違いなくそれはレプリカではなく本物なのだが――
(…………?)
ふと、違和感を感じた。
この建物は……どこかおかしい。
St. Elmo's fire.#05
「リンクさんも帰ってきたところですし、今日の収穫を報告しましょうか。」
教団から支給された白いワイシャツ。
宿にいる間の部屋着にもなっているらしい。
団服のショートパンツとシャツ一枚になった名無しが、紙を片手にベッドから立ち上がる。
シャワーから戻ってきたばかりのリンクは、生乾きの髪をタオルでくしゃりと拭いながら小さく頷いた。
***
名無しの得た情報は、子供からだ。
この町には『ヘデラ』という女性が住んでいた。
…残念ながら過去形だ。今この町にヘデラはいない。
子供曰く『リンゴが庭に実って…その時期くらいからいなくなったとおもうよ』と証言を得ている。
ざっくり季節を逆算すると――大体一ヶ月前。
「ラベンダーやカモミール…他にも薬草になりそうな花のスケッチを、子供達に教えていたそうです。」
そして、聞き捨てならない単語が飛び出た。
――魔女、と。
「私のいた時代では、18世紀頃まで欧州諸国では『魔女裁判』が蔓延していました。薬草や医学に詳しい女性や、時には男性を『呪術を使う魔女』だとでっちあげ、理不尽な裁判や拷問に合わせていた歴史なのですが…」
「こちらでもありましたよ。大体合っています。…もっとも、実際に呪術や魔術は実在するので、でっちあげとは断言できませんが。」
現在ヴァチカンが制定している法律は『妖術行為禁止令』で、実際には『魔女裁判』そのものは機能しなくなっているそうだ。
呪術や魔術は、ヴァチカンに所属する者の特権のようなものだ。
一般人がおいそれと触っていいものではない。
技術の独占のようにも見えるが、実際呪術や魔術の駆使や研究は危険が伴う。
周りにどのようなリスクがあるのか計り知れないのだから、禁止するのは当然の流れだろう。
「これは仮説ですけど……魔女としての能力が、『適合者』の力だとすれば、」
「この悪天候にも理由がつくってことか」
神田が頬杖をつきながら口を開く。
名無しは小さく頷きながら「はい」と答えた。
問題は、ヘデラがどこにいるのか……という問題だ。
「薬草を干したままにした、無人の小屋なら森の奥にあったぞ。そこ女が住んでいたんだろう。
…あまり荒らされた形跡がなかった。つまりその女の知人――この町の住人が関与してる可能性は否定出来ねぇな。」
自ら失踪したわけではないだろう。
残された血痕がそれを物語っている。
「リンクさんは何か手掛かり見つけられましたか?」
名無しがホットミルクをちびちび飲みながら問いかける。
彼女の質問に、リンクは一瞬考え込む。
――今日見つけた代物は、リンクの『任務』の手掛かりであって、今回の奇怪にあまり関係ないかもしれない。
それでも、隠しておく理由は特に見つからなかった。
「時計塔の中に――オベリスクがありました。」
「オベリスク?えっと…サン・ピエトロ広場にある……細長いアレですか?」
「えぇ。」
リンクが違和感を覚えたのは、オベリスク自体ではなかった。
時計塔の中に入るための扉は、精々時計の機材が搬入できる程の大きさだった。
オベリスクを後から搬入するにはあまりにも小さすぎる。
つまり、逆転の発想だ。
あの建物は、オベリスクを隠す為に建設されたものだとしたら?
「しかし……オベリスクとは太陽神を象徴するもの。今回の奇怪には…関係あるのでしょうかね」
リンクが小さく溜息をつきながらこめかみを押さえる。
どうやら今回は彼も少しばかり疲れているようだ。
それも仕方ないだろう。この嵐の中調査をするのは、正直骨が折れる。
視界も悪い。体温も容赦なく奪われる。疲れないわけがなかった。
「……時計塔か。」
窓際にいた神田が、閉められていたカーテンを引きあげる。
宿の両開き窓から見える時計塔は、まさに町のシンボルと言える建物だが――。
「……オイ。光ってねぇか?」
神田が目を凝らす。
その視線の先には時計塔の、先細になった屋根の先端部。
落雷、ではなさそうだ。
青紫色にぼんやり光るそれは――
「檣頭電光(しょうとうでんこう)ですね。悪天候時に船のマストの先などが光る現象です。避雷針などもこの原理が応用されているんですよ」
「奇怪じゃねぇってことか?」
「そうですね」
リンクが窓の外を見ながら、神田に答えた。
檣頭電光。
通称――セントエルモの火。
名無しはそれを眺めながら、口元にそっと指を当てた。
豪雨の雨音が少し遠ざかり、螺旋階段が上へ上へと伸びる建物内には、歯車と大きな振り子が一定のリズムを刻んでいた。
――リンクは、目を見開いた。
それは時計の機構が立派だったから…というわけはない。
時計塔の中心部に聳え立つオベリスク。
火の天使・ウリエルの彫刻を台座に据えたそれは、まるでヴァチカンにあるものと酷く似ていた。
かのベルニーニの意匠に似た彫刻。
象形文字で彫られた石碑。
間違いなくそれはレプリカではなく本物なのだが――
(…………?)
ふと、違和感を感じた。
この建物は……どこかおかしい。
St. Elmo's fire.#05
「リンクさんも帰ってきたところですし、今日の収穫を報告しましょうか。」
教団から支給された白いワイシャツ。
宿にいる間の部屋着にもなっているらしい。
団服のショートパンツとシャツ一枚になった名無しが、紙を片手にベッドから立ち上がる。
シャワーから戻ってきたばかりのリンクは、生乾きの髪をタオルでくしゃりと拭いながら小さく頷いた。
***
名無しの得た情報は、子供からだ。
この町には『ヘデラ』という女性が住んでいた。
…残念ながら過去形だ。今この町にヘデラはいない。
子供曰く『リンゴが庭に実って…その時期くらいからいなくなったとおもうよ』と証言を得ている。
ざっくり季節を逆算すると――大体一ヶ月前。
「ラベンダーやカモミール…他にも薬草になりそうな花のスケッチを、子供達に教えていたそうです。」
そして、聞き捨てならない単語が飛び出た。
――魔女、と。
「私のいた時代では、18世紀頃まで欧州諸国では『魔女裁判』が蔓延していました。薬草や医学に詳しい女性や、時には男性を『呪術を使う魔女』だとでっちあげ、理不尽な裁判や拷問に合わせていた歴史なのですが…」
「こちらでもありましたよ。大体合っています。…もっとも、実際に呪術や魔術は実在するので、でっちあげとは断言できませんが。」
現在ヴァチカンが制定している法律は『妖術行為禁止令』で、実際には『魔女裁判』そのものは機能しなくなっているそうだ。
呪術や魔術は、ヴァチカンに所属する者の特権のようなものだ。
一般人がおいそれと触っていいものではない。
技術の独占のようにも見えるが、実際呪術や魔術の駆使や研究は危険が伴う。
周りにどのようなリスクがあるのか計り知れないのだから、禁止するのは当然の流れだろう。
「これは仮説ですけど……魔女としての能力が、『適合者』の力だとすれば、」
「この悪天候にも理由がつくってことか」
神田が頬杖をつきながら口を開く。
名無しは小さく頷きながら「はい」と答えた。
問題は、ヘデラがどこにいるのか……という問題だ。
「薬草を干したままにした、無人の小屋なら森の奥にあったぞ。そこ女が住んでいたんだろう。
…あまり荒らされた形跡がなかった。つまりその女の知人――この町の住人が関与してる可能性は否定出来ねぇな。」
自ら失踪したわけではないだろう。
残された血痕がそれを物語っている。
「リンクさんは何か手掛かり見つけられましたか?」
名無しがホットミルクをちびちび飲みながら問いかける。
彼女の質問に、リンクは一瞬考え込む。
――今日見つけた代物は、リンクの『任務』の手掛かりであって、今回の奇怪にあまり関係ないかもしれない。
それでも、隠しておく理由は特に見つからなかった。
「時計塔の中に――オベリスクがありました。」
「オベリスク?えっと…サン・ピエトロ広場にある……細長いアレですか?」
「えぇ。」
リンクが違和感を覚えたのは、オベリスク自体ではなかった。
時計塔の中に入るための扉は、精々時計の機材が搬入できる程の大きさだった。
オベリスクを後から搬入するにはあまりにも小さすぎる。
つまり、逆転の発想だ。
あの建物は、オベリスクを隠す為に建設されたものだとしたら?
「しかし……オベリスクとは太陽神を象徴するもの。今回の奇怪には…関係あるのでしょうかね」
リンクが小さく溜息をつきながらこめかみを押さえる。
どうやら今回は彼も少しばかり疲れているようだ。
それも仕方ないだろう。この嵐の中調査をするのは、正直骨が折れる。
視界も悪い。体温も容赦なく奪われる。疲れないわけがなかった。
「……時計塔か。」
窓際にいた神田が、閉められていたカーテンを引きあげる。
宿の両開き窓から見える時計塔は、まさに町のシンボルと言える建物だが――。
「……オイ。光ってねぇか?」
神田が目を凝らす。
その視線の先には時計塔の、先細になった屋根の先端部。
落雷、ではなさそうだ。
青紫色にぼんやり光るそれは――
「檣頭電光(しょうとうでんこう)ですね。悪天候時に船のマストの先などが光る現象です。避雷針などもこの原理が応用されているんですよ」
「奇怪じゃねぇってことか?」
「そうですね」
リンクが窓の外を見ながら、神田に答えた。
檣頭電光。
通称――セントエルモの火。
名無しはそれを眺めながら、口元にそっと指を当てた。