St. Elmo's fire.
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町の中心部をくまなく捜索するが、やはり上手く隠蔽されているのだろう。
本当にあるとは、限らない。
しかし本来ヴァチカンが管理しているはずの『それ』がここにある…と風の噂で情報が入った。
火がないところに煙は立たない。
こんな人々の印象に残らないような、何の変哲もない田舎なら尚更。
つまり、そういうことだ。
(怪しいとすれば……あの尖塔か。)
この町、唯一と言える印象的な建物。
町の中心に聳え立つ、時計塔。
ゴシック様式を取り入れた建物の年数は――ざっと築百年といったところか。
ハワード・リンクは外套のフードを指先で持ち上げ、高々と聳えたつ時計塔を見上げた。
針のような先端を持つ屋根先は、じわりと青白く光っていた。
St. Elmo's fire.#04
「報告しようにも内容がないのは困りましたねぇ」
「そうだな。」
「全くです。」
宿の主人が用意してくれた夕食を囲みながら、男二人と少女が口々に言う。
ラム肉のシチューは肉がほどける程に煮込まれており、シンプルなライ麦パンによく合う。
パンを頬ばればプチプチとした食感に、思わず頬が綻んだ。
「しかしこんな雨ばかりだと風邪を引いてしまいそうですね。」
「寒いですもんねぇ」
「お前らは風邪引く身体なんだから気をつけろよ」
シチューに入っていた人参を咀嚼しながら神田が言う。
名無しは「はーい」と素直に返事をしたものの、リンクに至っては切れ長の目を大きく見開いていた。
居心地悪い視線を感じたからか、神田が訝しげな表情で口を開く。
「……………………何だよ。」
「いえ。まさか貴方に心配されるとは。」
「ほっとけ。」
変わったのは立場だけではないらしい。
自然と他人を労わるような言葉が出てくるなんて、以前では考えられなかった。
その要因となった少女をちらりと見遣り、リンクは「いえ、失礼しました」と小さく笑った。
***
次の日。
相変わらず視界を白く染める程の大雨の中、名無しは教会に足を運んでいた。
靴裏についた泥を入口で落とし、清廉な空気を纏う聖堂に入る。
今日は日曜日ではないのでミサも何もない。
暇を持て余した子供数人が、教会の端で遊んでいた。
「何してるの?」
目線を合わせるため、しゃがみ込んで声をかける。
珍しい東洋人に少々驚いたようだったが、すぐに「おえかき!」と元気な返事が返ってきた。
「へぇ。何描いてるの?」
「おはな!あとはうさぎさんと、ねこさんとー」
クレヨンを握ったままの少女が、誇らしげに画用紙を見せてくる。
花と言っても絵に描いたような『花』ではない。
ピンクと紫のクレヨンを使って、子供にしては精巧に描かれていた。
少なくとも、花の種類が分かるほどに。
「……ラベンダーの花かな?」
「うん!ヘデラがおしえてくれたの!」
別の少女が見せてくれるのはカモミール。
他にも薬草やハーブになる花が描かれた画用紙を自慢げに見せてくれた。
「ヘデラって?」
「町のはしっこに住んでた、おねえちゃんよ。」
「うん。でもこのあいだからいなくなっちゃったの。」
「…いつからいなくなったか分かる?」
そう問えば、子供達は顔を見合わせる。
お互いにまるで様子を窺っているようだった。
「どうしたの?」
「ううん。ヘデラはね、『まじょ』だって、パパやママが言ってたから」
「だから神さまがかくしちゃったんだって言ってたの」
神様が隠した、魔女。
その言葉に違和感を感じながら、無邪気に答えてくれる子供に「もう少し、詳しく教えて欲しいな」と名無しは柔らかく笑った。
***
町のはずれ。
中心部からかなり離れた場所。
人が使っていたであろう道は雑草がおおい茂り、ぬかるみが深い黒土は酷いものだった。
一歩一歩足を上げる度に張り付く粘土質の泥に、つい舌打ちが零れてしまう。
神田がこんな悪路を歩いているのは、訳があった。
木々の間から見えた、一軒の小屋。
沼を挟んだ向こう側だったので遠回りをしているが、距離的にはそう遠くないものだった。
が、予想以上に足元が悪い。
そしてこの豪雨だ。不快指数度はうなぎ登りだった。
「……はぁ。」
小屋の軒先にようやく辿り着き、思わず溜息が漏れる。
聞き込みをする為、木製の玄関ドアに取り付けられたドアノッカーを鳴らした。
ギィ……と軋む蝶番の音。
それは内側から住人が開けたわけではなく、勝手に開いたものだった。
六幻に手を掛け、隙間から中を覗き見る。
視線を落とせば――理解した。
ドアノブが、既に壊されているということに。
この大雨のせいもあるのだろう。金属製の取っ手は錆付き始めていた。
刀から手を離さず、肩でドアをゆっくり押し開ける。
中には少し大きめの木製テーブルに、木製の椅子が二つ。
実際、椅子はひとつしか使っていなかったのだろう。片方の椅子には鞄と上着が掛けられており、人が座っていそうな痕跡は見当たらなかった。
テーブルに用意されたままの食器は、一人分。
恐らく一人暮らしの家だろう。
作られてから時間が経った、腐敗した食事とスープ。
使われた後であろう、ガラスコップが台所に置かれたままだった。
生活感を残したまま、いなくなった住人。
それは――自らいなくなったわけでは、なさそうだった。
(……血痕か。)
ギシッと軋む床板には、僅かに残る血の跡があった。
殺されたらもっと夥しい血の海が出来ていただろうが、見る限りでは…頭部を殴られた時に滲んだ血のようだ。
熊に襲われたにしては小綺麗すぎる。
強盗に押し入られたにしては、チェストやタンスが荒らされていない。
誘拐にしては生活感が残りすぎている。
知人に押し入られ、拉致された可能性がある。
――それが、奇怪に関係しているか分からなかったが。
念の為小屋の奥の部屋も確かめてみる。
トイレ。風呂。納戸。
寝室を見る限りでは、女の住まいようだが――。
残りの一部屋は、物置のような部屋だった。
小さなテーブルには薬研と乳鉢、乳棒。
積み重ねられた古めかしい本。
天井には所狭しと干された草が吊るされていた。
灰紫に変色した小さな花房をちぎり、スンと嗅いでみれば……
(…………ラベンダーか?)
本当にあるとは、限らない。
しかし本来ヴァチカンが管理しているはずの『それ』がここにある…と風の噂で情報が入った。
火がないところに煙は立たない。
こんな人々の印象に残らないような、何の変哲もない田舎なら尚更。
つまり、そういうことだ。
(怪しいとすれば……あの尖塔か。)
この町、唯一と言える印象的な建物。
町の中心に聳え立つ、時計塔。
ゴシック様式を取り入れた建物の年数は――ざっと築百年といったところか。
ハワード・リンクは外套のフードを指先で持ち上げ、高々と聳えたつ時計塔を見上げた。
針のような先端を持つ屋根先は、じわりと青白く光っていた。
St. Elmo's fire.#04
「報告しようにも内容がないのは困りましたねぇ」
「そうだな。」
「全くです。」
宿の主人が用意してくれた夕食を囲みながら、男二人と少女が口々に言う。
ラム肉のシチューは肉がほどける程に煮込まれており、シンプルなライ麦パンによく合う。
パンを頬ばればプチプチとした食感に、思わず頬が綻んだ。
「しかしこんな雨ばかりだと風邪を引いてしまいそうですね。」
「寒いですもんねぇ」
「お前らは風邪引く身体なんだから気をつけろよ」
シチューに入っていた人参を咀嚼しながら神田が言う。
名無しは「はーい」と素直に返事をしたものの、リンクに至っては切れ長の目を大きく見開いていた。
居心地悪い視線を感じたからか、神田が訝しげな表情で口を開く。
「……………………何だよ。」
「いえ。まさか貴方に心配されるとは。」
「ほっとけ。」
変わったのは立場だけではないらしい。
自然と他人を労わるような言葉が出てくるなんて、以前では考えられなかった。
その要因となった少女をちらりと見遣り、リンクは「いえ、失礼しました」と小さく笑った。
***
次の日。
相変わらず視界を白く染める程の大雨の中、名無しは教会に足を運んでいた。
靴裏についた泥を入口で落とし、清廉な空気を纏う聖堂に入る。
今日は日曜日ではないのでミサも何もない。
暇を持て余した子供数人が、教会の端で遊んでいた。
「何してるの?」
目線を合わせるため、しゃがみ込んで声をかける。
珍しい東洋人に少々驚いたようだったが、すぐに「おえかき!」と元気な返事が返ってきた。
「へぇ。何描いてるの?」
「おはな!あとはうさぎさんと、ねこさんとー」
クレヨンを握ったままの少女が、誇らしげに画用紙を見せてくる。
花と言っても絵に描いたような『花』ではない。
ピンクと紫のクレヨンを使って、子供にしては精巧に描かれていた。
少なくとも、花の種類が分かるほどに。
「……ラベンダーの花かな?」
「うん!ヘデラがおしえてくれたの!」
別の少女が見せてくれるのはカモミール。
他にも薬草やハーブになる花が描かれた画用紙を自慢げに見せてくれた。
「ヘデラって?」
「町のはしっこに住んでた、おねえちゃんよ。」
「うん。でもこのあいだからいなくなっちゃったの。」
「…いつからいなくなったか分かる?」
そう問えば、子供達は顔を見合わせる。
お互いにまるで様子を窺っているようだった。
「どうしたの?」
「ううん。ヘデラはね、『まじょ』だって、パパやママが言ってたから」
「だから神さまがかくしちゃったんだって言ってたの」
神様が隠した、魔女。
その言葉に違和感を感じながら、無邪気に答えてくれる子供に「もう少し、詳しく教えて欲しいな」と名無しは柔らかく笑った。
***
町のはずれ。
中心部からかなり離れた場所。
人が使っていたであろう道は雑草がおおい茂り、ぬかるみが深い黒土は酷いものだった。
一歩一歩足を上げる度に張り付く粘土質の泥に、つい舌打ちが零れてしまう。
神田がこんな悪路を歩いているのは、訳があった。
木々の間から見えた、一軒の小屋。
沼を挟んだ向こう側だったので遠回りをしているが、距離的にはそう遠くないものだった。
が、予想以上に足元が悪い。
そしてこの豪雨だ。不快指数度はうなぎ登りだった。
「……はぁ。」
小屋の軒先にようやく辿り着き、思わず溜息が漏れる。
聞き込みをする為、木製の玄関ドアに取り付けられたドアノッカーを鳴らした。
ギィ……と軋む蝶番の音。
それは内側から住人が開けたわけではなく、勝手に開いたものだった。
六幻に手を掛け、隙間から中を覗き見る。
視線を落とせば――理解した。
ドアノブが、既に壊されているということに。
この大雨のせいもあるのだろう。金属製の取っ手は錆付き始めていた。
刀から手を離さず、肩でドアをゆっくり押し開ける。
中には少し大きめの木製テーブルに、木製の椅子が二つ。
実際、椅子はひとつしか使っていなかったのだろう。片方の椅子には鞄と上着が掛けられており、人が座っていそうな痕跡は見当たらなかった。
テーブルに用意されたままの食器は、一人分。
恐らく一人暮らしの家だろう。
作られてから時間が経った、腐敗した食事とスープ。
使われた後であろう、ガラスコップが台所に置かれたままだった。
生活感を残したまま、いなくなった住人。
それは――自らいなくなったわけでは、なさそうだった。
(……血痕か。)
ギシッと軋む床板には、僅かに残る血の跡があった。
殺されたらもっと夥しい血の海が出来ていただろうが、見る限りでは…頭部を殴られた時に滲んだ血のようだ。
熊に襲われたにしては小綺麗すぎる。
強盗に押し入られたにしては、チェストやタンスが荒らされていない。
誘拐にしては生活感が残りすぎている。
知人に押し入られ、拉致された可能性がある。
――それが、奇怪に関係しているか分からなかったが。
念の為小屋の奥の部屋も確かめてみる。
トイレ。風呂。納戸。
寝室を見る限りでは、女の住まいようだが――。
残りの一部屋は、物置のような部屋だった。
小さなテーブルには薬研と乳鉢、乳棒。
積み重ねられた古めかしい本。
天井には所狭しと干された草が吊るされていた。
灰紫に変色した小さな花房をちぎり、スンと嗅いでみれば……
(…………ラベンダーか?)