St. Elmo's fire.
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「雨が止まない町……ハイネ、ですか?」
「そう。ここ一ヶ月程、ずっと悪天候の町さ。」
書類の山に挟まれたコムイが、資料を片手に口を開く。
「日本で言うところの…梅雨とかじゃなくてですか?」
「そうだったらよかったんだけどね。その町に差し掛かった途端、大雨・ハリケーン・雷雨…なんでもありらしくて。」
これには探索者もお手上げらしい。
ここまで極端な異常気象だと、奇怪だと言わざるを得ないだろう。
St. Elmo's fire.#01
名無しの支度が終わるまでの間。
調査先で滞在するための荷物を持った神田。
方舟のゲート前のエントランスにて待ちぼうけをしていると、あまり会いたくない人物が靴底を鳴らしながらやってきた。
嫌い云々というよりは、『彼』が一枚噛むと、面倒な事になると相場が決まっているからだ。
「神田ユウ。」
マルコム・C・ルベリエ。
その後ろには、簡単な荷物を持ったハワード・リンクも控えていた。
「今回の任務だが、ハワード・リンク監査官も同行する。」
有無を言わさぬ、低い声。
露骨に嫌そうな表情を浮かべる神田は、小さく舌打ちを漏らす。
「拒否権はねぇんだろうが。」
「何。そちらの任務で手が必要であれば協力するよう伝えている。」
やけに友好的ではあるが、この男の真意を推し量ることは難しい。
どうせ理由を聞いたところで答えはしないだろう。
諦めたように神田は重々しく溜息をつく。
コムイにも無理に話を通した後だろう。
彼の気苦労を無駄に増やすわけにもいかず、諦めたように「勝手にしろ」と答えた。
「ところで、」
コホンとひとつ、咳払い。
至極真面目な表情で、ルベリエは問うた。
「前倒しで用意しているのだが、祝儀はいるかね?」
「いらねぇよ!」
なんで知ってんだコイツ!
***
イギリスの西端に位置する、田舎町・ハイネ。
都会の喧騒から離れたその町は、温暖な気候に恵まれ、まさに穏やかな片田舎といった雰囲気の町だ。
田畑を耕す人。家畜の世話をする人。教会の一角で子供に字を教える人。
自然が溢れるその風景は、まるで印象派の絵画のような雰囲気すらあった。
だが、現在は――。
方舟のゲートから降り立ち、ハイネへ向かって暫く歩いた時のことだ。
晴れ渡った秋の空は、ある地点から一転して雨雲に。
はらりと落ちる樫の木の落葉は、雨風に晒され空へと舞い上がる。
極めつけに、叩きつけるような豪雨は視界を一瞬にしてモノクロに染め上げた。
あまりに突然の天候の変化に、奇怪に慣れているはずの神田とリンクも閉口した。
大雨なんて表現では生ぬるい。
これは水害だ。
命からがら町に辿り着けば、真っ先に宿屋へ駆け込む。
町の中心部にあったため、見つけやすかったのが不幸中の幸いだろう。
「すみません。宿を予約していたヴァチカンの者ですが…」
リンクが羽織っている、ベージュのコートは色が変わってしまう程にぐっしょりだ。
使い込まれたタイルの床には、小さな水溜まりが出来てしまっている。
神田と名無しは宿の軒先で団服の裾を絞っているようで、遠くから滝のような音が聞こえてきた。
「遠路はるばるご苦労様です。予約はお伺いしております。しかし…私めの宿は個室がなくて…大部屋になるのですが、よろしいでしょうか?」
「女性がいるのですが、なんとかなりませんか?」
仕方ないとはいえ、リンクが少し眉を顰める。
しかし、ないものはどうしようもない。
「気になるんだったら私は納屋とかでもいいですけど。」
「どうしてそうなるんですか、貴女は。」
水気を絞った……といっても未だに濡れ鼠の名無しが、リンクの後ろから顔を出す。
『そういえばこの娘は野宿も平気な子だった』と思い返し、リンクは思わずこめかみを押さえた。
「…仕方ありません。大部屋で大丈夫です。」
リンクはそっと溜息をつきながら、宿の帳簿にペンを走らせた。
「そう。ここ一ヶ月程、ずっと悪天候の町さ。」
書類の山に挟まれたコムイが、資料を片手に口を開く。
「日本で言うところの…梅雨とかじゃなくてですか?」
「そうだったらよかったんだけどね。その町に差し掛かった途端、大雨・ハリケーン・雷雨…なんでもありらしくて。」
これには探索者もお手上げらしい。
ここまで極端な異常気象だと、奇怪だと言わざるを得ないだろう。
St. Elmo's fire.#01
名無しの支度が終わるまでの間。
調査先で滞在するための荷物を持った神田。
方舟のゲート前のエントランスにて待ちぼうけをしていると、あまり会いたくない人物が靴底を鳴らしながらやってきた。
嫌い云々というよりは、『彼』が一枚噛むと、面倒な事になると相場が決まっているからだ。
「神田ユウ。」
マルコム・C・ルベリエ。
その後ろには、簡単な荷物を持ったハワード・リンクも控えていた。
「今回の任務だが、ハワード・リンク監査官も同行する。」
有無を言わさぬ、低い声。
露骨に嫌そうな表情を浮かべる神田は、小さく舌打ちを漏らす。
「拒否権はねぇんだろうが。」
「何。そちらの任務で手が必要であれば協力するよう伝えている。」
やけに友好的ではあるが、この男の真意を推し量ることは難しい。
どうせ理由を聞いたところで答えはしないだろう。
諦めたように神田は重々しく溜息をつく。
コムイにも無理に話を通した後だろう。
彼の気苦労を無駄に増やすわけにもいかず、諦めたように「勝手にしろ」と答えた。
「ところで、」
コホンとひとつ、咳払い。
至極真面目な表情で、ルベリエは問うた。
「前倒しで用意しているのだが、祝儀はいるかね?」
「いらねぇよ!」
なんで知ってんだコイツ!
***
イギリスの西端に位置する、田舎町・ハイネ。
都会の喧騒から離れたその町は、温暖な気候に恵まれ、まさに穏やかな片田舎といった雰囲気の町だ。
田畑を耕す人。家畜の世話をする人。教会の一角で子供に字を教える人。
自然が溢れるその風景は、まるで印象派の絵画のような雰囲気すらあった。
だが、現在は――。
方舟のゲートから降り立ち、ハイネへ向かって暫く歩いた時のことだ。
晴れ渡った秋の空は、ある地点から一転して雨雲に。
はらりと落ちる樫の木の落葉は、雨風に晒され空へと舞い上がる。
極めつけに、叩きつけるような豪雨は視界を一瞬にしてモノクロに染め上げた。
あまりに突然の天候の変化に、奇怪に慣れているはずの神田とリンクも閉口した。
大雨なんて表現では生ぬるい。
これは水害だ。
命からがら町に辿り着けば、真っ先に宿屋へ駆け込む。
町の中心部にあったため、見つけやすかったのが不幸中の幸いだろう。
「すみません。宿を予約していたヴァチカンの者ですが…」
リンクが羽織っている、ベージュのコートは色が変わってしまう程にぐっしょりだ。
使い込まれたタイルの床には、小さな水溜まりが出来てしまっている。
神田と名無しは宿の軒先で団服の裾を絞っているようで、遠くから滝のような音が聞こえてきた。
「遠路はるばるご苦労様です。予約はお伺いしております。しかし…私めの宿は個室がなくて…大部屋になるのですが、よろしいでしょうか?」
「女性がいるのですが、なんとかなりませんか?」
仕方ないとはいえ、リンクが少し眉を顰める。
しかし、ないものはどうしようもない。
「気になるんだったら私は納屋とかでもいいですけど。」
「どうしてそうなるんですか、貴女は。」
水気を絞った……といっても未だに濡れ鼠の名無しが、リンクの後ろから顔を出す。
『そういえばこの娘は野宿も平気な子だった』と思い返し、リンクは思わずこめかみを押さえた。
「…仕方ありません。大部屋で大丈夫です。」
リンクはそっと溜息をつきながら、宿の帳簿にペンを走らせた。