mirage faker
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夕方。
宿に帰ると騒然としていた。
皿か花瓶か。陶器の割れる音が入口から既に聞こえてくる。
客による乱闘騒ぎかと思ったが、どうもそうではないらしい。
――何考えているんだ、やめなさい!
フロントの、カウンター奥。
宿の事務所であろう部屋から、男の罵声が聞こえてくる。
いや。罵声というより、焦りと動揺が滲んでいるものだった。
訝しげに眉を顰める神田を見上げれば、パチリと視線が絡む。
私は小さく頷き、中の様子を探るべくカウンターの奥へ顔を覗き込ませた。
「あの、どうかされました、」
か。
続けられるはずだった言葉は途中で遮られた。
ランタン用のオイルが入ったボトルと、火がついた燭台を握りしめてる女主人。
それを必死に抑えて止めようとしている宿屋の主人であろう男がいた。
それは紛れもなく『放火』しようとしている現場にしか見えない。逆にそれ以外どう見間違えるものか。
「な、何してるんですか!?」
「この宿があるから私達には自由がない、こんなもの…こんなものがあるから!」
「何を言ってるんだお前は!正気か!?」
女のヒステリックな声と、必死に抑えているためか男のくぐもった声。
――目の奥が、チリッと熱くなった……気がした。
(もしかして、)
双眸を見開き、燭台を振りかざす女主人を視線で射抜く。
イノセンスの『眼』で暴けば、甲高い声を上げていた彼女はピタリと動きを止め、
……まるでそこに元からいなかったかのように、白い靄になって消えた。
突然『いなくなった』女主人に、驚愕の色を隠せない宿屋の主人。
力いっぱい押さえ込んでいたのだろう。逞しい腕は虚しく空を切る。
女主人だったものが握りしめていた、ランタンのオイルと燭台は、
「あっ……ぶ、ない!うっ、ぶっは!」
バシャッ
燭台は見事に掴むことが出来たが、残念ながらランタンのオイルは頭で受け止めてしまった。
…地味に痛い。
mirage faker-03
『じゃあ、アンタのとこの『嫁』の姿をした女は、突然宿に放火しようとしたのか?』
『あぁ…』
女主人《本人》はというと、宿屋の主人と彼女の住居スペースである部屋にて倒れていた。
ドレッサーの椅子は倒れ、鏡は割れ、窓際に置いていた観葉植物までなぎ倒されていた惨状だったが、不幸中の幸いか気絶していた女主人に怪我はなかった。
女主人『だった』ものが暴れたのか、それとも第三者の犯行か。
なんにせよ普通の精神状態ではない者が暴れたのは間違いなさそうだった。
(アクマの仕業、じゃなさそうだな)
コムイの勘は当たったと言っていいだろう。
恐らくこれは、奇怪だ。
女主人をかたどった幻はイノセンスが作り出した奇怪だとすれば、名無しの『福音の瞳』で消えたのも道理だろう。
彼女曰く『アクマの感じではなかった』と言うのだから、まず奇怪で間違いない。
(さて。どうしたもんか)
女主人の証言があれば話は早いのだが、そういう訳にもいかない。
宿屋の主人は昏睡している女主人の看病をしているが、起きる様子は今のところないそうだ。
残念ながら暫くは目を覚まさないだろう。
「…つーか、遅ェな」
ランタンの油まみれになった名無しは、ひと足早くシャワーを浴びている。
火の点いた燭台を受け止めたのは見事だが、ランタンのオイルを頭から被ったのは…運が悪いというか、最後の詰めが甘いというか。
一歩間違えたら全身大やけどだ。
(危なっかしくて見てらんねぇな)
以前の一件から、突然手元からいなくなりそうな危うさはなくなったものの、それでもやはり目は中々離せない。
『師として』もあるが、愚かしくも淡い感情を抱いたことを自覚したところが大きいだろう。
しかし肝心の名無しから好意の対象にしてもらえるのか。そもそも、そういう候補に入っているのかすら怪しい。
(…アイツ、ニブそうだしな)
はぁ、と溜息をひとつ。
有事以外はまるで日向ぼっこしている子犬のようにコロコロしている彼女に、好意を伝えることが出来るのはいつになることやら。
――そんなのは簡単だ。行動で表しちまえばいい。
部屋には俺一人の、はず。
聞きなれた『俺』の声。
声の主は壁に掛けられた一枚の鏡。
『安心しろよ、《俺》が上手くやってやる』
鏡に映った《俺》の仏頂面が、欲に歪んだ表情でニヤリと笑った。
宿に帰ると騒然としていた。
皿か花瓶か。陶器の割れる音が入口から既に聞こえてくる。
客による乱闘騒ぎかと思ったが、どうもそうではないらしい。
――何考えているんだ、やめなさい!
フロントの、カウンター奥。
宿の事務所であろう部屋から、男の罵声が聞こえてくる。
いや。罵声というより、焦りと動揺が滲んでいるものだった。
訝しげに眉を顰める神田を見上げれば、パチリと視線が絡む。
私は小さく頷き、中の様子を探るべくカウンターの奥へ顔を覗き込ませた。
「あの、どうかされました、」
か。
続けられるはずだった言葉は途中で遮られた。
ランタン用のオイルが入ったボトルと、火がついた燭台を握りしめてる女主人。
それを必死に抑えて止めようとしている宿屋の主人であろう男がいた。
それは紛れもなく『放火』しようとしている現場にしか見えない。逆にそれ以外どう見間違えるものか。
「な、何してるんですか!?」
「この宿があるから私達には自由がない、こんなもの…こんなものがあるから!」
「何を言ってるんだお前は!正気か!?」
女のヒステリックな声と、必死に抑えているためか男のくぐもった声。
――目の奥が、チリッと熱くなった……気がした。
(もしかして、)
双眸を見開き、燭台を振りかざす女主人を視線で射抜く。
イノセンスの『眼』で暴けば、甲高い声を上げていた彼女はピタリと動きを止め、
……まるでそこに元からいなかったかのように、白い靄になって消えた。
突然『いなくなった』女主人に、驚愕の色を隠せない宿屋の主人。
力いっぱい押さえ込んでいたのだろう。逞しい腕は虚しく空を切る。
女主人だったものが握りしめていた、ランタンのオイルと燭台は、
「あっ……ぶ、ない!うっ、ぶっは!」
バシャッ
燭台は見事に掴むことが出来たが、残念ながらランタンのオイルは頭で受け止めてしまった。
…地味に痛い。
mirage faker-03
『じゃあ、アンタのとこの『嫁』の姿をした女は、突然宿に放火しようとしたのか?』
『あぁ…』
女主人《本人》はというと、宿屋の主人と彼女の住居スペースである部屋にて倒れていた。
ドレッサーの椅子は倒れ、鏡は割れ、窓際に置いていた観葉植物までなぎ倒されていた惨状だったが、不幸中の幸いか気絶していた女主人に怪我はなかった。
女主人『だった』ものが暴れたのか、それとも第三者の犯行か。
なんにせよ普通の精神状態ではない者が暴れたのは間違いなさそうだった。
(アクマの仕業、じゃなさそうだな)
コムイの勘は当たったと言っていいだろう。
恐らくこれは、奇怪だ。
女主人をかたどった幻はイノセンスが作り出した奇怪だとすれば、名無しの『福音の瞳』で消えたのも道理だろう。
彼女曰く『アクマの感じではなかった』と言うのだから、まず奇怪で間違いない。
(さて。どうしたもんか)
女主人の証言があれば話は早いのだが、そういう訳にもいかない。
宿屋の主人は昏睡している女主人の看病をしているが、起きる様子は今のところないそうだ。
残念ながら暫くは目を覚まさないだろう。
「…つーか、遅ェな」
ランタンの油まみれになった名無しは、ひと足早くシャワーを浴びている。
火の点いた燭台を受け止めたのは見事だが、ランタンのオイルを頭から被ったのは…運が悪いというか、最後の詰めが甘いというか。
一歩間違えたら全身大やけどだ。
(危なっかしくて見てらんねぇな)
以前の一件から、突然手元からいなくなりそうな危うさはなくなったものの、それでもやはり目は中々離せない。
『師として』もあるが、愚かしくも淡い感情を抱いたことを自覚したところが大きいだろう。
しかし肝心の名無しから好意の対象にしてもらえるのか。そもそも、そういう候補に入っているのかすら怪しい。
(…アイツ、ニブそうだしな)
はぁ、と溜息をひとつ。
有事以外はまるで日向ぼっこしている子犬のようにコロコロしている彼女に、好意を伝えることが出来るのはいつになることやら。
――そんなのは簡単だ。行動で表しちまえばいい。
部屋には俺一人の、はず。
聞きなれた『俺』の声。
声の主は壁に掛けられた一枚の鏡。
『安心しろよ、《俺》が上手くやってやる』
鏡に映った《俺》の仏頂面が、欲に歪んだ表情でニヤリと笑った。