waltz for the moon
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『私がいる場所から……最低でも半径20m程、木を一気に切り倒して頂きたくて。
満月が南中に昇れば一番影が小さくなります。逃げ場を完全に失わせた一瞬を確実に仕留めます。』
そう言った彼女は、生きているだろうか。
木々を文字通りなぎ倒した後、アクマが爆ぜる音が木々の合間へ鳴り響いた。
あの爆発に巻き込まれていたら。
木々に押し潰されていたら。
完全に腰を抜かしたブローカー男を、方舟のゲートから増援に来た探索者に押し付け、急いで現場へ走った。
ぽっかり空いた、森の中心部。
そこだけ満月の光が煌々と降り注いでおり、森の中とは思えない空間だった。
破壊されたアクマの残骸と、そのすぐ近くでへたり込んでいる名無しの姿があった。
「名無し!」
「あ、神田さん」
気が抜けたように笑う彼女は、切り傷や擦り傷はしているものの元気そうに見えた。
「いい所に。ちょっと手を貸して頂けると嬉しいです…。飛び降りた時に足を挫いてしまって…」
ボロボロになった名無しがヘラヘラと笑う。
アクマを引きつけるため相当森の中を駆け回ったのだろう。頬や背中にも擦り傷が多く見られる。
裾が長かったはずのドレスの布地はボロ布になっており、足の裏は目も当てられない程だった。
「……ちょっと待て。飛び降りた時ってお前、」
「だって確実に斬撃を避けられて、見晴らしがいいところと言ったら、木に登るしかなくて……」
へらへらと困ったように笑ってはいるが、心底怖かったらしい。
立ち上がろうとする名無しの手を取れば、指先が震えていた。
極度の高所恐怖症――しかも『落ちる』ということに関しては特に苦手としているというのに。
子供の木登りとは訳が違う。
闇を作り出していた森の木々は、ざっと10m以上の高さはあった。
よくもまぁこんな無理をしたものだ。神田は呆れて言葉が出なかった。
深く、深く、溜息をつく。
名無しの手を引き上げ横抱きにすれば、香水やシャンプーの香りは完全に消え失せていた。
葉と土と汗の匂いが鼻につく。
「う、わっ!?か、神田さん!一応歩けますから、」
「その怪我だらけの裸足でか?冗談も程々にしろ。」
少しばかりの怒気を含めて叱咤すれば、流石の名無しも口を噤んだ。
帰ったらリナリーになんて言われることやら。
そもそも彼女のこういう無茶を通す癖は何とかならないものか。
「…今日はご迷惑お掛けしっぱなしですね…」
申し訳なさそうに眉を寄せる名無しを見下ろしながら、溜息をつく。
……今日はやたらと溜息が多い気がする。
「……お前にくらいしかしねぇよ、こんなこと。」
そう呟けば腕の中の少女はサァッと顔を青ざめる。
「…それ、その、むちゃくちゃ足手まといってことですよね……」
何を勘違いしているのか。
……あぁ。こういう介抱を『必要』としているのが名無しくらいなものだと、解釈違いをしているのか。
残念ながら他の面子と組んで、負傷したとしても精々肩を貸すくらいだ。
神田は、本日最大級の溜息を大きく吐き出した。
「…………………………鈍い………」
「へ。」
鈍感だとは思っていた。
いや、訂正しよう。
他人の機微には聡いし、飲み込みもそこそこ早い。
頭も悪くないし、効率よく動けている。
なのに、他人からの好意に対しては、驚く程に鈍い。
ひとりで生きていた年数がそれなりにあるせいか。他人と壁を作るのが、非常に上手い。
それなりの距離をワザととっていることは、薄々気づいていた。
一時の神田は、他人との関わりをなるべく排除した生活をしていたが――もしかするとこちらの方がタチが悪いかもしれない。
こういう手合いは、回りくどくなく、ストレートに言ってしまうに限る。
そもそもあの手この手と手回しするのは、嫌いなのだから。
「恋人のふりも、こんな世話も、お前じゃねぇとしねぇよ。」
「……あの、それ」
「つまり好、」
神田の言葉は名無しの手によって遮られる。
月光に照らされた彼女の顔は茹で上がる程に赤いのに、表情は石のように強ばっていた。
「駄目です。それ以上は、ダメです。」
「……何でだよ。」
「特別になったら、もっと甘えてしまう。置いていかれると、寂しくなる。
――自覚したくないんです。だからそれ以上は、」
「ウダウダうるせぇ。お前がどう思ってようが関係ねぇ。惚れたもんは仕方ないだろ。」
甘えるのがそもそも下手なんだ。もっと甘えて何の問題があるというのか。
置いていかれるのが怖いというなら、しぶといことが取り柄の自分が一番適任だろう。
「他にもつべこべ理由つけるなら言ってみろ。一つずつ叩き潰してやる。」
「か、過激すぎでは!?」
「元がこういう性分なんだよ。」
そっちが一定の距離を取ろうとするなら、こっちだって考えがある。
逃げるのなら追いかけるまでだ。
そもそもそんな相手の顔色を窺いながら言葉を選ぶなんて性じゃない。
相手の距離感を意識してやる程、丁寧でもない。
「嫌ってるなら話は別だがな。」
我ながらなんて意地の悪い質問なのだと呆れてしまう。
仮に嫌っていたとしても、お人好しの彼女が面と向かって嫌いだと言えるはずがないのに。
真っ赤な顔で視線を右往左往させる名無し。
観念したように項垂れ、両手で顔を覆いながらボソリと呟く。
「……………ずるいですよ、神田さん。」
「大人になれば狡くなるんだよ。」
「好きだ。名無し。」
満月が南中に昇れば一番影が小さくなります。逃げ場を完全に失わせた一瞬を確実に仕留めます。』
そう言った彼女は、生きているだろうか。
木々を文字通りなぎ倒した後、アクマが爆ぜる音が木々の合間へ鳴り響いた。
あの爆発に巻き込まれていたら。
木々に押し潰されていたら。
完全に腰を抜かしたブローカー男を、方舟のゲートから増援に来た探索者に押し付け、急いで現場へ走った。
ぽっかり空いた、森の中心部。
そこだけ満月の光が煌々と降り注いでおり、森の中とは思えない空間だった。
破壊されたアクマの残骸と、そのすぐ近くでへたり込んでいる名無しの姿があった。
「名無し!」
「あ、神田さん」
気が抜けたように笑う彼女は、切り傷や擦り傷はしているものの元気そうに見えた。
「いい所に。ちょっと手を貸して頂けると嬉しいです…。飛び降りた時に足を挫いてしまって…」
ボロボロになった名無しがヘラヘラと笑う。
アクマを引きつけるため相当森の中を駆け回ったのだろう。頬や背中にも擦り傷が多く見られる。
裾が長かったはずのドレスの布地はボロ布になっており、足の裏は目も当てられない程だった。
「……ちょっと待て。飛び降りた時ってお前、」
「だって確実に斬撃を避けられて、見晴らしがいいところと言ったら、木に登るしかなくて……」
へらへらと困ったように笑ってはいるが、心底怖かったらしい。
立ち上がろうとする名無しの手を取れば、指先が震えていた。
極度の高所恐怖症――しかも『落ちる』ということに関しては特に苦手としているというのに。
子供の木登りとは訳が違う。
闇を作り出していた森の木々は、ざっと10m以上の高さはあった。
よくもまぁこんな無理をしたものだ。神田は呆れて言葉が出なかった。
深く、深く、溜息をつく。
名無しの手を引き上げ横抱きにすれば、香水やシャンプーの香りは完全に消え失せていた。
葉と土と汗の匂いが鼻につく。
「う、わっ!?か、神田さん!一応歩けますから、」
「その怪我だらけの裸足でか?冗談も程々にしろ。」
少しばかりの怒気を含めて叱咤すれば、流石の名無しも口を噤んだ。
帰ったらリナリーになんて言われることやら。
そもそも彼女のこういう無茶を通す癖は何とかならないものか。
「…今日はご迷惑お掛けしっぱなしですね…」
申し訳なさそうに眉を寄せる名無しを見下ろしながら、溜息をつく。
……今日はやたらと溜息が多い気がする。
「……お前にくらいしかしねぇよ、こんなこと。」
そう呟けば腕の中の少女はサァッと顔を青ざめる。
「…それ、その、むちゃくちゃ足手まといってことですよね……」
何を勘違いしているのか。
……あぁ。こういう介抱を『必要』としているのが名無しくらいなものだと、解釈違いをしているのか。
残念ながら他の面子と組んで、負傷したとしても精々肩を貸すくらいだ。
神田は、本日最大級の溜息を大きく吐き出した。
「…………………………鈍い………」
「へ。」
鈍感だとは思っていた。
いや、訂正しよう。
他人の機微には聡いし、飲み込みもそこそこ早い。
頭も悪くないし、効率よく動けている。
なのに、他人からの好意に対しては、驚く程に鈍い。
ひとりで生きていた年数がそれなりにあるせいか。他人と壁を作るのが、非常に上手い。
それなりの距離をワザととっていることは、薄々気づいていた。
一時の神田は、他人との関わりをなるべく排除した生活をしていたが――もしかするとこちらの方がタチが悪いかもしれない。
こういう手合いは、回りくどくなく、ストレートに言ってしまうに限る。
そもそもあの手この手と手回しするのは、嫌いなのだから。
「恋人のふりも、こんな世話も、お前じゃねぇとしねぇよ。」
「……あの、それ」
「つまり好、」
神田の言葉は名無しの手によって遮られる。
月光に照らされた彼女の顔は茹で上がる程に赤いのに、表情は石のように強ばっていた。
「駄目です。それ以上は、ダメです。」
「……何でだよ。」
「特別になったら、もっと甘えてしまう。置いていかれると、寂しくなる。
――自覚したくないんです。だからそれ以上は、」
「ウダウダうるせぇ。お前がどう思ってようが関係ねぇ。惚れたもんは仕方ないだろ。」
甘えるのがそもそも下手なんだ。もっと甘えて何の問題があるというのか。
置いていかれるのが怖いというなら、しぶといことが取り柄の自分が一番適任だろう。
「他にもつべこべ理由つけるなら言ってみろ。一つずつ叩き潰してやる。」
「か、過激すぎでは!?」
「元がこういう性分なんだよ。」
そっちが一定の距離を取ろうとするなら、こっちだって考えがある。
逃げるのなら追いかけるまでだ。
そもそもそんな相手の顔色を窺いながら言葉を選ぶなんて性じゃない。
相手の距離感を意識してやる程、丁寧でもない。
「嫌ってるなら話は別だがな。」
我ながらなんて意地の悪い質問なのだと呆れてしまう。
仮に嫌っていたとしても、お人好しの彼女が面と向かって嫌いだと言えるはずがないのに。
真っ赤な顔で視線を右往左往させる名無し。
観念したように項垂れ、両手で顔を覆いながらボソリと呟く。
「……………ずるいですよ、神田さん。」
「大人になれば狡くなるんだよ。」
「好きだ。名無し。」