waltz for the moon
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屋敷を探索していると、別棟にまだ比較的新しい地下への階段を見つけた。
作られてから――大体1年くらいだろうか。
壁のタイルもまだシミひとつない。
しかし、まるで人を拒むように灯りは一切灯されていなかった。
(きな臭ェ)
漂う薬品の匂い。
それに紛れて薄ら香るのは、鉄の匂い。
――人の、血の匂いだ。
階段を降りれば、コツコツと己の足音だけが静かに響く。
階段を降りきった先にあったのは、ひとつの部屋。
本棚に囲まれ、書斎の机が中央にひとつ。
机の上には山のように医学書が積み重ねられており、書きかけのレポートには『ダニエル・フォン・アルブレヒト』と名前が記されていた。
……どうやらこの地下室の所有者は、あの息子らしい。
小難しそうな本を何冊か手に取るが、内容は大体解剖に関する本だった。
「……真っ当な外科医にしては、随分穴蔵みたいな所に引き篭ってるもんだな。」
そう小さく呟き、近くにあった椅子を掴んだ。
遮るように放り投げた椅子は真っ二つに割れ、暗がりに慣れた目を凝らせば――
「奇怪じゃなく、アクマの仕業だったか」
音楽家のような意匠を施された、無機質な機械。
燕尾服のような黒いボディは、暗がりに潜むにはピッタリだろう。
大男が鎧を纏ったフォルムは何度も遭遇したことがある形だった。
間違いない。レベル3の、アクマだ。
『エクソシスト、エクソシストだ!今日のご馳走は豪華だナ!エクソシスト、二人目だ!』
ケタケタとノイズが混じる機械音で嗤うアクマ。
聞き捨てならない台詞を、聞き逃すはずがなかった。
「…二人目だと?」
「Agitato!pesante!」
アクマの声が、重く、大きく響く。
途端、耳の奥で何かが爆ぜる。
三半規管だろうか。突然失った平衡感覚に、視界が大きく揺れた。
waltz for the moon#08
目を覚ませば、そこは先程と同じ地下室だった。
先程と違うことと言えば、手首が縄で縛られていることくらいか。
「あは、起きたかい?」
手術用のメスを丁寧に磨き上げながら、 ダニエルが愉しそうに笑う。
彼が灯したのだろう、燭台には灯りが朧気に揺れていた。
ぼんやりした明かりの下、ダニエルの足元に倒れているのは――
「か…っ神田さん!」
「僕の書斎に入ったところを捕まえてくれたんだよ。よくないよねぇ、不法侵入なんて。」
磨き上げられた革靴で、横たわった神田を軽く蹴るダニエル。
糸が切れた人形のように力なく横たわる身体。
耳を中心に、頬へ飛び散る鮮血はまだ乾ききっていない。
…暗がりの中でも分かる。
生白い頬は血色を失い、呼吸をしていないのか肩すら微動だにしていなかった。
サァ…と血の気が引いていく。
頭の芯から指先まで一気に冷えてしまうのが、嫌でも分かった。
反射的に立ち上がろうとするものの、後ろ手で縛られているせいで無様にも床に倒れ込んでしまう。
冷たい大理石が頬に当たり、目の前には物言わぬ骸と化した師が横たわっていた。
「あぁ、じっとしてなきゃ駄目じゃないか。君の肌に傷がついてしまう。」
「何、言って、」
「僕はね。女の子や男の子が大人になりかけている時が、一番好きなんだよね」
しかし、それは瞬きをするような一瞬だ。
どうすればいいか。
どうしたら、永遠に眺めていられるのか。
「だから考えたんだ。そう、肉体が成長してしまうなら、中身を入れ替えてしまえばいいんだ!って。」
まるで悪戯を思いついた子供のように、無邪気に、残酷に。
「アクマに被せたら、ずっとその姿は永遠になってくれるだろう?動かない剥製なんかより、ずっといい。」
意味を、わかって言っているのだろうか。
それは殺人よりも残酷で、死者の尊厳すら踏みにじる行為だ。
狂人とはまさにこのことなのだろう。
我欲に忠実な目の前の男の、言っている意味が理解できない。
理解、したくない。
「でも順番があるからね、キミの皮を剥ぐのはもう少し後なんだ。あと何人か外側を貰っていない子がいるから、もう少しだけ待っててくれるかい?
それまでちゃんと僕が『女』にしてあげるからね」
慈しむように頬を撫でる指で、何人の人間を無駄死にさせてきたのだろう。
顎を持ち上げられれば、恍惚とした表情のダニエルと視線が絡んだ。
『ダメだ駄目だ、そいつはエクソシストだ。すぐ殺セ、すぐ殺そウ!Presto!』
部屋に反響する、名無しでもダニエルでも、勿論神田でもない声。
ノイズが混じったような特徴的な声は、何度も聞いたことがあるものだった。
――アクマだ。
あの昏睡した時に聞いた、妙な音にどこか似ているような気がするのは…きっと錯覚ではない。
「ダメだ!僕の大事なコレクションだぞ!お前には、この間『アクマ』も食わせてやったじゃないか!」
ダニエルが部屋の宙に向かって声を上げる。
名無しも朧気な闇に包まれた部屋を注意深く視るが、アクマの姿は見当たらない。
姿が隠せるのか、それともここにはいないのか。
『足りナい、足りなイ、足リナイ!殺ス、殺ス、お前も、エクソシストも、全員殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺』
「好き勝手言ってるんじゃねぇ」
『ゲートの穴』から取り出した六幻を、ダニエルの影に突き立てる神田。
蝋燭の火に照らされた顔はまだ青白く、血はこびり付いたままだった。
イノセンスに刺された影は、機械の異常音を発しながらダニエルの影から飛び出て行った。
『死んでいた』はずの神田が生き返った事に目を丸くしているダニエル。
曲りなりとも医術を齧っているなら、その事実はにわかに信じ難いだろう。
呆けたままの彼を一瞥し、名無しに触れたままの手をジトリと睨んだ。
「何触ってんだ。とっととその手を離せ、殺すぞ」
数時間ほど前に父親と言葉を交わしていた態度とは一転。
眼光だけで人を殺せそうな鋭い視線に、ダニエルは反射的に手を引っ込めた。
六幻の刃先で縄を切られれば、窮屈だった両手がやっと自由になる。
「走れるか?」
「大丈夫です。問題ありません」
差し伸べられた手を取り、小さく頷く名無し。
走りにくそうなヒールを脱ぎ捨て、ぺたぺたと足踏みをした。
『逃がさなイ、逃がさナイ!Ahhhhh、皆殺シだ!』
アクマの声に呼応するように、ガラスケースの中で眠っていた剥製がいくつか動き出す。
人間の皮を被ったアクマだろう。
怠慢な動きを見る限り、恐らくレベル1だ。
「名無し!」
「はい!」
神田の声に応え、名無しのイノセンスが瞬く。
視線に捉えられたアクマが内部から爆ぜ、破壊される。
「あぁ!僕のコレクションが!」
「黙って走れ!」
情けなく声を上げるダニエルの背中を一度大きく叩き、神田が怒鳴り声を上げた。
作られてから――大体1年くらいだろうか。
壁のタイルもまだシミひとつない。
しかし、まるで人を拒むように灯りは一切灯されていなかった。
(きな臭ェ)
漂う薬品の匂い。
それに紛れて薄ら香るのは、鉄の匂い。
――人の、血の匂いだ。
階段を降りれば、コツコツと己の足音だけが静かに響く。
階段を降りきった先にあったのは、ひとつの部屋。
本棚に囲まれ、書斎の机が中央にひとつ。
机の上には山のように医学書が積み重ねられており、書きかけのレポートには『ダニエル・フォン・アルブレヒト』と名前が記されていた。
……どうやらこの地下室の所有者は、あの息子らしい。
小難しそうな本を何冊か手に取るが、内容は大体解剖に関する本だった。
「……真っ当な外科医にしては、随分穴蔵みたいな所に引き篭ってるもんだな。」
そう小さく呟き、近くにあった椅子を掴んだ。
遮るように放り投げた椅子は真っ二つに割れ、暗がりに慣れた目を凝らせば――
「奇怪じゃなく、アクマの仕業だったか」
音楽家のような意匠を施された、無機質な機械。
燕尾服のような黒いボディは、暗がりに潜むにはピッタリだろう。
大男が鎧を纏ったフォルムは何度も遭遇したことがある形だった。
間違いない。レベル3の、アクマだ。
『エクソシスト、エクソシストだ!今日のご馳走は豪華だナ!エクソシスト、二人目だ!』
ケタケタとノイズが混じる機械音で嗤うアクマ。
聞き捨てならない台詞を、聞き逃すはずがなかった。
「…二人目だと?」
「Agitato!pesante!」
アクマの声が、重く、大きく響く。
途端、耳の奥で何かが爆ぜる。
三半規管だろうか。突然失った平衡感覚に、視界が大きく揺れた。
waltz for the moon#08
目を覚ませば、そこは先程と同じ地下室だった。
先程と違うことと言えば、手首が縄で縛られていることくらいか。
「あは、起きたかい?」
手術用のメスを丁寧に磨き上げながら、 ダニエルが愉しそうに笑う。
彼が灯したのだろう、燭台には灯りが朧気に揺れていた。
ぼんやりした明かりの下、ダニエルの足元に倒れているのは――
「か…っ神田さん!」
「僕の書斎に入ったところを捕まえてくれたんだよ。よくないよねぇ、不法侵入なんて。」
磨き上げられた革靴で、横たわった神田を軽く蹴るダニエル。
糸が切れた人形のように力なく横たわる身体。
耳を中心に、頬へ飛び散る鮮血はまだ乾ききっていない。
…暗がりの中でも分かる。
生白い頬は血色を失い、呼吸をしていないのか肩すら微動だにしていなかった。
サァ…と血の気が引いていく。
頭の芯から指先まで一気に冷えてしまうのが、嫌でも分かった。
反射的に立ち上がろうとするものの、後ろ手で縛られているせいで無様にも床に倒れ込んでしまう。
冷たい大理石が頬に当たり、目の前には物言わぬ骸と化した師が横たわっていた。
「あぁ、じっとしてなきゃ駄目じゃないか。君の肌に傷がついてしまう。」
「何、言って、」
「僕はね。女の子や男の子が大人になりかけている時が、一番好きなんだよね」
しかし、それは瞬きをするような一瞬だ。
どうすればいいか。
どうしたら、永遠に眺めていられるのか。
「だから考えたんだ。そう、肉体が成長してしまうなら、中身を入れ替えてしまえばいいんだ!って。」
まるで悪戯を思いついた子供のように、無邪気に、残酷に。
「アクマに被せたら、ずっとその姿は永遠になってくれるだろう?動かない剥製なんかより、ずっといい。」
意味を、わかって言っているのだろうか。
それは殺人よりも残酷で、死者の尊厳すら踏みにじる行為だ。
狂人とはまさにこのことなのだろう。
我欲に忠実な目の前の男の、言っている意味が理解できない。
理解、したくない。
「でも順番があるからね、キミの皮を剥ぐのはもう少し後なんだ。あと何人か外側を貰っていない子がいるから、もう少しだけ待っててくれるかい?
それまでちゃんと僕が『女』にしてあげるからね」
慈しむように頬を撫でる指で、何人の人間を無駄死にさせてきたのだろう。
顎を持ち上げられれば、恍惚とした表情のダニエルと視線が絡んだ。
『ダメだ駄目だ、そいつはエクソシストだ。すぐ殺セ、すぐ殺そウ!Presto!』
部屋に反響する、名無しでもダニエルでも、勿論神田でもない声。
ノイズが混じったような特徴的な声は、何度も聞いたことがあるものだった。
――アクマだ。
あの昏睡した時に聞いた、妙な音にどこか似ているような気がするのは…きっと錯覚ではない。
「ダメだ!僕の大事なコレクションだぞ!お前には、この間『アクマ』も食わせてやったじゃないか!」
ダニエルが部屋の宙に向かって声を上げる。
名無しも朧気な闇に包まれた部屋を注意深く視るが、アクマの姿は見当たらない。
姿が隠せるのか、それともここにはいないのか。
『足りナい、足りなイ、足リナイ!殺ス、殺ス、お前も、エクソシストも、全員殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺』
「好き勝手言ってるんじゃねぇ」
『ゲートの穴』から取り出した六幻を、ダニエルの影に突き立てる神田。
蝋燭の火に照らされた顔はまだ青白く、血はこびり付いたままだった。
イノセンスに刺された影は、機械の異常音を発しながらダニエルの影から飛び出て行った。
『死んでいた』はずの神田が生き返った事に目を丸くしているダニエル。
曲りなりとも医術を齧っているなら、その事実はにわかに信じ難いだろう。
呆けたままの彼を一瞥し、名無しに触れたままの手をジトリと睨んだ。
「何触ってんだ。とっととその手を離せ、殺すぞ」
数時間ほど前に父親と言葉を交わしていた態度とは一転。
眼光だけで人を殺せそうな鋭い視線に、ダニエルは反射的に手を引っ込めた。
六幻の刃先で縄を切られれば、窮屈だった両手がやっと自由になる。
「走れるか?」
「大丈夫です。問題ありません」
差し伸べられた手を取り、小さく頷く名無し。
走りにくそうなヒールを脱ぎ捨て、ぺたぺたと足踏みをした。
『逃がさなイ、逃がさナイ!Ahhhhh、皆殺シだ!』
アクマの声に呼応するように、ガラスケースの中で眠っていた剥製がいくつか動き出す。
人間の皮を被ったアクマだろう。
怠慢な動きを見る限り、恐らくレベル1だ。
「名無し!」
「はい!」
神田の声に応え、名無しのイノセンスが瞬く。
視線に捉えられたアクマが内部から爆ぜ、破壊される。
「あぁ!僕のコレクションが!」
「黙って走れ!」
情けなく声を上げるダニエルの背中を一度大きく叩き、神田が怒鳴り声を上げた。