waltz for the moon
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夜風が心地よいバルコニーに出れば、庭に植えられている緑の香りが鼻をくすぐった。
香水や人の匂いばかり嗅いでいたせいか、特別空気が美味しく感じられる。
東の空からのんびり昇ってきた満月はいつもより大きく、眩い光を柔らかく放っていた。
「……もう二度とこういう任務は着きたくないですね…」
「同感だ。」
人が増えたためバルコニーに逃げたが、正解だったようだ。
遠巻きから見るだけでも、溢れんばかりの人、人、人である。
あの後も聞き込みを行ったが、めぼしい情報は一向に手に入らなかった。
被害者の親の子爵は何人かいたが、それでも有効な手掛かりは何一つ得られない。
ひとつ共通して言えることは『夕方から夜にかけて被害者は姿を消した』ということだ。
重々しく溜息をつき、神田はバルコニーの手摺にもたれかかった。
(手っ取り早い。か。)
……我ながらなんてぶっきらぼうな言い訳か。
かといって『次は俺が話しかけねば』と遠巻きに見ていた、他の連中に見せつけるため…なんて口が裂けても言えない。
しかし任務と言えども、
(腹は立つもんだな)
リナリーの手によって化けた名無しを見て、面食らったと同時に浮き足立った自分がいた。
しかし蓋を開けてみればどうだ。
ただ単に彼女の容姿に釣られて有象無象の輩が群がってくるではないか。
リナリーの『しっかりエスコートしろ』と言った意味がようやく分かった。
元々見た目は悪くないのだ。
着飾ることに無頓着で、色気よりも食い気。
ころころと無邪気に表情を変えるから『子犬』だと周りに喩えられる事が多い名無し。
だがふとした瞬間に見せる表情は、酷く大人びて見える時があった。
伏せがちになった目元。遠くを眺める横顔。
憂いを帯びたような表情は年相応には見てなくて、少しだけ彼女を『遠く』感じていた。
容姿に惹かれたわけでは決してないが、確かに一般的に見れば十分可愛いのだろう。
そして今回リナリーの手によって、見事に『美人』だということも証明されてしまった。
とんでもない原石を掘り出してくれたものだ。
少しくらい恨み節を言っても許されるだろう。
悪い事ではないのは、分かっている。分かっているのだが。
……………俺としては、正直複雑だった。
「神田さん、大丈夫ですか?」
「…あぁ。」
手掛かりも得られない。
可愛い弟子は烏合の衆の視線に晒される。
疲れていないわけではない。が、素直に疲労の原因を言えるはずもなく、短く相槌を打った。
「…とりあえず、これを着てろ。冷えるぞ。」
ジャケットを脱ぎ、名無しの肩に掛ければ小さな両肩はすっぽり収まった。
普段お目にかかれない白い肩や背中は眼福ではあるのだが、それ以上に気が気でない。
「す、すみません。ありがとうございます」
「…お前こそ、慣れない場で疲れただろ。少しここで休んでおけ。」
頭をぽふりと撫でれば、二度目の「ありがとうございます」と返事が柔らかく返ってきた。
***
単身、情報収集のため再び人の群れへと溶けて行った神田。
バルコニーの人は疎らで、一休みするには丁度よかった。
頭を、冷やすのも。
「…手っ取り早い、かぁ」
確かに手っ取り早いだろう。分かる。とても分かる。
……なら、恋人のフリをするためなら、誰にでもするのだろうか。
(あまり私情を挟まない人だしなぁ。任務のためならしそうだな…)
――嫌だなぁ。
ふと過ぎった、もやりとした感情。
振り落とすように、忘れるように。
一度頭を振りかぶり、何度目かのため息をついた。
情けない話、こんなことばかりが頭の中をぐるぐるする。
自覚してはいけない。
一線を自ら越えるような真似はしてはいけない。
『特別』が手から滑り落ちる時の痛みは、言葉に出来ない程に耐え難く、痛いくらいに知っている。
生きている内に、何度もその痛みに耐えられるほど強くはない。
そうだ。師弟という関係で十分ではないか。
それ以上を望むのは高望みだと分かっている。
(…やっぱりラビさんとの方が気が楽だったかな…。というか神田さんは過保護なんだよなぁ…いやそれは私が頼りないから駄目なんだろうけど…)
頭を冷やすどころか、何度目か分からない自問自答が延々と廻る。
バルコニーの手摺に頬杖をつき数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの溜息をそっと吐き出した。
waltz for the moon#06
「――こんばんは。いい夜ですね。」
鷲色の癖毛。春のような緑色の瞳。
声を掛けてきたのは、
「………ダニエル・フォン……アルブレヒト、さん?」
「覚えていて下さって光栄です。…おや?神田氏はいらっしゃらないのですか?」
「彼は、少し所用で離れています」
伯爵の息子として紹介されたダニエルが、人の良さそうな笑顔を浮かべて立っていた。
神田が不在ということを聞き、彼は困ったように眉を寄せる。
「そうですか…残念です。――父のことで、折り入って相談があったのですが…」
「父?」
「はい。…最近、この領内で起きている失踪事件について。」
ダニエルの言葉に、思わず目を見開く。
名無しの反応に対し、満足そうに彼は笑い、優雅に手を差し伸べた。
「ここでは少し、静かすぎますね。どうですか?僕と一曲。」
香水や人の匂いばかり嗅いでいたせいか、特別空気が美味しく感じられる。
東の空からのんびり昇ってきた満月はいつもより大きく、眩い光を柔らかく放っていた。
「……もう二度とこういう任務は着きたくないですね…」
「同感だ。」
人が増えたためバルコニーに逃げたが、正解だったようだ。
遠巻きから見るだけでも、溢れんばかりの人、人、人である。
あの後も聞き込みを行ったが、めぼしい情報は一向に手に入らなかった。
被害者の親の子爵は何人かいたが、それでも有効な手掛かりは何一つ得られない。
ひとつ共通して言えることは『夕方から夜にかけて被害者は姿を消した』ということだ。
重々しく溜息をつき、神田はバルコニーの手摺にもたれかかった。
(手っ取り早い。か。)
……我ながらなんてぶっきらぼうな言い訳か。
かといって『次は俺が話しかけねば』と遠巻きに見ていた、他の連中に見せつけるため…なんて口が裂けても言えない。
しかし任務と言えども、
(腹は立つもんだな)
リナリーの手によって化けた名無しを見て、面食らったと同時に浮き足立った自分がいた。
しかし蓋を開けてみればどうだ。
ただ単に彼女の容姿に釣られて有象無象の輩が群がってくるではないか。
リナリーの『しっかりエスコートしろ』と言った意味がようやく分かった。
元々見た目は悪くないのだ。
着飾ることに無頓着で、色気よりも食い気。
ころころと無邪気に表情を変えるから『子犬』だと周りに喩えられる事が多い名無し。
だがふとした瞬間に見せる表情は、酷く大人びて見える時があった。
伏せがちになった目元。遠くを眺める横顔。
憂いを帯びたような表情は年相応には見てなくて、少しだけ彼女を『遠く』感じていた。
容姿に惹かれたわけでは決してないが、確かに一般的に見れば十分可愛いのだろう。
そして今回リナリーの手によって、見事に『美人』だということも証明されてしまった。
とんでもない原石を掘り出してくれたものだ。
少しくらい恨み節を言っても許されるだろう。
悪い事ではないのは、分かっている。分かっているのだが。
……………俺としては、正直複雑だった。
「神田さん、大丈夫ですか?」
「…あぁ。」
手掛かりも得られない。
可愛い弟子は烏合の衆の視線に晒される。
疲れていないわけではない。が、素直に疲労の原因を言えるはずもなく、短く相槌を打った。
「…とりあえず、これを着てろ。冷えるぞ。」
ジャケットを脱ぎ、名無しの肩に掛ければ小さな両肩はすっぽり収まった。
普段お目にかかれない白い肩や背中は眼福ではあるのだが、それ以上に気が気でない。
「す、すみません。ありがとうございます」
「…お前こそ、慣れない場で疲れただろ。少しここで休んでおけ。」
頭をぽふりと撫でれば、二度目の「ありがとうございます」と返事が柔らかく返ってきた。
***
単身、情報収集のため再び人の群れへと溶けて行った神田。
バルコニーの人は疎らで、一休みするには丁度よかった。
頭を、冷やすのも。
「…手っ取り早い、かぁ」
確かに手っ取り早いだろう。分かる。とても分かる。
……なら、恋人のフリをするためなら、誰にでもするのだろうか。
(あまり私情を挟まない人だしなぁ。任務のためならしそうだな…)
――嫌だなぁ。
ふと過ぎった、もやりとした感情。
振り落とすように、忘れるように。
一度頭を振りかぶり、何度目かのため息をついた。
情けない話、こんなことばかりが頭の中をぐるぐるする。
自覚してはいけない。
一線を自ら越えるような真似はしてはいけない。
『特別』が手から滑り落ちる時の痛みは、言葉に出来ない程に耐え難く、痛いくらいに知っている。
生きている内に、何度もその痛みに耐えられるほど強くはない。
そうだ。師弟という関係で十分ではないか。
それ以上を望むのは高望みだと分かっている。
(…やっぱりラビさんとの方が気が楽だったかな…。というか神田さんは過保護なんだよなぁ…いやそれは私が頼りないから駄目なんだろうけど…)
頭を冷やすどころか、何度目か分からない自問自答が延々と廻る。
バルコニーの手摺に頬杖をつき数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの溜息をそっと吐き出した。
waltz for the moon#06
「――こんばんは。いい夜ですね。」
鷲色の癖毛。春のような緑色の瞳。
声を掛けてきたのは、
「………ダニエル・フォン……アルブレヒト、さん?」
「覚えていて下さって光栄です。…おや?神田氏はいらっしゃらないのですか?」
「彼は、少し所用で離れています」
伯爵の息子として紹介されたダニエルが、人の良さそうな笑顔を浮かべて立っていた。
神田が不在ということを聞き、彼は困ったように眉を寄せる。
「そうですか…残念です。――父のことで、折り入って相談があったのですが…」
「父?」
「はい。…最近、この領内で起きている失踪事件について。」
ダニエルの言葉に、思わず目を見開く。
名無しの反応に対し、満足そうに彼は笑い、優雅に手を差し伸べた。
「ここでは少し、静かすぎますね。どうですか?僕と一曲。」