waltz for the moon
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軽やかなダンスの曲がホールに響く。
立食しながら眺めている人もいれば、パートナーと踊る人もいる。
壁の花になりながら、神田と名無しは小さく唸った。
「……中々情報が集まりませんね。」
「金持ちなんて、そんなもんだろうよ」
ましてや自分の身に降りかかっていないのなら、関心も薄いだろう。
聞こえてくるのは経済の話、女の話、呆れるような自慢話ばかりだ。
「喉乾いちゃいましたね…何か飲み物貰ってきます。」
「いや、俺が行く。」
「え。でも」
「『エスコートしろ』って口煩く言われてるからな。」
誰から、だなんて質問は不要だろう。
ぐうの音も出なくなった名無しを見て、神田はどこか満足そうに口角を小さく上げた。
waltz for the moon#05
「お嬢さん、一曲どうですか?」
まただ。
英語で話しかけてくれる人もいれば、ドイツ語で声を掛けられることもあった。
ミランダに『お断りする』ためのドイツ語を教えもらったが……本当に役に立つとは。
『絶対覚えといた方がいいわよ』とリナリーが念を押していた理由が、何となくわかった。
「え、えっと、人を、待っているので。ごめんなさい」
拙い言葉で伝わっただろうか。
困ったように笑いながら去っていく男性は――これで5人目だろうか。
まだ神田が離れてから10分と経っていない。
だというのにこの声の掛けられ方は異常だ。
最初は事件に関与しているのかと疑ったが、どうやらそうではないらしい。
……こういうパーティーには独り身で参加する男性は珍しくない。だからダンスの相手を探しているのだろうが…。
そんなに東洋人が珍しいのだろうか。珍しいものを見るような目で見られるのは、少し疲れてしまう。
「やぁ、今一人かい?よかったら僕と踊ってくれないかな」
流暢な英語で声を掛けてくる青年。
眩い金髪と青い瞳は絵に書いたような王子様像だが…。
「ごめんなさい、人を待っているので…」
「そんなこと言っても、さっきから一人じゃないか。君のような子が一人になるなんて信じられないよ。ね、僕と踊らないか?相手が戻ってくるまででいいからさ。」
どこかイタリア訛りのある英語だ。恐らくイタリア人なのだろう。
薄いイブニンググローブに覆われた手を引かれれば、思わず前につんのめってしまった。
無理もない。いつも履いているのは踵がしっかりしたブーツだ。
不安定なヒールの靴なんて、殆ど履いたことがなかったのだから。
「う、わ!あの、すみません、本当に人を待ってるので、」
「何してる。」
グラスを二つ持った神田が戻ってくる。
切れ長な目元で、突き刺すような視線をこちらに――正しくは、名無しの手を引く青年に向けていた。
バジリスクに睨まれ石化したように、少々強引なイタリア人はピタリと固まってしまう。
見る人の視線を釘付けにするのは、神田の容姿なら仕方ないことなのだが……今回ばかりは容姿というよりも、その射殺すような視線で硬直してしまったようだ。
説明するまでもなく状況を把握したらしい。
神田は小さく溜息をついて、グラスを側のテーブルに置いた。
「悪いな。コイツは俺の大事な恋人だ。」
男の手を、彼にしては丁寧に払い、名無しの肩を抱き寄せ――
見せつけるように頬に口付けを落とした。
これには名無しも爆発するように赤面する。
あまりに流麗な動きだったからか、目の前のイタリア人もなぜか赤面した。
「か、かかかっ、かん、」
「では失礼。今から彼女と踊るので」
流れるように腰を抱き、踊る人の群れに紛れて行った。
***
「……び、びっくり、しました。」
「あぁするのが一番手っ取り早いだろ」
『踊る』と言った手前、とりあえず輪に入ったが――。
「…しかし…中々下手くそだな。」
「そんなストレートに言わなくてもいいじゃないですか…!」
時々たたらを踏みそうになっている所を見ると、思わず笑いが零れそうになる。
勿論、嘲りなどは一切なく、『名無しらしい』と微笑ましくなる笑いなのだが。
「…リンクさんと練習してる時は、まだマシだったんですよ」
「じゃあなんだ。緊張してんのか?」
冗談混じりで茶化せば、ふいっと視線を逸らされた。
……どうやら拗ねさせてしまったらしい。
悔しいのか恥ずかしいのか、普段より血色よく彩られた唇が子供っぽく尖っていた。
「……そりゃあ、緊張しますよ」
ボソリと呟かれた文句も、普段の距離ならワルツの曲に掻き消されてしまうのだろう。
が、今はほぼゼロ距離だ。
名無しの囁くような反論も聞き逃すはずがなかった。
「だって神田さん、足踏んだら怒りそうですし。」
(そっちか。)
名無しがあまりにも真剣そうに言うものだから「その位で怒らねぇよ」と溜息混じりに返した。
「……それにしても、恋人のフリと言っても、あぁいうことは控えてくださいね…。爆発するかと思いました」
「あぁいうこと?」
「………………………ほっぺに、ちゅーです。」
思い出したのか頬に朱を散らしながら名無しが答える。
神田としては『別に誰に対してもやる訳じゃない』と言いたいところだが…。
言ったところで『またまたご冗談を』とあしらわれるのが関の山だ。
とりあえず素直に「あぁ」と返事をしておくのが得策だろう。
(…それにしても柔らかかったな)
邪な感想を抱く師をよそに、名無しは名無しで小さく溜息をつくのであった。
立食しながら眺めている人もいれば、パートナーと踊る人もいる。
壁の花になりながら、神田と名無しは小さく唸った。
「……中々情報が集まりませんね。」
「金持ちなんて、そんなもんだろうよ」
ましてや自分の身に降りかかっていないのなら、関心も薄いだろう。
聞こえてくるのは経済の話、女の話、呆れるような自慢話ばかりだ。
「喉乾いちゃいましたね…何か飲み物貰ってきます。」
「いや、俺が行く。」
「え。でも」
「『エスコートしろ』って口煩く言われてるからな。」
誰から、だなんて質問は不要だろう。
ぐうの音も出なくなった名無しを見て、神田はどこか満足そうに口角を小さく上げた。
waltz for the moon#05
「お嬢さん、一曲どうですか?」
まただ。
英語で話しかけてくれる人もいれば、ドイツ語で声を掛けられることもあった。
ミランダに『お断りする』ためのドイツ語を教えもらったが……本当に役に立つとは。
『絶対覚えといた方がいいわよ』とリナリーが念を押していた理由が、何となくわかった。
「え、えっと、人を、待っているので。ごめんなさい」
拙い言葉で伝わっただろうか。
困ったように笑いながら去っていく男性は――これで5人目だろうか。
まだ神田が離れてから10分と経っていない。
だというのにこの声の掛けられ方は異常だ。
最初は事件に関与しているのかと疑ったが、どうやらそうではないらしい。
……こういうパーティーには独り身で参加する男性は珍しくない。だからダンスの相手を探しているのだろうが…。
そんなに東洋人が珍しいのだろうか。珍しいものを見るような目で見られるのは、少し疲れてしまう。
「やぁ、今一人かい?よかったら僕と踊ってくれないかな」
流暢な英語で声を掛けてくる青年。
眩い金髪と青い瞳は絵に書いたような王子様像だが…。
「ごめんなさい、人を待っているので…」
「そんなこと言っても、さっきから一人じゃないか。君のような子が一人になるなんて信じられないよ。ね、僕と踊らないか?相手が戻ってくるまででいいからさ。」
どこかイタリア訛りのある英語だ。恐らくイタリア人なのだろう。
薄いイブニンググローブに覆われた手を引かれれば、思わず前につんのめってしまった。
無理もない。いつも履いているのは踵がしっかりしたブーツだ。
不安定なヒールの靴なんて、殆ど履いたことがなかったのだから。
「う、わ!あの、すみません、本当に人を待ってるので、」
「何してる。」
グラスを二つ持った神田が戻ってくる。
切れ長な目元で、突き刺すような視線をこちらに――正しくは、名無しの手を引く青年に向けていた。
バジリスクに睨まれ石化したように、少々強引なイタリア人はピタリと固まってしまう。
見る人の視線を釘付けにするのは、神田の容姿なら仕方ないことなのだが……今回ばかりは容姿というよりも、その射殺すような視線で硬直してしまったようだ。
説明するまでもなく状況を把握したらしい。
神田は小さく溜息をついて、グラスを側のテーブルに置いた。
「悪いな。コイツは俺の大事な恋人だ。」
男の手を、彼にしては丁寧に払い、名無しの肩を抱き寄せ――
見せつけるように頬に口付けを落とした。
これには名無しも爆発するように赤面する。
あまりに流麗な動きだったからか、目の前のイタリア人もなぜか赤面した。
「か、かかかっ、かん、」
「では失礼。今から彼女と踊るので」
流れるように腰を抱き、踊る人の群れに紛れて行った。
***
「……び、びっくり、しました。」
「あぁするのが一番手っ取り早いだろ」
『踊る』と言った手前、とりあえず輪に入ったが――。
「…しかし…中々下手くそだな。」
「そんなストレートに言わなくてもいいじゃないですか…!」
時々たたらを踏みそうになっている所を見ると、思わず笑いが零れそうになる。
勿論、嘲りなどは一切なく、『名無しらしい』と微笑ましくなる笑いなのだが。
「…リンクさんと練習してる時は、まだマシだったんですよ」
「じゃあなんだ。緊張してんのか?」
冗談混じりで茶化せば、ふいっと視線を逸らされた。
……どうやら拗ねさせてしまったらしい。
悔しいのか恥ずかしいのか、普段より血色よく彩られた唇が子供っぽく尖っていた。
「……そりゃあ、緊張しますよ」
ボソリと呟かれた文句も、普段の距離ならワルツの曲に掻き消されてしまうのだろう。
が、今はほぼゼロ距離だ。
名無しの囁くような反論も聞き逃すはずがなかった。
「だって神田さん、足踏んだら怒りそうですし。」
(そっちか。)
名無しがあまりにも真剣そうに言うものだから「その位で怒らねぇよ」と溜息混じりに返した。
「……それにしても、恋人のフリと言っても、あぁいうことは控えてくださいね…。爆発するかと思いました」
「あぁいうこと?」
「………………………ほっぺに、ちゅーです。」
思い出したのか頬に朱を散らしながら名無しが答える。
神田としては『別に誰に対してもやる訳じゃない』と言いたいところだが…。
言ったところで『またまたご冗談を』とあしらわれるのが関の山だ。
とりあえず素直に「あぁ」と返事をしておくのが得策だろう。
(…それにしても柔らかかったな)
邪な感想を抱く師をよそに、名無しは名無しで小さく溜息をつくのであった。