キミを結わう
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談話室の一角で名無しは悩んでいた。
普段見られない眉間のシワをぎゅっと寄せ、メモとペンを持ち、警戒する子犬のような唸り声をヴーヴーと上げている。
かと思えば思い立って立ち上がり、通りすがった知り合いの面々に何かを問うている。
その問に、アレンは『ご飯とお菓子かな!』
ラビは『万年筆のインクかねぇ』
リナリーは『靴とかお花が嬉しいわ』
クロウリーは『珍しい薔薇だと嬉しいである』
ミランダは『ちょっと寒い日に羽織れるストールかしら』
……などなど答えてくれていた。
その際の一番のハイライトはこちらである。
『長官は何を贈られたら嬉しいですか?』
判断能力が鈍っていたからか、見境がなくなっていたからか、はたまたルベリエに対して苦手意識が比較的薄いからか。
通りすがりの彼を捕まえ、投げかけた問い。
『ウェッジウッドのティーセットだね。』
『……なるほど……くっ…長官くらい分かりやすかったらよかったのに…』
なんて渋い顔で悔しがるものだから、冷や汗をかきながら見守っていた周りの面々は《ルベリエ長官が…分かりやすい…!?》と困惑しきりだった。
余談だが、傍にいたリンクに同じ質問をした際は『貴女には教えません』とそっぽを向かれたとか。
──さて。ここまでくれば勘のいい方はお気づきだろう。
名無しは、悩んでいた。
「今年の神田さんの誕生日プレゼント……どうしよう……」
と。
キミを結わう#前編
「で、私に聞きに来たのかい?」
「過去に何を贈られたのか、その…知りたくて…」
目の前の少女は散々堂々巡りで悩んでいたのか、どこかゲッソリとした表情だった。
──ユー君曰く、そして僕から見ても、この名無し名無しという女の子は『他人に甘える』ということが元々苦手だったはず。
ユー君の親代わりでもある僕に聞いてきた──ということは、恐らく奥の手も奥の手、熟考した上での禁じ手だと思っているに違いない。
いつかの中国での任務で見せたポーカーフェイス とは縁遠い、困り果てた表情。
あの時から肩の力が多少抜けた彼女の変化が嬉しくて、僕は自然と頬が綻んだ。
「ユー君には聞いたのかい?」
「お恥ずかしながら。いらないものを差し上げても仕方ないので、真っ先に。そうしたら……」
『今年は形に残る物がいい。』
僕の愛弟子はこう答えたそうだ。
(形に残る物、か。)
今までは誕生日プレゼントどころか、彼からすれば余分な贈り物を受け取ることですら顔を顰めていたというのに。
『身辺整理は楽な方がいいだろ』と何処か投げやりで、諦観にも似た目をしていた彼が、弟子が出来、晴れて恋人になり、こうもやわらかく変化した。
師、冥利に尽きる──と言えばいいのか。目の奥がじわりと熱を帯び、静かに胸が打ち震えた。
適当な相談に乗るつもりは毛頭なかったが、これは僕も殊更誠実に応えねば。
僕の隣にいたマリ君も同じ所感だったのか、盲目の視線と自然と目が合い、互いに小さく頷いた。
「一昨年はジェリーさん指導でお蕎麦を打って召し上がって頂いたんですけど、去年は…その…教団にいなかったですし……」
「今年は折角恋仲になったもんね、悩むよねぇ」
何より若い子の恋愛話はいい。
その相手が大事な大事なユー君なら、尚更。
可愛い息子嫁のような彼女の言葉に耳を傾けながら、僕は頻りと首を縦に振った。
「……書類仕事多いから万年筆も考えたんですけど、仮にも部下が上司に差し上げるものが筆記用具って、こう…『もっと仕事しろ』感があるから失礼かと思って二の足を踏んでます。
懐中時計も便利かと思ったんですけど、そもそも時計持っていなくて今まで困ってないから、今更持つ必要あるのかな?と…」
万年筆は日本人ならではの感性だろうか。
僕としては『神田元帥』としての仕事がそれで捗るなら願ったり叶ったりなのだが、ユー君は筆圧が高めだからペン先をすぐ駄目にしてしまいそうなのが懸念事項である。
懐中時計もまさに彼女の言う通りだ。
あくまでそれは『神田元帥』として役に立つ物であって、恋人として贈るなら少しお堅い気もする。
なるほど。我が弟子ながら中々の強敵だ。
何せ偏食ではあるが、大前提として食欲に対して頓着がない。
物欲もなく、生きる為に必要なものが揃っていればそれでよしとし、美しい華美なものを嫌う。
睡眠欲も必要最低限。なんなら森の中で平気で眠れる。
性欲に関してはやっと一人前(訂正。やり過ぎ感はある)になったくらいで、平均してしまえば全体的に欲が薄い。一部を除き。
彼の精神が戦争のせいもあって、常に極限状態であったことが原因なのだろうが、こうなってしまったのは僕の指導不足も否めない。
……いやはや、親代わりって難しいね。
首を捻った僕の空気を察してか、様子を窺っていたマリ君が笑いながら助言を送った。
「多分神田は名無しから貰ったものなら何でも喜ぶんじゃないか?」
「そんな気はします、けど、」
彼女らしくなく、歯切れ悪く言い淀む。
その顔色は《気まずい》《後ろめたい》というより──
「……贈るなら、ちゃんと、喜んでもらいたくて」
本来なら、恥じることではない。
相手を想う献身は胸を張っていいことなのだが、色恋沙汰になると恥じらいが抜けきらないのは若さ故だろうか。
本部 にいる時はユー君の父親として振る舞いたい僕としては、今すぐ彼女の両手を握りしめて『ありがとう、ありがとう!僕の息子を大事にしてくれて』と声を張り上げたいところだが、こんな振る舞いをした日にはユー君の耳に届くに違いない。それは流石に自重したい。
彼女は頬に集まった熱を隠すように薄い手のひらで頬と口元を覆っているが、朱を散らした耳までは隠れていなかった。
……いやぁ、孫弟子可愛すぎない?
マリ君の双眸が健在であるなら全力で同意を得たいところだが、これも僕は自重した。立派な大人だし。
「その、他の案もあるんですけど、髪紐なら……何本あっても困らないかと思った、んですけど……」
「いいんじゃないか。神田も気兼ねなく使えるだろう?」
「でも以前差し上げたことがあるので、同じものを差し上げるのは…」
実用的で、形に残る物。
髪紐は彼の唯一の装身具と言えるものだ。
以前贈ったとすれば恐らく既製品だろう。ならば、
「じゃあ作っちゃえばいいんじゃない?」
我ながら鶴の一声だったと思う。
画家故の性分か、特別な贈り物をしたいなら『作ってしまえばいい』という結論に至るのは、一瞬だった。
「つ、作る?作れるんですか?」
「うん。服飾に詳しい団員、いるだろう?一人。」
癖毛で、特徴的な眼鏡をかけて、誰よりも心根が優しい科学班の彼。
僕は安心させるように笑みを深くし、善は急げと立ち上がるのであった。
普段見られない眉間のシワをぎゅっと寄せ、メモとペンを持ち、警戒する子犬のような唸り声をヴーヴーと上げている。
かと思えば思い立って立ち上がり、通りすがった知り合いの面々に何かを問うている。
その問に、アレンは『ご飯とお菓子かな!』
ラビは『万年筆のインクかねぇ』
リナリーは『靴とかお花が嬉しいわ』
クロウリーは『珍しい薔薇だと嬉しいである』
ミランダは『ちょっと寒い日に羽織れるストールかしら』
……などなど答えてくれていた。
その際の一番のハイライトはこちらである。
『長官は何を贈られたら嬉しいですか?』
判断能力が鈍っていたからか、見境がなくなっていたからか、はたまたルベリエに対して苦手意識が比較的薄いからか。
通りすがりの彼を捕まえ、投げかけた問い。
『ウェッジウッドのティーセットだね。』
『……なるほど……くっ…長官くらい分かりやすかったらよかったのに…』
なんて渋い顔で悔しがるものだから、冷や汗をかきながら見守っていた周りの面々は《ルベリエ長官が…分かりやすい…!?》と困惑しきりだった。
余談だが、傍にいたリンクに同じ質問をした際は『貴女には教えません』とそっぽを向かれたとか。
──さて。ここまでくれば勘のいい方はお気づきだろう。
名無しは、悩んでいた。
「今年の神田さんの誕生日プレゼント……どうしよう……」
と。
キミを結わう#前編
「で、私に聞きに来たのかい?」
「過去に何を贈られたのか、その…知りたくて…」
目の前の少女は散々堂々巡りで悩んでいたのか、どこかゲッソリとした表情だった。
──ユー君曰く、そして僕から見ても、この名無し名無しという女の子は『他人に甘える』ということが元々苦手だったはず。
ユー君の親代わりでもある僕に聞いてきた──ということは、恐らく奥の手も奥の手、熟考した上での禁じ手だと思っているに違いない。
いつかの中国での任務で見せた
あの時から肩の力が多少抜けた彼女の変化が嬉しくて、僕は自然と頬が綻んだ。
「ユー君には聞いたのかい?」
「お恥ずかしながら。いらないものを差し上げても仕方ないので、真っ先に。そうしたら……」
『今年は形に残る物がいい。』
僕の愛弟子はこう答えたそうだ。
(形に残る物、か。)
今までは誕生日プレゼントどころか、彼からすれば余分な贈り物を受け取ることですら顔を顰めていたというのに。
『身辺整理は楽な方がいいだろ』と何処か投げやりで、諦観にも似た目をしていた彼が、弟子が出来、晴れて恋人になり、こうもやわらかく変化した。
師、冥利に尽きる──と言えばいいのか。目の奥がじわりと熱を帯び、静かに胸が打ち震えた。
適当な相談に乗るつもりは毛頭なかったが、これは僕も殊更誠実に応えねば。
僕の隣にいたマリ君も同じ所感だったのか、盲目の視線と自然と目が合い、互いに小さく頷いた。
「一昨年はジェリーさん指導でお蕎麦を打って召し上がって頂いたんですけど、去年は…その…教団にいなかったですし……」
「今年は折角恋仲になったもんね、悩むよねぇ」
何より若い子の恋愛話はいい。
その相手が大事な大事なユー君なら、尚更。
可愛い息子嫁のような彼女の言葉に耳を傾けながら、僕は頻りと首を縦に振った。
「……書類仕事多いから万年筆も考えたんですけど、仮にも部下が上司に差し上げるものが筆記用具って、こう…『もっと仕事しろ』感があるから失礼かと思って二の足を踏んでます。
懐中時計も便利かと思ったんですけど、そもそも時計持っていなくて今まで困ってないから、今更持つ必要あるのかな?と…」
万年筆は日本人ならではの感性だろうか。
僕としては『神田元帥』としての仕事がそれで捗るなら願ったり叶ったりなのだが、ユー君は筆圧が高めだからペン先をすぐ駄目にしてしまいそうなのが懸念事項である。
懐中時計もまさに彼女の言う通りだ。
あくまでそれは『神田元帥』として役に立つ物であって、恋人として贈るなら少しお堅い気もする。
なるほど。我が弟子ながら中々の強敵だ。
何せ偏食ではあるが、大前提として食欲に対して頓着がない。
物欲もなく、生きる為に必要なものが揃っていればそれでよしとし、美しい華美なものを嫌う。
睡眠欲も必要最低限。なんなら森の中で平気で眠れる。
性欲に関してはやっと一人前(訂正。やり過ぎ感はある)になったくらいで、平均してしまえば全体的に欲が薄い。一部を除き。
彼の精神が戦争のせいもあって、常に極限状態であったことが原因なのだろうが、こうなってしまったのは僕の指導不足も否めない。
……いやはや、親代わりって難しいね。
首を捻った僕の空気を察してか、様子を窺っていたマリ君が笑いながら助言を送った。
「多分神田は名無しから貰ったものなら何でも喜ぶんじゃないか?」
「そんな気はします、けど、」
彼女らしくなく、歯切れ悪く言い淀む。
その顔色は《気まずい》《後ろめたい》というより──
「……贈るなら、ちゃんと、喜んでもらいたくて」
本来なら、恥じることではない。
相手を想う献身は胸を張っていいことなのだが、色恋沙汰になると恥じらいが抜けきらないのは若さ故だろうか。
彼女は頬に集まった熱を隠すように薄い手のひらで頬と口元を覆っているが、朱を散らした耳までは隠れていなかった。
……いやぁ、孫弟子可愛すぎない?
マリ君の双眸が健在であるなら全力で同意を得たいところだが、これも僕は自重した。立派な大人だし。
「その、他の案もあるんですけど、髪紐なら……何本あっても困らないかと思った、んですけど……」
「いいんじゃないか。神田も気兼ねなく使えるだろう?」
「でも以前差し上げたことがあるので、同じものを差し上げるのは…」
実用的で、形に残る物。
髪紐は彼の唯一の装身具と言えるものだ。
以前贈ったとすれば恐らく既製品だろう。ならば、
「じゃあ作っちゃえばいいんじゃない?」
我ながら鶴の一声だったと思う。
画家故の性分か、特別な贈り物をしたいなら『作ってしまえばいい』という結論に至るのは、一瞬だった。
「つ、作る?作れるんですか?」
「うん。服飾に詳しい団員、いるだろう?一人。」
癖毛で、特徴的な眼鏡をかけて、誰よりも心根が優しい科学班の彼。
僕は安心させるように笑みを深くし、善は急げと立ち上がるのであった。