short story
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「神田さん、爪切り上手ですね。」
「刃物の扱い、得意ですもんね」と、読みかけの本から視線を上げて、隣に座っていた名無しがのほほんと笑っている。
特に予定のない昼下がり。
ベッドのふちに腰をかけ、彼女は読書。神田は爪の手入れをしていた時のことだった。
呪符で不死に近い身体とはいえ、髪は伸びるし汗はかくし、当然爪も長くなる。
昔は『半端に人間らしいところを残しやがって』と毒づいていた時もあったが、今は違う。
《死ににくい》という点以外は人間と同じように歳を取り、食事を囲い、周りと同じような営みをこなせることに、心の底から安堵した。
それもこれも本心で《良かった》と思えるようになったのは、人一倍善人であること以外は至って平凡な彼女のお陰である。
パチン、と乾いた音を立てて銀色の爪切りを動かす。
深爪気味とはいえ、美貌だけではなく素爪の形すら整っているのだから羨ましい。
「こんなもんだろ」
「そうですか?あ、でも刀握る時に怪我しちゃったら大変ですもんね。丁寧にもなるか……」
なんて、名無しはぶつぶつと一人で納得し始めている。
「まぁな」なんて空返事を返しながら、神田はぼんやり思い出す。
爪切りできちんと手入れをし始めたのは最近のことだ。
それより前は適当なナイフか、鋏か、手頃な刃物がなければ六幻 の刃先で伸びた爪を削ぎ落としていたなんて。
そんな暴挙をカミングアウトした日には『なんて恐ろしいことを』『指先怪我したら大変ですよ』と顔を青ざめて小言を言われるのだろう。
恐らく『指を切り落としたところで、すぐに治るから別に』なんて言い訳をした日には、火に油を注ぐ結果になるか、酷く悲しそうな顔をされるかどちらかだろう。それは神田にとって本意ではない。
だから空返事をした。
そんなとんでもエピソードは伝える必要ない。
そもそも爪をちゃんと爪切りで整え、更にヤスリで切り口を滑らかになるよう丁寧に磨くようになったのは理由がある。
言うまでもなく、目の前の彼女が発端で──
「お前のナカ、傷つけるわけにはいかねぇだろ。」
爪切りを一通り終え、長細いヤスリを爪先に当てれば『シャリ』と音を立てて削られる。
角を落とされた余分な爪は、白い粉になってゴミ箱の中へふわりと落ちる。
神田の長い指。
鉤爪のように曲げられた中指。
告げられた言葉の意味。
それらが指し示すことは一つだけ。
「………………へ。……あっ!」
合点がついた瞬間、名無しの頬は茹だったように赤く染まる。
昨日までこなしていた任務が始まる、その前日。日数にすると丁度一週間前。
散々その指先で蕩けさせられ、弄ばれ、素面ではとても言えないような場所を嫌というほど愛撫された。
爪切りを丁寧に行う理由が『それ』だと理解した途端、ただの《爪切り》という行為が『それ』の前準備にしか見えなくなってしまい、名無しはとてもじゃないが直視出来なくなってしまった。
何せ、任務から帰還し、報告書を提出し終え、明日は二人共久しぶりの休日だ。
示し合わせたわけでは決してないのだが、そういう日の夜は大抵明け方まで離してもらえない。
何の変哲もない爪のヤスリがけの音が、まるで『今晩は覚悟しておけ』と囁いているように聞こえるのは、幻聴だと思いたいところである。
腹ぺこ狼は爪を研ぐ
「そ、そそそ、そ、そ…う、です……ね……」
不自然に視線を本へ戻し、文字を追うことなく──訂正。動揺を隠しきれないのか、真っ赤な顔で目を泳がせている名無し。
たかが爪切り、されど爪切りだ。
彼女に触れるのならば、当然その柔肌に爪痕を残す訳にはいかない。
……余談だが、所有印に近い鬱血痕は《傷跡》としてはノーカウントらしい。
(……ムラムラしてきた。)
夜までまだ時間があるといのに、別ベクトルの苛立ちを僅かに滲ませる神田。
それもこれも、すぐ表情に出る名無しが悪い。
さて。ちゃんと夜更けまで神田が我慢出来たかどうかは、本人達のみぞ知る。
「刃物の扱い、得意ですもんね」と、読みかけの本から視線を上げて、隣に座っていた名無しがのほほんと笑っている。
特に予定のない昼下がり。
ベッドのふちに腰をかけ、彼女は読書。神田は爪の手入れをしていた時のことだった。
呪符で不死に近い身体とはいえ、髪は伸びるし汗はかくし、当然爪も長くなる。
昔は『半端に人間らしいところを残しやがって』と毒づいていた時もあったが、今は違う。
《死ににくい》という点以外は人間と同じように歳を取り、食事を囲い、周りと同じような営みをこなせることに、心の底から安堵した。
それもこれも本心で《良かった》と思えるようになったのは、人一倍善人であること以外は至って平凡な彼女のお陰である。
パチン、と乾いた音を立てて銀色の爪切りを動かす。
深爪気味とはいえ、美貌だけではなく素爪の形すら整っているのだから羨ましい。
「こんなもんだろ」
「そうですか?あ、でも刀握る時に怪我しちゃったら大変ですもんね。丁寧にもなるか……」
なんて、名無しはぶつぶつと一人で納得し始めている。
「まぁな」なんて空返事を返しながら、神田はぼんやり思い出す。
爪切りできちんと手入れをし始めたのは最近のことだ。
それより前は適当なナイフか、鋏か、手頃な刃物がなければ
そんな暴挙をカミングアウトした日には『なんて恐ろしいことを』『指先怪我したら大変ですよ』と顔を青ざめて小言を言われるのだろう。
恐らく『指を切り落としたところで、すぐに治るから別に』なんて言い訳をした日には、火に油を注ぐ結果になるか、酷く悲しそうな顔をされるかどちらかだろう。それは神田にとって本意ではない。
だから空返事をした。
そんなとんでもエピソードは伝える必要ない。
そもそも爪をちゃんと爪切りで整え、更にヤスリで切り口を滑らかになるよう丁寧に磨くようになったのは理由がある。
言うまでもなく、目の前の彼女が発端で──
「お前のナカ、傷つけるわけにはいかねぇだろ。」
爪切りを一通り終え、長細いヤスリを爪先に当てれば『シャリ』と音を立てて削られる。
角を落とされた余分な爪は、白い粉になってゴミ箱の中へふわりと落ちる。
神田の長い指。
鉤爪のように曲げられた中指。
告げられた言葉の意味。
それらが指し示すことは一つだけ。
「………………へ。……あっ!」
合点がついた瞬間、名無しの頬は茹だったように赤く染まる。
昨日までこなしていた任務が始まる、その前日。日数にすると丁度一週間前。
散々その指先で蕩けさせられ、弄ばれ、素面ではとても言えないような場所を嫌というほど愛撫された。
爪切りを丁寧に行う理由が『それ』だと理解した途端、ただの《爪切り》という行為が『それ』の前準備にしか見えなくなってしまい、名無しはとてもじゃないが直視出来なくなってしまった。
何せ、任務から帰還し、報告書を提出し終え、明日は二人共久しぶりの休日だ。
示し合わせたわけでは決してないのだが、そういう日の夜は大抵明け方まで離してもらえない。
何の変哲もない爪のヤスリがけの音が、まるで『今晩は覚悟しておけ』と囁いているように聞こえるのは、幻聴だと思いたいところである。
腹ぺこ狼は爪を研ぐ
「そ、そそそ、そ、そ…う、です……ね……」
不自然に視線を本へ戻し、文字を追うことなく──訂正。動揺を隠しきれないのか、真っ赤な顔で目を泳がせている名無し。
たかが爪切り、されど爪切りだ。
彼女に触れるのならば、当然その柔肌に爪痕を残す訳にはいかない。
……余談だが、所有印に近い鬱血痕は《傷跡》としてはノーカウントらしい。
(……ムラムラしてきた。)
夜までまだ時間があるといのに、別ベクトルの苛立ちを僅かに滲ませる神田。
それもこれも、すぐ表情に出る名無しが悪い。
さて。ちゃんと夜更けまで神田が我慢出来たかどうかは、本人達のみぞ知る。