short story
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いつも通りの時間に目を覚ませば、まだ夜明けに差し掛かる頃合だった。
元帥に、と宛てがわれた部屋は広いばかりで、私物という私物は収納してしまえば一見何もないようにも見える。
ベッドサイドに置かれた置き時計もここ最近になってようやく増えた物である。
神田が用意した私物のように見えるが実の所そうではない。
隣で呑気に寝息を立てている名無しが任務先で見つけ、『神田さんのお部屋、時計ないですし』と置いていったものだ。
艶のある紫檀。木目が美しい文字盤の上には真鍮の針がチクタクと一定のリズムを刻みながらゆっくり動いている。
つまり、そう。プレゼント──なのかもしれない。むしろそれ以外にないだろう。
だとすれば神田の数少ない私物の一つなのだろう。
そんな時計の針が、もうすぐ朝の5時を指し示そうとしているところだが、神田はどうもベッドから出る気にはなれなかった。
身体が重だるいとか、風邪っぽいとか、そういった理由ではない。
理由は単純かつ明快。名無しがまだ寝ているからである。
恋人になる前は彼女も早朝から鍛錬をしていた。
『体力が全然ありませんから』と言いながらランニングも毎日欠かさず行い、決してすいすいと行えたわけではないが泣き言を漏らさず筋トレもしていた。
鍛えても筋肉がつきにくい骨格だからか、結果はまずまずといったところだが、神田は名無しの生真面目でまめな性格を高く評価していた。
が。今はどうだ。
本来なら起床するはずの時間であるにも関わらず、ふかふかの枕に顔を埋めて寝息を穏やかに立てている。
袖を通しているだけでボタンもろくにかけていないシャツの襟元からは、昨晩神田が散々刻んだ所有印が目を疑う程に咲いていた。
──結論から言ってしまえば、寝坊は決して名無しが原因ではない。
昨晩も身体を重ね、彼女の理性を丹念に溶かして、何度も何度も強い絶頂の波に晒しあげた。
毎度『優しく』と自分自身に念を押しているものの、気がつけば貪るように掻き抱いてしまうのは反省点であるはずなのだが……改善の予兆は残念ながら見られない。
勿論、名無しに底なしの体力があれば優雅な起床も夢でないのだが、相手は文字通り底なしの体力を持つ神田である。
一般人に毛が生えた程度のスタミナを持つ名無しと、少し休めばフルマラソンも吝かではない神田の体力差は、こうして見事に起床時間へ現れていた。
自分自身に原因があると自覚があるからこそ、神田は名無しを咎めない。咎めるわけがない。
何せ神田が手を出さなければ名無しは穏やかな睡眠時間をたっぷり確保出来るし、朝から溌剌と活動だって出来るのだ。
エクソシストとして必要な鍛錬と、神田自身の我儘を天秤にかけた結果は──残念ながら、ご覧の通り。
数年前の、名無しと出会う前の自分がこの惨状を見たらさぞかし呆れ返るだろうが、神田自身は『これでいい』と満足していた。
(そもそもリナですら朝から鍛錬してねぇし)
なんてチープな言い訳を内心そっと零しながら、寄り添うように眠る名無しへ視線を落とす。
白い首筋。
頬にかかる絹糸のような黒髪。
さっぱりと整えられた毛先はふわりとやわらかく、毛並みのいい動物を撫でているような心地良さだ。
僅かに開いた桜色の唇も、滑らかな頬も、キスを落とせば微睡むように柔らかなことを、神田はよく知っていた。
穏やかな寝顔。
時々深夜に悪夢に追われて跳ね起きている事実を知っているからこそ、彼女の安眠は何よりも尊いもののように感じた。
規則的に繰り返されるさざ波のような呼吸も、昨晩の情事の甘い名残りも。
見ていて飽きない。ずっと見ていたい。
指先でくるりと毛先を弄んでも、手のひらで頬をなぞるように撫でても、僅かに身じろぐだけで神田の手から逃げようとはしない。
それが愛おしいと感じると同時に、物足りないと感じた事実に、神田はそっと苦笑を零した。
──寝顔も悪くないけれど、やっぱりころころと変わる表情を見てみたい。
「早く起きろよ、寝坊助。」
名無しの前髪を指で梳きながら呟いた声音。
呆れたようなものではなく、当然怒ってもいない。
おだやかで、静かで、言葉とは裏腹に囁くような。
Good morning call
きっとそれは、淡い朝焼けの色に似ている。
元帥に、と宛てがわれた部屋は広いばかりで、私物という私物は収納してしまえば一見何もないようにも見える。
ベッドサイドに置かれた置き時計もここ最近になってようやく増えた物である。
神田が用意した私物のように見えるが実の所そうではない。
隣で呑気に寝息を立てている名無しが任務先で見つけ、『神田さんのお部屋、時計ないですし』と置いていったものだ。
艶のある紫檀。木目が美しい文字盤の上には真鍮の針がチクタクと一定のリズムを刻みながらゆっくり動いている。
つまり、そう。プレゼント──なのかもしれない。むしろそれ以外にないだろう。
だとすれば神田の数少ない私物の一つなのだろう。
そんな時計の針が、もうすぐ朝の5時を指し示そうとしているところだが、神田はどうもベッドから出る気にはなれなかった。
身体が重だるいとか、風邪っぽいとか、そういった理由ではない。
理由は単純かつ明快。名無しがまだ寝ているからである。
恋人になる前は彼女も早朝から鍛錬をしていた。
『体力が全然ありませんから』と言いながらランニングも毎日欠かさず行い、決してすいすいと行えたわけではないが泣き言を漏らさず筋トレもしていた。
鍛えても筋肉がつきにくい骨格だからか、結果はまずまずといったところだが、神田は名無しの生真面目でまめな性格を高く評価していた。
が。今はどうだ。
本来なら起床するはずの時間であるにも関わらず、ふかふかの枕に顔を埋めて寝息を穏やかに立てている。
袖を通しているだけでボタンもろくにかけていないシャツの襟元からは、昨晩神田が散々刻んだ所有印が目を疑う程に咲いていた。
──結論から言ってしまえば、寝坊は決して名無しが原因ではない。
昨晩も身体を重ね、彼女の理性を丹念に溶かして、何度も何度も強い絶頂の波に晒しあげた。
毎度『優しく』と自分自身に念を押しているものの、気がつけば貪るように掻き抱いてしまうのは反省点であるはずなのだが……改善の予兆は残念ながら見られない。
勿論、名無しに底なしの体力があれば優雅な起床も夢でないのだが、相手は文字通り底なしの体力を持つ神田である。
一般人に毛が生えた程度のスタミナを持つ名無しと、少し休めばフルマラソンも吝かではない神田の体力差は、こうして見事に起床時間へ現れていた。
自分自身に原因があると自覚があるからこそ、神田は名無しを咎めない。咎めるわけがない。
何せ神田が手を出さなければ名無しは穏やかな睡眠時間をたっぷり確保出来るし、朝から溌剌と活動だって出来るのだ。
エクソシストとして必要な鍛錬と、神田自身の我儘を天秤にかけた結果は──残念ながら、ご覧の通り。
数年前の、名無しと出会う前の自分がこの惨状を見たらさぞかし呆れ返るだろうが、神田自身は『これでいい』と満足していた。
(そもそもリナですら朝から鍛錬してねぇし)
なんてチープな言い訳を内心そっと零しながら、寄り添うように眠る名無しへ視線を落とす。
白い首筋。
頬にかかる絹糸のような黒髪。
さっぱりと整えられた毛先はふわりとやわらかく、毛並みのいい動物を撫でているような心地良さだ。
僅かに開いた桜色の唇も、滑らかな頬も、キスを落とせば微睡むように柔らかなことを、神田はよく知っていた。
穏やかな寝顔。
時々深夜に悪夢に追われて跳ね起きている事実を知っているからこそ、彼女の安眠は何よりも尊いもののように感じた。
規則的に繰り返されるさざ波のような呼吸も、昨晩の情事の甘い名残りも。
見ていて飽きない。ずっと見ていたい。
指先でくるりと毛先を弄んでも、手のひらで頬をなぞるように撫でても、僅かに身じろぐだけで神田の手から逃げようとはしない。
それが愛おしいと感じると同時に、物足りないと感じた事実に、神田はそっと苦笑を零した。
──寝顔も悪くないけれど、やっぱりころころと変わる表情を見てみたい。
「早く起きろよ、寝坊助。」
名無しの前髪を指で梳きながら呟いた声音。
呆れたようなものではなく、当然怒ってもいない。
おだやかで、静かで、言葉とは裏腹に囁くような。
Good morning call
きっとそれは、淡い朝焼けの色に似ている。