short story
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「コーヒーよ。」
「いえ。紅茶です。」
教団の談話室。
火の粉が踊る音と、薪が静かに爆ぜる、穏やかな空間。
いつもは和やかに談笑する者、黙々と本を読む者、転寝をする者と、様々な団員がそれぞれの時間を楽しんでいる場所なのだが──。
テーブルを挟んで、真剣な顔で議論しあっている団員が二人。
正確にはエクソシストが一人と、教団の上位組織にあたるヴァチカンから派遣されている監査官が一人、だ。
「珍しい…。リナリーとリンクさんが喧嘩してる」
余談だが、彼女と彼の間には新聞を広げて我関せずを貫いているラビもいる。
……我関せず、というより、仲裁を諦めたと言った方が正しいのかもしれないが。
「名無し!丁度いいところに!」
そんな険悪な二人と、呆れ顔のブックマンJr.の視線が一斉に名無しへ集まる。
リナリーが上げた声に思わず肩を跳ね上げ、ただならぬ雰囲気に名無しはつい動揺してしまう。
「何、えっ、なに!?」
「コーヒー派よね?いつもカフェオレやラテ、美味しそうに飲んでいたもの。」
「貴女、紅茶派でしょう。アールグレイのミルクティーが一番気に入っていましたよね?」
捲し立てるように問うてくるリナリーとリンク。
矢次に飛んでくる尋問めいた質問に、名無しはただ目を白黒させてしまった。
「待ってください。話が全然見えてこないんですけど」
混乱しっぱなしの名無しを見兼ねたのか、呆れたように新聞へ視線を落としていたラビが苦笑いを隠すことなく浮かべ、呟いた。
頬杖をついている様は、少々辟易しているようにも見える。
「どっちが名無しのことをよく知ってるか…まぁ有り体に言えばマウント合戦が始まったんさ。」
「マウント、合戦。」
(ど、どうでもいい〜)
心の声を出さなかったものの表情には出ていたらしい。ラビが「名無し、顔。顔。」と囁くように指摘する。
いや、だって。本当にどうでもいいことすぎて。
どうしてそうなったのか切っ掛けを聞きたいところだが、薮蛇な質問になりそうで聞くに聞けない。
何せ、この二人。仲は決して悪くないのだが、献身体質故か時々こうして同族嫌悪の地雷があるらしい。
当世風に言えば、そう。アイドルの同担拒否に近い。
──当然、名無しはアイドルではないのだが。どちらかというと愛玩動物だ。餌付けしがいがあるという意味で。
「私がいれるコーヒーが一番好きって言ってくれていたもの!」
「いいえ。私は『温かい紅茶飲むと落ち着きますね』とお墨付きを貰いましたから」
確かに両方言った覚えがある。
あるにあるのだが、当然同じタイミングで言ったものではない。
リナリーからコーヒーを貰った時は、この談話室で。
リンクに紅茶を入れてもらったのは、イノセンスの修復任務の最中に泊まった宿だったはず。
「あの。私、紅茶もコーヒーも同じくらい好きです、けど」
そう。甲乙付け難い。
と言ってもどうせこの二人のことだ。そう告げたところで納得しないのだろう。
だから何とかして『場合による』と上手く伝えたい。
「その、強いて言うならお茶請けによって変わるというか」
というより、リナリーだって紅茶飲むし、リンクだってコーヒーも飲めるだろうに。
「チーズケーキ用意すればいい?ベイクドの方が好きだったよね?」
「私は今朝焼いたばかりのカヌレをお持ちしますね」
「息を吐くようにハイカロリーなおやつを用意するのやめてください……」
ダメだこりゃ。
そうでなくとも最近甘い物を食べすぎ──もとい、頻繁に餌付けられているのだ。
いくら糖分は疲労に効くとはいえ、お腹周りが気になってしまう。
というより、チーズケーキもカヌレも両方食べろというのか。コーヒーと紅茶を飲みながら。
そんなどうでもいいジャッジを下さなければいけないのかと、困ったように苦笑いを浮かべていると、ブーツが床を蹴る聞き慣れた足音が近付いてきた。
「何やってんだ。」
「か、神田さん。助けてください…」
まさに渡りに船だ。
このやり取りを聞いて『どうでもいいだろ』と一刀両断し、名無しの腕を引いて立ち去ってくれるであろう、救いのヒーローがやってきた。
「この際神田でもいいわ。名無しはコーヒー派なの?紅茶派なの?」
そう。本来ならここで『どうでもいい』と言い放つところだったのだが。
「ココアだろ。甘ったるいヤツ。」
まさかの、選択肢追加。
「「ココア?」」
「……確かに、家でよく飲んでいましたけど…」
まだ此方へ来る前のこと。
インスタントコーヒーはあまり得意ではなかったし、安いティーパックの紅茶は特別美味しいとは思わなかった。
だから、牛乳をレンジで温め、調整ココアの粉をスプーン一杯かき混ぜる。
温かくて、甘くて、ほっとする。
一人分作るのも容易く、手軽に牛乳をたくさん飲めるのも嬉しいポイントだ。
「そういえば最近飲んでないからまた飲みたいですね」
「ジェリーに作ってもらえばいいだろ。」
「だって手間でしょう?こっちにあるのは純ココアでしょうし、牛乳だってレンジで気軽に温められないんですから…」
鍋でコトコト温めたり、砂糖を加えて調節したり。
そう考えると紅茶とコーヒーの方が洗い物も少なく済むだろう。
それに自分で作るとしてもその為に厨房の片隅をわざわざ借りるのも憚られ、いつも忙しそうなキッチンに声掛けするのも躊躇ってしまう。
「狡いわよ、神田!そんな話、初耳だわ!」
「言う必要あったか?」
「あるわよ、大いに!」
白い頬を膨らませ、拗ねるリナリー。
「貴女ココア飲みたいなんて一言も言わなかったでしょう?」
「そりゃあ…材料全部旅先で手に入るものじゃないですし」
じとりと目を細め、詰め寄るリンク。
……ここまで怒られる話だったか?
もしかすると、所謂『火に油』という状況なのでは?
そんな現状を知ってか知らずか、神田は「はっ」と鼻で笑い、勝ち誇ったように口角を上げた。
「俺が一番名無しのこと知ってんだよ。」
あの子のトリビア
「な、なんですって!?私の方が女同士だから色んなこと沢山知っているもの!」
「私は一年間、二人っきりで任務をしていましたよ。二人っきりで。寝食を。24時間共に。」
「オイ監査官。その件、俺はまだ納得してねぇからな」
ヒートアップするマウント合戦。
名無しはそろりとその輪から一歩引き、新たに飛び火する前に退散しようとしたところだった。
「俺は月モノの周期だって把握してるぞ。」
デリカシーゼロの、神田の発言に足が止まるまでは。
名無しの顔は赤くなったり青くなったり。その様子を可哀想な視線で見ているのは、新聞で口元を隠したラビ一人。
『うわぁ…』と目を細め、痛ましげに隻眼が細められている。
「それは私も知ってるわよ(女同士でそういう話するし)」
「私も存じています(甘い物沢山食べる周期で把握済みです)」
「なんでだよ。」
神田の突っ込みはご尤もなのだが、それよりも、それよりも。
「ちょ…ッ私の!プライバシーは!?」
膝から崩れ落ちて頭を抱える名無しを憐れむように見下ろしながら、ラビは心の中で手を合わせた。
「強火のオタクが周りにいると大変さね、名無し…」
「いえ。紅茶です。」
教団の談話室。
火の粉が踊る音と、薪が静かに爆ぜる、穏やかな空間。
いつもは和やかに談笑する者、黙々と本を読む者、転寝をする者と、様々な団員がそれぞれの時間を楽しんでいる場所なのだが──。
テーブルを挟んで、真剣な顔で議論しあっている団員が二人。
正確にはエクソシストが一人と、教団の上位組織にあたるヴァチカンから派遣されている監査官が一人、だ。
「珍しい…。リナリーとリンクさんが喧嘩してる」
余談だが、彼女と彼の間には新聞を広げて我関せずを貫いているラビもいる。
……我関せず、というより、仲裁を諦めたと言った方が正しいのかもしれないが。
「名無し!丁度いいところに!」
そんな険悪な二人と、呆れ顔のブックマンJr.の視線が一斉に名無しへ集まる。
リナリーが上げた声に思わず肩を跳ね上げ、ただならぬ雰囲気に名無しはつい動揺してしまう。
「何、えっ、なに!?」
「コーヒー派よね?いつもカフェオレやラテ、美味しそうに飲んでいたもの。」
「貴女、紅茶派でしょう。アールグレイのミルクティーが一番気に入っていましたよね?」
捲し立てるように問うてくるリナリーとリンク。
矢次に飛んでくる尋問めいた質問に、名無しはただ目を白黒させてしまった。
「待ってください。話が全然見えてこないんですけど」
混乱しっぱなしの名無しを見兼ねたのか、呆れたように新聞へ視線を落としていたラビが苦笑いを隠すことなく浮かべ、呟いた。
頬杖をついている様は、少々辟易しているようにも見える。
「どっちが名無しのことをよく知ってるか…まぁ有り体に言えばマウント合戦が始まったんさ。」
「マウント、合戦。」
(ど、どうでもいい〜)
心の声を出さなかったものの表情には出ていたらしい。ラビが「名無し、顔。顔。」と囁くように指摘する。
いや、だって。本当にどうでもいいことすぎて。
どうしてそうなったのか切っ掛けを聞きたいところだが、薮蛇な質問になりそうで聞くに聞けない。
何せ、この二人。仲は決して悪くないのだが、献身体質故か時々こうして同族嫌悪の地雷があるらしい。
当世風に言えば、そう。アイドルの同担拒否に近い。
──当然、名無しはアイドルではないのだが。どちらかというと愛玩動物だ。餌付けしがいがあるという意味で。
「私がいれるコーヒーが一番好きって言ってくれていたもの!」
「いいえ。私は『温かい紅茶飲むと落ち着きますね』とお墨付きを貰いましたから」
確かに両方言った覚えがある。
あるにあるのだが、当然同じタイミングで言ったものではない。
リナリーからコーヒーを貰った時は、この談話室で。
リンクに紅茶を入れてもらったのは、イノセンスの修復任務の最中に泊まった宿だったはず。
「あの。私、紅茶もコーヒーも同じくらい好きです、けど」
そう。甲乙付け難い。
と言ってもどうせこの二人のことだ。そう告げたところで納得しないのだろう。
だから何とかして『場合による』と上手く伝えたい。
「その、強いて言うならお茶請けによって変わるというか」
というより、リナリーだって紅茶飲むし、リンクだってコーヒーも飲めるだろうに。
「チーズケーキ用意すればいい?ベイクドの方が好きだったよね?」
「私は今朝焼いたばかりのカヌレをお持ちしますね」
「息を吐くようにハイカロリーなおやつを用意するのやめてください……」
ダメだこりゃ。
そうでなくとも最近甘い物を食べすぎ──もとい、頻繁に餌付けられているのだ。
いくら糖分は疲労に効くとはいえ、お腹周りが気になってしまう。
というより、チーズケーキもカヌレも両方食べろというのか。コーヒーと紅茶を飲みながら。
そんなどうでもいいジャッジを下さなければいけないのかと、困ったように苦笑いを浮かべていると、ブーツが床を蹴る聞き慣れた足音が近付いてきた。
「何やってんだ。」
「か、神田さん。助けてください…」
まさに渡りに船だ。
このやり取りを聞いて『どうでもいいだろ』と一刀両断し、名無しの腕を引いて立ち去ってくれるであろう、救いのヒーローがやってきた。
「この際神田でもいいわ。名無しはコーヒー派なの?紅茶派なの?」
そう。本来ならここで『どうでもいい』と言い放つところだったのだが。
「ココアだろ。甘ったるいヤツ。」
まさかの、選択肢追加。
「「ココア?」」
「……確かに、家でよく飲んでいましたけど…」
まだ此方へ来る前のこと。
インスタントコーヒーはあまり得意ではなかったし、安いティーパックの紅茶は特別美味しいとは思わなかった。
だから、牛乳をレンジで温め、調整ココアの粉をスプーン一杯かき混ぜる。
温かくて、甘くて、ほっとする。
一人分作るのも容易く、手軽に牛乳をたくさん飲めるのも嬉しいポイントだ。
「そういえば最近飲んでないからまた飲みたいですね」
「ジェリーに作ってもらえばいいだろ。」
「だって手間でしょう?こっちにあるのは純ココアでしょうし、牛乳だってレンジで気軽に温められないんですから…」
鍋でコトコト温めたり、砂糖を加えて調節したり。
そう考えると紅茶とコーヒーの方が洗い物も少なく済むだろう。
それに自分で作るとしてもその為に厨房の片隅をわざわざ借りるのも憚られ、いつも忙しそうなキッチンに声掛けするのも躊躇ってしまう。
「狡いわよ、神田!そんな話、初耳だわ!」
「言う必要あったか?」
「あるわよ、大いに!」
白い頬を膨らませ、拗ねるリナリー。
「貴女ココア飲みたいなんて一言も言わなかったでしょう?」
「そりゃあ…材料全部旅先で手に入るものじゃないですし」
じとりと目を細め、詰め寄るリンク。
……ここまで怒られる話だったか?
もしかすると、所謂『火に油』という状況なのでは?
そんな現状を知ってか知らずか、神田は「はっ」と鼻で笑い、勝ち誇ったように口角を上げた。
「俺が一番名無しのこと知ってんだよ。」
あの子のトリビア
「な、なんですって!?私の方が女同士だから色んなこと沢山知っているもの!」
「私は一年間、二人っきりで任務をしていましたよ。二人っきりで。寝食を。24時間共に。」
「オイ監査官。その件、俺はまだ納得してねぇからな」
ヒートアップするマウント合戦。
名無しはそろりとその輪から一歩引き、新たに飛び火する前に退散しようとしたところだった。
「俺は月モノの周期だって把握してるぞ。」
デリカシーゼロの、神田の発言に足が止まるまでは。
名無しの顔は赤くなったり青くなったり。その様子を可哀想な視線で見ているのは、新聞で口元を隠したラビ一人。
『うわぁ…』と目を細め、痛ましげに隻眼が細められている。
「それは私も知ってるわよ(女同士でそういう話するし)」
「私も存じています(甘い物沢山食べる周期で把握済みです)」
「なんでだよ。」
神田の突っ込みはご尤もなのだが、それよりも、それよりも。
「ちょ…ッ私の!プライバシーは!?」
膝から崩れ落ちて頭を抱える名無しを憐れむように見下ろしながら、ラビは心の中で手を合わせた。
「強火のオタクが周りにいると大変さね、名無し…」