short story
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(今日もだ。)
お昼ご飯を買ってきて神田さんとの待ち合わせ場所に行けば、綺麗な女の人に話しかけられていた。
(美男美女…)
鬱陶しそうに目元を細め訝しげな表情をしているが、それでも顔がいいのだから嫌そうな顔をしたところで正直無意味だ。
そんな冷ややかな視線も好きだと囁いているのか、話しかけている女性に引く様子は見られない。
抱えた紙袋を無意識のうちに強く抱え込んだせいで、中のパニーニのひとつがくしゃりと潰れ、挟まれていたトマトが涙のように袋の底を濡らしてしまった。
……ずっと彼らのやりとりを眺めていても仕方ない。
意を決して息を大きく吸い込むものの、上手に息が吸えたような気がしない。
喉がぎゅっと締められたような息苦しさは見て見ぬふりをし、私は重い足取りで一歩踏み出した。
「すみません、お待たせしました」
眉間の皺がいつもより三割増になっている神田さんのところへ駆け寄れば、声をかけていた女の人が振り返る。
振り返った表情は彼に向けていた艶のあるものではなく、どこか乾いた微笑みだった。
「あら、妹さん?」
ほら、出た。
黒髪、アジア人のような雰囲気。あとは霊長類ヒト科であることか。
神田さんと共通点を挙げるなら先程の三点のみ。
顔付きだって全然違うし、兄妹と訊ねるにはかなり無理があるだろう。
彼が『向こうの世界』に来ていた時は事情を説明するのが面倒だったため親戚と答えていたが、残念ながらDNAのひと掠りもしていない。
血の繋がりがあるなんてとんでもない。彼に失礼だ。
「──その人の弟子ですが、何か。」
見知らぬ女の人に彼の名字を教えることすら億劫だった私は、いつもの通り他人行儀でそう答えた。
***
「恋人って言えばよかっただろ。」
名無しが持ち帰った、形が崩れてしまったパニーニを飲み込み、神田は不機嫌そうに口を開いた。
彼以上に浮かない顔をしているのは、彼の愛弟子であり、恋人である名無しだ。
彼女にしては珍しく、美味しくなさそうにパニーニを頬張り、無理矢理カフェラテで流し込んでいるところだった。
「……言ったら絶対笑われますもん」
「勝手に言わせておけ」
そうは言うものの、周りの目が気になるのが普通の感覚である。
無関心を決め込むことは出来ても、限度というものが誰にだってあるのだ。
少なくとも──名無しは神田ほど他人の目を気にせず生きることは出来ないし、人並みにコンプレックスを抱いたり、はたまた落ち込んだりすることだって。
「……神田さんには、比べられる方の気持ちなんか、分からないでしょ」
小声で呟くように答える名無し。
胸に去来したのは、酷く惨めな気持ちと、押し潰すような後悔。
なぜなら目の前の彼が、珍しく両眼を見開くものだから。
やってしまった。
真っ先に脳裏に過ぎったのは、その一言に尽きる。
「ごめんなさい。今のは八つ当たりでした」
「……比べる必要なんかあんのか?」
「いや、だから忘れてくだ、」
「名無し。」
顔を背けて俯き、宿のベッドの枕元に添えられていたクッションに顔を埋める。
さらりと落ちた名無しの前髪を指でかきわければ、べそべそと泣きそうな顔をくしゃりと歪めていた。
「みっともない顔しているので、見ないでください……」
不覚にも胸がギュッとなってしまったのは、神田だけの秘密だ。
いつも思慮深く、誰かに八つ当たることもなく、言葉を慎重に選ぶ彼女にしては酷く取り乱している。
放っておけば落ち着くのかもしれないが、神田は名無しの恋人だ。
「言いたいことがあるなら言え。」
やわらかい黒髪を優しく撫でれば、「すん、」と鼻を鳴らす音が微かに聞こえる。
ボロボロ泣く姿は『彼女の悪夢』の中で見たことがあるが、このような泣き方は初めてで神田は不覚にも身構えてしまった。
「……怒りません?」
「事の次第によるが、黙っていて俺が納得すると思ってんのか?」
ぶっきらぼうな言い方だったかもしれないが、溜め込みがちな彼女を自白させるためだ。
神田の脅し文句に反論する余地がなかったのか、それとも気力がなかったのか、降参した様子で白状し始めた。
「……人の第一印象って、見た目が七割らしいんですよね」
「……で?」
「見た目もそうですけど、中身も釣り合ってないですし…。いや、自覚はあるし分かっているんですけど、やっぱり鼻で笑われるのはしんどいといいますか…」
『気にしない』というのは、どうして中々難しいものなのだ。
普段気にしないような些細なことでも、他人の悪意というものは思った以上に、呆気なく心のやわらかい部分を暴いてしまう。
任務の時の彼女は、揺るがず、惑わず、凄惨な場面に直面した時ですら顔を顰めるだけで悲鳴一つ上げることない。
その双眸のイノセンスで、他人の惨たらしい記憶を視ても自我を保っていられるのは、鋼のメンタルだとルベリエも感心するところなのだが──
(蓋をするのが上手いだけだろ。)
清濁呑み込むのが人より長けているとはいえ、名無しはまだ青く、若い。
そもそも大前提として彼女は、
「俺に好かれてる自覚は?」
「す…っ、そ、それは、あります。というか自分の意識の問題と言いますか、自分が自分を、その、あまり好きじゃない…と言いますか……嫌い、ですし」
そう。自分自身を、嫌っている。
長年巣食った自己嫌悪を完全に取り除くのは難しい。分かっている。
しかし、これでも以前よりマシになったのだ。
神田は重く、深い溜息を吐き出す。
自覚しているのか。……いや、きっと無自覚だ。
口元を不機嫌そうにムッと歪め、怒った姿が可愛い。
蕩けたように無防備な寝顔がたまらなく可愛い。
名前を呼べば振り返り、ぱっと花が綻ぶように咲く笑顔が、どうしようもなく可愛い。
そもそも『名無し名無し』自体に惚れてしまった神田からすれば外見なんて二の次である。
更に言えば子犬のようにコロコロ笑い、誰に対しても気遣い上手な彼女に寄り付く虫は後を絶たないのだ。
駆除しているこっちの身にもなって欲しい……なんて考えたら、つい溜息が零れてしまった。
「名無し。」
「は、」
彼女が返事をするより早く、その唇を塞いでしまう。
逃げないように抱き竦め、やわらかい唇をやわやわと食んだ。
そもそもの話。
名無しがどう言おうと喚こうと、手離してやる気は毛頭ないのだから。
唇を離せば真っ赤に染ったふやけた顔が神田の眼前に広がる。
呼吸がとけ合うような近さで瞳を覗き込めば、曇りひとつない双眸にお互いの顔が映りこんだ。
「釣り合うとか釣り合わねぇとか他人が決めることじゃねぇだろうが。お前が恋人である理由も、好いている理由も、十分すぎるぐらいあるんだよ。」
押し倒して、シーツの海に沈む。
資格だとか権利だとか、似合う似合わないなんて関係ない。
彼女のカビが生えそうな劣等感ですらこの男から言わせてしまえば『関係ない』のだ。
「お前が自分を嫌いなら、それ以上に、嫌になるくらい愛してやる。」
嫉妬も、嫌悪も、濯ぎ流すくらい、溺れるような愛を。
「かん、」
「黙ってこっちに集中しろ。」
噛み付くように貪るキスを、桜色の唇へ深く落とした。
嫉妬はキスでのみこんで
──そんな一幕があった、数日後。また別の任務地にて。
(また声掛けられてる。)
神田さんに声をかけているのは、金髪ブロンドが眩しい華やかな美人。
一瞬モヤりと胸の内が翳るが、それを先日口にしたらえらい目にあった。
朝までベッドから出して貰えず、極めつけに『理解したか?』とキスの雨まで降らしてくる始末。
言わなければよかったという後悔一割、恥ずかしさ三割、嬉しさ六割と何ともまぁ複雑な心境だ。
結局のところ、声を掛けてくる女性に悪意はあっても悪気はないのだし、私がこの嫉妬心を呑み込んでしまえば問題ない。
(聞かれたら、『恋人です』って答えよう。…恋人です、恋人です……難易度高いなぁ…)
脳内で、そっと素振りをする。
「すみません、お待たせしました」
ベーグルサンドが入った紙袋を持って駆け寄る。
そして通算何度目か数えるのが億劫な質問を、今日も今日とて投げかけられた。
「あら、妹さん?」
女性がそう問うてきたので、『違いますよ、恋人です』と答える──つもりだった。
腕を引かれ、腰を引き寄せられ、顎を掴まれる。
その一秒にも満たない所作に、私の脳は完全にフリーズしてしまった。
白昼堂々、キスされた。されてしまった。
誰に、って。
当然、神田さんに。
「どう見たって恋人だろうが。その目は節穴か?」
唇を離され、不機嫌そうに彼は言う。
私はというと怒ることも諌めることも出来ず、顔に集まった熱でオーバーヒート寸前。
蹴散らされたように去っていく女の人の背中が人混みに紛れて見えなくなった数十秒後、やっと言葉が出てくるようになった。
「そ、そとでは…やめてください……」
我ながら情けない声である。
蚊の鳴くような声で訴え、彼の顔をちらりと見上げれば、頬を染めることもなく、さも平然とした様子で口角を上げていた。
「周りの目がないならいいのか?」
「……確信犯で聞いてますよね?それ…」
そういえば、彼はこういう人だった。
無遠慮。躊躇わない。意外と人目を気にしない。
(劣等感や自己嫌悪なんて滲ませる隙なんて、与えてやるものか)
なんて。神田が内心考えていたとか、いないとか。
お昼ご飯を買ってきて神田さんとの待ち合わせ場所に行けば、綺麗な女の人に話しかけられていた。
(美男美女…)
鬱陶しそうに目元を細め訝しげな表情をしているが、それでも顔がいいのだから嫌そうな顔をしたところで正直無意味だ。
そんな冷ややかな視線も好きだと囁いているのか、話しかけている女性に引く様子は見られない。
抱えた紙袋を無意識のうちに強く抱え込んだせいで、中のパニーニのひとつがくしゃりと潰れ、挟まれていたトマトが涙のように袋の底を濡らしてしまった。
……ずっと彼らのやりとりを眺めていても仕方ない。
意を決して息を大きく吸い込むものの、上手に息が吸えたような気がしない。
喉がぎゅっと締められたような息苦しさは見て見ぬふりをし、私は重い足取りで一歩踏み出した。
「すみません、お待たせしました」
眉間の皺がいつもより三割増になっている神田さんのところへ駆け寄れば、声をかけていた女の人が振り返る。
振り返った表情は彼に向けていた艶のあるものではなく、どこか乾いた微笑みだった。
「あら、妹さん?」
ほら、出た。
黒髪、アジア人のような雰囲気。あとは霊長類ヒト科であることか。
神田さんと共通点を挙げるなら先程の三点のみ。
顔付きだって全然違うし、兄妹と訊ねるにはかなり無理があるだろう。
彼が『向こうの世界』に来ていた時は事情を説明するのが面倒だったため親戚と答えていたが、残念ながらDNAのひと掠りもしていない。
血の繋がりがあるなんてとんでもない。彼に失礼だ。
「──その人の弟子ですが、何か。」
見知らぬ女の人に彼の名字を教えることすら億劫だった私は、いつもの通り他人行儀でそう答えた。
***
「恋人って言えばよかっただろ。」
名無しが持ち帰った、形が崩れてしまったパニーニを飲み込み、神田は不機嫌そうに口を開いた。
彼以上に浮かない顔をしているのは、彼の愛弟子であり、恋人である名無しだ。
彼女にしては珍しく、美味しくなさそうにパニーニを頬張り、無理矢理カフェラテで流し込んでいるところだった。
「……言ったら絶対笑われますもん」
「勝手に言わせておけ」
そうは言うものの、周りの目が気になるのが普通の感覚である。
無関心を決め込むことは出来ても、限度というものが誰にだってあるのだ。
少なくとも──名無しは神田ほど他人の目を気にせず生きることは出来ないし、人並みにコンプレックスを抱いたり、はたまた落ち込んだりすることだって。
「……神田さんには、比べられる方の気持ちなんか、分からないでしょ」
小声で呟くように答える名無し。
胸に去来したのは、酷く惨めな気持ちと、押し潰すような後悔。
なぜなら目の前の彼が、珍しく両眼を見開くものだから。
やってしまった。
真っ先に脳裏に過ぎったのは、その一言に尽きる。
「ごめんなさい。今のは八つ当たりでした」
「……比べる必要なんかあんのか?」
「いや、だから忘れてくだ、」
「名無し。」
顔を背けて俯き、宿のベッドの枕元に添えられていたクッションに顔を埋める。
さらりと落ちた名無しの前髪を指でかきわければ、べそべそと泣きそうな顔をくしゃりと歪めていた。
「みっともない顔しているので、見ないでください……」
不覚にも胸がギュッとなってしまったのは、神田だけの秘密だ。
いつも思慮深く、誰かに八つ当たることもなく、言葉を慎重に選ぶ彼女にしては酷く取り乱している。
放っておけば落ち着くのかもしれないが、神田は名無しの恋人だ。
「言いたいことがあるなら言え。」
やわらかい黒髪を優しく撫でれば、「すん、」と鼻を鳴らす音が微かに聞こえる。
ボロボロ泣く姿は『彼女の悪夢』の中で見たことがあるが、このような泣き方は初めてで神田は不覚にも身構えてしまった。
「……怒りません?」
「事の次第によるが、黙っていて俺が納得すると思ってんのか?」
ぶっきらぼうな言い方だったかもしれないが、溜め込みがちな彼女を自白させるためだ。
神田の脅し文句に反論する余地がなかったのか、それとも気力がなかったのか、降参した様子で白状し始めた。
「……人の第一印象って、見た目が七割らしいんですよね」
「……で?」
「見た目もそうですけど、中身も釣り合ってないですし…。いや、自覚はあるし分かっているんですけど、やっぱり鼻で笑われるのはしんどいといいますか…」
『気にしない』というのは、どうして中々難しいものなのだ。
普段気にしないような些細なことでも、他人の悪意というものは思った以上に、呆気なく心のやわらかい部分を暴いてしまう。
任務の時の彼女は、揺るがず、惑わず、凄惨な場面に直面した時ですら顔を顰めるだけで悲鳴一つ上げることない。
その双眸のイノセンスで、他人の惨たらしい記憶を視ても自我を保っていられるのは、鋼のメンタルだとルベリエも感心するところなのだが──
(蓋をするのが上手いだけだろ。)
清濁呑み込むのが人より長けているとはいえ、名無しはまだ青く、若い。
そもそも大前提として彼女は、
「俺に好かれてる自覚は?」
「す…っ、そ、それは、あります。というか自分の意識の問題と言いますか、自分が自分を、その、あまり好きじゃない…と言いますか……嫌い、ですし」
そう。自分自身を、嫌っている。
長年巣食った自己嫌悪を完全に取り除くのは難しい。分かっている。
しかし、これでも以前よりマシになったのだ。
神田は重く、深い溜息を吐き出す。
自覚しているのか。……いや、きっと無自覚だ。
口元を不機嫌そうにムッと歪め、怒った姿が可愛い。
蕩けたように無防備な寝顔がたまらなく可愛い。
名前を呼べば振り返り、ぱっと花が綻ぶように咲く笑顔が、どうしようもなく可愛い。
そもそも『名無し名無し』自体に惚れてしまった神田からすれば外見なんて二の次である。
更に言えば子犬のようにコロコロ笑い、誰に対しても気遣い上手な彼女に寄り付く虫は後を絶たないのだ。
駆除しているこっちの身にもなって欲しい……なんて考えたら、つい溜息が零れてしまった。
「名無し。」
「は、」
彼女が返事をするより早く、その唇を塞いでしまう。
逃げないように抱き竦め、やわらかい唇をやわやわと食んだ。
そもそもの話。
名無しがどう言おうと喚こうと、手離してやる気は毛頭ないのだから。
唇を離せば真っ赤に染ったふやけた顔が神田の眼前に広がる。
呼吸がとけ合うような近さで瞳を覗き込めば、曇りひとつない双眸にお互いの顔が映りこんだ。
「釣り合うとか釣り合わねぇとか他人が決めることじゃねぇだろうが。お前が恋人である理由も、好いている理由も、十分すぎるぐらいあるんだよ。」
押し倒して、シーツの海に沈む。
資格だとか権利だとか、似合う似合わないなんて関係ない。
彼女のカビが生えそうな劣等感ですらこの男から言わせてしまえば『関係ない』のだ。
「お前が自分を嫌いなら、それ以上に、嫌になるくらい愛してやる。」
嫉妬も、嫌悪も、濯ぎ流すくらい、溺れるような愛を。
「かん、」
「黙ってこっちに集中しろ。」
噛み付くように貪るキスを、桜色の唇へ深く落とした。
嫉妬はキスでのみこんで
──そんな一幕があった、数日後。また別の任務地にて。
(また声掛けられてる。)
神田さんに声をかけているのは、金髪ブロンドが眩しい華やかな美人。
一瞬モヤりと胸の内が翳るが、それを先日口にしたらえらい目にあった。
朝までベッドから出して貰えず、極めつけに『理解したか?』とキスの雨まで降らしてくる始末。
言わなければよかったという後悔一割、恥ずかしさ三割、嬉しさ六割と何ともまぁ複雑な心境だ。
結局のところ、声を掛けてくる女性に悪意はあっても悪気はないのだし、私がこの嫉妬心を呑み込んでしまえば問題ない。
(聞かれたら、『恋人です』って答えよう。…恋人です、恋人です……難易度高いなぁ…)
脳内で、そっと素振りをする。
「すみません、お待たせしました」
ベーグルサンドが入った紙袋を持って駆け寄る。
そして通算何度目か数えるのが億劫な質問を、今日も今日とて投げかけられた。
「あら、妹さん?」
女性がそう問うてきたので、『違いますよ、恋人です』と答える──つもりだった。
腕を引かれ、腰を引き寄せられ、顎を掴まれる。
その一秒にも満たない所作に、私の脳は完全にフリーズしてしまった。
白昼堂々、キスされた。されてしまった。
誰に、って。
当然、神田さんに。
「どう見たって恋人だろうが。その目は節穴か?」
唇を離され、不機嫌そうに彼は言う。
私はというと怒ることも諌めることも出来ず、顔に集まった熱でオーバーヒート寸前。
蹴散らされたように去っていく女の人の背中が人混みに紛れて見えなくなった数十秒後、やっと言葉が出てくるようになった。
「そ、そとでは…やめてください……」
我ながら情けない声である。
蚊の鳴くような声で訴え、彼の顔をちらりと見上げれば、頬を染めることもなく、さも平然とした様子で口角を上げていた。
「周りの目がないならいいのか?」
「……確信犯で聞いてますよね?それ…」
そういえば、彼はこういう人だった。
無遠慮。躊躇わない。意外と人目を気にしない。
(劣等感や自己嫌悪なんて滲ませる隙なんて、与えてやるものか)
なんて。神田が内心考えていたとか、いないとか。